第51話 通っていた駅だから

文字数 1,656文字

 どうしましょ、どうしましょ。 
 2年前、某ブログで知り合ったAさん。
 アラカンの主婦、ブログ初心者、朝はウォーキング、趣味はゴルフ……等、自分に似ていたので、お邪魔して友達になった。

 住んでいる場所は離れている。名もペンネームしか知らない。なのに、だから、なんでも話せた。
 夫の悪口、子どもの不満、いやなこと、愚痴ったり励ましたり。

 会うこともない。どちらかになにかあれば、そこで終わる。そんな関係。それでいいと思っていたのだけれど。

 用事でこちらのほうに出てくることになり……
 会おうと言うのだ。
 さあ、大変。
 なんたって、会うことはないと思っていたので、全部マシマシちゃん。
 年齢はアラカンよりかなり上。
 たくさんマシマシしたのは? 
 生活レベル。
 家は雑誌で見た某建築家に頼んだ、とか。
 薔薇が好きで……実際はベランダに死にそうなのがひと鉢。
 料理の腕。お菓子はパティシエになりたかったとか。
 ブティックに勤めていたから、センスがいいと思われている。勤めていたのは事実だけれど、今じゃ体重マシマシちゃん。これはかなり少なめに言ってある。
 歯もないし、耳も遠い。髪も真っ白。でも、お金もないから自然のまま。これじゃランチなんて無理無理、会話なんてできない。
 どうしよう、どうしよう。
 誰を死なせよう。

 なんて、そこまでひどくはない。

 
 会ったのは、新宿。Wホテルのロビー。 

 新宿は、若いときに働いていたから、よく知ってるの。ホテルまで迎えに行くわね。
 都庁の展望室の『思い出ピアノ』を聴いて、ランチして、帰りの新幹線の時間まで……
 いいお店、探しておくね……

 なんて、新宿なんて何十年も行ってない。働いてたときは、都庁もなかった。高層ビルは数えるほど。

 夫に頼み、下見をした。車で行ってもらい南口に駐車(私は運転もできない)。
 携帯のナビでWホテルまで歩く。方向音痴の私は必死で覚えた。
 そらから都庁も付き合わせた。エレベーターでは荷物チェック。展望台は混んでいた。
 草間彌生さんの派手な黄色のグランドピアノ。YouTubeでは見たことがある。弾いているのは……あまり上手ではない。
 時間も12時で休憩ね。

 それからネットで調べた紅茶の店も下見。
 フランス風紅茶の店。ル・サロン・ド・◯◯◯。
 夫はパスタを。
 私はアフタヌーンティーセット。
 2段のティー・スタンドにケーキやスコーン、サンドウィッチが。1度食べてみたかった。それにフレーバーティー。

 
 そして当日。私は雨女だから雨。打ち付ける雨、雨。
 あーあ、この中を電車で行くのか……
 と思ったら、優しい夫が車で送ってくれた。
 
 Wホテルの3階のロビー。
 映画のように、彼女はふんわりしたロングのワンピースで、私の前に現れた。
「◯さんですよね。わあ、◯さん」

 ブログのとおりオシャレな方だった。ブログのとおり話し方もきれい。
 髪が……自分でここまでブローするのか? 私とは大違い。

 80パーセント想像通り。行動的だった。3日間の滞在で、新宿は私より詳しい。
 雨に濡れず都庁まで地下道を、大きなスーツケースを転がし、持ち上げ、スタスタ歩く。

 展望台は雨だからガラガラ。下見では座れなかったが、ピアノのそばが空いていた。
 その日は上手な男性が3人、交互に弾いていた。他にはいない。
 若いひとりの男性がベートーベンの『熱情』と『月光』の第3楽章を弾いた。ラッキー。
 すごいよね。楽譜も置かず、制限時間は5分。終わるのかしら? と心配したけどお見事。

 彼女は晴れ女で傘を持ってきてなかった。
 あれほどの雨が、地上に出る頃にはやんでいた。
 店では少し待たされたが、話は山ほどある。
 オーダーしたのはまたもや、ティースタンドのケーキ。
 彼女は写真を撮った。
 隣は若いカップルだったが、ほとんどは女性客。ゆっくりゆったり、時間まで話ができた。

 それから彼女は東京駅まで。手前の駅で私は降りた。
「今度は◯◯に来て。ひとりでおいで」

 無理だよ。ひとりで新幹線なんて……
 
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