第70話 パン娘

文字数 993文字

 高校生のころ、母にパン娘、と呼ばれた。
『娘』でなく『子』だと、意味が大きく違ってしまうらしい。

『パンを踏んだ娘』とも違う。そんな悪い娘ではない。
 あれは、NHKの影絵で、よく子どもたちが寝るときに話してあげた。
 先日、よく、お話ししてくれたよね、と娘ふたりが話していた。
 孫にYouTubeばかり見せないで!

 高校生のころ、パンが好きで、雑誌に載っていたパン屋まで買いに行った。青山通り、とか憧れていた。

 パン好きが高じて、焼いた。作った。
 クッキーとスポンジケーキは何度も焼いていた。まだ家にオーブンなどはなく、母にねだって電気の小さなオーブンを買ってもらった。
 
 まだ、パンのレシピ本はほとんどなかった。本屋で見つけたのは、海外のを翻訳しただけの白黒の薄い本。
 強力粉900グラムとか、業者向けの本だったのかもしれない。
 それを買って初めて作った。強力粉に砂糖、水、牛乳を入れたかは記憶にない。あとドライイーストはぬるま湯でといておく。

 大量の小麦粉をこねてこねて、打ち付けて、ベタベタしてたものがひとつにまとまっていく。
 楽しい、パン作りは楽しい。

 さて、発酵をどうするか? オーブンに発酵機能などない。方法は…‥炬燵。
 自分で考えたのか、本に載っていたのかも記憶にない。温度も測ったりはしなかった。適当。
 ボールに濡れ布巾を被せて、炬燵の中に。
 炬燵、ちゃんと発酵させてね。お願い……
 
 初めてのパン作りは思いのほかうまくいった。できあがったたものをちぎってみると……
 パンだ、パンだ。
 成功……食べてみたら……あ〜。

 1度目は失敗したけど、しょうこりもなく何度も挑戦。
 クロワッサンにブリオッシュまで作った。
 分量は強力粉500グラムにバター500g(記憶では)。今のレシピなら薄力粉も混ぜるはず。強力粉だけでは伸ばしても伸ばしても、元に戻ろうとする。バターの量も半端ではない。
 溶け出す生地を冷蔵庫で休ませ休ませ、できあがった。発酵は不十分だが、味は良かった。

 それからは来る日も来る日もパン作り。母にはパン娘、と呼ばれた。


 ホームベーカリーが発売されたときは衝撃だった。あれからパン生地をこねることはなくなった。今使っているのは4時間でおいしく焼ける。

 慣れてしまうと、おいしいと思わなくなるのだが、孫たちが来ると、ジャムもつけずに頬張っている。


【お題】 炬燵ちゃん
 
 
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