第35話 いい人生だ

文字数 804文字

「おい、おまえ、6年前のオレよ」
「なんだって? じいさん、変なこと言うなよ」
「ゴルフばかりやってるからこうなったんだ」
「ボケじいさんか。素振りばかりして。なんで打たないんだ? 金がないのか?」
「おい、おまえ、年金いくらもらえるか知ってるのか? 貯金いくらあるのかわかってんのか?」
「家のことは妻任せだ。しっかり者だから、貯金は……しているだろう。こんなに働いてるんだ」
「ばかだな。計算できないのか? マンションのローンに子どもの結婚、次々孫ができて、どれだけかかったか? それに、車何台買い替えた? 見栄っ張りで気前はいいが、女房の気持ち、考えたことあるのか?」
「……」
「今から考えとかなきゃだめだぞ。退職しても、家にいたらうんざりされるぞ」
「オレは辞めたらもう働かないぞー。こんなに働いたんだ。もういいじゃないか」
「ああ、退屈だ。退屈地獄。仕事してたほうがよっぽどマシだった」
「オレはやめたら絵でも描いて、釣りに行って、ゴルフも続けるぞ」
「そう思ってたんだけどな。とんでもない。女房と大喧嘩。40年分の不満ぶちまけて、別居する金もないから、家庭内別居。口も利いてくれない。めしも作ってくれない」
「……」
「子どもたちは怒って孫にも会わせてもらえない。体はボロボロ。薬のせいで痩せていくし、力も出ない。気力もない」
「風呂くらい入れよ、じいさん」
「あんたは、いいもの着てるな」
「妻はセンスがいいからな」
「見捨てられた途端にこのザマだ。おい、日本酒はやめたほうがいいぞ。酒癖悪くなるからな」
「あんた、ほんとにオレの6年後か?」
「ああ、こうならないように、今から考えておくんだな。1番大事にしなきゃならないのは女房だぞ」
「……花でも買っていくか」
「捨てられないように頑張ってくれよ。洗い物くらいするんだ」
「そうだ、一緒にゴルフをやろう。老後同じ趣味があれば大丈夫だ。よし、クラブを買ってやろう。オレのも買い替えよう」
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