第157話 愛の終わり

文字数 879文字

 ある作者さんの長編小説の余韻が残っている。結ばれなかった愛。子どもの頃からずっとお互いに思っていた。運命だと。
 しかし、結ばれることはなかった。

 結ばれない愛だからこそ永遠なのだ。
 結ばれていたら、いつまでも愛は続かない。
 関係は悪くなり、同じお墓にだけは入りたくない……
 そんなことになっていたかも。

 
 数年前、娘が妊娠中に実家に来た時のことだ。初期の妊婦は匂いに敏感だった。洗剤やシャンプーの匂いまで耐えられず変えていた。
 比べて私は鈍感だった。マンションのエントランスの匂いが異様だったのに、すぐそばの畑で撒いた肥料だと思っていた。娘は家に入るなり言った。
「すごいにおいだよ。動物でも死んでるんじゃないの?」
 
 まさか、ね。
 エントランスのエレベーター前の部屋はひとり暮らしの男性。長男の小中学校の同級生のおとうさんが、ひとりで住んでいた。

 最初から住んでいた家族ではなかった。リフォームしている時に立ち会っていた男性が、たまたま私と目が合うと嬉しそうに言った。
「娘が住むんです」
 娘のためにリフォーム現場を見に来ていた。私の父と比べてしまい羨ましかった。どんな奥さんなのだろう?
 
 5人家族の長男はうちの長男と同じ歳で同じ学校だった。やがて、そのエレベーター前の玄関からはしょっちゅう母親の怒鳴り声が。

 凄まじかった。子どもを怒っていたのだろう。3人いれば抑えられないのはわかる。しかし、ヒステリーだ。聞くに耐えない。夫も何度も耳にしたと言う。エレベーターの前の部屋なのだ。
 その奥様はファミレスで働いていた。夜勤の時もあるらしく、朝方すれ違うこともあった。旦那様の顔は見たことがなかった。

 そのうち、奥様と子ども3人は出て行った。
 それから10年以上経っていた。さすがに異様なにおいだと思い、管理会社に電話した。担当の方は前年理事をやったばかりなので知っていた。

 実は……苦情があり警察を呼び隣の部屋の庭から入った。予想通りだった、とのことだ。片付けられたが、元妻や子どもたちの姿は見かけなかった。

 続かなかった愛の終わり。


【お題】 元・運命の人
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