第7話 苦手なの

文字数 1,118文字

 父は親の残した家に住み、アパートと駐車場の収入で暮らしていた。仕事はせずに、病弱な母の世話をしていた。
 母は美しい人だった。幼い頃は私の自慢だった。しかし、誰に自慢することもできなかった。
 母は体が弱かった。外には出られず、友達を連れてくることも禁止された。
 
 家にいると、母は元気そうだった。昼まで寝ていて、午後は酒を飲んでいた。父は1滴も飲まなかった。
 まだ、ワインは大衆的な酒ではなかった。葡萄酒と呼ばれていた赤い液体を、病弱な母は毎日飲んでいた。

 それでも小学校の低学年までは母のことは好きだった。高学年になると、もう私にもわかった。
 母は娘のことなど考えてはいない。
 母は依存症なのだ。

 料理も洗濯も掃除もすべて父がやっていた。
 私が熱を出した時も、夜中に心配して額に手を当てるのは父だった。喉が痛いときに砂糖湯を作ってくれたのも父だった。
 
 それでも父は母を愛していた。

 高校生になり、私は料理に興味を持った。友人の弁当に入っていた野菜炒めがおいしくて、作り方を教えてもらった。

 ニンニクを炒めて味付けは酒と醤油だけ。

 しかし、家にニンニクはなかった。父はニンニクを使わなかった。省いて作ってみたら同じ味にはならなかった。
 ある日、ミートソースを作ろうと、自分でニンニクを買った。網に十個以上入っていたと思う。値段は忘れた。買えたのだから高くはなかったのだろう。
 父が留守の間にレシピを見て作った。本格的なミートソース。
 父に食べさせたい。母にも……

 しかし、それはできなかった。
 階段を病弱な母が駆け降りてきた。
 そして、捨てた。網に入ったニンニクを。
 私はあっけに取られた。
 母は何か聞き取れない言葉を発し、タオルでニンニクをつかむと、窓の外に投げた。すごい飛距離だった。
 そして、私を睨み、階段を登って行った。今度は静かに。

 いったいなにが起きたのか? そんなにニンニクが嫌いなのか?
 もう、ミートソースを食べる気はなくなった。父に話すと、父も娘の作った料理の味もみやしなかった。
 
 就職して家を出た。こんな家にはいたくない。父にも母にも、私はいない方がよかったのだ。
 実家への足は遠のいた。
 しかし、母はいつ帰っても美しく歳を取らなかった。アルコールに蝕まれている様子もない。

 私は結婚もせず、ますます実家とは距離を置いた。
 父が60歳前に亡くなった。知らせを受け、病院で看取ったのは私だけだった。母はいなかった。

 葬儀の間も母は出てこなかった。
 父の遺骨を母の部屋に持って行った。
 私を見た母は美しかった。私より若かった。
 信じられないが、納得した。

 翌朝、母の姿はなかった。


お題 【母親に勝手に捨てられたもの】
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み