第91話 今までなかったの?

文字数 727文字

 田舎町のタクシーで思い出すのは、息子が生まれて7ヶ月のとき、義母が危篤……

 まだ新幹線は通っていなかった。
 赤子を連れての長旅。病院での緊張、夜明かし。実家に戻り、幼い甥、姪たちの子守り。葬儀前後の慌ただしさ。

 そんな夜に息子が高熱を出した。近くに病院はない。
 タクシーを呼んでもらい、暗い夜道を40分。義母が息子を連れて行ってしまうような気がして怖くなった。
 着いた病院では看護婦さんに叱られた。水分、摂らせなきゃだめじゃない、みたいなことを訛りのある強い言葉で。
 新米ママにはキツかった。

 薬をもらい、帰りもタクシー。交通費はかなりかかったはず。貧困の若夫婦には続けての痛い出費。
 でも、少し熱が下がると、息子は元気になり、じっとはしていなくて大変だったがホッとした。


 それから不幸は続き、義父も続けて亡くなった。
 数年法事で帰ったあとは間が空いた。
 義兄の息子の代になるともっと行かなくなった。

 数年前、義兄が大病を患ったが、コロナ禍で見舞いにも行けなかった。
 ようやく去年、十数年ぶりに実家を訪れた。

 駅からタクシーに乗る。
 駅前や途中の町は栄えていた。大型スーパー等、どこも同じ店、店。
 しかし、実家が近づくにつれ、風景は昔と変わらない。いや、昔よりも寂れていた。道路にひび割れが!
 過疎化が進み、高齢化。子どもは減り、空き家が増える。
 この村に(今は町になったが)未来はあるのか?
 熊が出没し、夕方出歩くのは危ない、と。
 冗談じゃないべよ〜、と。

「あ、付いたんですね」
 夫が言うと運転手さんが、
「ンだなあ……」
「え? なにが付いたの?」
「……」
「え? 今までなかったの?」
「ンだ。オラの村には信号ね……がった」


【お題】 田舎町のタクシー
 
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