第34話 なにかいる?

文字数 747文字

 ひとり暮らしを始めた長女は、念願の犬を飼いルンルン気分……かわいいオスのトイプードル。

 ところがひと月もしないうちに、引っ越すと言い出した。
「なに言ってんの? 敷金礼金、ペットもだからひと月余分に取られてるのよ」
「だって、だって、なにかいる。夜中にコロンが吠え出すの。なにかに向かって。怖いよ。絶対なにかいる」

 狭いマンションに成人した娘と息子。高校生の娘。ただひとつの個室は長男がずっと占領していた。
 娘たちは電話をするときは外に出る。

 長女はもう、次の引越し先まで探していた。
 冗談じゃないよ。敷金礼金、誰が出したと思ってんの? 

 しかし、娘の決意は堅かった。ひと月で出たら、敷金礼金はどうなるの?

 そうだ、長男に住まわせよう。長男こそ家を出る頃だ。
 母は長男を丸めこみ、追い出した。
 なにかがいるかもしれない物件に。

 息子は仕事が忙しい中、少しずつ荷物を運び、毎晩実家で夕飯を食べ、風呂に入って帰って行った。
 なにかがいても平気らしい。疲れて熟睡。

 だが、やがて、来なくなった。
 母は、息子の借りている部屋を見に行った。ポストはあふれていた。宅配の再配達用紙が何枚も入っていた。
 ベランダにはタオル1枚干してない。

 携帯は鳴っているが出ない。
 なにかあったのでは?

 何度もかけて、ようやく夜遅く連絡がきた。
「釣り竿頼んだけど、仕事が忙しくて帰るの夜中。そっちに届けてもらうからお金立て替えておいて。6万円」

 釣り竿を取りに来た息子は、痩せ細り顔色も悪くなっていたが…… 忙しくて寝不足。

 やがて、彼女ができ、部屋に出入りするようになり、半同棲。
 子どもができて、結婚した。
 めでたしめでたし。

 このお嫁さん、大きな地震でも起きないらしい。今は、海辺の街にいる。息子は釣船のキャプテン。 
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