第18話 結論だけ言え

文字数 727文字

 ブティックで働いていたときのお直し屋さん。
 高齢だったが、パンツの裾上げや、ファスナーの付け替え、大胆なリフォームまでやってくれた。腕がいい。値段も安い。
 芸能人の服を扱ったことがあるとか。聞き流していたが。

 話が長い。
「このパンツの裾上げ、急ぎでできるかしら?」
 店長が聞く。
「今日は帰ってから、◯◯様のあれをやって……あの方のはああだから、こうでこうで、そのあと△△様のあれが、ああしてこうして……」
と延々と続く。
 おしゃべりな人だ。
 店長も暇な時は喋らせておく。帰ってもひとり。話す相手もいないから、と。それに、店長のお直しはただでやらせている。中元、歳暮も寄越すし。私が入る以前から。

 電話も同じ。
「明日まで直しできるかしら?」
 できないと買っていただけない。
「今日はこれから、ああしてこうして、ああだからああなって……」
「お客様がお待ちですっ!」
 店長がビシッと言うと、
「すぐ伺います」

 結論だけ言え!

 ところが、旦那様が入院中、病院に行っても話すことがなく、すぐに帰ってきてしまう、とか。
 あのおしゃべりな人が?

 客にも仲の良いご夫婦は稀だった。ほとんど口を利かない。地位のある旦那さまには若い愛人がいる。だから、自分も負けじと散財する。
 そんなふたりの社長夫人がカウンターで話していた。
「うちは、素人に手を付けちゃうのよ」
 若いうちは夫婦で頑張ってきた。成功してから夫人は寂しくなるばかり。ひとりで世界遺産の旅とか行く。値段も見ないで買ってくださるが……
「じきに、できなくなるでしょ」

 もうひとりの方は、やがて旦那が脳梗塞。

「あんたの下の世話なんかしないよ」
とか言いながら、手元に戻ってきた旦那さまの世話があるからと、店には来なくなった。
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