第5話 Hey! Tagger (桃さんこちら)

文字数 2,434文字

 サオリは左右を見た。いつも通りの長い廊下。等間隔に教室の扉がある。端から端までは百メートルほどだ。
ーーさて、どっち行こ。
 サオリは左手に二人の影を見つけた。仙術で視力も鍛えているのではっきりと見える。痩せて背が高く釣り目なのに優しい顔の女子高生と、小柄でふっくらとしているがアイドルのような顔をしている女子高生。ピーチーズの残りのメンバー、ユキチとウサだ。
ーー何してんだろ?
 二人は階段をじっと見つめていた。サプライズのために違いない。
ーーアタピが上から来ると思って待ってんのかな? わかった。さっきの階段から降りてきたらカメが来て、あっちの階段から降りてきたらウサとユキチがゾンビの真似して驚かそうって魂胆だったんだ。
 サオリは二人の姿を見て安心し、ユキチとウサの元に向かっていった。
 追ってくるカメの足音はうるさい。まるで上履きを両手に持って床を叩いているようだ。ユキチとウサはその音に気づき、サオリに向かって駆けてきた。サオリは二人の顔を見た。
ーーあれ?
 いつもバカみたいに笑顔のユキチも、お姉さんぶった顔つきをするウサも、見たことがないくらい無表情な目つき。口だけ大きく開けて突進してくる。その表情はカメと一緒だ。
ーー「前門の虎、後門の狼」という言葉は聞いたことがあるけど、「前門のウサ諭吉、後門のカメ」なんて言葉は聞いたことがないよ。
 けれども、実際に目の前で起こっていることはそういうことだ。一体なにが起こっているのか、サオリには見当がつかなかった。
ーーサプライズ、だよね?
 ただ、このまま普段通りに友との抱擁に身をゆだねれば、間違いなく怪我をする。走り方ひとつとってみても三人とも力を制御できていない。熟れた桃よろしく、抱擁した途端に潰れてぺちゃんこだ。ウサとユキチは近くまで走ってくると、一切の躊躇もなくサオリに掴みかかってきた。
ーーやっぱね。
 カメの動きから見て、他の二人の動きも予想していた。サオリはウサとユキチに向かって走りながら、勢いを殺さずに二人の抱擁をしゃがんで避け、そのまま奥の階段に向かった。
 女子高生のタックルを避けるなんてことは、仙体術の中でも軽身行が得意なサオリにとって朝飯前の…、夕飯前のトゥンカロンだ。
ーー立ち止まって桃と話すか。逃げてほとぼりが冷めるのを待つか。
 ピーチーズとは、考える時間を作れるほどの運動能力差がある。サオリは後ろを振り返り、真実を求めて三人を観察した。
ーー三人とも運動神経が悪いわけではない。ただ、動きが雑。
 首の座らない子供が女子高生の体を手に入れましたとでもいうかのように、頭をブリンブリンと振りながら走ってくる。そのうち首が取れてしまうのではないだろうか。
ーー表情も正常じゃない。
 この世にいるのかいないのか。現実味のない恐怖を醸し出している。ただ視線だけは女子高生の最大の力をその眼筋に込め、しっかりとサオリを捉えている。
ーー目が細いカメなのにあんなに目を見開いてるよ。こんな表情、映画でしか見たことない。
 サオリは心で軽口を叩いた。
ーーそのくらい真剣に、かなり切羽詰まっている時じゃなきゃあんな表情はできないよ。もしふざけているのだとしても…。
 サオリは考えた後で首を振った。
ーーいやいや。カメウサはともかく、ユキチだけは自分で自分の真剣な表情に耐えきれないよ。絶対に笑っちゃう。 
ーーカメもアタピにたいして優しすぎるくらい優しいから、あんなに強くしがみついてくるはずがないし。
 サオリは、左手の甲にくっきりついた赤く滲んだカメの爪の跡に痛みを感じた。
ーーてことはやっぱり真剣?
 しかしそうなると、サオリにとってあまりにも現実的でない結論が思い浮かぶ。
ーーバイオハザード?
ーーリアルゾンビ?
 サオリは自分の考えを否定した。
ーーだって、どう考えてもそんなはずはないでしょー。
 放課後からかなり経っているので、校内は無人に近い。ただ四人の足音と、たまにピーチーズの誰かが転倒する派手な音しかしない。
ーーそういえば…。
 サオリはネーフェが校内にいたことを思い出した。
ーーあ! しぇんしぇーに頼ってみようかな? 
ーーでも、しぇんしぇーもゾンビみたいになってたらどうしよう。あの体格差で勝てるかな?
 サオリは我ながら馬鹿げたことを考えていると思った。と同時に良いことを思いついた。
ーーあ! あの真面目なしぇんしぇーなら悪ふざけなんてするはずがない! もししぇんしぇーがゾンビみたいにしてきたら、ホントにバイオハザードが起きてるって思う。そうしよ!
ーーそしたら何でアタピだけがゾンビ化していないのかを考えないといけなくて…。
ーーいや。それは検証してみてから考えればいいか。
 走りながらの思考は考えがまとまらない。サオリは一度、自分の頭をゆっくりと整理したくなった。
 この間、わずか十秒。とりあえず四階の角まで来てしまったので、雪山を滑るが如く一気に階段の手すりを滑り降りる。どの階にも人はいなさそうだ。サオリは一階まで降りてきた。
 職員室にもひとけがないが電気はついている。奥には先生がいるかもしれない。
ーーこのまま職員室に駆け込もうかな? それとも玄関から外に飛び出して、守衛さんかミハエルに助けを求めようかな?
 サオリは迷った。
 「外に出てみたら全ての人間がゾンビみたいになっている」なんて荒唐無稽な考えも脳をかすめた。
ーーいやいや。じょーしきで考えてみて! 世の中がゾンビ化? そんなはずあるわけない! 漫画の見過ぎ! ゾンビなんてジョージ・ロメロの創作話 ! 職員室に飛び込んでも恥かくだけ! 外に逃げたら笑いもん ! これはサプライズ ! アタピは優等生の加藤沙織。ここはピシッと怖がらずに、一人で解決できるってところを見せてやるんだから。
「ロマンチなことって、はぁ、はぁ」
 サオリは玄関を出ず、そのまま素通りして廊下の反対側にある階段へと向かった。
「こういうことじゃなかったんだけどな……」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み