第8話 Counterbalance with Three (三匹が見る)
文字数 2,440文字
スマートフォンの画面に映っていたのは…。
茶色い子猫。そして猫に跨がっているピンクのクマのぬいぐるみだった。二匹ともキョロキョロと辺りを見回しながら、着実にサオリに向かって近づいてくる。
ーーえっ? あれが喋ってんの? 信じらんない! キュ、キュ、キュ、QTQP!
サオリは全てを忘れ、ただただ思春期の少女が陥りやすいといわれている可愛い可愛い病にかかってしまった。可愛いものの重力に惹かれるように、ついついスマートフォンを陰から多めに出してしまう。鼻息も荒くなる。子猫はスマートフォンに気がついた。
「おい。机のかげを見ろ」
クマのぬいぐるみも言われて気づく。
「スマホやないかい。てことは、あそこに沙織おるんか?」
ぬいぐるみを乗せた子猫は軽快な足どりでやってきた。サオリは一瞬警戒したが、まったく殺気を感じなかったので、中腰で子猫たちが目の前に来るのを待った。三匹の動物は目を合わせた。
そして。一斉に。笑顔になった。
「やっといたぜ」とニヒルな笑いをする子猫。「会いたかったでー」と真っ黒な目を見開くクマのぬいぐるみ。「なんてロマンチなの」と口を開ける美少女。
雑種であろう茶色い子猫は、「もう俺は役目を終えたからね。あとは知らねーよ」とばかりに、笑顔をやめてそっぽを向いた。クマのぬいぐるみの反応は真逆だ。猫から降り、ウルウルとした瞳でサオリを見つめてくる。サオリもじっとぬいぐるみを見つめてみた。
中身は綿であろう。うすいピンクのタオル地に包まれている。触ると気持ちがよさそうだ。外見上の特徴としては、お腹に香袋を入れられそうな小さなポケットがついている。顔はよくあるクマのぬいぐるみだ。真ん中に歪んだハート型の黒い鼻。口は太めの黒い線。特徴的な部分は、大きな黒目に太くて長い睫毛(まつげ)が生えているというところだ。
クマぐるみはサオリの目をじっと見つめて返してくる。何か言って欲しそうだ。丸い尻尾が軽く左右に揺れ動いている。サオリは好きなものに名前をつけるのが好きなので、頭の中で思いついたクマぐるみの名前を口にした。
「クマダクマオ」
ぬいぐるみはぬいぐるみであるにもかかわらず、あらん限りの豊かな表情で嬉しさを爆発させた。
「せや! 沙織! ワイのこと覚えてたんか? そうやと思たわー。心配してたけど、ワイらの友情は女王陛下の鉄の掟をも壊すんや ! ワイは確信しとったでー!」
尻尾の動きははち切れんばかり。今日がクリスマスだったら、千切れてそのままモミの木のてっぺんに飾られてしまいそうなほどだ。
「覚えてない」
そんな尻尾の動きに釘を打ち込むかのように、サオリは反射的にクマオの全てを否定した。だが読者諸君。それだけでサオリを残酷な少女だとは思わないでほしい。誰だって動いて話すぬいぐるみなんて知り合いのはずがないではないか。それよりもサオリは、もっと現実的なことを考えていた。
ーー確かにOVQTだけど、クマオやニャーちゃんが喋るはずないでしょー。
サオリはテレビの『人間観察ショー』で子供を騙す心温まるドッキリを思い出していた。
ーーアタピは大人だからさすがに騙せないよ。だってクマオやニャーちゃんには喋れる声帯がないんだもん。
サオリは二匹が喋って動いているように見えるカラクリを考えた。これこそがピーチーズのサプライズに違いない。しかしどんな方法で操っているのだろう。サオリは仕掛けのタネを探すために辺りを見回した。サオリの気持ちなど露知らず、クマオはふたたび口を動かす。
「なんやねん、小さな嘘ついてからに。覚えてないのにワイの名前をフルネームで言える訳がないやろっ。ん? それともワイの胸には名札でも貼ってあるっちゅうてんのか? な? なーにキョロキョロしとんねん。なんや? なんかおもろいことでもあるんか? それとも鳩の真似でもしとんのか? クルックーってこうか? こうなんか?」
一番おもろい存在であるクマオがサオリの真似をして首を動かす。サオリはなんだか微笑ましくなった。
ーーこんなに面白いサプライズを桃はどうやって考えたんだろ? 口もちゃんと動いてる。誕生日のサプライズとしては最高だ。
サオリは、ネタを探すか、このままサプライズに乗るか迷った。が、このまま乗る方にかけた。おそらくピーチーズはどこかから動画を撮っているのだろう。二匹の動かし方はわからないが、撮影の方は子猫の首輪が怪しい。三日月のような模様とともにレンズらしきものがついている。
ーーあれだな。
サオリは心の中でニヤリとした。
ーーでも気にしない。こんなロマンチなことしてくれてんだもん。
サプライズに乗ると決めてからサオリは緊張が一気に解けた。むしろサプライズがより気持ちよく回るように、屈託無くクマオに話しかけた。
「ねーねー。クマオは何で来てくれたの?」
サオリは「誕生日を祝いに来たに決まっとるやないか!」と言われることを期待していた。そしてピーチーズが出て来て、「誕生日おめでとー!」と祝ってくれることを。
ーーそしたらアタピは、「もー。さっきのゾンビみたいなのビックリしちゃったよ。クマオとニャーちゃんはどうやって喋らせたの?」なんて言って楽しく笑うんだ。
ところが、クマオは大きな目を何度もパチパチとさせて不思議そうな顔をした。
「何でて…? ワイ、サオリがピンチの時に来るて約束しとったからやないか。クルリンで居場所知らせたいうことは、つまりそういうことやろ?」
ーークルリン!
クルリンというのはサオリが左腕につけている腕輪、『クルクルクラウン』のことだ。略してクルリン。サオリが命名した腕輪の名前を知っているのは、アイゼンとミハエルとピーチーズしかいない。アイゼンは高校三年生なので今は受験期間。学校にはいない。ミハエルは仕事中だ。ということは、クルリンという名前はピーチーズ以外誰も知らない。
サオリは、この仕掛けがピーチーズ監修のもとでおこなわれていることだと確信した。
茶色い子猫。そして猫に跨がっているピンクのクマのぬいぐるみだった。二匹ともキョロキョロと辺りを見回しながら、着実にサオリに向かって近づいてくる。
ーーえっ? あれが喋ってんの? 信じらんない! キュ、キュ、キュ、QTQP!
サオリは全てを忘れ、ただただ思春期の少女が陥りやすいといわれている可愛い可愛い病にかかってしまった。可愛いものの重力に惹かれるように、ついついスマートフォンを陰から多めに出してしまう。鼻息も荒くなる。子猫はスマートフォンに気がついた。
「おい。机のかげを見ろ」
クマのぬいぐるみも言われて気づく。
「スマホやないかい。てことは、あそこに沙織おるんか?」
ぬいぐるみを乗せた子猫は軽快な足どりでやってきた。サオリは一瞬警戒したが、まったく殺気を感じなかったので、中腰で子猫たちが目の前に来るのを待った。三匹の動物は目を合わせた。
そして。一斉に。笑顔になった。
「やっといたぜ」とニヒルな笑いをする子猫。「会いたかったでー」と真っ黒な目を見開くクマのぬいぐるみ。「なんてロマンチなの」と口を開ける美少女。
雑種であろう茶色い子猫は、「もう俺は役目を終えたからね。あとは知らねーよ」とばかりに、笑顔をやめてそっぽを向いた。クマのぬいぐるみの反応は真逆だ。猫から降り、ウルウルとした瞳でサオリを見つめてくる。サオリもじっとぬいぐるみを見つめてみた。
中身は綿であろう。うすいピンクのタオル地に包まれている。触ると気持ちがよさそうだ。外見上の特徴としては、お腹に香袋を入れられそうな小さなポケットがついている。顔はよくあるクマのぬいぐるみだ。真ん中に歪んだハート型の黒い鼻。口は太めの黒い線。特徴的な部分は、大きな黒目に太くて長い睫毛(まつげ)が生えているというところだ。
クマぐるみはサオリの目をじっと見つめて返してくる。何か言って欲しそうだ。丸い尻尾が軽く左右に揺れ動いている。サオリは好きなものに名前をつけるのが好きなので、頭の中で思いついたクマぐるみの名前を口にした。
「クマダクマオ」
ぬいぐるみはぬいぐるみであるにもかかわらず、あらん限りの豊かな表情で嬉しさを爆発させた。
「せや! 沙織! ワイのこと覚えてたんか? そうやと思たわー。心配してたけど、ワイらの友情は女王陛下の鉄の掟をも壊すんや ! ワイは確信しとったでー!」
尻尾の動きははち切れんばかり。今日がクリスマスだったら、千切れてそのままモミの木のてっぺんに飾られてしまいそうなほどだ。
「覚えてない」
そんな尻尾の動きに釘を打ち込むかのように、サオリは反射的にクマオの全てを否定した。だが読者諸君。それだけでサオリを残酷な少女だとは思わないでほしい。誰だって動いて話すぬいぐるみなんて知り合いのはずがないではないか。それよりもサオリは、もっと現実的なことを考えていた。
ーー確かにOVQTだけど、クマオやニャーちゃんが喋るはずないでしょー。
サオリはテレビの『人間観察ショー』で子供を騙す心温まるドッキリを思い出していた。
ーーアタピは大人だからさすがに騙せないよ。だってクマオやニャーちゃんには喋れる声帯がないんだもん。
サオリは二匹が喋って動いているように見えるカラクリを考えた。これこそがピーチーズのサプライズに違いない。しかしどんな方法で操っているのだろう。サオリは仕掛けのタネを探すために辺りを見回した。サオリの気持ちなど露知らず、クマオはふたたび口を動かす。
「なんやねん、小さな嘘ついてからに。覚えてないのにワイの名前をフルネームで言える訳がないやろっ。ん? それともワイの胸には名札でも貼ってあるっちゅうてんのか? な? なーにキョロキョロしとんねん。なんや? なんかおもろいことでもあるんか? それとも鳩の真似でもしとんのか? クルックーってこうか? こうなんか?」
一番おもろい存在であるクマオがサオリの真似をして首を動かす。サオリはなんだか微笑ましくなった。
ーーこんなに面白いサプライズを桃はどうやって考えたんだろ? 口もちゃんと動いてる。誕生日のサプライズとしては最高だ。
サオリは、ネタを探すか、このままサプライズに乗るか迷った。が、このまま乗る方にかけた。おそらくピーチーズはどこかから動画を撮っているのだろう。二匹の動かし方はわからないが、撮影の方は子猫の首輪が怪しい。三日月のような模様とともにレンズらしきものがついている。
ーーあれだな。
サオリは心の中でニヤリとした。
ーーでも気にしない。こんなロマンチなことしてくれてんだもん。
サプライズに乗ると決めてからサオリは緊張が一気に解けた。むしろサプライズがより気持ちよく回るように、屈託無くクマオに話しかけた。
「ねーねー。クマオは何で来てくれたの?」
サオリは「誕生日を祝いに来たに決まっとるやないか!」と言われることを期待していた。そしてピーチーズが出て来て、「誕生日おめでとー!」と祝ってくれることを。
ーーそしたらアタピは、「もー。さっきのゾンビみたいなのビックリしちゃったよ。クマオとニャーちゃんはどうやって喋らせたの?」なんて言って楽しく笑うんだ。
ところが、クマオは大きな目を何度もパチパチとさせて不思議そうな顔をした。
「何でて…? ワイ、サオリがピンチの時に来るて約束しとったからやないか。クルリンで居場所知らせたいうことは、つまりそういうことやろ?」
ーークルリン!
クルリンというのはサオリが左腕につけている腕輪、『クルクルクラウン』のことだ。略してクルリン。サオリが命名した腕輪の名前を知っているのは、アイゼンとミハエルとピーチーズしかいない。アイゼンは高校三年生なので今は受験期間。学校にはいない。ミハエルは仕事中だ。ということは、クルリンという名前はピーチーズ以外誰も知らない。
サオリは、この仕掛けがピーチーズ監修のもとでおこなわれていることだと確信した。