第65話 Lectures on Sales by Michael
文字数 1,753文字
ーー次は、ハトの羽探しだ。たくさんある場所を見つけて、毎回もらえるようにお願いしなきゃ。
サオリは、せっかくリアルカディアに来ているので、本当は散歩をしてみたかった。だが、今しなければならないことはそこではない。気持ちをおさえてリアルに戻り、すぐにミハエルに電話をする。
「私だ」
「沙織」
「どうした?」
「ミハエルって、この三日間で空いてる時間はありますか? 相談と、お手伝いしてもらいたいことがあるのです」
サオリがミハエルに頼み事がある時は必ず敬語になる。ミハエルはすぐにピンときた。
「それは錬金術に関わることか?」
「そうです。クエストの相談」
「すぐに会おう」
サオリたちは、東京メソニックセンターの近くにある芝公園で待ち合わせることになった。
少し開けた空き地。隅に並ぶベンチに腰掛けてミハエルを待つ。空き地では芝高校と胸に書かれたユニフォームを着ている人たちがサッカーの練習をしている。あまり強そうではないが、砂煙が上がっているところが少しだけかっこいい。サオリはミハエルを待っている間、スマートフォンで学校の宿題をした。
ロシア軍の型落ちロングコートを着たミハエルは、三十分も経たないうちにあらわれた。高校生たちの巻き起こす砂煙は、その瞬間、ミハエルの登場シーンを演出するための仕掛けに変わっていた。
「待たせたな」
サオリは首を振る。
「どうした?」
サオリは今日一日の経緯について話した。
「なるほど。その初芽という方と考えた平和ハトの羽がある可能性が高い場所に、実際行って交渉をする。ただ子供だとなめられるから、私が一緒に行って交渉をする、というわけか」
「お願いします」
ーーダメだ。まだ子供なんだから商談なんて…。
言おうとしてミハエルはサオリの目を見た。真剣だ。
ーーいかんいかん。
まだ子供で一度も商談の場に立ったことの無いサオリに対して、反射的に過保護な気持ちになりそうだったミハエルは、落ち着いて、感情ではなく事実に照らして考える脳に回路を切り替えた。「感情で否定してはいけない。事実で可能性を探れ」
仙術の教えだ。
ーーお金はいつか稼がなければ現代社会では生活できないし、交渉は自分の思いを貫くためには必要だ。若いうちから実際の交渉の場に立った方が、絶対に沙織のためにもなるだろう。そして沙織が私を頼ってきてくれたから、失敗した時も沙織を守ってやることが出来る。沙織のあらゆる可能性を否定してはならない。才能を信じて伸ばすんだ。
ミハエルはロシア軍を退役してから、マサヒロと共に冒険をして、引退した後にコマンドサンボの道場を作って、何とか日本で生きていけるだけのお金を稼げるようになるまでに、大変な苦労をしたことを思い出した。若い頃にロシア軍一筋でなく稼ぎ方や交渉力も身につけていれば、もっと楽に生きていけたはずだ。
ーー沙織を自分の二の舞にしてはいけないな。
「いいだろう」
「ありがとうございます!」
サオリは深々と頭を下げた。
それから五日間、サオリはミハエルと共にハトの羽がありそうな各所を回って交渉をした。平和ハトの羽を一枚得ると材料屋から五百ピッピもらえる。五百ピッピはリアルカディアにあるピッピ取引所で五十円に交換してもらえる。
ミハエルには交渉代として一枚二十円を渡し、羽をくれる人たちからは一枚十円で買取ることにした。サオリには一枚二百ピッピが手に入る。平和ハトの羽千枚で一パックなので、サオリの手元には一クエスト二十万ピッピが手に入るという計算だ。
鳩の研究所や野鳥園のようなハトの羽を大量に持っている人たちは、羽なんて、ただ捨てるか、赤い羽根募金に安い値段で販売するくらいしか使い道がなかったので、一枚十円で永続的に買ってくれるミハエルには、逆にありがたいという気持ちで接してくれた。
こうしてサオリはミハエルとともに各所を回り、だいたい隔週ごとに千枚の羽を手に入れられるようになった。二週間に一回、二十万ピッピが手に入る。これだけ残れば修行を続けられるし、モフフローゼンにも早めに授業料を支払えるだろう。
今日で春休みは終わり、明日からは新学期が始まる。
ーーやりたいことは全てできた。
サオリは春休みの成果に満足して、太陽模様のパジャマでベッドに潜り込むと二秒で眠りに落ちた。
サオリは、せっかくリアルカディアに来ているので、本当は散歩をしてみたかった。だが、今しなければならないことはそこではない。気持ちをおさえてリアルに戻り、すぐにミハエルに電話をする。
「私だ」
「沙織」
「どうした?」
「ミハエルって、この三日間で空いてる時間はありますか? 相談と、お手伝いしてもらいたいことがあるのです」
サオリがミハエルに頼み事がある時は必ず敬語になる。ミハエルはすぐにピンときた。
「それは錬金術に関わることか?」
「そうです。クエストの相談」
「すぐに会おう」
サオリたちは、東京メソニックセンターの近くにある芝公園で待ち合わせることになった。
少し開けた空き地。隅に並ぶベンチに腰掛けてミハエルを待つ。空き地では芝高校と胸に書かれたユニフォームを着ている人たちがサッカーの練習をしている。あまり強そうではないが、砂煙が上がっているところが少しだけかっこいい。サオリはミハエルを待っている間、スマートフォンで学校の宿題をした。
ロシア軍の型落ちロングコートを着たミハエルは、三十分も経たないうちにあらわれた。高校生たちの巻き起こす砂煙は、その瞬間、ミハエルの登場シーンを演出するための仕掛けに変わっていた。
「待たせたな」
サオリは首を振る。
「どうした?」
サオリは今日一日の経緯について話した。
「なるほど。その初芽という方と考えた平和ハトの羽がある可能性が高い場所に、実際行って交渉をする。ただ子供だとなめられるから、私が一緒に行って交渉をする、というわけか」
「お願いします」
ーーダメだ。まだ子供なんだから商談なんて…。
言おうとしてミハエルはサオリの目を見た。真剣だ。
ーーいかんいかん。
まだ子供で一度も商談の場に立ったことの無いサオリに対して、反射的に過保護な気持ちになりそうだったミハエルは、落ち着いて、感情ではなく事実に照らして考える脳に回路を切り替えた。「感情で否定してはいけない。事実で可能性を探れ」
仙術の教えだ。
ーーお金はいつか稼がなければ現代社会では生活できないし、交渉は自分の思いを貫くためには必要だ。若いうちから実際の交渉の場に立った方が、絶対に沙織のためにもなるだろう。そして沙織が私を頼ってきてくれたから、失敗した時も沙織を守ってやることが出来る。沙織のあらゆる可能性を否定してはならない。才能を信じて伸ばすんだ。
ミハエルはロシア軍を退役してから、マサヒロと共に冒険をして、引退した後にコマンドサンボの道場を作って、何とか日本で生きていけるだけのお金を稼げるようになるまでに、大変な苦労をしたことを思い出した。若い頃にロシア軍一筋でなく稼ぎ方や交渉力も身につけていれば、もっと楽に生きていけたはずだ。
ーー沙織を自分の二の舞にしてはいけないな。
「いいだろう」
「ありがとうございます!」
サオリは深々と頭を下げた。
それから五日間、サオリはミハエルと共にハトの羽がありそうな各所を回って交渉をした。平和ハトの羽を一枚得ると材料屋から五百ピッピもらえる。五百ピッピはリアルカディアにあるピッピ取引所で五十円に交換してもらえる。
ミハエルには交渉代として一枚二十円を渡し、羽をくれる人たちからは一枚十円で買取ることにした。サオリには一枚二百ピッピが手に入る。平和ハトの羽千枚で一パックなので、サオリの手元には一クエスト二十万ピッピが手に入るという計算だ。
鳩の研究所や野鳥園のようなハトの羽を大量に持っている人たちは、羽なんて、ただ捨てるか、赤い羽根募金に安い値段で販売するくらいしか使い道がなかったので、一枚十円で永続的に買ってくれるミハエルには、逆にありがたいという気持ちで接してくれた。
こうしてサオリはミハエルとともに各所を回り、だいたい隔週ごとに千枚の羽を手に入れられるようになった。二週間に一回、二十万ピッピが手に入る。これだけ残れば修行を続けられるし、モフフローゼンにも早めに授業料を支払えるだろう。
今日で春休みは終わり、明日からは新学期が始まる。
ーーやりたいことは全てできた。
サオリは春休みの成果に満足して、太陽模様のパジャマでベッドに潜り込むと二秒で眠りに落ちた。