第48話 Realcadia (リアルカディア)
文字数 2,342文字
初めて歩くリアルカディアは、サオリが思ったよりも大きな街だった。
「リアルカディアってどのくらい大きいの?」
モフフローゼンの住むところへ向かう間、チャタローはぶっきら棒ながらサオリの質問になんでも答えてくれた。
「リアルカディアは結構大きいな。リアルの東京で例えると新宿歌舞伎町くれーの大きさだ。水晶と水鏡の王、ジョセフ・シュガーマンが治めている」
「てことは、新宿くらい人がいるの?」
「なこたぁねーだろ。周り見てみろ。全然いねーだろ。この街に住んでんのは、リアリストが約千体、アルカディアンが約二千体くれーだ。他に沙織たちみてーな非定住者が毎年一万体くれぇ来る」
「じゃあ三千人、プラスマイナスアロンアルファて感じ?」
「厳密には違うけどな」
「どゆこと?」
「ほら。お前が昨日登った世界塔。あれぁこの世界の中心なんだ。んーで後ろ振り返ってみ。クリスタルパレスの左右に、空から滝のように降り注ぐ水壁がずっと続いてんだろ? あの水壁が街の風景を映しているせいで、世界塔を中心に放射状に円を描いている国に見える。けど本当は、リアルカディアって街は半円形なんだ。あの『水鏡大通り』を境にしてリアルとアルカディアが分かれている。俺たちがいる場所はリアルで、水鏡の壁を超えてアルカディア側に行けるこたぁねえ。ただ原理はわからねぇが、水鏡に映し出されているおかげでリアルもアルカディアも同じものが同じように存在し、同じ街にいるかのようにお互いが接し合うことができるっつー訳だ。わかるか?」
ーーリアルでアルカディアは幻であり、アルカディアでリアルは幻であるが、リアルカディアにおいては全てが実在している、って何? 哲学的な話 ?
サオリは不安そうにうなづいた。チャタローはわからなくても特に問題はないという顔をしているが、サオリははっきりと知りたかったしわかっていると思われたかった。しかし現実は、わかったように見せかけて本当は理解できていないという反対の結果となっている。
誰もサオリの内面についてはわからないし気にもしていないが、サオリだけは自分が他人にこう思われたいという思いのために実際とは違う行動をとってしまっていることを知っている。誰にも知られていないとはいえ、とても自分に恥ずかしかった。うなづかなければよかったと後悔をした。チャタローはサオリの気持ちなど知らずに話し続ける。
「ついでだからリアルカディアの地理についても説明してやるよ。今、俺たちぁクリスタルパレスから出てきたろ? ちゃんと見てたかわかんねーが、クリスタルパレスからは放射状に五本の大きな通りが等間隔で並んでんだよ。左右の道は水鏡の壁に沿っているんでそのまま『水鏡大通り』だ。んで、間にある三本の大通りは、左から順番に『宰相通り』『王通り』『団長通り』だ。俺たちが今歩いているのは、王通りだな」
サオリは、女子が苦手とされている地図の作成能力がある。おそらく仙術の、『図像記憶法』を訓練した副産物だろう。チャタローの話を聞きながら頭の中で地図を組み立てる。チャタローは王通りを左に曲がるところで話を続けた。
「王通りの奥を見てみろ。三本、大きい通りが横切ってんだろ。近い方から順番に、『小さい半月大通り』、『中くらい半月大通り』、『大きい半月大通り』ってぇ名称になってんだ。今、俺たちがいる十字路が、小さい半月大通りって訳だな」
サオリは、曲がって左右の街並みを見比べた。小さい半月大通りを挟んで、左右の街並みがまるで違う。
「クリスタルパレスに近い建物の方が綺麗」
「おっ、わかったか?」
チャタローは振り向かずに説明する。
「世界塔に近いほど偉いクリーチャーが住んでるんだ。この小さい半月大通りを挟んで世界塔寄りが、王侯貴族や首長に深く関係のある者が住んでいる地域。遠い方が、商人や職人が住んでいる地域だ。中くらい半月大通りの先は、住民のいる地域になっている。大きな半月大通りより先は水晶で囲まれていて、それより先には進めねー。モフフローゼン様の住んでんのぁ、宰相通りを進んだところにある職人街の奥だ。宰相通り沿いはアルカディアンが多く、団長通り沿いはリアリストが多い」
「モフモフさんはアルカディアン?」
「そうだ」
「わかりづらい場所に隠れてたの?」
「いや」
「じゃあ、どうして今までモフモフさんの場所がわからなかったの?」
「ん? わからなかったって誰が言ったんだ?」
チャタローは不思議そうにたずねた。
「ダビデ王が、場所わかんないって言ってた」
「ああ。そりゃあれだ」
チャタローはため息をついた。
「わかんないっつーか、そもそも興味がねーんだよ」
「どゆこと?」
チャタローは呆れたように話した。
「ほら。モフフローゼン様をKOQから追放したら、もう自分には何の関係もねーだろ。後は世界のバランスを崩すようなことをしなければ、KOQは何の興味もねーんだ」
「なんで?」
「普通のアルカディアンは、自分の国以外にあまり興味を持たないからやろ」
クマオは当たり前のように答えた。
ーー人間とは違うんだな。
サオリはなんだか不思議な気分だった。
宰相通りを歩いていくと、高級な建物から徐々に奇妙な建物へと変化していく。
三体で話をしながら二十分ほど歩く。
中くらい半月大通りと、大きい半月大通りの真ん中あたりから、徐々に細く、入り組んだ道を通る。寂れた建物の細い隙間を抜けていく。ミハエルやモーゼでは通れないほどの細さだ。サオリは小さくて細いので、スクールバッグを抱えれば簡単に抜けられる。いくつかの細い道を抜け、透明の鉄で作られたような無骨だか繊細だかわからないような建物の前で、チャタローはようやく足を止めた。
「ここだ」
サオリは建物を見上げた。
「リアルカディアってどのくらい大きいの?」
モフフローゼンの住むところへ向かう間、チャタローはぶっきら棒ながらサオリの質問になんでも答えてくれた。
「リアルカディアは結構大きいな。リアルの東京で例えると新宿歌舞伎町くれーの大きさだ。水晶と水鏡の王、ジョセフ・シュガーマンが治めている」
「てことは、新宿くらい人がいるの?」
「なこたぁねーだろ。周り見てみろ。全然いねーだろ。この街に住んでんのは、リアリストが約千体、アルカディアンが約二千体くれーだ。他に沙織たちみてーな非定住者が毎年一万体くれぇ来る」
「じゃあ三千人、プラスマイナスアロンアルファて感じ?」
「厳密には違うけどな」
「どゆこと?」
「ほら。お前が昨日登った世界塔。あれぁこの世界の中心なんだ。んーで後ろ振り返ってみ。クリスタルパレスの左右に、空から滝のように降り注ぐ水壁がずっと続いてんだろ? あの水壁が街の風景を映しているせいで、世界塔を中心に放射状に円を描いている国に見える。けど本当は、リアルカディアって街は半円形なんだ。あの『水鏡大通り』を境にしてリアルとアルカディアが分かれている。俺たちがいる場所はリアルで、水鏡の壁を超えてアルカディア側に行けるこたぁねえ。ただ原理はわからねぇが、水鏡に映し出されているおかげでリアルもアルカディアも同じものが同じように存在し、同じ街にいるかのようにお互いが接し合うことができるっつー訳だ。わかるか?」
ーーリアルでアルカディアは幻であり、アルカディアでリアルは幻であるが、リアルカディアにおいては全てが実在している、って何? 哲学的な話 ?
サオリは不安そうにうなづいた。チャタローはわからなくても特に問題はないという顔をしているが、サオリははっきりと知りたかったしわかっていると思われたかった。しかし現実は、わかったように見せかけて本当は理解できていないという反対の結果となっている。
誰もサオリの内面についてはわからないし気にもしていないが、サオリだけは自分が他人にこう思われたいという思いのために実際とは違う行動をとってしまっていることを知っている。誰にも知られていないとはいえ、とても自分に恥ずかしかった。うなづかなければよかったと後悔をした。チャタローはサオリの気持ちなど知らずに話し続ける。
「ついでだからリアルカディアの地理についても説明してやるよ。今、俺たちぁクリスタルパレスから出てきたろ? ちゃんと見てたかわかんねーが、クリスタルパレスからは放射状に五本の大きな通りが等間隔で並んでんだよ。左右の道は水鏡の壁に沿っているんでそのまま『水鏡大通り』だ。んで、間にある三本の大通りは、左から順番に『宰相通り』『王通り』『団長通り』だ。俺たちが今歩いているのは、王通りだな」
サオリは、女子が苦手とされている地図の作成能力がある。おそらく仙術の、『図像記憶法』を訓練した副産物だろう。チャタローの話を聞きながら頭の中で地図を組み立てる。チャタローは王通りを左に曲がるところで話を続けた。
「王通りの奥を見てみろ。三本、大きい通りが横切ってんだろ。近い方から順番に、『小さい半月大通り』、『中くらい半月大通り』、『大きい半月大通り』ってぇ名称になってんだ。今、俺たちがいる十字路が、小さい半月大通りって訳だな」
サオリは、曲がって左右の街並みを見比べた。小さい半月大通りを挟んで、左右の街並みがまるで違う。
「クリスタルパレスに近い建物の方が綺麗」
「おっ、わかったか?」
チャタローは振り向かずに説明する。
「世界塔に近いほど偉いクリーチャーが住んでるんだ。この小さい半月大通りを挟んで世界塔寄りが、王侯貴族や首長に深く関係のある者が住んでいる地域。遠い方が、商人や職人が住んでいる地域だ。中くらい半月大通りの先は、住民のいる地域になっている。大きな半月大通りより先は水晶で囲まれていて、それより先には進めねー。モフフローゼン様の住んでんのぁ、宰相通りを進んだところにある職人街の奥だ。宰相通り沿いはアルカディアンが多く、団長通り沿いはリアリストが多い」
「モフモフさんはアルカディアン?」
「そうだ」
「わかりづらい場所に隠れてたの?」
「いや」
「じゃあ、どうして今までモフモフさんの場所がわからなかったの?」
「ん? わからなかったって誰が言ったんだ?」
チャタローは不思議そうにたずねた。
「ダビデ王が、場所わかんないって言ってた」
「ああ。そりゃあれだ」
チャタローはため息をついた。
「わかんないっつーか、そもそも興味がねーんだよ」
「どゆこと?」
チャタローは呆れたように話した。
「ほら。モフフローゼン様をKOQから追放したら、もう自分には何の関係もねーだろ。後は世界のバランスを崩すようなことをしなければ、KOQは何の興味もねーんだ」
「なんで?」
「普通のアルカディアンは、自分の国以外にあまり興味を持たないからやろ」
クマオは当たり前のように答えた。
ーー人間とは違うんだな。
サオリはなんだか不思議な気分だった。
宰相通りを歩いていくと、高級な建物から徐々に奇妙な建物へと変化していく。
三体で話をしながら二十分ほど歩く。
中くらい半月大通りと、大きい半月大通りの真ん中あたりから、徐々に細く、入り組んだ道を通る。寂れた建物の細い隙間を抜けていく。ミハエルやモーゼでは通れないほどの細さだ。サオリは小さくて細いので、スクールバッグを抱えれば簡単に抜けられる。いくつかの細い道を抜け、透明の鉄で作られたような無骨だか繊細だかわからないような建物の前で、チャタローはようやく足を止めた。
「ここだ」
サオリは建物を見上げた。