第97話 Tjukurpa (ドリームタイム)
文字数 1,605文字
夕方近くなると、今まで適当だった音が音楽として紡ぎ出され始める。どうやらいつの間にかドリーミングが始まっているようだ。
「起きたかい?」
ジミー爺さんが近くに来て説明をしてくれた。
「これ、ドリーミング?」
「そうだ」
「いい音楽だね」
ジミーは、そうだろうという顔をした。
「ドリーミングは世界の創成期から現代までの歴史を、ソングラインという踊りと歌によって表現していくんじゃ。じゃが、ただの歴史の口伝だと思われているが、それは違う。この幻想的な音楽で、徐々にリアルの中にアルカディアを生み出し、アルカディアをリアルから眺めることができるようになる。これがドリーミングの本当の意味じゃ」
「見られるとどうなるの?」
「今まで世の中で想像された全ての出来事を見られるということは、十年前にこの地で何があったのかを見ることも出来る」
「パパの行方がわかるの?」
「見られる者は限られとるがな」
「アタピは?」
「沙織は見ることができるかもしれん。それと、沙織の相方のそいつも、な」
「クマオや」
クマオは寝ているようで聞いていたのだろう。鞄(かばん)の中からさっと自己紹介した。
「クマオか。そう。お前も見られるだろう。だが、アナング族の者たちはほとんど見ることができない。稀に見ることができるワシのような者はシャーマンと呼ばれておる。ま、ワシも今まではぼんやりと見られただけで、しっかり見られるという確信を持つに至ったのはつい最近のことじゃがな。ホッホッホ」
ーーひゃー。九十歳過ぎてまだ成長してんだ。
沙織は、ジミー爺さんをさらに尊敬した。
「ソングラインは十三に分けられた場面を、時間をかけて表現していくのじゃ。一つ終わるたびに一つ火をくべ、十三の場面が終わる時には一つの円が出来上がる。その円から、自分の見たいアルカディアの場面を見ることができるのじゃ」
「ジミーさんはどんなのが見たいの?」
「ワシか? ワシがドリーミングに関わる時は、毎回精霊の国にソングラインを繋げておる。繋ぎさえすれば、素質のあるヤツは精霊を見ることができるからな」
沙織は自分だったらどこに繋げようかと考えた。クマオの住んでいるぬいぐるみ王国というのも面白そうだ。『女王陛下のお友達』らしいので、女王陛下に会ってみるのも悪くない。どんな世界でも見られるというのは制限がないので、夢が広がると同時に自分の想像力が試される。想像できないものは存在しない。思いつかないものを見ることはできない。沙織は、「雅弘の行方を見る」という目的をすっかり忘れて、ひたすら楽しい想像に想いを馳せていた。
そうこうしているうちに、太陽が落ちて暗くなる。騒がしい雑談に音楽、踊りが混じり合い、閉鎖された空間にポツリポツリと燃える焚き火。空は一面の星が散りばめられ、焚き火が増えるごとに空気の寒さと炎の暖かさが混じり合う。煙と共に空に上がっていく熱気がなんとも言えず幻想的だ。これがアルカディアだと言われたらそうなのだろうと思ってしまう。神の存在を感じる時というのはこういう時なのだろう。
沙織がアボリジナル料理をつまみ食いしながら雰囲気に浸っていると、煙の先からまた自分の思い出が蘇ってきた。
ーー当時六歳だったアタピは、誰かに襲撃を受けて捕まってしまったんだ。それを助けようとしてくれた本当のお兄ちゃんのように想っていた少年。それから、たくさんのパパの仲間がアタピを救ってくれようとした。ミハエルも、じゃがいもみたいな頭の人も仲間だ。けど、穴の中に投げ捨てられてしまうアタピ。それを助けようとして穴に飛びこんでくるパパ。抱きかかえられて……。それから……。それから……。
沙織は、それ以上考えられなくなって、考えるのが怖くなって、現実に戻って慌ててアーサー隊長を探した。自分の使命に逃げようとした。
ーーいた。
普通にヤギの肉を豪快に頬張っている。
沙織は現実に戻ってこられて安心した。
「起きたかい?」
ジミー爺さんが近くに来て説明をしてくれた。
「これ、ドリーミング?」
「そうだ」
「いい音楽だね」
ジミーは、そうだろうという顔をした。
「ドリーミングは世界の創成期から現代までの歴史を、ソングラインという踊りと歌によって表現していくんじゃ。じゃが、ただの歴史の口伝だと思われているが、それは違う。この幻想的な音楽で、徐々にリアルの中にアルカディアを生み出し、アルカディアをリアルから眺めることができるようになる。これがドリーミングの本当の意味じゃ」
「見られるとどうなるの?」
「今まで世の中で想像された全ての出来事を見られるということは、十年前にこの地で何があったのかを見ることも出来る」
「パパの行方がわかるの?」
「見られる者は限られとるがな」
「アタピは?」
「沙織は見ることができるかもしれん。それと、沙織の相方のそいつも、な」
「クマオや」
クマオは寝ているようで聞いていたのだろう。鞄(かばん)の中からさっと自己紹介した。
「クマオか。そう。お前も見られるだろう。だが、アナング族の者たちはほとんど見ることができない。稀に見ることができるワシのような者はシャーマンと呼ばれておる。ま、ワシも今まではぼんやりと見られただけで、しっかり見られるという確信を持つに至ったのはつい最近のことじゃがな。ホッホッホ」
ーーひゃー。九十歳過ぎてまだ成長してんだ。
沙織は、ジミー爺さんをさらに尊敬した。
「ソングラインは十三に分けられた場面を、時間をかけて表現していくのじゃ。一つ終わるたびに一つ火をくべ、十三の場面が終わる時には一つの円が出来上がる。その円から、自分の見たいアルカディアの場面を見ることができるのじゃ」
「ジミーさんはどんなのが見たいの?」
「ワシか? ワシがドリーミングに関わる時は、毎回精霊の国にソングラインを繋げておる。繋ぎさえすれば、素質のあるヤツは精霊を見ることができるからな」
沙織は自分だったらどこに繋げようかと考えた。クマオの住んでいるぬいぐるみ王国というのも面白そうだ。『女王陛下のお友達』らしいので、女王陛下に会ってみるのも悪くない。どんな世界でも見られるというのは制限がないので、夢が広がると同時に自分の想像力が試される。想像できないものは存在しない。思いつかないものを見ることはできない。沙織は、「雅弘の行方を見る」という目的をすっかり忘れて、ひたすら楽しい想像に想いを馳せていた。
そうこうしているうちに、太陽が落ちて暗くなる。騒がしい雑談に音楽、踊りが混じり合い、閉鎖された空間にポツリポツリと燃える焚き火。空は一面の星が散りばめられ、焚き火が増えるごとに空気の寒さと炎の暖かさが混じり合う。煙と共に空に上がっていく熱気がなんとも言えず幻想的だ。これがアルカディアだと言われたらそうなのだろうと思ってしまう。神の存在を感じる時というのはこういう時なのだろう。
沙織がアボリジナル料理をつまみ食いしながら雰囲気に浸っていると、煙の先からまた自分の思い出が蘇ってきた。
ーー当時六歳だったアタピは、誰かに襲撃を受けて捕まってしまったんだ。それを助けようとしてくれた本当のお兄ちゃんのように想っていた少年。それから、たくさんのパパの仲間がアタピを救ってくれようとした。ミハエルも、じゃがいもみたいな頭の人も仲間だ。けど、穴の中に投げ捨てられてしまうアタピ。それを助けようとして穴に飛びこんでくるパパ。抱きかかえられて……。それから……。それから……。
沙織は、それ以上考えられなくなって、考えるのが怖くなって、現実に戻って慌ててアーサー隊長を探した。自分の使命に逃げようとした。
ーーいた。
普通にヤギの肉を豪快に頬張っている。
沙織は現実に戻ってこられて安心した。