第13話 Rival (ライバル)

文字数 3,093文字

 数分後。サオリの目の前にはナワトビで縛り上げられた三体の女子高生が転がっていた。ミハエルから教わったロシア軍隊式の結び方で、人の力が入りにくいように結んである。ナワトビとはいえ女子高生ではほどけない。唸っているので舌を噛まないようにハンカチもくわえさせた。
「ふう、やれやれ」
 アイゼンはわざとらしく手をパンパンと叩き、額の汗を拭くフリをした。コートを脱ぎ、竹刀とバッグを無造作に後ろに置く。
「それじゃ、話聞こっか?」
 教室の真ん中に置かれた机を挟み、サオリとアイゼンは向かい合わせになって座った。サオリの誕生日を祝うはずだった机が今は面談用になっている。運命とは不思議なものだ。
「アイちゃん、何で学校にいんの?」 
 アイゼンは高校三年生。二月に入ってから授業がない。学校にいるのはおかしい。アイゼンはあっけらかんとその問いに答えた。
「昨日の剣道大会で優勝したでしょ? 校長先生に戦勝報告をしないといけなかったの」
「なんでここに来られたの?」
 サオリは疑心暗鬼に陥っている。今度の質問は、なぜサオリの教室に来られたのかという意味だ。いくら大声を出したからといって、四階にある教室から一階にある校長室までサオリの声が聞こえるはずがない。
「ああ。だって沙織、今日、誕生日でしょ? 教室で誕生日会やってるかなーと思って」
ーーそれに私がピーチューブに出たら、再生回数増えるでしょ?
 心の声は口には出さず、アイゼンは軽くウインクをした。
ーーそれってアタピに会いたかったてこと? そういうことを簡単に言えてしまうところがアイちゃんはかっこいい。アタピだったらアイちゃんと会いたくて寄り道したなんて恥ずかしくて言えない。
 サオリの気持ちには気づかずアイゼンは話を続けた。
「それより沙織。これはなんなの? 虐められてるという感じでもないし。もしかして麻薬? 誰にも言わないから私にだけは正直に教えて」
 サオリは今までに起きた不思議なことをどう話せばいいのかと躊躇した。自分の弱いところや失敗を見せたくない性格なので、確実なことがわからない話をするのが恥ずかしい。大親友のアイゼンにたいしてはその気持ちがさらに強い。
ーーこの事件。常識的に考えて、すっごく馬鹿げてておかしなお話なんだよな。
 サオリは、目の前でピーチーズが唸って転がされているというのに、まだこれがサプライズだという線を捨てきれていなかった。なので、こんな荒唐無稽な話で助けてほしいだなんて言いづらいのだ。アイゼンが信じてくれるかどうかも疑問だ。
 だがサオリは、アイゼンに対して絶対的な信頼を持っていた。本当の本当に困った時にはミハエルかアイゼンに相談しようと思っていた。もしサオリが騙されていたからといって失笑するような人間ではない。ただアイゼンの度量の大きさと自分の度量の小ささがわかってしまうので自分が恥ずかしくなるだけだ。けれどもサオリは話す決心を固めた。
「うん。実はね……、アタピもよくはわからないんだけど……」
 アイゼンはサオリの話に身を乗り出した。
「今日は桃が誕生日を祝ってくれるはずだったんだ。でも準備できたよてメール来て、教室に戻ったら急に襲ってきたの」
 アイゼンは真顔で、しっかりと目を合わせて質問をした。
「襲われるような理由とかはないの? 逆恨みの可能性も含めて」
ーー逆恨み? 相手の立場から物事を考えることは仙術で練習している。けれど桃から恨まれるようなことは百歩譲っても全く覚えがない。
 サオリは即座に首を振った。
「そうだよね。沙織が嫌われるはずがない…。てことはピーチーズの方に原因があるのかな?」
「結果には必ず原因がある」
 仙術の教えだ。
 アイゼンは、床に転がっているピーチーズを見て手を振った。
「おーい」
 ピーチーズはアイゼンと視線を合わさず、低い唸り声を上げながら無表情でサオリを見つめている。
「まあ……、明らかに原因はあちら様、て感じだね。先生に言う?」
ーーもし薬だったら、みんな退学になっちゃうかも……。
 サオリは首を振った。アイゼンもわかっていたようだ。
「そうだよね。じゃあいつからあんなになっちゃったの?」
ーー放課後までは普通だったし、飾り付けもここまでちゃんとやってくれてるから…。
 黒板に描かれたハッピーバースデーの文字が虚しい。女子高生たちの呻き声が響く。サオリはスマートフォンを取り出した。
ーー今は十五時。てことは…。
「十四時半頃かなぁ?」
「沙織はその時どうしてたの?」
「アタピ? 階段の一番上で寝てた」
「何で?」
「準備終わるまで待っててて言われたから」
「そうじゃなくて。なんで階段なの?」
「誰もいないとこ探したの」
 六階にあるアイゼンの教室をなんとなく覗いたら、たまたま屋上庭園に向かう階段を見つけたということを、サオリは恥ずかしくて口に出せなかった。
「わかる。沙織らしい」 
 アイゼンはサオリの心中など知らずに笑っている。
「ところで、」
 アイゼンはサオリのバックを指さした。
「そのぬいぐるみはどうしたの? さっき廊下で拾ってたけど。誰かからもらったの ?」
 指はクマオを指している。先ほど隠しておいたのにいつの間にかバックから顔を出していた。サオリは全てを話そうと思っていた。ただ、クマオについては本熊が「親友にも知られたらいけないクマー」という顔をしていたので、意識的に話さないでおいたのだ。
 だが、話さないということは情報が一つ減るということだ。そして情報が減るということは、解決の糸口が掴みにくくなるということだ。本音を言えば、アイゼンには自分の嫉妬や弱さ以外なら何もかもを打ち明けておきたかった。サオリはクマオを見た。
「話しても……いい?」
 しばらくの沈黙の後、クマオは目をしばたたかせた。ただのぬいぐるみだったクマオの体に力が宿る。
「ま……、ええやろ」
ーーえっ?
 アイゼンは、この日初めて驚いた表情を見せた。
「アイちゃん。クマオ」
 サオリは心中に湧き出た自慢げな感情を隠し、歩いてきたクマオを無表情で机の上に乗せた。クマオは立ち上がり、太めの右腕を自分の胸につけて自己紹介をする。
「初めまして。ワイはクマダクマオ。女王陛下の犬。女王陛下のお友達であり、ワイのいっちゃんの親友でもある沙織がピンチになったいうから、遠いとこからやって来たんや」
「あら、丁寧なクマさん? 犬さん? それともぬいぐるみさん? かしらね」
 アイゼンはクマオの黒い鼻を軽く突ついた。
「や、やめい!」
 焦るクマオにアイゼンは微笑んだ。
「それじゃあ私も自己紹介しなきゃね。私はフジワラノアイゼン。雙葉高校三年生で、来年からは東大生。前生徒会長で、剣道日本一にもなった天才美少女よ。将来は有名な政治家になる予定。それに」
 アイゼンはさらに身を乗り出した。クマオと顔の距離は二十センチもない。アイゼンは右手を出して小悪魔のような笑みを浮かべた。
「クマオよりも一番の、沙織の大大大親友だよ」
 クマオはアイゼンの顔と右手を交互に見つめた後、仕方ないという顔をした。
「ふん。ライバル、ちゅうやっちゃな。手ごわいやないか。でもま、お前なら認めたるわ」
 クマオは手を伸ばしてアイゼンと握手を交わした。
「かわいー」
 アイゼンはそのまま引き寄せてクマオを抱きしめる。
「痛い痛い。潰れるやないかい」
 二人の美男子から取り合いになるというのは女の夢の一つだと思う。だが、ぬいぐるみと美女から取り合いになっているというこの状況。これは夢の一つだといえるのだろうか。
ーーしかしこの画は美しい。
 サオリはなんだか幸せな気持ちが芽生えた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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