第53話 Alchemist (錬金術師)

文字数 3,282文字

 モフフローゼンが吠える。
「ワオーン。今日は座学だ。家に帰ろうと思わずに歩いても、家に帰ることはできない。何かを成功させるには、何処へ向かえばいいのかを知らなければならない。アルキメストになるには、アルキメストとはなにかを知らなければなれない。目標をくっきりとイメージすることが目標への一番の近道だ。沙織はどんなアルキメストになりたいのだ?」
「パパみたいになりたい」
「だったらファンタジスタだな。素質はあると思うぞ」
「ファンタジスタ?」
「そうだ。アルキメストには、主に三つのタイプがある。一つ目は賢者の石、PSの使い方に長けているフィロソフィアだ。哲学者とか戦士とかPとか呼ばれている。二つ目はファンタジー、Fの使い方に長けているファンタジスタ。こちらは能力者とか魔法使いとかFと呼ばれる。三つ目は、ファンタジーを製作することに長けているドリームメーカーだ。職人、鍛治屋、Dと呼ぶものが多いな」
ーーてことはアタピはファンタジスタになれたら魔法使いって呼ばれるの? 犬だったら失禁してる。
 サオリは真面目な顔をしてモフフローゼンの話を聞いた。
「けれどもこれは俗称だ。正式なアルキメストの呼び方は、最初にアルキメストのA。次にタイプでPかFかD。最後にランクで表される。沙織の知っているアルキメストを例としてあげると、井上銀次郎はAPD。雅弘はAFS。ワシはADS3といったところだ。これらは努力も必要だが、遺伝や資質によるところが大きい。沙織は雅弘の子供だから、おそらくファンタジスタになれるだろう。ファンタジスタになれれば、クルクルクラウンも使うのにもちょうどいいな」
「ギンさんのこと、知ってるの?」
「ああ。グスタフからの伝達飴で知ったし、その後、一度会った」
ーーあんな飴一つでどれだけの情報量があったんだろ。それにギンさんのことを教えんなら、モフモフさんに会う時に一緒でも良かったのにな。
「ギンさんに会ったの?」
「ああ。沙織のことをよろしく頼みますと頭を下げてきおった。山中の弟子だというところが気に食わんがなかなかの好青年だな」
ーーアタピのことを頼みますって、ほんとありがたいな、ギンさんは。
 サオリは心が温かくなった。モフフローゼンの説明は続く。
「アルキメストはまず、オーラを練ることを覚え、ウイッシュを使用できるような訓練をする。ウイッシュとは力のあるアルカディアンと契約を結ぶと使用できるのだが、沙織はもう契約しておるようだな。まるでハッピーセットを買うとおまけがついてくるように。それにミハエルに教わって、未熟ながらも既にオーラを練ることはできる。その点も問題ないようだな。アップルパイもおまけにいかがですか、という感じか」
ーーいりません。
 サオリはうなづいた。
「だが、ウイッシュだけが使えてもアルキメストとは認められない。PSを使用できるようになった時に、初めてアルキメストとして認められるのだ。沙織はこれから、この訓練をする」
「アタピ、ファンタジスタの可能性が高いのに、賢者の石の修行もするんですか?」
「そうだ。ファンタジスタだからといって、PSを扱えないアルキメストはいない。フィロソフィアも全員Fが使える。どちらが得意かというだけの話だ。新庄剛志がピッチャーもできるように」
ーー誰それ?
「わかりました」
 モフフローゼンは満足げに鼻を鳴らした。
「うむ。PSを使えるようになったら、次はHF、ホープ・ファンタジーの訓練だ。これにもGからSSSまでランクがある。ランクが低くても便利なファンタジーはたくさんあるぞ。沙織の持っているPカードもHFG、ホープ・ファンタジー・ランクGだ。そして最後にDF、ドープ・ファンタジーの訓練。これでようやく一人前のアルキメストとして認められる。後は、技術や実績が上がれば上がるほどアルキメストとしてのランクが上がっていく。そのうちに沙織のDFであるクルクルクラウンも使えるようになるだろう。先は長いが、まずは一歩踏み出すことからだな。まるでお化け屋敷に入るように」
ーー一歩一歩。
 歩かなければたどり着かないことはわかっている。目標がわかったから歩くことに迷いはない。サオリは力強くうなづいた。
「それでは沙織。この前あげた首飾りを手に取ってくれ」
 サオリは、自分の首にかけていたネックレス、命名スカイを手に取り、手の上に乗せてまじまじと見た。透き通るような漆黒。まるで宇宙を閉じ込めたかのように神秘的な美しさの宝石だ。
「それこそがPSといわれている宝石だ。本来はアルカディアにしか存在しないはずなのだが、稀にリアルで発見される。だが、その鉱石はアルカディアのものなので、時間と空間がリアルと異なっている。そのため、リアルで傷をつけることはできないのだ。映画に出てくる豪華な骨つき肉を、観客は誰も食べることができない。それと同じだ」
 モフフローゼンは舌舐めずりをして続けた。
「だが、我々アルキメストは、映画のスクリーンに自由に出入りするかのように、リアルでもPSを変化させることができる。方法はこうだ。まずオーラで、PSと自分との間の境目を無くす」
 モフフローゼンが賢者の石に指を当てると、黒い石から白い光輪が浮き出る。
「次に、クリエイティビティ。創造力だ。創造の力を使用して、形状を変化させる」
 賢者の石は細い蛇のように細長くなり、指からスルスルとモフフローゼンの体をよじ登り、身体中を這いずり回って、再びサオリの手の上で白い石になる。モフフローゼンが指を離すと、賢者の石は元の黒い宝石に戻った。
「これが賢者の石の基本的な扱い方だ。Fも、PSを使用して作られている。つまりアルキメストとは、PSを自由に錬成できるクリーチャー、と定義することが出来よう。沙織はオーラを錬成できるので、PSを変性させる練習からだな。みどり。隠れてないで出てきなさい」
 サオリが振り返ると、工場の角から緑一色の顔がこっそり覗いている。モフフローゼンと同じくらい大きな頭だ。パーマの髪の毛も、分厚く大きな唇も、黒目も、白目だって、全てがプラスチックのようにチャチな緑色をしている。ミドリはおずおずとした顔をした後で、ゆっくりと壁から体を出してきた。
 サオリは、ミドリが出てきて驚いた。大きな顔に似合わず、ずんぐりむっくりとした小さな体。二頭身。大きいと思っていたのに、身長はサオリと同じくらいだ。
ーーこういう体型、アニメやゆるキャラで見たことあるけど、本物は初めてだ!
 だがサオリは、なぜかそんなに違和感を感じなかった。
ーー人間て不思議なことが続くと、おかしなことが起きても慣れちゃうな。
 サオリはまじまじと、瞬きもせずにミドリを見続けた。恥ずかしそうな顔でモジモジとしているミドリに、モフフローゼンが話しかける。
「みどり。沙織だ。聞いてただろう? これからみどりは、沙織にPSの使い方を教えてあげなさい」
 ミドリは驚いて自分の顔を指差してた後、全力で首を振った。
「みどり」
 ミドリはなおも、両手を前に突き出し、全力で断っている。
「これはみどりの修行にもなるからやりなさい。一番弟子として、妹弟子に教えるんだ」
 一番弟子、という言葉を聞いてミドリの動きが止まった。「えっ! 一番弟子?」という顔をして、おずおずと自信なさげに自分の顔を指差す。モフフローゼンは立ち上がり、ミドリの頭に手をおいた。
「そう。一番弟子だ。一番弟子なら、やることはわかるな」
 ミドリは、にやぁと、顔の筋肉を平行に弛緩させてうなづいた。
「よし、いい子だ」
 モフフローゼンはミドリの頭をなでて振り返った。
「それでは沙織。これからは、みどりにPSの使い方を教わりなさい。ワシに時間ができた時には、またいつでも沙織の修行の成果を見よう。ワシは今作っている新しいファンタジーの研究で、ちと忙しいのだ。まるで年間二百本のライブツアーをこなすバカ売れロックスターのマネージャーのようにな」
 サオリがうなづくと、モフフローゼンは四つ足になり、軽快な足取りで工場の方へと消えていった。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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