第12話 God Save The Queen (神、降臨)
文字数 1,755文字
「みんな! どうしたの?」
サオリは普段、あまり大声を出さない。けれども今は声帯が壊れるほどがなった。子供がおねだりをする時に発する原始的な大声。こんな大声を出したのは三年ぶりくらいだ。けれどもピーチゾンビーズはまるで無視。勢いは止まらない。そのガッツキはハイエナのようだ。
サオリは仙術を習っているので、ピーチーズとは身体操作の根本が違う。恐怖はあったが心の中ではまだ冷静に物事を考えることができた。
ーーアタピ、怪我したくない。特に可愛い顔は傷つけたくない。もし殴ってきたら拳だけは避けよ。
だが、ピーチーズはサオリに殴りかかってこなかった。体を、特に左半身を押さえつけてくる。
ーーえ?
サオリは注射される時に針を見るように、じっくりとピーチーズの動きを観察した。
ーーもしかしてクルリン狙い?
ピーチーズはサオリの左腕にしがみついて、鈍く光る金色の腕輪を奪おうとしている。
ーーダメダメ。これ、パパの形見。
サオリは反射的に左手を引く。ピーチーズの勢いが激しくなる。サオリは、なるべく落ち着いた口調でピーチーズに問いかけた。
「クルリン欲しいの ? なんで取ろうとするの?」
誰も聞かない。
ーーみんなもアタピが大事にしてるってこと知ってるはずなのに。
ピーチーズの目つきはバーゲンセールに群がるおばさまの如しだ。サオリは左腕を無理やり伸ばされた。ウサの指がクルクルクラウンにかかる。
ーーダメ…。
とはいえ親友にはこれ以上の攻撃はできない。サオリは目を閉じ、三人から逃れるために意識を集中させた。
ーー力の流れを把握せよ。
と突然、サオリにのしかかっていた三人の重みが軽くなる。
ーーあれ?
「何やってんの? またピーチューブ? 遊びにしてもやりすぎだよ」
聞き覚えのある声だ。サオリはうっすらと目を開けた。カメが遠くに転がっている。ウサは腰を抱えられて持ち上げられている。
制服にロングコート。長い黒髪。背が高い。ファッションショーから抜け出してきたかのように現実味のない、モデルのようなスタイルの女性が立っている。女性は呆れ顔をして、まるで布団でも片付けるかのようにウサを軽々と投げ捨てた。
「アイちゃん!」
目の前には、大親友であり日本一の女流剣士でもある藤原愛染が立っていた。
アイゼンはサオリの肩に食い込んでいるユキチの指を軽くねじる。ユキチが岩についた貝のように剥がされる。アイゼンはそのまま、軽作業のようにユキチを転がした。
ピーチーズは受け身がとれるように投げられたので誰も怪我をしていない。すぐに立ち上がり、三度サオリに襲いかかってきた。
アイゼンは長い両腕を広げてこともなげに三人を抱きかかえる。三人はもがくが動けない。アイゼンは何もしていないかのように涼しい顔をしている。一流の武術家と一般の女子高生の差。サオリも本当はこれがしたかった。だが身長と力が無いためにできなかった。夢の戦法だ。
「沙織。なにやってんの?」
アイゼンが呆れ顔のまま振り向いた。
「ちょっと、ね」
サオリは半身を起こし、右手の親指と人差し指を近づけるジェスチャーをした。
「ちょっと、じゃないでしょう? サオリのあんな大声、修行以外で初めて聞いたよ。それにほら。この子なんて怪我しちゃってるじゃない。サオリが人を怪我させるなんて見たことないよ」
「アタピ、怪我させてない」
「あら。そう?」
アイゼンはすぐに考えを改めた。そもそもサオリが友達を傷つけるということの方が信じられないことだったからだ。
「じゃあ、どうしたのよ」
「突然ピーチーズに襲われた」
「そんなことあるの?」
「無いと思ってた」
「だよね」
アイゼンは抱きしめているピーチーズを見た。
「ねー、なんで沙織を襲おうとしてんの?」
ピーチーズは答えない。ただアイゼンの腕の中で必死にもがいている。だが三人は普通の女子高生だ。体力がなくなり、動きにも力がなくなってきた。
「あなたたち、友達なんでしょ?」
三人は答えない。まだひたすらにもがいている。アイゼンは諦めた。
「とりあえず…」
困った顔をして沙織を見る。
「私もこのままじゃゆっくり話もできないわ。一度縛っとこう。あっ。あと沙織。誕生日おめでとう」
「ありがと」
サオリとアイゼンは、ピーチーズを抱えながら教室の中に入っていった。
サオリは普段、あまり大声を出さない。けれども今は声帯が壊れるほどがなった。子供がおねだりをする時に発する原始的な大声。こんな大声を出したのは三年ぶりくらいだ。けれどもピーチゾンビーズはまるで無視。勢いは止まらない。そのガッツキはハイエナのようだ。
サオリは仙術を習っているので、ピーチーズとは身体操作の根本が違う。恐怖はあったが心の中ではまだ冷静に物事を考えることができた。
ーーアタピ、怪我したくない。特に可愛い顔は傷つけたくない。もし殴ってきたら拳だけは避けよ。
だが、ピーチーズはサオリに殴りかかってこなかった。体を、特に左半身を押さえつけてくる。
ーーえ?
サオリは注射される時に針を見るように、じっくりとピーチーズの動きを観察した。
ーーもしかしてクルリン狙い?
ピーチーズはサオリの左腕にしがみついて、鈍く光る金色の腕輪を奪おうとしている。
ーーダメダメ。これ、パパの形見。
サオリは反射的に左手を引く。ピーチーズの勢いが激しくなる。サオリは、なるべく落ち着いた口調でピーチーズに問いかけた。
「クルリン欲しいの ? なんで取ろうとするの?」
誰も聞かない。
ーーみんなもアタピが大事にしてるってこと知ってるはずなのに。
ピーチーズの目つきはバーゲンセールに群がるおばさまの如しだ。サオリは左腕を無理やり伸ばされた。ウサの指がクルクルクラウンにかかる。
ーーダメ…。
とはいえ親友にはこれ以上の攻撃はできない。サオリは目を閉じ、三人から逃れるために意識を集中させた。
ーー力の流れを把握せよ。
と突然、サオリにのしかかっていた三人の重みが軽くなる。
ーーあれ?
「何やってんの? またピーチューブ? 遊びにしてもやりすぎだよ」
聞き覚えのある声だ。サオリはうっすらと目を開けた。カメが遠くに転がっている。ウサは腰を抱えられて持ち上げられている。
制服にロングコート。長い黒髪。背が高い。ファッションショーから抜け出してきたかのように現実味のない、モデルのようなスタイルの女性が立っている。女性は呆れ顔をして、まるで布団でも片付けるかのようにウサを軽々と投げ捨てた。
「アイちゃん!」
目の前には、大親友であり日本一の女流剣士でもある藤原愛染が立っていた。
アイゼンはサオリの肩に食い込んでいるユキチの指を軽くねじる。ユキチが岩についた貝のように剥がされる。アイゼンはそのまま、軽作業のようにユキチを転がした。
ピーチーズは受け身がとれるように投げられたので誰も怪我をしていない。すぐに立ち上がり、三度サオリに襲いかかってきた。
アイゼンは長い両腕を広げてこともなげに三人を抱きかかえる。三人はもがくが動けない。アイゼンは何もしていないかのように涼しい顔をしている。一流の武術家と一般の女子高生の差。サオリも本当はこれがしたかった。だが身長と力が無いためにできなかった。夢の戦法だ。
「沙織。なにやってんの?」
アイゼンが呆れ顔のまま振り向いた。
「ちょっと、ね」
サオリは半身を起こし、右手の親指と人差し指を近づけるジェスチャーをした。
「ちょっと、じゃないでしょう? サオリのあんな大声、修行以外で初めて聞いたよ。それにほら。この子なんて怪我しちゃってるじゃない。サオリが人を怪我させるなんて見たことないよ」
「アタピ、怪我させてない」
「あら。そう?」
アイゼンはすぐに考えを改めた。そもそもサオリが友達を傷つけるということの方が信じられないことだったからだ。
「じゃあ、どうしたのよ」
「突然ピーチーズに襲われた」
「そんなことあるの?」
「無いと思ってた」
「だよね」
アイゼンは抱きしめているピーチーズを見た。
「ねー、なんで沙織を襲おうとしてんの?」
ピーチーズは答えない。ただアイゼンの腕の中で必死にもがいている。だが三人は普通の女子高生だ。体力がなくなり、動きにも力がなくなってきた。
「あなたたち、友達なんでしょ?」
三人は答えない。まだひたすらにもがいている。アイゼンは諦めた。
「とりあえず…」
困った顔をして沙織を見る。
「私もこのままじゃゆっくり話もできないわ。一度縛っとこう。あっ。あと沙織。誕生日おめでとう」
「ありがと」
サオリとアイゼンは、ピーチーズを抱えながら教室の中に入っていった。