第116話 Deprogramming (洗脳解除)
文字数 3,027文字
ーーアタピ、飼い慣らされたくない。自由が欲しい。
沙織は考えた。自分たちが世界に飼い慣らされているということは、この世界は、誰かが作った世界ということだ。
ーーじゃあ一体、誰がこの世界を作って、誰がアタピを閉じ込めてんの ?
考えるには、今まで得た知識で考えるしかない。無い知識は知らないからだ。沙織は、自分の全身の引き出しをあちこち引っ掻き回した末、いつも読んでいる雅弘の残してくれた仙術ノートの一節を思い出した。
『世界は力によって支配されている』
この文章だ。
暗記をしていたので今までもこの言葉を知ってはいたが、今ではたくさんの経験を得たことで、この言葉の意味が前以上にわかるような気がする。
沙織はちょっとした女子高生に負ける気は一切しないが、Sランク同士の闘いに手が出なかった時に、初めて自分に力がなかったせいで、何も選択できなかった。多分、沙織が自分に自信があるのは、自分が学校内で一番勉強ができて、一番可愛いという自負、つまり、力があるからだ。
よく考えると、学校の先生も、親も、お金を持っている大人たちも、みんな自分よりも力の弱いものを支配していて、校長先生や教育委員会などの自分より力の強いものに支配されているような気がする。
ミハエルや銀次郎や愛染のように、身近にいる明らかに力の強い者からそのことを感じ取れなかったのは、三人がその力を、沙織を守ってくれるために使ってくれていたからだ。沙織を攻撃するために力を使うのなら、沙織はどんなにあがいても簡単に支配されてしまう。
あの戦いでも、自分たちの方が強くなかったら、ヘンリーたちの組織が今頃世界を支配していただろう。
十三血流やイルミナティは、力が強いから世界を裏で操っているのだろう。
それなのに今の自分は、世界において何の力もつけられないことしかやらされていない。言われるがまま普通に社会というレールに乗っていると、気づいた時には大学を卒業し、社会で生きる以外の何の力もないまま世界に放り出させられる。いつの間にか歯車以外の選択肢なんて無くなってしまう。そして、『百姓は生かさず殺さず』のスローガン通り、何となく不安で、何となく満足して、何となく生きて、何となく死んでいく人生を送っていくのだろう。
これは現在の、一部の力を持った人間が作り上げた、下の者からの反乱を許さない理想の世界だ。
そのことに対して沙織は、何のために生きているのだろうと思っていたのだ。
ーーだって、アタピの人生なのに、アタピの意思なんて全くない人生じゃない。
もちろん権力者の作戦通り、勉強をして、一流大学に入り、一流企業か一流職業につき、権力者の仲間入りをする、という世界の作り方もある。
ただ、この方法は、上っていくうちに、今あるこの社会に完全に一致した世界観を持った人間を作り上げていくための洗脳エレベーターに乗り込むということのような気もする。このエレベーターの行き先は、お金を稼げて、異性にもてて、社会的に尊敬される職業になるという価値観の世界に行き着くのだろう。これは予想できる。
もちろん、その行き先は悪くない。人間の動物的な欲望を全て叶えてくれそうだ。そうなった人間は、誰からも成果に対して文句を言われなさそうだし、その成果を保ち続けたいと望むだろう。
そして沙織は今、名門校でトップクラスの順位で、外見も可愛い。そのエレベーターに順調に乗っている。このままでも十分、今の社会における『良い結果』を得られるだろう。ただ、自分の持っている時間には限りがある。
ーー高校の勉強は簡単だし、基本常識を教えてくれるからやりたいけど、大学に行くと何やるかはよく分からないけど、もっと難しくなると思う。何か資格を取るとしたら、さらに勉強に時間を費やすことになると思う。
正直沙織にとって、その人生は理想ではなかった。医者や弁護士や研究者になりたいわけではなかったから。
ーーただアタピ、なにが自分にとっての理想の世界だかは、イマイチわからない。
沙織は、自分がどんな世界を作り出したいかを考えた。
ーー自分がやりたいことをして、みんなから認められる世界を作りたい……。
やりたいこととはなんだろうか。
ーー今はアタピ、たくさんアルケミー(錬金術)の勉強して、たくさんクエスト行って、たくさん世界を知って、たくさん世界を救いたい。あ、でも、それだけじゃないな。
沙織は、今持っている欲望についてさらに考えた。
ーーあと、ママとの約束があるから、大学は絶対に良い大学に入りたい。
まだある。
ーーそれからアタピ、お金が無いのは嫌。
ピーチーズとマクドナルドでお勉強会するにもお金がかかるし、洋服や小物も欲しいし、美術館や博物館や旅行も行きたいし、将来は家も欲しい。ゆくゆくは彼ピッピも作りたいし、結婚もしたい。お金に困ってやりたいことをやれない生活は嫌だ。
お金があることで出来る経験と、短縮できる時間はたくさんある。この世界において、お金は大きな力の一つだ。今からでもお金を稼ぐ方法を考えないと、理想の世界がわかった時に、力が無くてできないということになる。
お金のことを考えて、沙織は思い出した。
ーーあっ。『株式会社平和の羽』(本当は株式会社ではない。ただの呼び名)。
半年間はリアルカディアへ行けないのでクエストは受けられない。その間の鳩の羽は、家に溜まっていくことになる。
ーーピッピをお金に変えるのも半年間できないし。二週間に三万円。半年で三十六万円。こりゃ赤字だ。どうしよ。
とはいえ、半年後にはまたピッピを換金できるので、今辞めてしまうという手はない。沙織は、ミハエルにはお金を待ってもらって、仕入れ先には銀行に入れているお年玉などの臨時収入を全て下ろすことにした。
ーーまあ失敗もあるけど、これでまたひとつ、世界が拡がる。
沙織は、力を手にするために何をするのか考えた。
ーーまず、半年経ったら羽を買い集める会社を作ろう。会社名は『ロマンチングバード』かな。
印鑑登録が十五歳からできるので、年齢的には十分だ。今はミハエルが自分の道場名を使って羽を買い取っているのだが、早いところ独立したほうがいいだろう。
ーークエストで稼いだピッピを換金する手もある。それに、クエストをたくさんこなしていけば、自分の行動が形にあらわれて、自分の目指す理想の世界に近づく気がする! あっ ! そっか ! 自分の出来る事を増やしていけば、自分の出来る事が分かって、自分の出来る事で世界に良い影響を与えれば、自分の理想の世界に近づくんだ !
仙術を習い続け、学業を頑張り、今はアルケミー(錬金術)。沙織は、今までしてきたことが、いつか全て繋がってくるという確信がなぜかあった。
まだ、これが理想の世界の最終形ではまったく無いが、毎日少しずつでも進んでいけたら、違うことをする時にでも世界が繋がっているような気がする。
今あることで結果を出しながら一歩ずつでも歩いて行けるのなら、自分が生きている、って実感できる。
それ以外の時間は、結果に直結していなくてもやりたいことをやればいい。絵を描いたり、小物を作ったり。もしかして、これだっていずれは自分の理想の世界に繋がっていくかもしれない。
沙織は、授業中だというのに両手を大きく広げてみた。先ほどまでは自分が教室の最後列にいたのに、今では自分を軸にして世界が回っているような気がする。
沙織は考えた。自分たちが世界に飼い慣らされているということは、この世界は、誰かが作った世界ということだ。
ーーじゃあ一体、誰がこの世界を作って、誰がアタピを閉じ込めてんの ?
考えるには、今まで得た知識で考えるしかない。無い知識は知らないからだ。沙織は、自分の全身の引き出しをあちこち引っ掻き回した末、いつも読んでいる雅弘の残してくれた仙術ノートの一節を思い出した。
『世界は力によって支配されている』
この文章だ。
暗記をしていたので今までもこの言葉を知ってはいたが、今ではたくさんの経験を得たことで、この言葉の意味が前以上にわかるような気がする。
沙織はちょっとした女子高生に負ける気は一切しないが、Sランク同士の闘いに手が出なかった時に、初めて自分に力がなかったせいで、何も選択できなかった。多分、沙織が自分に自信があるのは、自分が学校内で一番勉強ができて、一番可愛いという自負、つまり、力があるからだ。
よく考えると、学校の先生も、親も、お金を持っている大人たちも、みんな自分よりも力の弱いものを支配していて、校長先生や教育委員会などの自分より力の強いものに支配されているような気がする。
ミハエルや銀次郎や愛染のように、身近にいる明らかに力の強い者からそのことを感じ取れなかったのは、三人がその力を、沙織を守ってくれるために使ってくれていたからだ。沙織を攻撃するために力を使うのなら、沙織はどんなにあがいても簡単に支配されてしまう。
あの戦いでも、自分たちの方が強くなかったら、ヘンリーたちの組織が今頃世界を支配していただろう。
十三血流やイルミナティは、力が強いから世界を裏で操っているのだろう。
それなのに今の自分は、世界において何の力もつけられないことしかやらされていない。言われるがまま普通に社会というレールに乗っていると、気づいた時には大学を卒業し、社会で生きる以外の何の力もないまま世界に放り出させられる。いつの間にか歯車以外の選択肢なんて無くなってしまう。そして、『百姓は生かさず殺さず』のスローガン通り、何となく不安で、何となく満足して、何となく生きて、何となく死んでいく人生を送っていくのだろう。
これは現在の、一部の力を持った人間が作り上げた、下の者からの反乱を許さない理想の世界だ。
そのことに対して沙織は、何のために生きているのだろうと思っていたのだ。
ーーだって、アタピの人生なのに、アタピの意思なんて全くない人生じゃない。
もちろん権力者の作戦通り、勉強をして、一流大学に入り、一流企業か一流職業につき、権力者の仲間入りをする、という世界の作り方もある。
ただ、この方法は、上っていくうちに、今あるこの社会に完全に一致した世界観を持った人間を作り上げていくための洗脳エレベーターに乗り込むということのような気もする。このエレベーターの行き先は、お金を稼げて、異性にもてて、社会的に尊敬される職業になるという価値観の世界に行き着くのだろう。これは予想できる。
もちろん、その行き先は悪くない。人間の動物的な欲望を全て叶えてくれそうだ。そうなった人間は、誰からも成果に対して文句を言われなさそうだし、その成果を保ち続けたいと望むだろう。
そして沙織は今、名門校でトップクラスの順位で、外見も可愛い。そのエレベーターに順調に乗っている。このままでも十分、今の社会における『良い結果』を得られるだろう。ただ、自分の持っている時間には限りがある。
ーー高校の勉強は簡単だし、基本常識を教えてくれるからやりたいけど、大学に行くと何やるかはよく分からないけど、もっと難しくなると思う。何か資格を取るとしたら、さらに勉強に時間を費やすことになると思う。
正直沙織にとって、その人生は理想ではなかった。医者や弁護士や研究者になりたいわけではなかったから。
ーーただアタピ、なにが自分にとっての理想の世界だかは、イマイチわからない。
沙織は、自分がどんな世界を作り出したいかを考えた。
ーー自分がやりたいことをして、みんなから認められる世界を作りたい……。
やりたいこととはなんだろうか。
ーー今はアタピ、たくさんアルケミー(錬金術)の勉強して、たくさんクエスト行って、たくさん世界を知って、たくさん世界を救いたい。あ、でも、それだけじゃないな。
沙織は、今持っている欲望についてさらに考えた。
ーーあと、ママとの約束があるから、大学は絶対に良い大学に入りたい。
まだある。
ーーそれからアタピ、お金が無いのは嫌。
ピーチーズとマクドナルドでお勉強会するにもお金がかかるし、洋服や小物も欲しいし、美術館や博物館や旅行も行きたいし、将来は家も欲しい。ゆくゆくは彼ピッピも作りたいし、結婚もしたい。お金に困ってやりたいことをやれない生活は嫌だ。
お金があることで出来る経験と、短縮できる時間はたくさんある。この世界において、お金は大きな力の一つだ。今からでもお金を稼ぐ方法を考えないと、理想の世界がわかった時に、力が無くてできないということになる。
お金のことを考えて、沙織は思い出した。
ーーあっ。『株式会社平和の羽』(本当は株式会社ではない。ただの呼び名)。
半年間はリアルカディアへ行けないのでクエストは受けられない。その間の鳩の羽は、家に溜まっていくことになる。
ーーピッピをお金に変えるのも半年間できないし。二週間に三万円。半年で三十六万円。こりゃ赤字だ。どうしよ。
とはいえ、半年後にはまたピッピを換金できるので、今辞めてしまうという手はない。沙織は、ミハエルにはお金を待ってもらって、仕入れ先には銀行に入れているお年玉などの臨時収入を全て下ろすことにした。
ーーまあ失敗もあるけど、これでまたひとつ、世界が拡がる。
沙織は、力を手にするために何をするのか考えた。
ーーまず、半年経ったら羽を買い集める会社を作ろう。会社名は『ロマンチングバード』かな。
印鑑登録が十五歳からできるので、年齢的には十分だ。今はミハエルが自分の道場名を使って羽を買い取っているのだが、早いところ独立したほうがいいだろう。
ーークエストで稼いだピッピを換金する手もある。それに、クエストをたくさんこなしていけば、自分の行動が形にあらわれて、自分の目指す理想の世界に近づく気がする! あっ ! そっか ! 自分の出来る事を増やしていけば、自分の出来る事が分かって、自分の出来る事で世界に良い影響を与えれば、自分の理想の世界に近づくんだ !
仙術を習い続け、学業を頑張り、今はアルケミー(錬金術)。沙織は、今までしてきたことが、いつか全て繋がってくるという確信がなぜかあった。
まだ、これが理想の世界の最終形ではまったく無いが、毎日少しずつでも進んでいけたら、違うことをする時にでも世界が繋がっているような気がする。
今あることで結果を出しながら一歩ずつでも歩いて行けるのなら、自分が生きている、って実感できる。
それ以外の時間は、結果に直結していなくてもやりたいことをやればいい。絵を描いたり、小物を作ったり。もしかして、これだっていずれは自分の理想の世界に繋がっていくかもしれない。
沙織は、授業中だというのに両手を大きく広げてみた。先ほどまでは自分が教室の最後列にいたのに、今では自分を軸にして世界が回っているような気がする。