第70話 Inpatience (焦燥)

文字数 2,220文字

 それ以降、ギンジロウはクエストが終わる度にサオリに会いにきていた。これは両者にとって、とても利益のあることだった。サオリはわからないところを聞くことができるし、成果を見てもらうこともできる。ギンジロウもただ眼福にあずかれるだけでない。錬金術や剣術を教える代わりに、仙術を教わることもできた。しかもサオリに凄いと思われたいので自分の修行にも身が入る。普段と違う修行は勉強になった。
 例えばこんなことがあった。ギンジロウがサムライヤーを使えるようになるためにロングソードと会話をしている姿を見て、サオリは何か違和感を感じた。
「どうしたんです?」
「うん。なんか、ちょっと変」
「変?」
 サオリも身体操作の達人だ。一聴に値する。
「どこが変なんすか?」
「うーん」
 サオリはしばらく考えて、こんなことを言った。
「なんか、似合わない」
ーー似合わない?
 伝わらなかったことがわかったので、サオリは言葉を考えた。
「えと、ギンさん、剣と話してるんだよね?」
「ええ」
「何語で話してるんだろ?」
「何語?」
「うん。ロングソードて西洋の剣でしょ? 英語話すのかなと思て」
「確かに」
 思いつけば簡単な話だが、自分一人ではなかなか思いつかない。ギンジロウの持っているロングソードは名剣なので、違う剣で試そうという考えにはまったく思い至らなかった。こういうことが二人で修行しているとわかる時がある。
ーー試す価値はある。サオリも意見聞いてくれたって喜んでくれるかもしれないし。
 それ以降、ギンジロウは実家の床の間に飾ってあった日本刀を使うようになった。前よりも調子がいいような気がする。
 お互いの距離も近づいていった。サオリはいつの間にかギンジロウにたいして敬語を使わなくなったし、ギンジロウも半分は敬語を使わないようになった。

 ある日の修行が終わった帰り道、ギンジロウがこんな話題を口にした。
「そういえば、今度のゴールデンウィークに、愛染がKOKの入団試験を受けるらしいよ」

「アタピも受けたい」
「でも試験を受けるには、師匠からの推薦と、D以上のアルケミストランクが必要だから。沙織さんはまだ受けられないね」
「残念」
「ワイ! ワイは?」
「クマオはアルカディアンだから、KOKじゃなくてKOQの方だな。今度聞いてみようか?」
「やったー! ワイも騎士団なって、めっちゃ世界のバランスとんでー」
 クマオがバッグから顔を出してもぞもぞと喜んでいる間、サオリは考えていた。
ーーアタピ、やっとFランなのに、アイちゃんはもうDラン? どんだけ離れちゃうんだろ。努力と創意工夫しかやることはないんだけど。でも、何が足りないんだろ? アタピも天才だと思うんだけど。
「ギンさん」
「ん?」
「なんでアイちゃんはそんなに早くランクが上がるの?」
「んー」
「ギンさんも早かった?」
「いや。俺は沙織さんよりも全然遅かったよ。Gランクに上がるのにも三年以上かかりました」
 ギンジロウは思い出す中で、何か気づいたように話を続けた。
「でも途中からすごく早くなりましたねー。愛染もそれかも」
 サオリはキラキラとした瞳でギンジロウを見た。
ーーしまった。
 早く話の続きを話してくれというその瞳は、目は口ほどに物を言うを体現していた。ギンジロウは渋々話を続けた。
「んー、師匠と一緒にクエストに参加するようになってから、急に錬金術のレベルが上がったんですよ。愛染は師匠に気に入られてて、最初からずっと師匠の行く全てのクエストに補助として参加しているからなー。原因はそれかも」
「そうすると強くなれるの?」
「そりゃね。人間はストレスさえ感じなければ厳しいところに行くほど鍛えられるものだし、師匠はSランクだから」
ーー呆れた顔をしちゃうのはアタピの方。
 ギンジロウの顔を見ながらサオリは思った。確かにサオリが現在こなしているクエストは、材料を探したりお届け物をしているだけだ。Fランクのクエストも受けられなかったが、高級になるだけで似たようなものだった。
ーーもっと上のランクのクエストをこなすて、今の自分の環境と比較してどのくらいの差がつくモンなんだろ? こんなに一生懸命に努力してんのに、それでも環境が違うというだけでこんなにも差がついてしまうモンなんかなー? でも、ギンさんと修行するようになってから実力が底上げされてるような気がする。これのもっと凄いバージョンなんかなー。
 サオリは少し考えた後でギンジロウに言った。
「ギンさんてランクいくつ?」
「俺はDランク」
 ギンジロウは答えた後で慌ててサオリを見た。その瞳はギンジロウが危惧したことを考えていた。
「いや。ダメ! ダメダメ!」
「なぜですか?」
「なぜって、Dランクのクエストはとても危険なものが多いんだよ。かっこ悪いけど、俺はまだ沙織さんの身を守れるほど強くはないです」
「じゃあEランクとか」
「Eランクからは警護や退治などの予測できない危険が潜んでいるクエストが多いんです。沙織さんがもう少し基礎をしっかりと出来るようになってでないとさすがにヤバい。せめてMAが十秒以内に出来て、オーラソードも使えるようにならないとさすがに…」
「わかった…」
 学校も始まっているので、どうせ一日で終わらせられるクエスト以外は行くことができない。アイゼンに離されていく事実は歯がゆい。けれどもサオリは納得したという顔をした。快適なはずのリアルカディアの気温が、なぜか今日も寒々しく感じた。 
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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