第87話 The First Meeting (初顔合わせ)

文字数 5,281文字

「どうぞ」
 集合時間の20分前だというのに、もう誰かがいるようだ。扉を開ける。
 中には高級そうな長机が1卓あり、2脚の椅子が周りを囲っている。部屋の一番奥に、4人のスーツを着た白人がいる。座っているのは3人だ。
 一番奥、誕生日席に座る男は、背が高い白人だ。30歳くらい。長い金髪はしっかりとトリートメントされて、光り輝いている。白いスーツはブランド物だろう。気品がある。青い目は、クッキリとした二重で奥まっている。鼻は高いがゴツくはない。唇もふっくらとしていて、紅をさしているかのように血色がいい。生まれついての貴族。そんな表現がよく似合う。
 青年の後ろに立っている青年は、彼よりさらに若い。護衛役なのだろう。身長は彼と同じくらいだが、黒い高級スーツからはみ出ている筋肉が、かなり鍛えている人間だということを一目で感じさせる。笑顔に隙がない。髪の色は黒いが、明らかに西洋人だ。ただ、混血かもしれない。目も茶色く、肌も白人の中では黒い方だろう。
 貴族風の青年の右に座る中年は50代か。鼻髭を生やしていて恰幅がいい。まるでゲームに出てくるマリオのようだ。肌が日焼けしてボロボロになっているが、黒のオールバックで安物のスーツを着ている。今日は頑張ってフォーマルな格好をしてきました。そんな感じだ。体を鍛えているようだが、中年太りは誤魔化せない。ワイシャツの襟にソースが付いているのはご愛嬌だ。
 左に座る老人は70歳に届きそうだ。背も低く、眼鏡をかけていて、枯れ枝のように細い。瞼は垂れ下がっているが、奥に見える眼光は鋭い。鼻は鷲鼻で、への字口は偏屈そうだ。長髪は全て白くなり、パサパサとしている。顎髭も白くて長くてパサパサだ。どこから引っ張り出してきたのかわからないような、ヨレヨレのスーツを着ている。
ーー全員スーツだ! セーフ!!
 サオリがスーツを着てきたのは正解だったようだ。男たちは話をしていたが、サオリたちの姿を見て、中年と老人が立ち上がった。
「もう行っていいぞ」
 恰幅のいい中年がボーイを追い払うと、ボーイは妙に神妙な顔をして出ていく。先ほどとは大違いだ。人の態度は、外見に左右される。
「どうですか?」
「間違いない」
 中年と老人は言葉を交わした。
「こちらにどうぞ」
 中年がサオリとギンジロウを呼び、自分の隣に座るように促した。2人が近づくと、笑顔で握手を求めてくる。
「初めまして。今回の調査隊の隊長をしている、ドーラ会のアーサー・マックスです。KOKのエスゼロとイノギンですね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 2人はアーサーと握手を交わした。
「そして、目の前にいるのが、考古学者のジョージ・テイラー。今回の副隊長です」
 老人も立ち上がり、細ばった手でギンジロウと握手を交わす。
「もしかして、アルキメストですか?」
 ギンジロウがジョージに質問をした。
「うむ。ADCだ」
「ドリームメイカー! 珍しいですね! KOKのイノギン。APDです」
「ほほう。Dランクなのに、なかなかお強い」
「みなさんの安全のために全力を尽くします。お任せください」
「頼もしいな」
 サオリは後ろ手で指を交差して、悪魔の右目を使用した。だが、相手のプロフィールは見えない。錬金術師ではない3人も当然のように隠している。おそらく、裏社会では隠すことが常識なのだろう。
ーーそれなのに、なんでジョージさんがアルキメストだって、見抜いたんだろ? 思ったよりも凄いアルキメストなのかもしれない。
 サオリは、ギンジロウのことを見直した。そして、ドリームメーカーが目の前にいるということに驚いた。モフフローゼン以外は見たことがない。そう思うと、白くて長い顎髭が似ている。
 2人は手を離した。サオリも握手をする。
「沙織。AFFです」
「よろしくな」
ーーギンさんと比べて、自分の強さ、信用されてなさそ。
 サオリは強めに、ジョージの枯れ枝のような手を握った。だからといって、ジョージの顔色は少しも変わらなかったが。
「そして最後は、イギリス王家のヘンリー・ムーア。今回の調査隊のスポンサーだ」
ーースポンサー。だからだ。
 なぜ若いのに隊長よりも上座なのかが気になっていた。が、メイソンホールを借りるお金や、ホテル代や食事代やガイド代、そしておそらく、自分たちの給料も、全てヘンリーから出ているからだとサオリは理解した。
ーー王族は初めて見た。
 品があるのも当然だ。紹介されたヘンリーが、ギンジロウに話をする。金色の長髪が眩しい。鼻が高い。
「イギリス王家とはいっても、本家ではないので気楽に接してくれたまえ。ヘンリー・ムーアだ。ヘンリーでいい。私は若い頃、ミスター・カトゥーに助けられたことがあってな。あのエネルギッシュだったカトゥーが行方不明という話を聞いたが、どうしても死んだ気がしないのだ。死んでいないならどこにいるのか知りたいし、死んだのなら、なぜ死んだのかをはっきりと知りたい。あの事件の話を聞いてから、ずっとそのことばかり考えていた」
「ええ。はっきりさせましょう」
 ヘンリーは立ち上がらなかったが、手袋を外して、笑顔で片手を出した。ギンジロウは、偉い人にも関わらずフランクだったことが嬉しかったので、自ら近づき、神妙な面持ちで握手をした。
 サオリも体を伸ばして握手をする。だが、ヘンリーに対する印象は、ギンジロウの抱くものとは違う。特に何も話さなかったが、なんだか手が冷たくて、蛇が舌舐めずりでもしているかのように感じた。絡み合う視線が品定めをされているようで、サオリは慌てて目を伏せた。

 挨拶を済ませ、時計が19時を少し回った頃、扉がノックされた。
「どうぞ」
 アーサーの声で扉が開く。ボーイが連れてきたのは、2人の現地人らしき男性だ。
 1人は白髪坊主の中年で、体格はアーサーのようにがっちりでっぷりといった感じだ。ただ、顔がスッキリしている。肌は浅黒く、沖縄人程度の濃さだ。目の玉は黒く、ふてぶてしい。鼻は低いが大きく、50代後半に見えるが、エネルギッシュだ。
 中年の後ろにいるのは、部族の戦士だと一目で分かるような体躯の青年だ。年齢は20代後半といったところか。立技の格闘家のように、スッキリとした高身長男子だ。日本にいたらモテそうだが、純真な顔をしている。顔に白いペイントで、太く大きくTの字が描かれている。頬には3本線もある。
ーーよく街中を歩けるなー。
 サオリは、初めて見る文化に興味津々になった。
「ちょうどいいタイミングで来てくれましたな。今回協力してくださるアナング族の方々です。こちらはKOKのエスワンとイノギン」アーサーが説明してくれる。
 ギンジロウが立ち上がったので、サオリも立ち上がってお辞儀をした。アナング族と紹介された白髪坊主の中年男が前に出る。ボテッとした体だが、筋肉がギュッと凝縮されたような力強さを感じる。どちらかといえば白人に見えるが、アボリジナルということは混血なのだろう。
「アナング族代表のサニー・ウイルソンだ。後ろにいる男はウララ。私の護衛をしてくれる。部族一の戦士だ」
 アイゼンと同じくらいの身長だが、体の厚さは3倍ある。髪は黒くて長い。明らかな強さがにじみ出ている。見ずとも見ているようで、鷹のような鋭い目を光らせて、危機を察知しようとしている。こちらを見ても全く反応がない。
「全員挨拶が終わりましたな。それでは明日からの打ち合わせとまいりましょう」
 ジョージの隣にサニーが座り、戦士ウララは立ったまま、目をぎょろつかせた。座らないようだ。サニーは、お茶を一口飲んでから口を開いた。
「さて、それでは私から始めよう」
「お願いします」
 アーサーは低姿勢だ。お願いをしている身だからだろう。
「それでは、まずは明日からのことについて話そう。あなた方がカトゥーンポテト事件と呼んでいるあの事件があって以来、あそこは聖地となっている。そのため、5月1日に太陽が昇ってから5月5日に沈むまでの5日間しか、聖地に入ることができない。これは、精霊と話をして決まった結果だ。もし今回、なんの成果も得られなかったと言われても、今後また十年間は外部の者が立ち入れなくなる。契約はそれで間違いないな?」
「間違いありません。その代わり、調査は朝から晩まで、出来る限りの時間をかけておこなわせてください。つまり、調査が終了するまでは毎朝6時にロビー集合、日没まで調査をして、19時頃にホテルに戻るという日程でよろしくお願いします」
「何をもって調査の終了とするのだ ?」
「カトゥーの生死と、その原因がわかるまで、とします」
「なるほど」
 サニーは両肘を机につけながらうなづき、続けた。
「我々はこの後、我らの土地に戻る。ロビーへの集合ではなく、直接現地で待ち合わせでもいいか?」
 この近くに住んでいるわけではなさそうだ。
「もちろんです」
 ギンジロウは話に割り込んだ。
「すると、俺たちは、どこであなた方を守るべきですか? 我々は二人しかいないので、調査隊側とアナング族側に分かれて警備した方がいいのでしょうか?」
 サオリは、人の話を全部聞いた上で、聞かれたら初めて答えるタイプだ。だがギンジロウは、二箇所に警備が分かれることによって、サオリが1人になることを恐れた。
 アーサーは、口髭を揺らして笑った。
「ハッハッハ。いくらKOKでも、2人で我々全てを守れるとは考えておりませんよ。調査隊は我々3人を含め、全部で12人います。聖地や、そこに向かう道はアナング族が監視し、調査隊はオーストラリア陸軍特殊部隊SASRの1分隊10人が、常時警備してくれています。それ以外にも、この近辺に、オーストラリア軍は、1連隊400名で巡回しています。なにか事が起きた時には、このボタンを押せば、助けに来てくれる手筈になっております。心配ありませんよ」
「それではなぜ、アナング族やオーストラリア軍が助けてくださるんですか?」
 ギンジロウは、ゆっくりとした英語で尋ねた。アーサーが答える。
「オーストラリアはイギリスと仲がいい。ヘンリー王子の身に何かが起きないように、あちらから軍隊を派遣するという申し入れをいただいたのだ」
「そして、我々が手伝うのは、この聖地が我々にとっても重要だから。それだけだ。無用に荒らされて、精霊たちから怒りを買いたくはない」
 サニーは憮然とした顔で言い放った。どうやら、アナング族はオーストラリア政府に頼まれただけで、そこまで協力的ではないようだ。
 だが、自分たちの存在意義がわからない。
「それでは、我々は何を守るのでしょう?」
ーーやはり自分たちの目的を早く知りたい。それによって危険度は大きく変わる。
「あなた方は、ファンタジーが見つかった場合の護衛を頼みたいのです。それと、もし万が一ですが、アルキメストが我々を襲って来た時には、我々が逃げ切る間の時間を稼いでいただきたいとも思っています。我々には、あなた方とジョージ以外にアルキメストがいませんので」
 ギンジロウの顔に明らかな緊張が走る。サオリも唾を飲み込んだ。錬金術師にはリアルの物理攻撃が一切効かない。400人の兵士がいても、攻撃が効かないのならば意味はない。確かに錬金術師から攻撃をされたら、ジョージ翁1人では太刀打ち出来なさそうだ。
「なるほど。わかりました」
「まあ、とはいっても、KOKが絡んでいる案件に割り込んでくる組織なんていないだろう。もしいたらよ、お前たち2人だけではどうにもならんだろう」
 ヘンリー王子は鷹揚な口調で話す。サオリたちを雇ったのは、ダビデ王の騎士団が絡んでいることによって、他の組織にたいする牽制にするためだ。実力はどうでもいいと思っている。
ーーそっか。KOKが今回のクエストを知らないということを、この人たちは知らないんだ。それでも絶対に守ってみせるけど、な。
 ギンジロウは、ヘンリー王子の言葉に謙った。
「その場合は闘うことよりも、みなさんとファンタジーの安全を一番に考えましょう」
「うん。逃げ切れれば、襲ってきた組織を、後日、KOKと共に糾弾することもできる。よろしく頼むぞ」
「わかりました」
ーーもし誰かが攻めてきたとしたら、やはりKOKに頼らなければならないのか。今回の無断行動がバレてしまうな。師匠にも怒られる。ただ、これだけ秘密裏に進められているので、誰も攻めてこないとは思うが。まぁでも、俺の力が及ばない敵に攻められた時には、躊躇なくKOKを頼ろう。内緒にしてくれという沙織の頼みも、沙織の命を守る事に比べれば遥かに軽い約束だ。
 ギンジロウは自分のやるべきことを知り、ある程度、サオリの安全を確保できる見込みがついた。自分の実力には自信がある。調査隊とファンタジーとサオリを守るだけなら、高位錬金術師かアルカディアンがこない限りは、どうとでもなるだろう。
 ギンジロウの内心など露知らず、サオリはただ、自分の強さを信じていない目の前の大人たちの鼻を明かしてやろうと、そればかりを考えていた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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