第28話 Damned if you go, and damned if you
文字数 4,052文字
イノギンとモーゼは二人同時に固まった。サオリの言ったことが信じられないようだった。
「えっと、君がKOKに?」
「はーっはっは!」
アイゼンと話していたモーゼが戻ってきて、サオリを見下す。
「何を言うかと思ったら。いいかい、お嬢ちゃん。KOKというのはエリート中のエリートだ。とんでもない才能を持った人間が訓練の末にやっと入れるか入れないか、そういう世界なんだ。私は若い頃、ギリシャの特殊部隊で最強と言われていた。その私でさえ才能がないと弾かれる。そのくらい難しいものなのだ。君が私より強いなんてありえないだろう? 無理とはいえ、剣道日本一の藤原愛染が言うのならば百歩譲ってまだわかるが、お嬢さんにはとてもとても」
「なにか試験とか…、あるのなら受けさせてください」
「いやいや…。Fも制御できないし声も小さい…。試験以前の問題だろう」
「声…、出ますっっ!」
サオリの声は音楽室いっぱいに破裂した。アイゼンですら初めて聞いた声だ。モーゼは驚いたが、すぐサオリに言った。
「声が大きければいいってもんじゃない」
「あとはっ、何があればいいんですかっっ?」
モーゼは耳を押さえながら言った。
「あー。もう声を小さくしていい。才能だよ、才能。こんなに不完全にFを発動させてしまって止めることもできやしない。君にはFを使う才能がない」
サオリは夢が遠のいていくのを感じた。
ーーーまだ何も試してもらってないのに! 修行すればできるようになるかもしれないのに! アイちゃんならともかく、アタピは話にならないだなんて! これは外見と肩書きでの判断だよ。アタピは普段から努力して、たくさんの成功体験を得てきてんのに。アタピなら絶対にできる。自分に自信がある。KOKに入りたいということがそんなにも無謀なことだとは思えないよ。日本で一番の女子校でいつも学年トップの成績。一日も休まず毎日仙術で心技体を鍛えている。それでもこことは違う世界に入ることはそんなにも無謀なことだっていうの? 丁寧語だって使った。大声も出した。こんなにも必死に懇願したというのに。もっとちゃんとアタピを見て! きっと期待に応えられるような活躍をしてみせるから!
サオリは全身の力が抜けた。目からは止めようとしても涙が溢れ、冬だというのに汗が制服の中で一気に流れてくるのを感じた。
「チョッ、チョイ」
視界の端でクマオがイノギンを呼び寄せている。
ーーこんな時だというのに。
サオリは知らず、聞き耳を立てていた。
「イノギン。あんな、ワイの幻脳ウィキとイノギンのPカード、繋げてみ」
「プットー」
「了解です。…繋ぎました」
ーープットー?
聞いたことがないが最新モバイルなのだろう。イノギンの腕時計から無機質な女性の声がした。カブトの目が出ていた部分には薄い膜が張られている。
「そ。そんで、沙織と愛染を見い」
イノギンはサオリをじっと見た。サオリは見られることが嫌いな訳ではないが、泣いている姿を見られたくはない。すぐに後ろを向く。だが、後ろを向いても特に関係がないようだ。イノギンとクマオはただじっとサオリを見つめた。
「これは…」
「なっ?」
「愛染も?」
「せや」
イノギンはアイゼンのこともじっと見る。
「うーん」
「ホンマやろ?」
「壊れてないよね?」
「逆に壊れる幻脳ウィキを見てみたいもんやわ」
「確かに」
イノギンは唸った後、しばらく黙りこんだ。
音楽室の時計が秒針を奏でる。
イノギンは顔を上げた。
「モーゼさん」
「ん?」
モーゼは早く終わらせろという表情だ。
「モーゼさん。加藤沙織は錬金術師の素質がありますよ」
「なんだと?」
あまりにも予想外の出来事で驚いたのだろう。モーゼは首を上下に動かし、イノギンとサオリを交互に見比べ、独り言のように呟いた。
「錬金術師はオーラを大量に持つ者だけがなれるはず。そういう者は何かで一流の者か、長い間オーラを作り出す訓練をしている者しかいない。何もしていないのに出来る生まれついての天才なんて、今まで一度も例がないだろう?」
「ですね。ですから沙織さん達には、子供の頃から毎日オーラを作る訓練をしていることがうかがえるのですよ」
「一般人だろ? なぜそんな訓練をしているのだ?」
「わかりません。しかし事実です」
モーゼは鬼気迫った顔でサオリの肩を掴んだ。
「お前は何者だ? なぜオーラの訓練なんてしているのだ?」
サオリは肩にモーゼの指の喰い込みを感じながらよく考えた。
「ん、と。仙術の修行のこと、ですか?」
「仙術? いったいそれは何だ?」
サオリの代わりにアイゼンが答えた。
「個体のポテンシャルを心技体全て最大に引き出すための技術です。その中にはその、オーラを引き出す訓練も含まれているのかもしれません」
「そういえばさっき、沙織たちと言っていたな。ならば愛染にも素質があるのか?」
モーゼはイノギンに尋ねた。イノギンはうなづく。モーゼはまた、アイゼンとサオリを交互に見比べて呟いた。
「信じられん……」
モーゼは絶句の後、自分を取り戻したかのように再びイノギンにたずねた。
「ならば二人にはさぞかし高名な師匠がいるのではないか? オーラを扱える人間を二人も育成するなんて。そうでもないと説明がつかん。彼女たちの師匠が誰なのかわかるか?」
「師匠? 少し待ってくださいね」
イノギンはサオリとアイゼンを交互に見た。カブトについている電子器具が点滅する。
「えっと、ミハエル・ヒャルコビッチさんですね」
そのまま中空を指でなぞる。
「元ロシア軍人。三十歳で陸軍少将になった後で、除隊し傭兵に。そこでカトゥーさんと出会っています。以降十年ほど共同で調査・探索をおこなっていますね。カトゥーさんが行方不明になった後は日本に帰化し、四谷でコマンドサンボの教室を開いています。東京格闘技協会の理事もつとめているそうです」
「カトゥーの戦友。なるほど。それなら理解できる」
モーゼは唸った。
「しかしこの子たちが、なぁ」
自分に才能がなかったのに目の前の女子高生に才能がある。モーゼにはそれがどうしても信じられない。
「プットー、ありがとう」
「終了します」
イノギンは緊張した面持ちのサオリを意識しながら、モーゼに提案した。
「モーゼさん。こういうのはどうでしょう? KOKはその性質上、万年人材不足です。なのでダビデ王にこれから連絡して、俺の推薦で世界塔に連れていってテストを受けさせるというのは。KOKに入団できるのならこれ幸い。駄目だとなったらFの制御法だけ覚えてもらって、監視付きでクルクルクラウンを持っていてもらう。制御法を覚えることもできなかったら、その時は沙織さんがなんといってもFを渡してもらう」
「監視が付くんですか?」
アイゼンが緊張した面持ちで尋ねる。
「Fを持っている人間には基本的にパートナーと呼ばれる一匹のネコと契約してもらうことになってるんだ。そいつがいなくなった時、すぐに見つけ出せるようにするためにな。世界を滅ぼす可能性のあるFを、一人の人間に持たせて放任することはさすがにできない」
アイゼンの顔がこわばったのを確認しながら、イノギンは話を続けた。
「大丈夫。俺にも信長がついているけどプライバシーは守ってくれる。制約を破った時やピンチの時に居場所がわかるようになるだけだ。それ以外は意見をくれたり、無条件ではないが他の猫の手も借りられたりと非常にパートナーとして頼りになるぞ。さっき結界を張ってくれたのも信長だし、俺が君達を見つけられたのも猫の手を借りたからだ。なっ、信長」
音楽室の隅で丸まっていた黒猫は、めんどくさそうな顔で招き猫のように片手をあげた。片目に傷がある。あの猫が信長というのだろう。
ーーしかし、猫の手を借りたという言葉を使った時、イノギンさんは気分良さそうだったな。おそらくこのネタ、気に入ってて何度も擦ってるんだろな。
サオリは涙も止まって微笑ましい気分になった。
ーー猫といえば。
サオリは思い出した。集中した時、カーテンの外に猫がいたことを。それにクマオを連れてきてくれたのもチャタローという子猫だった。
ーー今日は冬なのにやけに猫が多いなーと思っていたけど、そういうことだったんだ。BGMは雪やこんこん。
アイゼンはいつの間にか、自分が主人公という顔をしてイノギンと話を続けている。
「それを了承しなければ交渉もさせてもらえないということ?」
かなり譲歩したよ、という顔をしながらイノギンはうなづいた。イノギンと普通に会話しているアイゼン。サオリの頭の中には急に疑問符が浮かび、その数が増えていった。
ーー???
サオリは疑問を口に出した。
「アイちゃんもKOK行きたいの?」
アイゼンが不思議そうな顔で返す。
「むしろ私がそんな危ない場所にサオリを一人で向かわせるとでも思ったの? 運のいいことに、ちょうど私にも才能があるみたいだし」
「でも政治家の夢は…」
アイゼンは当然のような顔をしてイノギンに質問した。
「KOKは政治家になってはいけない、なんてルールはないですよね?」
「ないな」
「ほらね。私、欲張りなの」
アイゼンは勝ち誇った笑顔でサオリを見下ろした。
ーーアイちゃんが一緒に来てくれるって心強い。けど、一人きりで新しい世界にも飛び込んでみたかったなー。あっ! もし自分だけが試験に落とされてアイちゃんだけが受かったらどうしよう!
一度思うとその思いはどんどんと膨らんでくる。心配でたまらない。だが、サオリの心の中なんて誰も見てはくれない。
時間は進む。
イノギンは誰かと連絡をとっている。おそらくKOKの責任者に電話しているのだろう。
サオリは心臓が痛くなり、視界がぼやけていた。まるで夜の海に溺れているように。満月のようにきれいに光るクルクルクラウンだけが自分の意識をつなぎとめている。世界の向こう側ではモーゼもアイゼンも、みんなが誰かと電話をしているような気がした。
サオリは立ったまま、世界の中へと沈みこんでいった。
「えっと、君がKOKに?」
「はーっはっは!」
アイゼンと話していたモーゼが戻ってきて、サオリを見下す。
「何を言うかと思ったら。いいかい、お嬢ちゃん。KOKというのはエリート中のエリートだ。とんでもない才能を持った人間が訓練の末にやっと入れるか入れないか、そういう世界なんだ。私は若い頃、ギリシャの特殊部隊で最強と言われていた。その私でさえ才能がないと弾かれる。そのくらい難しいものなのだ。君が私より強いなんてありえないだろう? 無理とはいえ、剣道日本一の藤原愛染が言うのならば百歩譲ってまだわかるが、お嬢さんにはとてもとても」
「なにか試験とか…、あるのなら受けさせてください」
「いやいや…。Fも制御できないし声も小さい…。試験以前の問題だろう」
「声…、出ますっっ!」
サオリの声は音楽室いっぱいに破裂した。アイゼンですら初めて聞いた声だ。モーゼは驚いたが、すぐサオリに言った。
「声が大きければいいってもんじゃない」
「あとはっ、何があればいいんですかっっ?」
モーゼは耳を押さえながら言った。
「あー。もう声を小さくしていい。才能だよ、才能。こんなに不完全にFを発動させてしまって止めることもできやしない。君にはFを使う才能がない」
サオリは夢が遠のいていくのを感じた。
ーーーまだ何も試してもらってないのに! 修行すればできるようになるかもしれないのに! アイちゃんならともかく、アタピは話にならないだなんて! これは外見と肩書きでの判断だよ。アタピは普段から努力して、たくさんの成功体験を得てきてんのに。アタピなら絶対にできる。自分に自信がある。KOKに入りたいということがそんなにも無謀なことだとは思えないよ。日本で一番の女子校でいつも学年トップの成績。一日も休まず毎日仙術で心技体を鍛えている。それでもこことは違う世界に入ることはそんなにも無謀なことだっていうの? 丁寧語だって使った。大声も出した。こんなにも必死に懇願したというのに。もっとちゃんとアタピを見て! きっと期待に応えられるような活躍をしてみせるから!
サオリは全身の力が抜けた。目からは止めようとしても涙が溢れ、冬だというのに汗が制服の中で一気に流れてくるのを感じた。
「チョッ、チョイ」
視界の端でクマオがイノギンを呼び寄せている。
ーーこんな時だというのに。
サオリは知らず、聞き耳を立てていた。
「イノギン。あんな、ワイの幻脳ウィキとイノギンのPカード、繋げてみ」
「プットー」
「了解です。…繋ぎました」
ーープットー?
聞いたことがないが最新モバイルなのだろう。イノギンの腕時計から無機質な女性の声がした。カブトの目が出ていた部分には薄い膜が張られている。
「そ。そんで、沙織と愛染を見い」
イノギンはサオリをじっと見た。サオリは見られることが嫌いな訳ではないが、泣いている姿を見られたくはない。すぐに後ろを向く。だが、後ろを向いても特に関係がないようだ。イノギンとクマオはただじっとサオリを見つめた。
「これは…」
「なっ?」
「愛染も?」
「せや」
イノギンはアイゼンのこともじっと見る。
「うーん」
「ホンマやろ?」
「壊れてないよね?」
「逆に壊れる幻脳ウィキを見てみたいもんやわ」
「確かに」
イノギンは唸った後、しばらく黙りこんだ。
音楽室の時計が秒針を奏でる。
イノギンは顔を上げた。
「モーゼさん」
「ん?」
モーゼは早く終わらせろという表情だ。
「モーゼさん。加藤沙織は錬金術師の素質がありますよ」
「なんだと?」
あまりにも予想外の出来事で驚いたのだろう。モーゼは首を上下に動かし、イノギンとサオリを交互に見比べ、独り言のように呟いた。
「錬金術師はオーラを大量に持つ者だけがなれるはず。そういう者は何かで一流の者か、長い間オーラを作り出す訓練をしている者しかいない。何もしていないのに出来る生まれついての天才なんて、今まで一度も例がないだろう?」
「ですね。ですから沙織さん達には、子供の頃から毎日オーラを作る訓練をしていることがうかがえるのですよ」
「一般人だろ? なぜそんな訓練をしているのだ?」
「わかりません。しかし事実です」
モーゼは鬼気迫った顔でサオリの肩を掴んだ。
「お前は何者だ? なぜオーラの訓練なんてしているのだ?」
サオリは肩にモーゼの指の喰い込みを感じながらよく考えた。
「ん、と。仙術の修行のこと、ですか?」
「仙術? いったいそれは何だ?」
サオリの代わりにアイゼンが答えた。
「個体のポテンシャルを心技体全て最大に引き出すための技術です。その中にはその、オーラを引き出す訓練も含まれているのかもしれません」
「そういえばさっき、沙織たちと言っていたな。ならば愛染にも素質があるのか?」
モーゼはイノギンに尋ねた。イノギンはうなづく。モーゼはまた、アイゼンとサオリを交互に見比べて呟いた。
「信じられん……」
モーゼは絶句の後、自分を取り戻したかのように再びイノギンにたずねた。
「ならば二人にはさぞかし高名な師匠がいるのではないか? オーラを扱える人間を二人も育成するなんて。そうでもないと説明がつかん。彼女たちの師匠が誰なのかわかるか?」
「師匠? 少し待ってくださいね」
イノギンはサオリとアイゼンを交互に見た。カブトについている電子器具が点滅する。
「えっと、ミハエル・ヒャルコビッチさんですね」
そのまま中空を指でなぞる。
「元ロシア軍人。三十歳で陸軍少将になった後で、除隊し傭兵に。そこでカトゥーさんと出会っています。以降十年ほど共同で調査・探索をおこなっていますね。カトゥーさんが行方不明になった後は日本に帰化し、四谷でコマンドサンボの教室を開いています。東京格闘技協会の理事もつとめているそうです」
「カトゥーの戦友。なるほど。それなら理解できる」
モーゼは唸った。
「しかしこの子たちが、なぁ」
自分に才能がなかったのに目の前の女子高生に才能がある。モーゼにはそれがどうしても信じられない。
「プットー、ありがとう」
「終了します」
イノギンは緊張した面持ちのサオリを意識しながら、モーゼに提案した。
「モーゼさん。こういうのはどうでしょう? KOKはその性質上、万年人材不足です。なのでダビデ王にこれから連絡して、俺の推薦で世界塔に連れていってテストを受けさせるというのは。KOKに入団できるのならこれ幸い。駄目だとなったらFの制御法だけ覚えてもらって、監視付きでクルクルクラウンを持っていてもらう。制御法を覚えることもできなかったら、その時は沙織さんがなんといってもFを渡してもらう」
「監視が付くんですか?」
アイゼンが緊張した面持ちで尋ねる。
「Fを持っている人間には基本的にパートナーと呼ばれる一匹のネコと契約してもらうことになってるんだ。そいつがいなくなった時、すぐに見つけ出せるようにするためにな。世界を滅ぼす可能性のあるFを、一人の人間に持たせて放任することはさすがにできない」
アイゼンの顔がこわばったのを確認しながら、イノギンは話を続けた。
「大丈夫。俺にも信長がついているけどプライバシーは守ってくれる。制約を破った時やピンチの時に居場所がわかるようになるだけだ。それ以外は意見をくれたり、無条件ではないが他の猫の手も借りられたりと非常にパートナーとして頼りになるぞ。さっき結界を張ってくれたのも信長だし、俺が君達を見つけられたのも猫の手を借りたからだ。なっ、信長」
音楽室の隅で丸まっていた黒猫は、めんどくさそうな顔で招き猫のように片手をあげた。片目に傷がある。あの猫が信長というのだろう。
ーーしかし、猫の手を借りたという言葉を使った時、イノギンさんは気分良さそうだったな。おそらくこのネタ、気に入ってて何度も擦ってるんだろな。
サオリは涙も止まって微笑ましい気分になった。
ーー猫といえば。
サオリは思い出した。集中した時、カーテンの外に猫がいたことを。それにクマオを連れてきてくれたのもチャタローという子猫だった。
ーー今日は冬なのにやけに猫が多いなーと思っていたけど、そういうことだったんだ。BGMは雪やこんこん。
アイゼンはいつの間にか、自分が主人公という顔をしてイノギンと話を続けている。
「それを了承しなければ交渉もさせてもらえないということ?」
かなり譲歩したよ、という顔をしながらイノギンはうなづいた。イノギンと普通に会話しているアイゼン。サオリの頭の中には急に疑問符が浮かび、その数が増えていった。
ーー???
サオリは疑問を口に出した。
「アイちゃんもKOK行きたいの?」
アイゼンが不思議そうな顔で返す。
「むしろ私がそんな危ない場所にサオリを一人で向かわせるとでも思ったの? 運のいいことに、ちょうど私にも才能があるみたいだし」
「でも政治家の夢は…」
アイゼンは当然のような顔をしてイノギンに質問した。
「KOKは政治家になってはいけない、なんてルールはないですよね?」
「ないな」
「ほらね。私、欲張りなの」
アイゼンは勝ち誇った笑顔でサオリを見下ろした。
ーーアイちゃんが一緒に来てくれるって心強い。けど、一人きりで新しい世界にも飛び込んでみたかったなー。あっ! もし自分だけが試験に落とされてアイちゃんだけが受かったらどうしよう!
一度思うとその思いはどんどんと膨らんでくる。心配でたまらない。だが、サオリの心の中なんて誰も見てはくれない。
時間は進む。
イノギンは誰かと連絡をとっている。おそらくKOKの責任者に電話しているのだろう。
サオリは心臓が痛くなり、視界がぼやけていた。まるで夜の海に溺れているように。満月のようにきれいに光るクルクルクラウンだけが自分の意識をつなぎとめている。世界の向こう側ではモーゼもアイゼンも、みんなが誰かと電話をしているような気がした。
サオリは立ったまま、世界の中へと沈みこんでいった。