第36話 Crystal Palace (クリスタルパレス)

文字数 2,456文字

ーー人間の目や感覚というものはいくら鍛えてもあてにはならない。なんせ気がついたらこんな場所にいるのだから。
 シューヤマーに触りながら何歩か進んだサオリは、自分が先ほどの法廷にはいないことに静かに驚いていた。
ーーここは?
 煌めいている。天上から光が降り注ぎ。壁に反射し。そう。この壁は。水晶であろうか? なんという美しさなのだろう。まるでオーロラにでも入っているかのような。否。もっと人工的な。そう。万華鏡の中とでもいうのだろうか。とにかくこんな場所に来たことは今まで一度もない。
ーーユキチだったら間違いなく、「映える」とか言いながら一時間はここで写真を撮るだろうな。

「ここがクリスタルパレスのようね」
 アイゼンが言う。そういえば、先ほどヤマは「クリスタルパレスに送る」と言っていた。サオリはうなづいた。
 天井が高い。夜空を反転させたように、光る空に黒い星が瞬いている。サオリたちの周りには、囲むようにひらひらと光を通すシルクのようなカーテンが舞う。目の前には一本の曲がりくねった道ができている。となると、やることは一つしかない。二人は前に進んだ。
 少し歩くと、百メートルほど前方に貴族が使うような丸テーブルと椅子が見える。誰かがティーパーティーをしているようだ。サオリは目がいい。それが誰だかすぐにわかった。スラッとした赤いスーツを着た短髪の若者と、ピンクのクマのぬいぐるみ。まぁ目が良くなくとも、こんなに特徴的なシルエットのコンビだったらすぐにわかる。ギンジロウとクマオだ。
 サオリとアイゼンは一人と一匹のいる場所へと歩いていった。空気の感覚からクリスタルパレスは広いような気がするが、オーロラのカーテンが視界を遮るので全体は見えない。行き先以外は見えないしカーテンもめくることもできない。調査も実験もできず、ただ前に向かって歩くことしか出来なかった。
 近づくとクマオもサオリに気づいたようだ。「沙織ー。遅いでー」と大きく腕を振ってくる。サオリも小さく手を振った。
「来られてよかったな」
「うん」
 サオリは辺りを見回した。
ーーあれ? おかしい。
 サオリが質問したいことはアイゼンが代わりにたずねてくれた。
「ミハエルは?」
 ギンジロウは言い澱んだが、クマオはあっけらかんとした声で話した。
「あいつは来られへんで」
「えっ!」
 クマオは、驚いた声を出すサオリに驚いた。
「そない驚嘆の表現されたかて」
「なんで?」
 アイゼンはクマオにではなくギンジロウに問いただした。
「えっと…、そうだね。ミハエルさんは…、あのー、よくわからないんだけど…」
 あの時の騎士が本当にギンジロウだったのかと訝しんでしまうほど歯切れが悪い。それでもサオリは言葉を待った。ギンジロウは困った顔をしたまま続けた。
「なんか…、過去にリアルカディアで規則を破ったようで」
「秘密を暴露したか、暴力行為を働いたか、KOKの敵になったってこと?」
「詳細はわからないけど…、どうもリアルカディアに入ることが禁止されているみたいな…」
 サオリはミハエルの顔を思い出した。そういえばいつもと違って何か寂しそうな顔をしていたような気がする。
ーーそうかぁ。ミハエル…。
 何もかも完璧な人格者と思えたミハエルにもそういう面がある。サオリは初めて、大人にも大人の歴史があるのだということを考え出した。大人も自分たちと同じように人間で、人格者にも黒歴史はある。
「それじゃあ、この四人、いや、三人と一匹で全て揃ったってこと?」 
「四人、て呼んでもええで」
 アイゼンはクマオを見た。
「ワイは人間差別をせえへんのや」
 偉そうだ。クマオは自分のことを人間より偉いと思っていて、別にそれでも対等で良いと言っている。なんだか和む。
「じゃ、行くとしますか。いよいよダビデ王とご対面です」
 ギンジロウは立ち上がり、奥に向かって進んでいった。サオリはクマオを掴んで、アイゼンと共についていく。道すがらギンジロウとアイゼンは世間話をしていた。アイゼンはもうすでに丁寧語を使っていない。
「最初に会った時に世界塔へ連れていくと言ってたけど、ここがその世界塔なの?」
「ここはクリスタルパレス。世界塔の一階さ。KOK本部へはこれからエレベーターでいくんだよ」
「このクリスタルパレスは大きい感じがするけど、これが一階だとすると世界塔はもの凄く大きいね」
「世界塔は高さも階数も知っているものが誰もいない不思議な塔なんだ。噂では、夢の数だけ階数があるらしい。各階に入れるのは各階の所有者から認められたものだけで、俺もまだ三つの階しか入ったことがないんだ。ただ、俺の入った階はどれもクリスタルパレスほど広くはなかったよ。日本武道館のアリーナよりも狭かった」
 ギンジロウはアイゼンにもわかりやすいように、剣道の試合場の大きさで喩えた。
「そうなると他の階も全て見てみたいね」
「確かに。でも全ての階に入ることができるのはジョセフ・シュガーマンだけらしいよ」
 オーロラカーテンに沿って歩きながら話をしていると、いつの間にかサオリたちはエレベーターホールへとたどり着いていた。
 エレベーターといわれた場所にはボタンがついていない。全員が上に乗ると、地面からうっすらとした透明の鉱石があらわれ、サオリたちをひとまとめにして包みこむ。竹橋の科学技術館でシャボン玉の中に入ったことを思い出す。ひんやりとした空気だ。
 下を覗くと澄んだ湖のような青一色が広がっていて、底から五メートルはあろうかとでもいうような巨大な生き物が泳いでくる。見たことのない魚だ。ヌメヌメとしていそうな皮膚から深海に住んでいる生物と推測される。
「エレベーターフィッシュっていうんだ」
 魚は水面まで上がってきて大きな口を開くと、うんねりとしながらサオリたちの包まれている透明の鉱石をゆっくり飲み込んだ。ギンジロウとクマオは「これが普通」という顔をしていたので、サオリも真似してこれが普通という顔をしてみた。だが、内心はドキドキとワクワクが止まらなかった。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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