第80話<Same World> Bocca Della Verita
文字数 3,735文字
バチカン市国教皇直属部隊マグナ・ヴェリタスのアンジェロ、モリナリは、高い鼻を上下に擦りながら、ローマのボッカ・デラ・ヴェリダ広場で、ある男を待っていた。カトゥーの娘が持つ愚者の冠についての調査をおこなっている際に接触してきた組織、イルミナティに所属する男性である。
イルミナティ。十三血流と呼ばれし実力者が中心となり世界を裏で操作している組織だ。ビルダーバーグ会議やダボス会議や三百人委員会などの有名な会議も、ほとんど彼らイルミナティの立案だ。キリスト・カトリック教会もイルミナティの一員である。繋がりは深い。
ただし、トップの十三血流も一枚岩ではない。ファンタジーの対応に関しても、各々意見は異なる。ダビデ家のように、積極的に封印しようとするグループ。ケネディ家のように、中立を保っているグループ。そして、バンディ家のように、積極的に利用しようとするグループもある。
モリナリが接触するのは、ファンタジーを積極的に利用しようとするグループの中でも、平和に世界を支配するために利用しようとしている一派、ロスチャイルド家の男だ。
しばらく待っていると、観光客に紛れて、乞食のように薄汚い格好をした、ブロンド髪の男性がやってくる。裸足。目線で誘われる。見覚えのある蒼い目。間違いない。モリナリは、彼の後について真実の口の列に並んだ。
彼が真実の口に手を入れ、「手が喰われた !」とか一人でおどけて笑い、去っていった後、モリナリは真実の口の中に手を入れた。二つの生温い無機質な小物。モリナリはそれを掴んで真実の口から離れ、角を曲がったあたりで耳と襟につけた。
「インテグリータ」
「スクトゥム」
低い男の声が返ってくる。家紋を知っているものでなければわからない、ロスチャイルド家の暗号だ。間違いない。
「アンジェロ・モリナリです。用件をお伺いいたしましよう」
「誰にも気づかれずに愚者の冠を奪い返せる方法を思いつきました」
モリナリは溜息まじりに返す。
「その件はガブリエル様とお話しして、マグナ・ヴェリタスでは関与しない方針となりました」
「なぜですか ?」
「教皇様から釘を刺されているからです」
「あなたはそれで良いのですか ?」
「私がどう思うかはともかく、私たちはカトリック教徒ですから。最終的には教皇様の御命令には逆らうことが出来ません」
「なるほど。愚者の冠については関与しないのですね」
男は含みを持たせて言った。
「それなら他の聖遺物が見つかって、そのついでにたまたま愚者の冠が手に入った、ということになったらどうです ?」
「といいますと ?」
モリナリは動悸が激しくなる。
「実は、十三使徒の頭蓋骨の場所を私たちは知っています」
ーー十三使徒の頭蓋骨 !
十三使徒とは、イエス・キリストに付き従った弟子たちの中でも特に有名な十三人のことだ。約二千年前にいなくなった彼らの頭蓋骨が見つかるとなれば、一つだけでも大きな奇跡だろう。
「どの使徒の頭蓋骨ですか ?」
「全てです」
「全て !」
男は、別に不思議ではないだろうという口調で返した。
「ええ。十三使徒の頭蓋骨は、今から十から二十年前に、あちこちから盗まれて無くなりました。無くなったのが同じような時期だということは、一つの組織によって集められた可能性が高い。そうなると、全ての頭蓋骨が同じ場所にある可能性も高いということは容易に想像できるでしょう」
「その根拠はあるのでしょうか ?」
「今回の聖遺物奪還作戦の隊長が、十三使徒の頭蓋骨を集めていたメンバーの一人だったということは、その根拠にならないでしょうか ?」
「なんですって ?」
モリナリは言葉を続けた。
「でしたら、その相手を私たちマグナ・ヴェリタスに預けてください。そこでお話を聞かせていただきたいです」
「得意の拷問で、ですか ?」
ーー嫌なことを知っているな。
モリナリは額の汗を拭いた。
「も、辞さない覚悟ですが」
男は笑った。
「なるほど、正直ですね。けれどもそれは出来ません」
「なぜでしょうか ?」
「なぜなら彼は、この世界の王の一人だからです」
ーー王 ! この世界の中で、誰にも縛られない思考と力を持ったものに贈られる至高の称号 ! ラファエロ様でさえ贈られていないので、もはや都市伝説だと思っていたが、まさか本当にいらっしゃるとは !
モリナリが冷静な表情を崩さないように努力している間、会話のターンをする時間が過ぎたので、相手が引き続き話を続ける。
「それに私たちは、別にあなた方マグナ・ヴェリタスが動かなくても、彼一人の手によって全てを蹂躙して奪い尽くすことだってできるのですよ。ただ、死者が大勢出てしまうと、さすがに他の十三血流からも覚えがよくない。そこで、ある程度の人数とアルキメストを持ち、イルミナティの中でもある程度の権力を持ち、その上で十三血流では無いあなた方に一枚噛んでいただければ、無駄な死者が出ずに奪還できるだろうと。そういうことです。まぁこれは、ロスチャイルド家の戦略家である私の親切心です」
ーーなるほど。確かにマグナ・ヴェリタスが動かなくとも、王が一人動くのならば、全ての武力的な問題は解決する。ここは話に乗ってロスチャイルド家と信頼関係を結んだ方が、今後のカトリックのためになるのかもしれませんね。
モリナリは素直に謝った。
「申し訳ありませんでした。あなたの指示に従います。それでは、私は何をすれば良いのでしょうか ?」
男は満足げに続けた。
「十三使徒の頭骸骨を持つグループは、五月一日から五日まで、文明とは隔絶された地へと向かいます。戦力は、研究者も含めて約三十人。他にアルキメストが三人。ランクは一番上でDです。その中に、愚者の冠を持つ少女が入っております。あなた方は、彼らを殺さず捕縛できるように、三十人以上の武装をした軍隊と、戦闘に優れたアルキメストを二人以上ご用意ください。後は、我々に所属している王が制圧します。そうすれば、血を流すこともなく全ては解決するでしょう」
「なるほど。そうすれば十三使徒の頭蓋骨と愚者の冠はいただけるのですね」
「いえいえ。十三使徒の頭蓋骨は、元々世界中に散らばっていたものじゃないですか。なので、我々が管理します。もし必要とあらば、お互いに金銭による貸し借りをいたしましょう。次回のコンクラーベに対する影響力については調べがついています。あなた方にとっては、愚者の冠だけでも返ってくれば御の字ではないでしょうか」
「確かに…そうです、ね」
ーー十三使徒の頭蓋骨も、見つかるのならば私たちで手に入れたい。だが、それは確かに望み過ぎというものかもしれませんね。私は、何も言わずに愚者の冠を手に入れる。そしてガブリエル様に献上する。十三使徒の頭蓋骨の場所も明らかになる。それで十分ではないですか。
モリナリは、ガブリエルに褒められることを考えて、十三使徒の頭蓋骨にたいする欲を抑えこんだ。
「ただし、これは成功報酬です。もし失敗したら」
「みなまで言わなくてもわかっております。これはカトリックとは関係がありません。全ては私の独断専行だったということに」
「もちろんです」
さすがに名門ロスチャイルド家の戦略家を自称するだけあって、モリナリの粋な心についてもしっかりと理解している。モリナリは壁にもたれ、軽く目を閉じてうなづいた。
「では、これで契約は成立ですね。お互い健闘を祈りましょう。詳細は、毎日この広場で午後三時に落ち合い、こうして直接顔を合わせて遠くからお話をしましょう。こうやって直接、ね」
五十メートル以上離れた位置に座っていた男は、あらぬ方向に背伸びをした後、モリナリに向けて軽くウインクをし、退屈そうな歩き方で広場から去っていった。男のだるそうな歩き方とは裏腹に、モリナリは神に対する使命感で燃え滾っていた。
ーーこれは…、失敗が許されませんね。次期教皇のためにも、ガブリエル様のためにも。
モリナリは、自分の動かせる戦力について考えた。
ーー私の意見に賛同してくれるアルカンジェロは二人。Bランクのシュドーとリルキドなら間違いないでしょう。ガブリエル様の迷惑にならない私の独断で動かせる三十人の軍隊は、教皇様の御意見よりもカトリックの未来を案じることのできるあの組織を頼りましょう。そして、カトゥーの娘に対する人質として、ご迷惑をおかけするとは思うが、あの方にも打診してみましょうか。引退されたとはいえ愚者の冠を見つけた張本人。きっと心の中では同じ気持ちをお抱きになられていらっしゃるはずだ。
一通り考えた後、モリナリは失敗するイメージが頭に浮かびそうになった。失敗したら首が飛ぶでは済まされない。だが、その全ての悪しき想像を、悪魔よとばかりに首を振った。
ーーカトリックの未来のために殉じるのです。迷いはありません。神は見てくださいます。失敗することはないでしょう。失敗したとしても、それは神の御意思です。私はただ粛々と、カトリックのことだけを考えていれば良いのです。
ーーガブリエル様。
モリナリは一度十字を切った後、手を組みながらバチカンまでの道を歩いていった。歩みにはもう、迷いなど欠片も存在していなかった。
イルミナティ。十三血流と呼ばれし実力者が中心となり世界を裏で操作している組織だ。ビルダーバーグ会議やダボス会議や三百人委員会などの有名な会議も、ほとんど彼らイルミナティの立案だ。キリスト・カトリック教会もイルミナティの一員である。繋がりは深い。
ただし、トップの十三血流も一枚岩ではない。ファンタジーの対応に関しても、各々意見は異なる。ダビデ家のように、積極的に封印しようとするグループ。ケネディ家のように、中立を保っているグループ。そして、バンディ家のように、積極的に利用しようとするグループもある。
モリナリが接触するのは、ファンタジーを積極的に利用しようとするグループの中でも、平和に世界を支配するために利用しようとしている一派、ロスチャイルド家の男だ。
しばらく待っていると、観光客に紛れて、乞食のように薄汚い格好をした、ブロンド髪の男性がやってくる。裸足。目線で誘われる。見覚えのある蒼い目。間違いない。モリナリは、彼の後について真実の口の列に並んだ。
彼が真実の口に手を入れ、「手が喰われた !」とか一人でおどけて笑い、去っていった後、モリナリは真実の口の中に手を入れた。二つの生温い無機質な小物。モリナリはそれを掴んで真実の口から離れ、角を曲がったあたりで耳と襟につけた。
「インテグリータ」
「スクトゥム」
低い男の声が返ってくる。家紋を知っているものでなければわからない、ロスチャイルド家の暗号だ。間違いない。
「アンジェロ・モリナリです。用件をお伺いいたしましよう」
「誰にも気づかれずに愚者の冠を奪い返せる方法を思いつきました」
モリナリは溜息まじりに返す。
「その件はガブリエル様とお話しして、マグナ・ヴェリタスでは関与しない方針となりました」
「なぜですか ?」
「教皇様から釘を刺されているからです」
「あなたはそれで良いのですか ?」
「私がどう思うかはともかく、私たちはカトリック教徒ですから。最終的には教皇様の御命令には逆らうことが出来ません」
「なるほど。愚者の冠については関与しないのですね」
男は含みを持たせて言った。
「それなら他の聖遺物が見つかって、そのついでにたまたま愚者の冠が手に入った、ということになったらどうです ?」
「といいますと ?」
モリナリは動悸が激しくなる。
「実は、十三使徒の頭蓋骨の場所を私たちは知っています」
ーー十三使徒の頭蓋骨 !
十三使徒とは、イエス・キリストに付き従った弟子たちの中でも特に有名な十三人のことだ。約二千年前にいなくなった彼らの頭蓋骨が見つかるとなれば、一つだけでも大きな奇跡だろう。
「どの使徒の頭蓋骨ですか ?」
「全てです」
「全て !」
男は、別に不思議ではないだろうという口調で返した。
「ええ。十三使徒の頭蓋骨は、今から十から二十年前に、あちこちから盗まれて無くなりました。無くなったのが同じような時期だということは、一つの組織によって集められた可能性が高い。そうなると、全ての頭蓋骨が同じ場所にある可能性も高いということは容易に想像できるでしょう」
「その根拠はあるのでしょうか ?」
「今回の聖遺物奪還作戦の隊長が、十三使徒の頭蓋骨を集めていたメンバーの一人だったということは、その根拠にならないでしょうか ?」
「なんですって ?」
モリナリは言葉を続けた。
「でしたら、その相手を私たちマグナ・ヴェリタスに預けてください。そこでお話を聞かせていただきたいです」
「得意の拷問で、ですか ?」
ーー嫌なことを知っているな。
モリナリは額の汗を拭いた。
「も、辞さない覚悟ですが」
男は笑った。
「なるほど、正直ですね。けれどもそれは出来ません」
「なぜでしょうか ?」
「なぜなら彼は、この世界の王の一人だからです」
ーー王 ! この世界の中で、誰にも縛られない思考と力を持ったものに贈られる至高の称号 ! ラファエロ様でさえ贈られていないので、もはや都市伝説だと思っていたが、まさか本当にいらっしゃるとは !
モリナリが冷静な表情を崩さないように努力している間、会話のターンをする時間が過ぎたので、相手が引き続き話を続ける。
「それに私たちは、別にあなた方マグナ・ヴェリタスが動かなくても、彼一人の手によって全てを蹂躙して奪い尽くすことだってできるのですよ。ただ、死者が大勢出てしまうと、さすがに他の十三血流からも覚えがよくない。そこで、ある程度の人数とアルキメストを持ち、イルミナティの中でもある程度の権力を持ち、その上で十三血流では無いあなた方に一枚噛んでいただければ、無駄な死者が出ずに奪還できるだろうと。そういうことです。まぁこれは、ロスチャイルド家の戦略家である私の親切心です」
ーーなるほど。確かにマグナ・ヴェリタスが動かなくとも、王が一人動くのならば、全ての武力的な問題は解決する。ここは話に乗ってロスチャイルド家と信頼関係を結んだ方が、今後のカトリックのためになるのかもしれませんね。
モリナリは素直に謝った。
「申し訳ありませんでした。あなたの指示に従います。それでは、私は何をすれば良いのでしょうか ?」
男は満足げに続けた。
「十三使徒の頭骸骨を持つグループは、五月一日から五日まで、文明とは隔絶された地へと向かいます。戦力は、研究者も含めて約三十人。他にアルキメストが三人。ランクは一番上でDです。その中に、愚者の冠を持つ少女が入っております。あなた方は、彼らを殺さず捕縛できるように、三十人以上の武装をした軍隊と、戦闘に優れたアルキメストを二人以上ご用意ください。後は、我々に所属している王が制圧します。そうすれば、血を流すこともなく全ては解決するでしょう」
「なるほど。そうすれば十三使徒の頭蓋骨と愚者の冠はいただけるのですね」
「いえいえ。十三使徒の頭蓋骨は、元々世界中に散らばっていたものじゃないですか。なので、我々が管理します。もし必要とあらば、お互いに金銭による貸し借りをいたしましょう。次回のコンクラーベに対する影響力については調べがついています。あなた方にとっては、愚者の冠だけでも返ってくれば御の字ではないでしょうか」
「確かに…そうです、ね」
ーー十三使徒の頭蓋骨も、見つかるのならば私たちで手に入れたい。だが、それは確かに望み過ぎというものかもしれませんね。私は、何も言わずに愚者の冠を手に入れる。そしてガブリエル様に献上する。十三使徒の頭蓋骨の場所も明らかになる。それで十分ではないですか。
モリナリは、ガブリエルに褒められることを考えて、十三使徒の頭蓋骨にたいする欲を抑えこんだ。
「ただし、これは成功報酬です。もし失敗したら」
「みなまで言わなくてもわかっております。これはカトリックとは関係がありません。全ては私の独断専行だったということに」
「もちろんです」
さすがに名門ロスチャイルド家の戦略家を自称するだけあって、モリナリの粋な心についてもしっかりと理解している。モリナリは壁にもたれ、軽く目を閉じてうなづいた。
「では、これで契約は成立ですね。お互い健闘を祈りましょう。詳細は、毎日この広場で午後三時に落ち合い、こうして直接顔を合わせて遠くからお話をしましょう。こうやって直接、ね」
五十メートル以上離れた位置に座っていた男は、あらぬ方向に背伸びをした後、モリナリに向けて軽くウインクをし、退屈そうな歩き方で広場から去っていった。男のだるそうな歩き方とは裏腹に、モリナリは神に対する使命感で燃え滾っていた。
ーーこれは…、失敗が許されませんね。次期教皇のためにも、ガブリエル様のためにも。
モリナリは、自分の動かせる戦力について考えた。
ーー私の意見に賛同してくれるアルカンジェロは二人。Bランクのシュドーとリルキドなら間違いないでしょう。ガブリエル様の迷惑にならない私の独断で動かせる三十人の軍隊は、教皇様の御意見よりもカトリックの未来を案じることのできるあの組織を頼りましょう。そして、カトゥーの娘に対する人質として、ご迷惑をおかけするとは思うが、あの方にも打診してみましょうか。引退されたとはいえ愚者の冠を見つけた張本人。きっと心の中では同じ気持ちをお抱きになられていらっしゃるはずだ。
一通り考えた後、モリナリは失敗するイメージが頭に浮かびそうになった。失敗したら首が飛ぶでは済まされない。だが、その全ての悪しき想像を、悪魔よとばかりに首を振った。
ーーカトリックの未来のために殉じるのです。迷いはありません。神は見てくださいます。失敗することはないでしょう。失敗したとしても、それは神の御意思です。私はただ粛々と、カトリックのことだけを考えていれば良いのです。
ーーガブリエル様。
モリナリは一度十字を切った後、手を組みながらバチカンまでの道を歩いていった。歩みにはもう、迷いなど欠片も存在していなかった。