第２１話　Ｓｗｏｒｄ－Ｂｒｏｋｅｎ，Ｈｅａｒｔ－Ｂｒｏｋｅｎ

ーーこうなっては仕方がない。私自身の力で事態を好転させるしかない。
　アイゼンは更に深く覚悟を決めた。元々アイゼンは世の中のことは全て自分自身の力で解決するもので、世の中の悪いことは全て自分のせいだと思っている。自然界では弱いものが食われる。人間社会でも同様だ。甘えていれば喰われないというものではない。普通の人間はただ丸呑みにされてゆっくりと溶かされているので、おかしいなと思いながらも喰われていることがわからないだけだ。
　アイゼンはネーフェに向かって一歩踏み込んだ。新撰組の沖田総司に憧れて練習を重ねた一番の得意技。ノドへの突き。この一撃に自分の全殺気を乗せる。
「キョエエエエエエーッッッ！」
　突き抜けよとばかりに鋭い剣尖がネーフェのノドへと向かう。竹刀は空気をも切り裂く。
　ドウッ。
ーー当たった！
　アイゼンの突きをまともに喰らったら死んでしまう可能性もある。そのため、大会ですら一度も使用したことがない、自ら封印していた危険な技だ。
　だがアイゼンは一ミリの躊躇もなく、全身のバネを伸ばして全体重をネーフェのノドに突き刺した。
ーー重い。
　逆にアイゼンの方が自動車の追突事故にでもあったかのような衝撃を感じた。が、なおも貫き通す。
　クシャ。
　重かった感触が一気に軽くなる。竹刀は割れて枯れ葉のように散らばった。アイゼンの両手から竹刀の柄が擦れ落ちる。アイゼンは足の力が抜け、呆然とした顔でネーフェを見た。自分の両手の平から滲んでいる血には気づいていない。ネーフェは平然としている。
「これが日本一の突きですか。当たらないとわかてはいても、さすがに恐ろしいものですね」
　ネーフェは自分のノドをさすりながらサオリの方を向いた。
「ヌン」
　ネーフェは相変わらず優しい目をしている。
「私もレーラーです。我がシュールの誇りであるフロイライン愛染や沙織に痛い思いをさせたくない。情があるのです」
　ネーフェがサオリを逃さないように大きく腕を広げる。サオリの背中を一筋の汗が背中の溝に沿ってスーーーっと垂れる。
　サオリはあまり筋力がない自分よりも、アイゼンにユキチをおぶって逃げてもらい、ミハエルを連れてきて欲しいと思っていた。それまでは校舎内を、ネーフェから付かず離れずしながら逃げ切ってみせる。そう思っていた。だが、これは規格外だ。底知れぬ圧迫感を感じる。
　サオリは知らず、一歩後ずさった。踵が教壇に当たる。追い詰められた恐怖。踵に当たった教壇の木材がやけに柔らかい。
　クマオが短い足を精一杯動かしながらサオリの前にやってきて、ネーフェに立ちはだかる。
ーークマオ？
　クマオは小さな丸めの両手を持ち上げ、ボクサーのように戦闘体制に入った。
ーーアイちゃんもクマオもアタピを守ろうとしてくれてる。
　倒れながらもユキチの前で気丈に構えをとるアイゼン。小さな背中でサオリの前で異常な構えをとるクマオ。サオリは心のどこかで引っかかるものがありながらも、これ以上二人が傷つくことに我慢できなかった。冷静に考えれば、攻撃がことごとく通じないのであれば勝算もなさそうだ。
ーーアタピがクルリンを返したら全てが終わる。パパの形見と思ってたけど結局どんな経緯で手に入ったものかはわからないし。物は物だよ。こんなものでみんなが傷つくのは嫌。自分が傷つくのだってバカらしい。ここは…。
　サオリは腕輪に手をかけた。クルクルクラウンは光を失っていた。