第46話 Crystal Palace,Again (再び輝け、宮殿で)

文字数 3,909文字

「ヤマさん、いない」
 サオリはダビデ王から無事に許可を得られたということを伝えたかったので、親切にしてくれたヤマに会いたい気持ちがあった。ヤマたちのために鯛焼きも三尾用意していた。
「せやな。一度入国審査したから、もうヤマの元には行かんでもええのや」
 クマオはリアルカディアに入って人の目を気にする必要がなくなったので、鞄から上半身を乗り出し得意そうに話す。だが、サオリがヤマに会いたいと思っていることには気づかなかった。クマオにとってヤマは恐怖の対象だったからだ。
ーー会えないのは仕方ない。
 サオリは瞬時に頭を切り替えた。考えても仕方がないことを考えても仕方がない。考えればヤマに会えるというものではない。錬金術を習得してアイゼンに追いつく。それ以外を考えても速度が遅くなるだけだ。
 サオリはすぐに前を向いた。クリスタルパレスのオーロラカーテンは、行きたい場所に向かって一直線にカーテンを引いてくれている。ただ進むだけだ。ダッシュに近い速度で進んでいくと、小さな広場が見える。何もない場所で、スラリと伸びたロングソードを構えて集中している青年がいる。ギンジロウだ。
「来たぞ」
 足元にいる黒猫がギンジロウに声をかける。片目に深い一文傷。猫のノブナガだ。
「沙織さん?」
 ノブナガの声に集中を解き、ギンジロウはサオリに気がついた。深めに頭を下げる。
「迎えに行けなくてすいません」
「なんの修行をしてるんですか?」
 迎えに来てくれなかったことなどどうでもいい。サオリはギンジロウの修行が気になって仕方がなかった。ギンジロウは分厚い剣をゆっくりと下ろした。
「DF、あ、ドープ・ファンタジーの練習です」
「ギンさんもドープ・ファンタジー持ってんの ?」
ーーギンさん? ギンさんって呼んでくれてるよー。イエーイッ。
「ええ」
 ギンジロウは微笑んで自分の耳を指差した。眉毛も整えていない顔に似合わず、片耳にだけエメラルドグリーンのピアスをつけている。
「これは『サムライヤー』といって、武具に認められることで力を授けてもらえるという効果を秘めているDFなんです。だから今は剣と会話をしていました。まぁ声なんてまったく聞こえないんですけどね。ただ、これができるようになったらランクがひとつ上がるんです」
「アタピも使えるんですか ?」
「どうでしょう ?」
「なんでギンさんは使えるってわかったの ?」
「俺たちにはわかりませんが、わかるファンタジスタから教わったのです」
「それって未来がわかる占い師みたいなもの ?」
「占い師…。みたいなものですかねぇ。KOQのドランクンのように、そういう能力を持っているクリーチャーがいて…」
 年頃の女子は好奇心がすぐに目移りする。サオリは話の内容が何となくわかった時には、既に次の興味に移っていた。
ーーギンさんの服のセンス、変わってる…。
 ギンジロウの服装は、ティーシャツに七分丈のズボンに草履という、室内とはいえ二月に全くふさわしくない格好だった。そのうえTシャツには『俺はクマ。ヘアーを持っている』とイラスト付きで間違えた英語が描かれている。何を言いたいのかわからないし、絵も下手くそだ。味もへったくれもない。クマオがさっきから苦笑いをしているのは、これが理由だろう。
ーーま、でも、これはこれでありだな。人と同じセンスの人間はつまんない。アタピに対して敬意を持ってくれてるし、強いし、こういう他では会えない人に会えるのが人生の醍醐味て気がする。よくわからんけど。
「沙織さん? どうしました?」
 ギンジロウの声でサオリは我に返った。また自分の世界に浸っていたらしい。
「そのTシャツ、キューテーですね」
「えっ、ありがとう。一目惚れしたんです」
ーーあなたに対してと同じように。
 ギンジロウが嬉しそうなので何かマイナスの言葉も吐きたくなり、サオリはそのまま思った通りのことを口にした。
「でも西洋の剣て、何語を喋るんですか ?」
ーー何て気の利いたことを聞いてくるんだろう ! 考えたこともなかった !!
 ギンジロウはサオリの質問に神々しさを感じて言葉が止まった。
「ケンゴやないか ? 剣語。ケンゴ。ご飯できたわよ、て感じやな。それより沙織。修行に行くんやなかったんか ?」
ーー無粋な奴め。
 ギンジロウはクマオを睨んだが、サオリもクマオの言葉を聞いて、すぐに修行に行きたいモードに変わっていた。ギンジロウは不承不承、包み紙に入った飴を一粒、サオリに手渡した。
「これがダビデ王からの伝達飴です。これを相手に舐めてもらうと、内容が全て頭に入ってきます。それとクリスタルパレスの外で案内役が待っています。彼がモフフローゼン先生の元まで案内してくれるでしょう」
 聞いていた話と違う、とサオリは思った。
「ギンさん、一緒に来てくれるんじゃないんですか?」
ーーウヒョー。うれぴー!!!
 ギンジロウは頼ってもらえた嬉しさをかき消すように頭をかいた。
「俺も一緒に行くつもりだったんです。けど、俺が師匠の弟子だってことが問題らしくて。モフフローゼン先生と師匠には浅からぬ因縁があるらしいんですよ。それでわだかまりというか、俺が行かない方がモフフローゼン先生も警戒を緩めてくれるのではないか、というKOKの判断なんです」
 本当は俺も行きたいんです、という言葉は恥ずかしくて言えなかった。サオリは質問を続けた。
「なんでギンさんは、モフフローゼンさんに教わっているわけでもないのに、先生てつけるんですか?」
「モフフローゼン先生は伝説のアルキメストだからですよ。カトゥーさんも師匠も、あのフタバエンドだって、モフフローゼン先生の弟子なんですよ」
「フタバエンド?」
「えっ! 遠藤双葉さんを知らないんですか? 俺も見たことはないんですけど、詩人でとんでもない天才です。詩を終わらせた人とも言われているんですよ。このTシャツも双葉さんの絵ですし。今度詩集貸しますよ」
「ありがと」
 他人から押し付けられる本を読むほど億劫なことはない。しかも下手な絵を描く人の詩集なんて。だがサオリは、遠藤双葉という名前が自分の通っている雙葉学園のフタバと同じ字かどうかはなぜか気になった。ギンジロウはもう少し話がしたかったが、なぜか自分のようなものがサオリと興奮して話していることが申し訳なく感じて、話を早めに切り上げることにした。
「そんな訳で気をつけて行ってきてください」
「アタピ一人で?」
ーーあっ、もしかして、今、連絡先を聞くチャンス ?
 ギンジロウが迷いながら口を開くよりも早く、クマオが先を制す。
「ワイもいるで!」
 ギンジロウは、やっぱりこのぬいぐるみのことが好きになれないと改めて確信した。
「本当は俺だって行きたいんですけど…」
 クマオの言葉を無視してやっと言えたギンジロウの言葉の真意は、サオリには全く届かなかった。
「いや、ギンさん来てくれないと…」
 サオリは言葉に出さずにわかってもらうことを諦めた。
ーーえっ?
「ここの出口、わからんちん…」
ーーあっ ! 寂しいからじゃなくて出口がわからないって意味か !
 ギンジロウはサオリが困っている理由がわかって恥ずかしくなり、早口で答えた。
「ああ! 出口は、行こうと思えば、オーロラロードが教えてくれますよ」
「案内の人はアタピが行けばわかるんですか?」
「ええ。沙織さんも知ってる奴です」
ーーアタピが知ってる人? リアルカディアを案内できる人って誰なんだろう? モフフローゼンに嫌われているので山中ではないよね。ダビデ王は伝達飴を持たせるくらいなので来ないだろうし。まさかあの巨大なドランクン?  あの大きさは、いや、羽があって一息に飛べるとかならありえるかな? だってあの体型。背中が見えないほど大きかったけど伝説の竜そっくりだったし、羽が生えててもおかしくない。それともアイちゃん? 今どんな修行をしてるんだろ。
 サオリはピーチューブのサプライズ企画にビビるような気持ちが抜けきれなかった。
ーーま、いっか。行ってみればわかるか。
 サオリは今度は考え事に集中せず、しっかりとギンジロウの言葉に返答した。
「わかりました。行ってみます」
 一言発すると自分の頭の中のいろいろな気持ちに整理がつく。ミハエルもおらず、アイゼンとも離れて、一人モフフローゼンと交渉することに対する緊張と不安。それ以上に自分を試せるという喜び。案内は誰がしてくれるのかというドキドキ感。
ーー先がわからぬ新しいこと。けれども確実に前に進んでいることだけはわかる。そうだ。これこそが冒険の醍醐味だ。アタピ、これがしたかったんだ。
「それじゃあ行きますね。クリスタルパレスの出口へ!」
 ギンジロウは、スマートウォッチをつけている左手を素早く振る。オーロラカーテンがムズムズと動き出し、部屋の奥に新たな道ができる。
「この道をまっすぐ行くと、クリスタルパレスの出口につながっています。案内役もそこで待っています。途中まで一緒に行きましょうか?」 
「平気」
 サオリは冒険心が先走ってそのまま小走りで駆けていった。が、十秒後、思い出して小走りでギンジロウの元まで戻る。
「ありがと」 
 サオリは無愛想な顔で、ギンジロウに鯛焼きを二尾渡した。ここまでお膳立てしてくれたのだ。お礼はしっかりと言わなければならない。
「全ての人に感謝を。そして、感謝を他人に伝えること」
 仙術の教えだ。
 サオリは普段あまり出来ないが、今回は出来たことに満足した。気分がいいから出来たのだろう。これでやり残したことは何もない。
 サオリはもう振り返らなかった。ギンジロウに胸の高鳴りだけを残して。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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