第112話 Merit-Demerit (メリデメ、決してアケオメでは無い)
文字数 3,377文字
沙織が半ベソをかきながらオーロラロードを歩いていると、まもなくゲートが近づいてくる。ここからフリーメイソンリー日本グランドロッジにあるイコンへとダイバーダウンできる。
その時、Pカードにメールが入った。リアルカディアにWiFiは飛んでいないので、スマートフォンのメールではない。
「プーちゃん」
涙をハンケチで拭(ふ)いた後、プットーを呼び出すと、プットーは手に箱を持っている。開けると、中からダビデ王の立体映像が出てきた。ダビデ王は、威厳のある外見とは裏腹に、困ったような顔だ。
「沙織。クエストお疲れ様。帰ってきたって報告を山中から聞いたよ。ところで、問題があってな……。今からエレベーターフィッシュに乗って欲しいのだ」
「今すぐですか?」
「うむ。今すぐ、だ」
「わかりました」
沙織はすぐに答えた。
「待ってるぞ」
ダビデ王の映像は消えた。
沙織には、問題が発生したと言われて思い当たる節が一つあった。最初からずっと頭に引っかかっていた問題、クエスト屋『ランゼライオン』に置いてあるクエストを勝手に契約してしまった問題だ。これは泥棒みたいなもの。問題にならなければ良いなと思っていたが、よく考えてみると、これだけの騒動になるのだから、問題にならないはずがない。沙織は、罰せられても仕方がないという決意を固めて、エレベーターホールに向かった。
エレベーターフィッシュに乗り込む。この後ダビデ王によってどんな目にあおうとも、沙織は行ったことに後悔は無かった。穂刈成穂(ほかるみのり)の話。アナング族との出会い。雅弘との邂逅。ジョット。たくさんの人間と経験に出会った。そして再度知った、愛染やミハエルの、沙織に対する深い愛情。
エレベーターフィッシュが口を開けると、何十頭ものクリーチャーが一斉に話をやめた。全体が赤い部屋で、裁判所のようにすり鉢型の客席になっている。客席にいるのはKOR(円卓の騎士)だろう。珍獣、奇獣、人間が入り混じって、沙織を見下ろしている。たくさんいる中から、右手にはダビデ王とモーシャ、左手にはドランクンの姿を確認した。
正面の端に、教卓のようなものがある。立っているのは、全身真っ赤っかの細い丸坊主だ。司会者のように指示棒を持っている。
「席に着きたまえ」
沙織の目の前には赤い椅子が用意されている。沙織は言われるがままに座った。
「それでは裁判を始める」
赤丸坊主が威厳のある声で、お経のように、よくある定型文を述べた。
「裁判長は私、ボビンゲがおこなわせていただく。まずは経緯について話そう。今回、カトゥーくんの娘、加藤沙織くんは、クエスト屋ランゼの許可なく、勝手にクエストを受けた。しかも、私たちKORにすらなんの断りもなく、だ。これについて、みなさんの意見を伺いたい」
ボビンゲの後ろには、十メートル四方はありそうなスクリーンが浮かんでいる。
『スリーピング・スクロールマン(睡眠巻物男)事件』
スクリーンには文字が流れる。
『経緯。
KOK候補生の沙織がクエスト屋に入ると、巻物マンが寝ていた。
↓
巻物マンが寝転りをうった時に、巻物が広がった。
↓
沙織は内容を見ようと思っていなかったが、図像記憶法を学んでいたので、カトゥーの名前を見つけてしまう。
↓
父親の名前があったので、勝手に見てはいけないとわかっていたが、つい内容を熟読してしまい、ランゼに許可なく契約を結ぶ。
↓
その際、自分のランク以上のクエストを受諾してしまった。
↓
ちなみに、ランゼとマルネラ・ドラコフスキーからの被害届は出ていない。
あくまで、今後、KOKに入団できる資格を与えてもいいかという議題である』
経緯の下は表のようになっている。
一番上には横並びで、『有罪89』、『情状酌量11』、『無罪0』と書かれている。おそらく、沙織の罪についての判断なのだろう。
すぐ下には『仕方ない28』『悪い72』と書かれ、真ん中で分かれている。
罰を与えるのは、全てのクリーチャーが「しなくてはならない」と思っているが、「感情としてやってしまったのもわかる」というクリーチャーが約三割いる、という意味だ。
さらに下には項目があり、右に数字が書き込まれている。
書かれているのは、『クエスト屋への無許可侵入 1/99』『勝手なクエスト受諾 23/77』『KOKへの連絡不足 19/81』という項目だ。
つまり、クエスト屋への無許可侵入はみんなが悪いと思っているが、勝手にクエストを受けたことに関しては仕方がないと思っているクリーチャーが二割いるようだ。
ーーわかりやすい。
沙織は、自分が裁かれているということも忘れて、ただ感心した。
一体のカメムシのような男が手を挙げる。
「私は、この事件については陰謀だと思っている。女王陛下のお友達だという立場。クルクルクラウンの所持者にして、使用可能アルキメスト(錬金術師)。まだ騙しやすい子供であるということ。父カトゥーの名前を使ってのおびき寄せ。これは、沙織くんが悪いというだけで済む話ではないと思う」
ボビンゲの後ろのスクリーンに、『立場を利用された 56/44』『能力を利用された 22/78』『年齢による考慮 84/16』『名前を利用された 62/38』と、次々に文字が浮かんでくる。
六メートルくらいの背丈で、威厳のあるオシャレな緑色の岩石男は、大きな口でカメムシ男に異議を唱える。
「うむ。確かにその通りだ。しかし、彼女はやってはいけないといわれていることをした。もし結果が少し違っていたら、世界のバランスは大きく傾き、場合によっては滅亡の危機でもあったかもしれない」
おじいさんも追撃だ。
「そう。事前にワシらにちゃんと言っておれば、総員張り込んでまた違ったかもしれなかったがな」
髪の長すぎる女は、おじいさんの言葉をさらにフォローする。ここからは色々なKOR(円卓の騎士団)が口々に話し始め、その度に次々と、ボードの下に話した項目が加えられ、それぞれの項目の数字はめまぐるしく変化し続けた。
「でもそうしたら、リッチー・ホワイトモア卿をあぶり出すことは出来なかったかもしれないわ」
「まさか彼が生きていて、しかもあの事件の裏切り者だったということは流石にわからなかったな」
「あんなに品行方正だったのにな」
「ということは、ここにいる加藤沙織くんもおシャンな顔して座っているが、実は中身は相当な腹黒である可能性もあるのではないか?」
「可能性だけであれこれ言うのは良くない。私はあのつぶらな瞳を信じるぞ!」
「つぶらな瞳には良い人間だという確証がない。理論的に間違っている。目は口ほどに物を言うが、目は口ほどに嘘も吐くぞ」
「そんなに誰かを信用しないというのもどういうものかね?」
「信用だけするのなら裁判などいらない」
中には何も言っていないのにボードに項目が増えていくときもあるが、これは喋るのが恥ずかしかったり勢いで話したくないタイプの騎士が、自分の机に備え付けられているボードに書いて発表しているからだ。
ただ、ウイッシュ『悪魔の右目』で目を細めて見ると、それぞれ誰が発表したのかがわかる。騎士の頭上から線が出ていて、それぞれの意見の場所に繋がっているのだ。しっかりと自分の名前と誇りにかけて意見をしている。この方法なら誰も喧嘩腰で話したり、言い方で意見が変わることが少ない。
ーー感情と情報を分けた裁判をしてるんだ。よく考えられたシステム。そういえばよく国会中継とかでは大声で相手を罵倒しあったりしているけど、あれはどんなシステムなんだろ? きっと大人が大真面目に長年やってるから、アタピの知らない良いシステムではあるんだろうけど。だって、悪かったら変えるに決まってるもんね。
沙織は微動だにせず、俎上(そじょう)の鯉(こい)よろしく、じっとその結果を待っていた。
一通りの意見が全て出たようだ。
「それまで!」
再び赤丸坊主が高らかに声を上げる。
良い声だ。
シーンとなる。
ボードには、『有罪61』『情状酌量28』『無罪11』と書かれている。『仕方ない77』『悪い23』とも書かれている。今回の事件は仕方なかったかもしれないけど、ここで許してしまうとこれからも勝手なことをしてしまうかもしれないので、有罪にしなければならない、という判断のようだ。
その時、Pカードにメールが入った。リアルカディアにWiFiは飛んでいないので、スマートフォンのメールではない。
「プーちゃん」
涙をハンケチで拭(ふ)いた後、プットーを呼び出すと、プットーは手に箱を持っている。開けると、中からダビデ王の立体映像が出てきた。ダビデ王は、威厳のある外見とは裏腹に、困ったような顔だ。
「沙織。クエストお疲れ様。帰ってきたって報告を山中から聞いたよ。ところで、問題があってな……。今からエレベーターフィッシュに乗って欲しいのだ」
「今すぐですか?」
「うむ。今すぐ、だ」
「わかりました」
沙織はすぐに答えた。
「待ってるぞ」
ダビデ王の映像は消えた。
沙織には、問題が発生したと言われて思い当たる節が一つあった。最初からずっと頭に引っかかっていた問題、クエスト屋『ランゼライオン』に置いてあるクエストを勝手に契約してしまった問題だ。これは泥棒みたいなもの。問題にならなければ良いなと思っていたが、よく考えてみると、これだけの騒動になるのだから、問題にならないはずがない。沙織は、罰せられても仕方がないという決意を固めて、エレベーターホールに向かった。
エレベーターフィッシュに乗り込む。この後ダビデ王によってどんな目にあおうとも、沙織は行ったことに後悔は無かった。穂刈成穂(ほかるみのり)の話。アナング族との出会い。雅弘との邂逅。ジョット。たくさんの人間と経験に出会った。そして再度知った、愛染やミハエルの、沙織に対する深い愛情。
エレベーターフィッシュが口を開けると、何十頭ものクリーチャーが一斉に話をやめた。全体が赤い部屋で、裁判所のようにすり鉢型の客席になっている。客席にいるのはKOR(円卓の騎士)だろう。珍獣、奇獣、人間が入り混じって、沙織を見下ろしている。たくさんいる中から、右手にはダビデ王とモーシャ、左手にはドランクンの姿を確認した。
正面の端に、教卓のようなものがある。立っているのは、全身真っ赤っかの細い丸坊主だ。司会者のように指示棒を持っている。
「席に着きたまえ」
沙織の目の前には赤い椅子が用意されている。沙織は言われるがままに座った。
「それでは裁判を始める」
赤丸坊主が威厳のある声で、お経のように、よくある定型文を述べた。
「裁判長は私、ボビンゲがおこなわせていただく。まずは経緯について話そう。今回、カトゥーくんの娘、加藤沙織くんは、クエスト屋ランゼの許可なく、勝手にクエストを受けた。しかも、私たちKORにすらなんの断りもなく、だ。これについて、みなさんの意見を伺いたい」
ボビンゲの後ろには、十メートル四方はありそうなスクリーンが浮かんでいる。
『スリーピング・スクロールマン(睡眠巻物男)事件』
スクリーンには文字が流れる。
『経緯。
KOK候補生の沙織がクエスト屋に入ると、巻物マンが寝ていた。
↓
巻物マンが寝転りをうった時に、巻物が広がった。
↓
沙織は内容を見ようと思っていなかったが、図像記憶法を学んでいたので、カトゥーの名前を見つけてしまう。
↓
父親の名前があったので、勝手に見てはいけないとわかっていたが、つい内容を熟読してしまい、ランゼに許可なく契約を結ぶ。
↓
その際、自分のランク以上のクエストを受諾してしまった。
↓
ちなみに、ランゼとマルネラ・ドラコフスキーからの被害届は出ていない。
あくまで、今後、KOKに入団できる資格を与えてもいいかという議題である』
経緯の下は表のようになっている。
一番上には横並びで、『有罪89』、『情状酌量11』、『無罪0』と書かれている。おそらく、沙織の罪についての判断なのだろう。
すぐ下には『仕方ない28』『悪い72』と書かれ、真ん中で分かれている。
罰を与えるのは、全てのクリーチャーが「しなくてはならない」と思っているが、「感情としてやってしまったのもわかる」というクリーチャーが約三割いる、という意味だ。
さらに下には項目があり、右に数字が書き込まれている。
書かれているのは、『クエスト屋への無許可侵入 1/99』『勝手なクエスト受諾 23/77』『KOKへの連絡不足 19/81』という項目だ。
つまり、クエスト屋への無許可侵入はみんなが悪いと思っているが、勝手にクエストを受けたことに関しては仕方がないと思っているクリーチャーが二割いるようだ。
ーーわかりやすい。
沙織は、自分が裁かれているということも忘れて、ただ感心した。
一体のカメムシのような男が手を挙げる。
「私は、この事件については陰謀だと思っている。女王陛下のお友達だという立場。クルクルクラウンの所持者にして、使用可能アルキメスト(錬金術師)。まだ騙しやすい子供であるということ。父カトゥーの名前を使ってのおびき寄せ。これは、沙織くんが悪いというだけで済む話ではないと思う」
ボビンゲの後ろのスクリーンに、『立場を利用された 56/44』『能力を利用された 22/78』『年齢による考慮 84/16』『名前を利用された 62/38』と、次々に文字が浮かんでくる。
六メートルくらいの背丈で、威厳のあるオシャレな緑色の岩石男は、大きな口でカメムシ男に異議を唱える。
「うむ。確かにその通りだ。しかし、彼女はやってはいけないといわれていることをした。もし結果が少し違っていたら、世界のバランスは大きく傾き、場合によっては滅亡の危機でもあったかもしれない」
おじいさんも追撃だ。
「そう。事前にワシらにちゃんと言っておれば、総員張り込んでまた違ったかもしれなかったがな」
髪の長すぎる女は、おじいさんの言葉をさらにフォローする。ここからは色々なKOR(円卓の騎士団)が口々に話し始め、その度に次々と、ボードの下に話した項目が加えられ、それぞれの項目の数字はめまぐるしく変化し続けた。
「でもそうしたら、リッチー・ホワイトモア卿をあぶり出すことは出来なかったかもしれないわ」
「まさか彼が生きていて、しかもあの事件の裏切り者だったということは流石にわからなかったな」
「あんなに品行方正だったのにな」
「ということは、ここにいる加藤沙織くんもおシャンな顔して座っているが、実は中身は相当な腹黒である可能性もあるのではないか?」
「可能性だけであれこれ言うのは良くない。私はあのつぶらな瞳を信じるぞ!」
「つぶらな瞳には良い人間だという確証がない。理論的に間違っている。目は口ほどに物を言うが、目は口ほどに嘘も吐くぞ」
「そんなに誰かを信用しないというのもどういうものかね?」
「信用だけするのなら裁判などいらない」
中には何も言っていないのにボードに項目が増えていくときもあるが、これは喋るのが恥ずかしかったり勢いで話したくないタイプの騎士が、自分の机に備え付けられているボードに書いて発表しているからだ。
ただ、ウイッシュ『悪魔の右目』で目を細めて見ると、それぞれ誰が発表したのかがわかる。騎士の頭上から線が出ていて、それぞれの意見の場所に繋がっているのだ。しっかりと自分の名前と誇りにかけて意見をしている。この方法なら誰も喧嘩腰で話したり、言い方で意見が変わることが少ない。
ーー感情と情報を分けた裁判をしてるんだ。よく考えられたシステム。そういえばよく国会中継とかでは大声で相手を罵倒しあったりしているけど、あれはどんなシステムなんだろ? きっと大人が大真面目に長年やってるから、アタピの知らない良いシステムではあるんだろうけど。だって、悪かったら変えるに決まってるもんね。
沙織は微動だにせず、俎上(そじょう)の鯉(こい)よろしく、じっとその結果を待っていた。
一通りの意見が全て出たようだ。
「それまで!」
再び赤丸坊主が高らかに声を上げる。
良い声だ。
シーンとなる。
ボードには、『有罪61』『情状酌量28』『無罪11』と書かれている。『仕方ない77』『悪い23』とも書かれている。今回の事件は仕方なかったかもしれないけど、ここで許してしまうとこれからも勝手なことをしてしまうかもしれないので、有罪にしなければならない、という判断のようだ。