第58話<Same World> Basillica di San Pietro

文字数 2,501文字

 コンコン。
「入れ」
 ここはイタリアのバチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂内にある、マグナ・ヴェリタスの執務室のひとつだ。
「日本から、ネーフェ様についての報告が届きました」
 金髪白衣の青年がやってきて、仕事中の男の前にひざまづく。アンジェロのモリナリだ。仕事をしていた三大天使の一人、諜報部門の長、ガブリエルは顔を上げた。
ーーネーフェ様の件か。待っていたぞ。
 ガブリエルは長い金髪をかきあげた。
「して、なんと?」
「はい。ネーフェ様のお勤めになられている雙葉学園はキリスト教の学校なので、情報を得るのは非常に簡単でした。二月十九日。確かに雙葉学園では事件がありました。生徒や警備員が九名、軽傷や気絶で病院に運ばれたようです。しかも全員が、その時の記憶を全く思い出せないという」
「確かにそれは、ネーフェ様のクリマタクトの効果だな。なぜネーフェ様がそのようなことをしたのか、についてはどうだ?」
「日本にいるアンジェラ、田口茜がネーフェ様に接触したのですが、その点については教皇様にお任せしているのでこれ以上話すつもりはない、の一点張りだったそうです」
「やはり。そこをなんとか崩す方法はないだろうか?」
「私も考えました。そこで、雙葉学園のパソコンをハッキングして、学生と警備員の全情報を入手し、倒れた人たちに共通点がないかを調べました」
 さすがはガブリエルが所属する諜報部門で一番信頼できるアンジェロ、モリナリだ。抜かりはない。
「警備員に共通点は見つけられなかったのですが、生徒たちは二つのグループに分けられることがわかりました。ひとつはバレーボール部の生徒。そしてもうひとつは、ピーチーズというSNSをやっているグループです」
「ずいぶん大胆な分け方だな」
「もちろん色々なパターンは考えましたが、このパターンの考え方が成功したのでお伝えしております」
「話の腰を折って悪かった。話を続けてくれ」
「はい。ピーチーズのSNSを確認している際、奇妙なことに気がつきました。四人組なのに、救急車で運ばれたのが三人だけだったという違和感です」
「もう一人は?」
「はい。彼女はおかしなことに、その日を境にSNSに出てこなくなってしまいました」
「怪しいな」
「はい。さらにアルカンジェロのヨハネ様と共にSNSを確認していくと、ある重大なことに気がつきました」
「焦らすのがうまいな」
「苦労を褒めていただきたいのです。お許しください」
「いつもお前には感謝をしている。神の御加護があるだろう」
「ありがとうございます。その少女ですが、彼女がはめている腕輪をご覧ください」
 モリナリはガブリエルに、ピーチーズのSNSがプリントされた紙を差し出した。
「これは? 聖遺物?」
「愚者の冠、と見受けられます」
「本物か?」
「わかりません。ですが彼女は、ネーフェ様が顧問をしている音楽部に所属しています。可能性は限りなく高いでしょう」
「確かに…。となると…、そうだな…」
 ガブリエルは考えた。なぜ彼女が、十年前に紛失した愚者の冠を持っているのだろうか、と。また、なぜネーフェは今まで奪おうとせず、二月十九日に初めて奪おうと画策したのだろうか、と。ネーフェならば、愚者の冠は知っているはずだ。
 だが、確かにこれが本物の愚者の冠であるならば、ネーフェが奪おうとする意味がわかる。来年おこなわれる教皇選挙、コンクラーベのためだろう。次期教皇を決める大事な選挙だ。
 今回は二人の有力な候補者がいる。マルチェロとシモン。マルチェロは貴族出身で、金と権力にものをいわせてここまでのしあがってきた人物だ。一方、シモンはネーフェの親友で、教皇になるにふさわしい人格者だ。ただ一つだけ、経歴に汚点がある。十年前に愚者の冠を盗まれた時の聖遺物取扱責任者だった、という点だ。今回のコンクラーペでもそこを突かれて、いざという時に信用できないと言われてしまえばそれまでだ。このままだと、マルチェロが教皇になってしまう可能性が高い。だが、ここで愚者の冠を取り戻せば、一気にシモンが優位になる。
 ガブリエルは、キリスト教の未来のために、愚者の冠が絶対に必要だと考えた。
「奪うべきか。静観するべきか。モリナリ。お前はどう思う?」
「私も、いや、私個人の意見といたしましては、次の教皇にはシモン様がふさわしいと思っております。ただし、もしも奪うのならば、KOKと敵対することになります。けしてバチカン市国に危害をもたらしてはなりません。ならば、私が反乱を起こして勝手に奪ったとすれば、全てが丸く収まる道理」
「やってくれるか? モリナリ」
 モリナリは、寸時の躊躇もない。
「はい。キリスト教の未来のためならば、私はこの命を惜しいとは微塵も思いません」
 ガブリエルは、モリナリをじっと見つめた。メガネの奥の瞳が潤んでいる。モリナリも、同じく潤んだ瞳で見つめ返した。しばらく見つめ合った後、ガブリエルは目線を外し、大声で笑った。
「ハーッハッハ。すまん。許せ。例え神が望んでも、この私がモリナリを犠牲にすることは望まん。なんせ、こんなにも有望なアンジェロは、今後二度と私の元には舞い降りてこないだろうからな。お前は私の宝だ。もしこの件について今後何か動こうという時には、必ずお前に相談する。決意が固まれば私も共に動こう。この件はこれまでだ」
「は、はい! それでは失礼いたします」
 モリナリは、部屋を出ていく前に振り返って言った。
「私も、あなたの配下として働けることに無上の喜びを感じております」
「全ては神のままに、だな」
「はい。おやすみなさいませ」
「ああ。おやすみ」
 モリナリの去った後の扉を見ながら、ガブリエルはため息をついた。
ーーさて、どちらにするか。
 しかし現実的に、どう考えてもKOKを敵に回すのは馬鹿げている。その結果、教皇専属秘密部隊、マグナ・ヴェリタスの持っている全てのファンタジーを封印されてしまっては元も子もない。
ーーシモン様をコンクラーベで勝たせるためには、他の方法を考えた方がいいな。
 ガブリエルは報告書を何度も見返しながら、誰にも見られていないのに、懸命にあくびを堪えていた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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