第59話 MA (モードアルケミスト)
文字数 4,333文字
賢者の石を変性させるには、オーラを熱と見立てて燃やし尽くすことだ。賢者の石を黒から白へと変性するには、炭を灰にするようなイメージを持ってオーラで熱すると出来る。出来ないことをやるのは大変だが、出来るようになると当たり前になる。なんでも出来る人は、過去に何度も出来なかったことを出来るようにした経験があるから、その中から出来るようになるコツを引き出しているのだ。
賢者の石を黒から白に変成させる術を学んだサオリは、モードアルケミストになることも簡単だと思った。固体を気体にするというのは、氷を熱して湯気にするようなものだ。黒い石を白くするよりもイメージしやすい。
ところが修行を始めてみると、その考えが甘かったということに気づいた。白い石までは簡単に変成できるようになったのに、そこから気体にさせるイメージがどうしても現実と合わないのだ。
サオリが賢者の石の色を変えられるようになってから、ミドリは修行のやり方を教えてくれなくなった。
ーーこんな早く出来て、抜かれちゃったらヤダモン。
「ここからは自分で考えなくちゃいけない時期だもん」
ミドリはその一点ばりだった。しかしサオリには、自分だけでおこなっても修行が進んでいるような感覚がないのだ。
ーーダメだ。けってーてきにわからない。
わからない時にただ悩んで終わる人間は多い。だがサオリは違った。
「わからない時は本を読め。それでもわからなければ、わかる人に教えを乞え。その人もわからなければ、さらにわかる人に教えを乞え。失敗を恐れて行動を止めるな。失敗は強さに変わる。やろうとしなければ何も変わらない」
過去に成功した経験を持った者たちが連綿と教え続けている、仙術の言葉だ。
ーーみどりが教えてくれてもわからないから、モフモフさんに聞こう。
こういうことは考えれば考えるほど緊張や遠慮が大軍で心の城に押し寄せてくる。そうなる前にサオリはバカになって、恥も外聞も無くモフフローゼンの元に聞きにいくことにした。
誰にも許可を得ず、開いている扉からワンワン工房に入る。ワンワン工房に入るのは初めてだ。すぐに獄卒鬼に出会った。
「モフモフさんはどこですか?」
相手が警戒する間もなく近づいて質問をする。こういう時の雰囲気は勢いが全てを制す。獄卒鬼は、サオリがモフフローゼンの弟子だということは、毎日庭で修行している姿を見て知っている。サオリの当然だという勢いに呑まれ、特に何も考えることなく、「あ、こちらです」なんて言って簡単に道案内を買って出てくれた。二体はやかましい金属音が鳴り響く部屋の前に来た。
「モフフローゼン様。入ってもよろしいですか?」
鉄によく似たクリスタル製の大きな扉の前で、獄卒鬼が大声を出す。返事はないが、獄卒鬼は待ち続ける。やがて、騒々しくトントンガタガタ聞こえていた部屋の音が止んだ。
「待たせたね。入ってきてもいいよ」
部屋の中の声に合わせて獄卒鬼は扉を開けた。言い難い金属の匂いと熱気。そこには大きな炎の燃え盛るカマドがあり、顔を覆い隠すほど大きな金属の仮面をかぶったモフフローゼンが巨大ハンマーを持って座っていた。
「どうしたんだい?」
「モフフローゼン様に会いたいというお客様が来ておりまして。お弟子さんです」
「名は?」
「名前は、えっと」
獄卒鬼は名前を聞き忘れていたことにたった今気づき、こんなに簡単に主人の元まで連れていってしまったことを後悔して焦った。
「さおり!」
その時サオリは、鬼の後ろからひょいと首を突き出した。モフフローゼンは別に怒っているわけではなかった。かぶっていた大きな仮面を脱いで、綺麗な銀髪を二、三度振る。
「沙織か。久しぶりだな」
「うん。モフモフさん。元気そう」
「毛で見えないが、中身は汗でびっしょりだよ」
モフフローゼンは獣人ジョークを言って笑った。
「どうしたんだい? 親友だからたまには紅茶でも、という感じかい?」
「それもいいんだけど…」
モフフローゼンは不思議そうな顔をした。
「アタピ、PSを白に変成できるようになったの」
「おお。それは早いね。おめでとう」
「それで、今はMAの練習してるんだけど」
サオリは持っているスカイを、ギューッとモフフローゼンの目の前で握りしめてから続けた。
「全然なってくれないの」
「珍しいな」
モフフローゼンは立ち上がった。
「普通は色を白くしたら、すぐに気体に変成することができるものなのに」
モフフローゼンはサオリの近くまで来てしゃがんだ。
「どれ。もう一度やってごらん」
サオリは言われた通りに力を入れた。しばらく真剣な眼差しで様子を見ていたモフフローゼンは、急に明るい顔になる。
「ああ! わかった!」
サオリは顔の力を緩めてモフフローゼンを見た。顔の大きさは十倍だ。
「いいかい」
モフフローゼンは温かい息を吐きながら続けた。
「PSを白くする時には、中にある黒い成分を外側から引っぱって剥ぎ取ろうというイメージを持つと思う。一方、オーラを溜める時には、自分の体内に大きなエネルギー体を作ろうとするだろう。このままではうまく変成できない。逆にやってみるんだ。つまり、オーラを外側に拡げるように表面に伸ばし、その表面に賢者の白を凝縮させるような」
サオリは自分のイメージとは随分違っていたので、ついモフフローゼンの意見を否定しそうになった。だが今までの、炭を灰にとか、氷を湯気にとかいうイメージはどうでもいい。事実、それでは出来ていないのだから。
「自分より結果を出している相手に教えてもらっている時は、何も考えずに、とにかく言われた通りにすること」
仙術の教え通り、サオリはすぐにモフフローゼンに言われたことを試した。
ーーここをこうやって。こうして…。こう!
ぶうううん。
体全体に響く何かがあって、あと一歩でモードアルケミストが完成しそうになった。
「いいじゃない」
モフフローゼンは笑顔で言った。
「MAになる時には掛け声をかける人が多い。サオリも掛け声を入れたらできるんじゃないかい? ヒーローが変身する時みたいにさ」
「掛け声?」
「そう。一瞬で最大の集中を持ってくるためのルーティーンのようなものだね」
「見せて欲しい」
「ワシのか?」
サオリはうなづいた。
「恥ずかしいな」
モフフローゼンは一瞬弱った顔をしたが、すぐに真面目な顔つきになった。
「ワン!」
力強く吠えると同時に、モフフローゼンの体は金色の膜で包まれた。
「どうだ?」
モフフローゼンは、再び照れ臭そうな顔でモードアルケミストを解除した。
「すごい、です」
サオリは口が開いてしまうほど感動した。自分がこれだけやってもできなかったものを簡単にこなしてみせる。
ーーさすがはアタピの師匠。ギンさんが山中さんの自慢をする気持ちがわかるわ。
サオリはモフフローゼンの凄さが誇らしかった。
「さあ。やってみなさい」
言われてサオリはやることにした。しかし、掛け声といってもすぐには思いつかない。
ーーでも、こういうのはフィーリング。
先ほど教えてもらった方法で、オーラと賢者の白が重なる瞬間はわかる。サオリは心の底から出た言葉を叫んだ。
「ニャー」
モフフローゼンの掛け声に引っ張られた声だ。その瞬間、手の中の石は消え、体で全てが和合する。気づくとサオリは、全身を白い気体で覆われていた。モードアルケミストの完成だ。
ーーやったー。
成功体験は何度体験しても感動する。サオリは声を出そうとして口をパクパクとさせた。
ーーあれ?
声が出せない。
いや、声だけではない。
息もできない。
サオリは溺れる子犬と同じようなテンションで手足をばたつかせてもがいた。生命の危機に集中は乱れ、モードアルケミストは簡単に解ける。
サオリは、モフフローゼンのように四つん這いになって息と精神を整えた。モフフローゼンは伏せの姿勢になり、サオリをじっと見た。
「どうだ? もう少しで出来そうだったじゃないか」
「でもPSに溺れた」
「それで死んだ者はいないから大丈夫だよ。徹夜明けでいつの間にか寝てしまうように、MAは呼吸が切れると勝手に解ける」
サオリはうなづいた。
ーーしかし、自分に合う相手に教わるだけで、あれだけ苦戦していたMAができるようになるんだな。
サオリはモフフローゼンのところへ無理矢理にでも聞きにきてよかったと思った。そこからは簡単。モフフローゼン風に例えるならば、けん玉の剣先に入れられるようになったら、後は世界一周という技ができるようになる、その程度の難しさだった。
三日後の四月一日には、三十秒ほどかかるものの、サオリはモードアルケミストを発動しても呼吸ができるようになった。モフフローゼンは完成したサオリのモードアルキメストを見て大きくうなづいた。
「沙織。おめでとう。たった今、ついに沙織はアルキメストの仲間入りをしたぞ」
サオリは五秒前と今とでは全く違うような感覚を身につけた。何か自分を認められたような。成長とは徐々にしていくものではない。溜まって溜まって、ある日いきなり大きく成長するものなのだ。アルキメストになったサオリには、すぐにやりたいことがあった。それはもちろん、クエスト屋に行ってピッピを稼ぐことだ。
「これでアタピ、アルキメストなの?」
「ああ。そうだ。ウニとイガグリでは外見は同じだが中身は全く違う。それと同じことだ」
ーー外見も違う。
いつもの比喩が飛び出したが、サオリは全く突っ込もうとはせずに自分の話を続けた。
「じゃあクエスト屋に行ける?」
モフフローゼンは「おや?」という顔をした。
「クエスト屋に行きたいのかい?」
「うん。ピッピ稼がないとダイバーダウンできなくてここに来られなくなるし、モフモフさんに授業料払いたい」
「授業料はいいけどそうか…。沙織はクエスト屋に行ったのかい?」
「行った。けどまだダメって言われた」
「店長にかい?」
ーーたぶん。
サオリはうなづいた。
「なるほど。ピッピは後いくら残っているんだい?」
「六万くらい」
「じゃあGランクに上がった記念に良いことを教えよう。クエスト屋にいく前に、まずはQPストアに行ってみるがいい」
「キューピーストア?」
ーーマヨネーズ屋さん?
「そう。チャタロー。行き方はわかるだろ。案内してやってくれ」
モフフローゼンは塀の上で寝そべって話を聞いていなさそうなチャタローに声をかけた。
「ああ。しょうがねーなー」
チャタローはいつも通り口が悪いが、少しだけ声が弾んでいる。全部聞いていたらしい。サオリを待たずに一匹ですぐに歩き出した。
「待って」
質問する時間など微塵もない。庭で遊んでいたクマオとスクールバックを掴み、サオリは急いでチャタローの後を追った。
賢者の石を黒から白に変成させる術を学んだサオリは、モードアルケミストになることも簡単だと思った。固体を気体にするというのは、氷を熱して湯気にするようなものだ。黒い石を白くするよりもイメージしやすい。
ところが修行を始めてみると、その考えが甘かったということに気づいた。白い石までは簡単に変成できるようになったのに、そこから気体にさせるイメージがどうしても現実と合わないのだ。
サオリが賢者の石の色を変えられるようになってから、ミドリは修行のやり方を教えてくれなくなった。
ーーこんな早く出来て、抜かれちゃったらヤダモン。
「ここからは自分で考えなくちゃいけない時期だもん」
ミドリはその一点ばりだった。しかしサオリには、自分だけでおこなっても修行が進んでいるような感覚がないのだ。
ーーダメだ。けってーてきにわからない。
わからない時にただ悩んで終わる人間は多い。だがサオリは違った。
「わからない時は本を読め。それでもわからなければ、わかる人に教えを乞え。その人もわからなければ、さらにわかる人に教えを乞え。失敗を恐れて行動を止めるな。失敗は強さに変わる。やろうとしなければ何も変わらない」
過去に成功した経験を持った者たちが連綿と教え続けている、仙術の言葉だ。
ーーみどりが教えてくれてもわからないから、モフモフさんに聞こう。
こういうことは考えれば考えるほど緊張や遠慮が大軍で心の城に押し寄せてくる。そうなる前にサオリはバカになって、恥も外聞も無くモフフローゼンの元に聞きにいくことにした。
誰にも許可を得ず、開いている扉からワンワン工房に入る。ワンワン工房に入るのは初めてだ。すぐに獄卒鬼に出会った。
「モフモフさんはどこですか?」
相手が警戒する間もなく近づいて質問をする。こういう時の雰囲気は勢いが全てを制す。獄卒鬼は、サオリがモフフローゼンの弟子だということは、毎日庭で修行している姿を見て知っている。サオリの当然だという勢いに呑まれ、特に何も考えることなく、「あ、こちらです」なんて言って簡単に道案内を買って出てくれた。二体はやかましい金属音が鳴り響く部屋の前に来た。
「モフフローゼン様。入ってもよろしいですか?」
鉄によく似たクリスタル製の大きな扉の前で、獄卒鬼が大声を出す。返事はないが、獄卒鬼は待ち続ける。やがて、騒々しくトントンガタガタ聞こえていた部屋の音が止んだ。
「待たせたね。入ってきてもいいよ」
部屋の中の声に合わせて獄卒鬼は扉を開けた。言い難い金属の匂いと熱気。そこには大きな炎の燃え盛るカマドがあり、顔を覆い隠すほど大きな金属の仮面をかぶったモフフローゼンが巨大ハンマーを持って座っていた。
「どうしたんだい?」
「モフフローゼン様に会いたいというお客様が来ておりまして。お弟子さんです」
「名は?」
「名前は、えっと」
獄卒鬼は名前を聞き忘れていたことにたった今気づき、こんなに簡単に主人の元まで連れていってしまったことを後悔して焦った。
「さおり!」
その時サオリは、鬼の後ろからひょいと首を突き出した。モフフローゼンは別に怒っているわけではなかった。かぶっていた大きな仮面を脱いで、綺麗な銀髪を二、三度振る。
「沙織か。久しぶりだな」
「うん。モフモフさん。元気そう」
「毛で見えないが、中身は汗でびっしょりだよ」
モフフローゼンは獣人ジョークを言って笑った。
「どうしたんだい? 親友だからたまには紅茶でも、という感じかい?」
「それもいいんだけど…」
モフフローゼンは不思議そうな顔をした。
「アタピ、PSを白に変成できるようになったの」
「おお。それは早いね。おめでとう」
「それで、今はMAの練習してるんだけど」
サオリは持っているスカイを、ギューッとモフフローゼンの目の前で握りしめてから続けた。
「全然なってくれないの」
「珍しいな」
モフフローゼンは立ち上がった。
「普通は色を白くしたら、すぐに気体に変成することができるものなのに」
モフフローゼンはサオリの近くまで来てしゃがんだ。
「どれ。もう一度やってごらん」
サオリは言われた通りに力を入れた。しばらく真剣な眼差しで様子を見ていたモフフローゼンは、急に明るい顔になる。
「ああ! わかった!」
サオリは顔の力を緩めてモフフローゼンを見た。顔の大きさは十倍だ。
「いいかい」
モフフローゼンは温かい息を吐きながら続けた。
「PSを白くする時には、中にある黒い成分を外側から引っぱって剥ぎ取ろうというイメージを持つと思う。一方、オーラを溜める時には、自分の体内に大きなエネルギー体を作ろうとするだろう。このままではうまく変成できない。逆にやってみるんだ。つまり、オーラを外側に拡げるように表面に伸ばし、その表面に賢者の白を凝縮させるような」
サオリは自分のイメージとは随分違っていたので、ついモフフローゼンの意見を否定しそうになった。だが今までの、炭を灰にとか、氷を湯気にとかいうイメージはどうでもいい。事実、それでは出来ていないのだから。
「自分より結果を出している相手に教えてもらっている時は、何も考えずに、とにかく言われた通りにすること」
仙術の教え通り、サオリはすぐにモフフローゼンに言われたことを試した。
ーーここをこうやって。こうして…。こう!
ぶうううん。
体全体に響く何かがあって、あと一歩でモードアルケミストが完成しそうになった。
「いいじゃない」
モフフローゼンは笑顔で言った。
「MAになる時には掛け声をかける人が多い。サオリも掛け声を入れたらできるんじゃないかい? ヒーローが変身する時みたいにさ」
「掛け声?」
「そう。一瞬で最大の集中を持ってくるためのルーティーンのようなものだね」
「見せて欲しい」
「ワシのか?」
サオリはうなづいた。
「恥ずかしいな」
モフフローゼンは一瞬弱った顔をしたが、すぐに真面目な顔つきになった。
「ワン!」
力強く吠えると同時に、モフフローゼンの体は金色の膜で包まれた。
「どうだ?」
モフフローゼンは、再び照れ臭そうな顔でモードアルケミストを解除した。
「すごい、です」
サオリは口が開いてしまうほど感動した。自分がこれだけやってもできなかったものを簡単にこなしてみせる。
ーーさすがはアタピの師匠。ギンさんが山中さんの自慢をする気持ちがわかるわ。
サオリはモフフローゼンの凄さが誇らしかった。
「さあ。やってみなさい」
言われてサオリはやることにした。しかし、掛け声といってもすぐには思いつかない。
ーーでも、こういうのはフィーリング。
先ほど教えてもらった方法で、オーラと賢者の白が重なる瞬間はわかる。サオリは心の底から出た言葉を叫んだ。
「ニャー」
モフフローゼンの掛け声に引っ張られた声だ。その瞬間、手の中の石は消え、体で全てが和合する。気づくとサオリは、全身を白い気体で覆われていた。モードアルケミストの完成だ。
ーーやったー。
成功体験は何度体験しても感動する。サオリは声を出そうとして口をパクパクとさせた。
ーーあれ?
声が出せない。
いや、声だけではない。
息もできない。
サオリは溺れる子犬と同じようなテンションで手足をばたつかせてもがいた。生命の危機に集中は乱れ、モードアルケミストは簡単に解ける。
サオリは、モフフローゼンのように四つん這いになって息と精神を整えた。モフフローゼンは伏せの姿勢になり、サオリをじっと見た。
「どうだ? もう少しで出来そうだったじゃないか」
「でもPSに溺れた」
「それで死んだ者はいないから大丈夫だよ。徹夜明けでいつの間にか寝てしまうように、MAは呼吸が切れると勝手に解ける」
サオリはうなづいた。
ーーしかし、自分に合う相手に教わるだけで、あれだけ苦戦していたMAができるようになるんだな。
サオリはモフフローゼンのところへ無理矢理にでも聞きにきてよかったと思った。そこからは簡単。モフフローゼン風に例えるならば、けん玉の剣先に入れられるようになったら、後は世界一周という技ができるようになる、その程度の難しさだった。
三日後の四月一日には、三十秒ほどかかるものの、サオリはモードアルケミストを発動しても呼吸ができるようになった。モフフローゼンは完成したサオリのモードアルキメストを見て大きくうなづいた。
「沙織。おめでとう。たった今、ついに沙織はアルキメストの仲間入りをしたぞ」
サオリは五秒前と今とでは全く違うような感覚を身につけた。何か自分を認められたような。成長とは徐々にしていくものではない。溜まって溜まって、ある日いきなり大きく成長するものなのだ。アルキメストになったサオリには、すぐにやりたいことがあった。それはもちろん、クエスト屋に行ってピッピを稼ぐことだ。
「これでアタピ、アルキメストなの?」
「ああ。そうだ。ウニとイガグリでは外見は同じだが中身は全く違う。それと同じことだ」
ーー外見も違う。
いつもの比喩が飛び出したが、サオリは全く突っ込もうとはせずに自分の話を続けた。
「じゃあクエスト屋に行ける?」
モフフローゼンは「おや?」という顔をした。
「クエスト屋に行きたいのかい?」
「うん。ピッピ稼がないとダイバーダウンできなくてここに来られなくなるし、モフモフさんに授業料払いたい」
「授業料はいいけどそうか…。沙織はクエスト屋に行ったのかい?」
「行った。けどまだダメって言われた」
「店長にかい?」
ーーたぶん。
サオリはうなづいた。
「なるほど。ピッピは後いくら残っているんだい?」
「六万くらい」
「じゃあGランクに上がった記念に良いことを教えよう。クエスト屋にいく前に、まずはQPストアに行ってみるがいい」
「キューピーストア?」
ーーマヨネーズ屋さん?
「そう。チャタロー。行き方はわかるだろ。案内してやってくれ」
モフフローゼンは塀の上で寝そべって話を聞いていなさそうなチャタローに声をかけた。
「ああ。しょうがねーなー」
チャタローはいつも通り口が悪いが、少しだけ声が弾んでいる。全部聞いていたらしい。サオリを待たずに一匹ですぐに歩き出した。
「待って」
質問する時間など微塵もない。庭で遊んでいたクマオとスクールバックを掴み、サオリは急いでチャタローの後を追った。