第43話 Good Morning (新しい朝が来た)

文字数 1,856文字

 習慣と若さは恐ろしい。あんなに疲れていたのに、サオリはいつも通りの午前五時に目を覚ました。
ーーあいったったったったーのイタボーちゃん。
 毎日仙術の訓練をしているので体力には自信があった。けれども体の節々が痛い。疲労も溜まっている。
ーー新しいことばっかだったのに瞑想もマッサージもせずに寝たんだ。しょーがない。
 サオリは今更ながらコートを脱ぎ、錆び付いた体を伸ばして自分の体を確認した。
ーー疲労が溜まっているから少し重い。跳ねても痛いところはない。内臓異常もなし。手足と腹部が筋肉痛。皮膚、左手に引っかき傷三本。軽度の内出血。体調良好。気も体内を循環してる。うん。昨日より成長した。それにしてもアタピ、制服のまま寝てたのか…。
 朝の仙術修行のために、眠くて寒い体を動かしながらオシャレなジャージに着替える。次に部屋を見回す。ベッドの下にはピンク色のクマの人形が落ちている。クマオだ。拾い上げてまじまじと見る。
ーークマオ…。夢じゃなかったんだ…。
 サオリはクマオを持ち上げた。だがクマーとして動かない。
ーークマオ?
 振ってみるがやはりぬいぐるみのように動かない。
ーー夢だった…?
 現実とはそういうものだと思いかけた時、クマオはその長いまつ毛を持ち上げ、何度も瞬きしながら黒い大きな目を開けた。
「なんや ? 沙織。どした? そないに眠そうな瞳でワイを見て。はっはーん、そうか、なるほどなるほど。さては沙織。起きてすぐにワイと共に大冒険に出掛けよ思てんな? もー。動きやすい服着てワイとの約束守ろ思てからに。ほんま大親友やなー」
「クマオ! なんで今まで喋ってくれなかったの?」
「んー。なんでやろ?」
 クマオは本気で考え込んだが、考え込むことが性に合わないと気づいたのだろう。顔を上げてマシンガントークを続けた。
「ワイ、なんでかわからんけどリアルに来てからまだ日が浅いやんか? 気いつくと気い失うてる時があるんや。気いつくと気い失うてごっついパラドクスやな」
ーーいや、パラドックスじゃないけど。
 サオリの気持ちとは裏腹にクマオは楽しそうだ。どうやら本当にいつ目覚めるのかわからないらしい。そういうものなら仕方がない。
ーーむしろいつでも意識があるとしたら、同じ部屋にいると集中できなくなりそうなのでよかったのかも。
 物事には発想の転換が必要だ。
「それより沙織。今日はどないするんや? これから学校行って、放課後リアルカディアに行くんか?」
 サオリはそれには答えず、質問に対して質問で返した。
「クマオはリアルカディアではずっと意識があったの?」
「もちろんあったで! ただワイが説明するより、他のクリーチャーが説明したほうがいいこと多かったやんか。ほんでワイ、お口ミッフィーちゃんにしとっただけや」
 クマオは両腕でバッテンを作って口に当てた。
「ミッフィちゃん知ってるの?」
「あったりまえや。ワイはぬいぐるみ王国の出身やで? ミッキーマウスからチェブラーシュカまで、有名なぬいぐるみは全員知っとるわ」
「なめこも ?」
「もちろんや。あいつら、すぐに分裂してウフウフ言うんや」
 クマオは嬉しそうな顔をした。
「それとなんでクマオは関西弁喋るの?」
 サオリは完全に質問モードに入っていたが、クマオは特に気にしない。ただ、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「ワイの喋り方は関西弁言うんか? ぬいぐるみ王国の言葉で話しとるつもりやったわ。せやなー。リアルに来ると言語表現変わる言うし、それで関西弁ぽくなるんかなぁ?」
 クマオの話を聞きながらサオリは出発の準備を終えた。いよいよミハエルと仙術の修行だ。
「クマオも行く?」
「当ったり前やないかい」
 どこへ行くかも言っていないのにクマオは二つ返事で答えた。まあどちらにせよ飼い犬と一緒で、特に行く場所もないのだからいいのだろう。
「じゃあ行くよ」
 クマオは器用にベッドから飛び降り、テコテコとサオリの後をついて来る。
ーーキュ、キューテーキューピー♡ 階段どうやって降りんだろ?
 サオリは先に降り、クマオがどう降りてくるのかを見上げた。クマオは自分と同じくらいの高さの段差を、両足揃えてピョンピョンとなんの苦もなく降りてくる。体重が少ないと明らかに分かる。足に負担が全くかかっていない。
ーーどうせ怪我しないんだから転がった方が早く下に降りられんのに。しかし朝から可愛いもん見させてもらった。眼福ピンク熊。
 最後の段から飛び降りるクマオの首根っこを空中で捕まえ、サオリは若葉公園へと走っていった。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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