第39話 Tatsuya Yamanaka (山中達也)
文字数 5,167文字
と、突如、三メートルほどの高さの場所で空間にヒビが入る。空間が割れた。
普通、空間が割れて何かが落ちてくるなんていうことはそうあることでは無い。現にサオリの十五歳までの人生では一度もなかった。だが不思議なことに、サオリはデジャビュを感じていた。
細めで筋肉質の男性。
ーーああ。そうだ。
ギンジロウが音楽室のガラス窓をぶち割ってサオリたちを助けに来てくれた時と全く同じ光景だったのだ。違うのは、落ちてきたのが騎士ではなく、四十歳くらいの俳優のような男だということくらいだ。髪はアッシュグレーに染めている。冬だというのに半袖シャツ一枚。黒いピタッとした革パンツ。腰にはジャケットを巻きつけている。だが、古めかしいロックファッションも年齢も関係ない。一つだけ言えるのは、彼はとてつもなく魅力的だということだ。さすがは当代一有名な冒険家である。
「山中達也。俺の師匠だ」
ギンジロウが隣で誇らしげに教えてくれる。サオリはヤマナカのファンなのでもちろん知っている。ただうなづいた。ギンジロウが飛び込んできた時と違ってヤマナカはスマートだ。歩き慣れた家に入るように余計な力を感じさせず、華麗に地面に降り立った。両手ともポケットに手を入れている。
「よお。お前が沙織か? カーカッカッカッカッカ」
男の中では甲高い声だ。ヤマナカは大股でサオリに近づいてくる。普通、初めて会う人間に対しては警戒心があるものだ。だが全くない。サオリが子供なので舐めているのだろうか。そして間合いを詰めるのもうまい。気が付いた時には、サオリはヤマナカに頭を撫でられていた。
「大きくなったな」
尊敬しているとはいえ、なめられるのは嫌だ。サオリは頭を振って撫でられることに抵抗した。
「ははっ。ヒヨコみてーだ」
避けられる気配がない。ヤマナカはさらに一層サオリの頭をガシガシと撫でてきたので、サオリは抵抗することをやめた。ヤマナカはサオリの持っている黒棒に目をやった。
「やってんじゃん。どうだった? お前もファンタジスタだったか? その腕輪から雅弘のだけじゃなくグスタフのオーラも感じるな。やるね。さすが沙織だ。俺のこと覚えてるか? 覚えてねーか。あの時の事故はひどかったもんな」
あの時の事故とはマサヒロが行方不明になった事件のことで間違いない。
「知ってるんですか?」
「カートゥーンポテト事件だろ? 俺が見たのは事故の跡だったけどな。焼け焦げたすっげー大きな穴が空いてて、大惨事だっただろうことはすぐにわかるような有様だったぞ」
「何があったんです?」
「雅弘がS3DFを使用中に誰かに襲われ、暴発させてしまったんだ。その中心にいた雅弘は行方不明になった」
「パパは爆発の中心にいたんですか?」
「ああ」
「だったら行方不明ではなく、爆死したということではないのですか?」
ヤマナカは、サオリの「希望的観測ではなく真実が知りたい」というストレートな物言いに驚いたが、すぐに答えを返した。
「そう思うだろ? 俺もそう思った。だが沙織。お前が問題なんだ」
「アタピ?」
「そう。お前だ。同じく爆心地にいたお前が、なぜか今、ここにこうして生きている。ということは」
ーーえっ? アタピ、その現場にいたの? それなのに生きてたってことは…。
サオリがわかったことをアイゼンは口に出した。
「雅弘もどこかで生きているかもしれない、と」
「そういうことだ」
ヤマナカは立ち上がってアイゼンの方を向き、話を続けた。
「なんせ、爆心地には雅弘が死んだという肉片を含めたあらゆる証拠が全くないんだからな。しかし愛染。お前も頭がいいな」
「も?」
ヤマナカは軽く笑った。
「おいおい。お前が言うまでもなく、沙織もその意味がわかっていたぞ。しかもお前よりも早くな。しかしお前…」
ヤマナカは、棒を持っているアイゼンの左手をつかんで目を合わせた。
「やっぱりな。お前のオーラ、俺なら今すぐ通してやれるぞ」
「どうやってですか?」
「俺のオーラとお前のオーラは似ている。俺のオーラをお前に流すことによって、強制的にお前のオーラの穴を開けてやることができる。どうだ? 俺をお前の初めての男に選ぶっていうのは」
「お願いします」
アイゼンは四十男の痛い下ネタにひるむことなくお願いした。
「ふ。少し痛いぞ」
ヤマナカは嬉しそうだ。アイゼンは覚悟の目をヤマナカに返した。ヤマナカは決意を感じ、両手でアイゼンの左手を包み込む。と同時に、二人は巨大なオーラに包まれた。バチバチと派手な放電をしているようで、色もはっきりと光って見える。光は徐々に密度濃く輝き続け、ついには直視することもできないほど眩しい金色になった。金色の光は徐々に収縮され、アイゼンの左手に収まっていく。絞られ、ぶちまけられた大量のオレンジジュースが、元のオレンジに逆再生されるようだ。アイゼンはかなり苦しんでいる。
ーーあの、いつも涼しく自信満々の表情を崩さないアイちゃんが、まさかこんな顔をするだなんて…。
通常ではない痛みだということは容易に想像がつく。最後に金色は全てアイゼンの左手に吸い込まれ。そして。いきなり…。
ドンッ!
何かが膨張して爆発したような音が爆風とともに耳を侵した。アイゼンの左手に握られていた黒棒は、ただの壁としか思えない巨大な黒山としてサオリの目の前に立ちふさがっていた。
ーー戻れ。
アイゼンが念じると、その巨大な黒塊は何事もなかったかのように手のひらにすっぽりと収まる棒に戻った。
「これでオーラの使い方はわかったろ?」
「はい…。ありがとうございます!」
茶目っ気のある顔で笑うヤマナカに、アイゼンは心からの笑顔で返した。いつも元気なアイゼンにしてもさらに元気な声。自分をコントロールしているようないつもの元気ではなく、自分自身でもこんな大きな声が出たことに驚いているくらいに元気な声だった。
「これで愛染はひとまずオーケー、だな」
ヤマナカはダビデ王を見た。
「ああ。そうじゃな。あとは師匠を決めて、その者が合格する力ありと保証すれば試験を受けてもらおう。それでは早速、この中で師匠になりたいものがいるか聞こうか?」
「いや」
ヤマナカは否定して続けた。
「俺がなる。そして修行し次第、すぐに試験を受けさせる。どうだ?」
アイゼンもすぐに言葉を返す。
「はい。考えるまでもありません。よろしくお願いします」
「おう」
ヤマナカは自分より高い背丈のアイゼンの肩を抱いた。
ーーこんなにもすぐに決まっちゃうほどアイちゃんは実力があるの? アタピはどうなんだろ? ここでもまた遅れをとっちゃうのかなぁ。
サオリは焦りを感じた。
「それじゃ、時が来たら愛染には試験を受けさせるとして」
ヤマナカはサオリの方を向いて目を合わせた。
ーーアタピ、見捨てられてなかった!
それはそうだ。親友の娘で、実際に昔会っていたこともあって、先程はアイゼンに「沙織も同じくらい頭がいいぞ」とフォローを入れてくれていたくらいだ。しかしヤマナカの言葉は、サオリの思っていた言葉とは少し違っていた。
「沙織は、どうしようか、な」
サオリは、先程アイゼンにやったオーラドバーというのをやってもらいたかった。痛いかどうかなんてどうでもいい。オーラを習得しにきてオーラのコントロール方法を学べるのなら何でもやるに決まっている。サオリは犬が餌をくれと哀願しているような瞳でヤマナカを見た。
「うーん」
先ほどまであれほど歯切れの良かったヤマナカが悩んでいる。
ーーこれはもしかして…、山中に対して礼儀が足りないという催促なのだろうか?
サオリは推測して、慣れない丁寧語でヤマナカに頼むことにした。
「山中さん。アタピにもあの、ドバーッてやつ、お願いします」
がんばって丁寧語で頼んだが、ヤマナカはまだ迷っている。
「うーん」
「もしかして、オーラの都合で一日一回しかできないとか?」
下を向いて考えていたヤマナカは、ハッとした顔でサオリを見て大きく笑った。
「ああ? カーッカッカ。いやいや。そういうことじゃねーんだ」
ヤマナカはサオリをじっと見た後で続けた。
「そうじゃなくて、お前のオーラが俺と合わねーから、さっきのをやっても無理なんじゃねーかなってこと」
オーラにも種類があるということを知らなかったサオリは、だが可能性があるのならという顔でヤマナカを見つめ続けた。
「可能性があるなら迷わずに、か。冒険者として良い適性を持っているな。雅弘みてーだ。よし。俺も元来迷わねー性格だ。いっちょやってやっか。ただし、すげー痛てーぞ」
サオリは大きくうなづいた。ヤマナカはサオリの棒を持っている右手を握った。
「沙織。手の中に膨らし粉を注入しているような痛みだよ」
アイゼンは悪戯っぽい顔で自分の左手を見せた。確かにいつもよりアイゼンの顔が疲れているように見える。だが、やめろとは言わない。ただ頑張れというだけ。信頼しているのだ。サオリはうなづいた。
「それじゃいくぞ」
ヤマナカが言うと同時に、サオリの右手に大きな力が注ぎ込まれていく。バチバチと光りながら、白から虹、黄、オレンジ、紫、赤、そして金。右腕が取れても構わないという覚悟で挑んでいたサオリは思ったよりも痛みがないなと思った。手の皮の表面だけがチリチリとする。せいぜいピーチーズが全員で自分の右手をペチペチと叩いているような。そんな痛みがしばらく続いた。
金色の光は徐々にサオリの右手に収縮して…、そして弾けた。金色は、キラキラと星のかけらのように空気中に浮遊している。
「やはりダメだったな」
意識を集中していたヤマナカは、集中を解いてサオリを見た。
「沙織のオーラは何か特殊なんだ。雅弘と同じものを感じる。そういうオーラは強い場合が多いが扱いにくい」
ーー特殊で強い?
サオリは、ヤマナカが自分に対して大きな評価をしていることに満足していた。だが現実問題としては、アイゼンのように簡単にオーラを扱えるようにはならないということがわかって迷いを持った。
「そこでどうだろう? 雅弘と同じ師匠を頼ってみては」
「モフフローゼンか?」
ダビデ王が慌てた声でたずねた。
「ええ」
ヤマナカは自信ありげな声で答える。
「しかし、あいつはあの事件以来、姿を消し、現在は世の中を避けるようにして隠居生活をしているらしいぞ」
「あの事件は確かにモフフローゼンに不信感を植え付ける事件だったでしょう。ただ、沙織は雅弘の娘です。雅弘の娘ならばモフフローゼンも心を開くかもしれません」
「しかし、あいつの場所はワシにもわからん」
「大丈夫。俺は先日、彼の居所を知ることができました。彼はここ、リアルカディアにおります」
「なんと!」
「灯台下暗しですね」
「では」
「はい。ダビデ王。あなたは紹介文を書いてください。明日、サオリを連れてモフフローゼンに会いに行きましょう」
「しかしお前は…」
「そうですね。確かに俺は嫌われているので、一緒についていくことは難しいでしょう。そこで我が弟子、イノギンを沙織につけていかせましょう」
ーーやった! デートできる!!
「わかりました」
ギンジロウは自分の胸に手を当てて了承した。
「私も行こう」
アイゼンが言ったが、それについてはヤマナカが首を振った。
「いや、お前はダメだ。これからしばらく、毎日俺と修行しねーとお前のオーラは身につかない」
「しかし…」
ヤマナカはアイゼンをにらんだ。
「なんだ? お前は師匠と、自分の兄弟子と、親友のことが信じられねーのか?」
「いえ、そんなことは。はい…。わかりました」
アイゼンも、自分でも知ってか知らずか、兄弟子同様、自分の胸に手を当てて了承した。
「うん。愛染。お前は沙織の心配をしすぎる。それでは沙織の成長を妨げるし、お前のためにもならない。成長しろよ」
「は、はいっ」
珍しくアイゼンが動揺している。ヤマナカと師弟関係になって間もないというのに、もう何十年も師弟関係を結んでいるかのようだ。
「おう。素直な弟子で嬉しいぞ。それじゃあお前ら二人、明日学校が終わったらまたメゾニックセンターに来い。そしてダビデ王。あなたはモフフローゼンに紹介状を一筆書いておいてください」
サオリとアイゼンは「はいっ」と返事をし、ダビデ王は「わかった」とうなづいた。
「今日の議題はこれで全て解決したな」
円卓の一番奥に座っている一人の覆面男が場を仕切った。光り輝いている鳥の王様のような格好のこのクリーチャーは、KOQ団長、イシュメラルダだ。
「うむ。それでは今日の円卓会議はこれまでだ。解散」
ダビデ王の一言で全クリーチャーが一斉に動き出す。円卓にいたクリーチャーたちは次々とやってくるエレベーターフィッシュに食べられて、あるものは上へ、あるものは下へと消えていった。
普通、空間が割れて何かが落ちてくるなんていうことはそうあることでは無い。現にサオリの十五歳までの人生では一度もなかった。だが不思議なことに、サオリはデジャビュを感じていた。
細めで筋肉質の男性。
ーーああ。そうだ。
ギンジロウが音楽室のガラス窓をぶち割ってサオリたちを助けに来てくれた時と全く同じ光景だったのだ。違うのは、落ちてきたのが騎士ではなく、四十歳くらいの俳優のような男だということくらいだ。髪はアッシュグレーに染めている。冬だというのに半袖シャツ一枚。黒いピタッとした革パンツ。腰にはジャケットを巻きつけている。だが、古めかしいロックファッションも年齢も関係ない。一つだけ言えるのは、彼はとてつもなく魅力的だということだ。さすがは当代一有名な冒険家である。
「山中達也。俺の師匠だ」
ギンジロウが隣で誇らしげに教えてくれる。サオリはヤマナカのファンなのでもちろん知っている。ただうなづいた。ギンジロウが飛び込んできた時と違ってヤマナカはスマートだ。歩き慣れた家に入るように余計な力を感じさせず、華麗に地面に降り立った。両手ともポケットに手を入れている。
「よお。お前が沙織か? カーカッカッカッカッカ」
男の中では甲高い声だ。ヤマナカは大股でサオリに近づいてくる。普通、初めて会う人間に対しては警戒心があるものだ。だが全くない。サオリが子供なので舐めているのだろうか。そして間合いを詰めるのもうまい。気が付いた時には、サオリはヤマナカに頭を撫でられていた。
「大きくなったな」
尊敬しているとはいえ、なめられるのは嫌だ。サオリは頭を振って撫でられることに抵抗した。
「ははっ。ヒヨコみてーだ」
避けられる気配がない。ヤマナカはさらに一層サオリの頭をガシガシと撫でてきたので、サオリは抵抗することをやめた。ヤマナカはサオリの持っている黒棒に目をやった。
「やってんじゃん。どうだった? お前もファンタジスタだったか? その腕輪から雅弘のだけじゃなくグスタフのオーラも感じるな。やるね。さすが沙織だ。俺のこと覚えてるか? 覚えてねーか。あの時の事故はひどかったもんな」
あの時の事故とはマサヒロが行方不明になった事件のことで間違いない。
「知ってるんですか?」
「カートゥーンポテト事件だろ? 俺が見たのは事故の跡だったけどな。焼け焦げたすっげー大きな穴が空いてて、大惨事だっただろうことはすぐにわかるような有様だったぞ」
「何があったんです?」
「雅弘がS3DFを使用中に誰かに襲われ、暴発させてしまったんだ。その中心にいた雅弘は行方不明になった」
「パパは爆発の中心にいたんですか?」
「ああ」
「だったら行方不明ではなく、爆死したということではないのですか?」
ヤマナカは、サオリの「希望的観測ではなく真実が知りたい」というストレートな物言いに驚いたが、すぐに答えを返した。
「そう思うだろ? 俺もそう思った。だが沙織。お前が問題なんだ」
「アタピ?」
「そう。お前だ。同じく爆心地にいたお前が、なぜか今、ここにこうして生きている。ということは」
ーーえっ? アタピ、その現場にいたの? それなのに生きてたってことは…。
サオリがわかったことをアイゼンは口に出した。
「雅弘もどこかで生きているかもしれない、と」
「そういうことだ」
ヤマナカは立ち上がってアイゼンの方を向き、話を続けた。
「なんせ、爆心地には雅弘が死んだという肉片を含めたあらゆる証拠が全くないんだからな。しかし愛染。お前も頭がいいな」
「も?」
ヤマナカは軽く笑った。
「おいおい。お前が言うまでもなく、沙織もその意味がわかっていたぞ。しかもお前よりも早くな。しかしお前…」
ヤマナカは、棒を持っているアイゼンの左手をつかんで目を合わせた。
「やっぱりな。お前のオーラ、俺なら今すぐ通してやれるぞ」
「どうやってですか?」
「俺のオーラとお前のオーラは似ている。俺のオーラをお前に流すことによって、強制的にお前のオーラの穴を開けてやることができる。どうだ? 俺をお前の初めての男に選ぶっていうのは」
「お願いします」
アイゼンは四十男の痛い下ネタにひるむことなくお願いした。
「ふ。少し痛いぞ」
ヤマナカは嬉しそうだ。アイゼンは覚悟の目をヤマナカに返した。ヤマナカは決意を感じ、両手でアイゼンの左手を包み込む。と同時に、二人は巨大なオーラに包まれた。バチバチと派手な放電をしているようで、色もはっきりと光って見える。光は徐々に密度濃く輝き続け、ついには直視することもできないほど眩しい金色になった。金色の光は徐々に収縮され、アイゼンの左手に収まっていく。絞られ、ぶちまけられた大量のオレンジジュースが、元のオレンジに逆再生されるようだ。アイゼンはかなり苦しんでいる。
ーーあの、いつも涼しく自信満々の表情を崩さないアイちゃんが、まさかこんな顔をするだなんて…。
通常ではない痛みだということは容易に想像がつく。最後に金色は全てアイゼンの左手に吸い込まれ。そして。いきなり…。
ドンッ!
何かが膨張して爆発したような音が爆風とともに耳を侵した。アイゼンの左手に握られていた黒棒は、ただの壁としか思えない巨大な黒山としてサオリの目の前に立ちふさがっていた。
ーー戻れ。
アイゼンが念じると、その巨大な黒塊は何事もなかったかのように手のひらにすっぽりと収まる棒に戻った。
「これでオーラの使い方はわかったろ?」
「はい…。ありがとうございます!」
茶目っ気のある顔で笑うヤマナカに、アイゼンは心からの笑顔で返した。いつも元気なアイゼンにしてもさらに元気な声。自分をコントロールしているようないつもの元気ではなく、自分自身でもこんな大きな声が出たことに驚いているくらいに元気な声だった。
「これで愛染はひとまずオーケー、だな」
ヤマナカはダビデ王を見た。
「ああ。そうじゃな。あとは師匠を決めて、その者が合格する力ありと保証すれば試験を受けてもらおう。それでは早速、この中で師匠になりたいものがいるか聞こうか?」
「いや」
ヤマナカは否定して続けた。
「俺がなる。そして修行し次第、すぐに試験を受けさせる。どうだ?」
アイゼンもすぐに言葉を返す。
「はい。考えるまでもありません。よろしくお願いします」
「おう」
ヤマナカは自分より高い背丈のアイゼンの肩を抱いた。
ーーこんなにもすぐに決まっちゃうほどアイちゃんは実力があるの? アタピはどうなんだろ? ここでもまた遅れをとっちゃうのかなぁ。
サオリは焦りを感じた。
「それじゃ、時が来たら愛染には試験を受けさせるとして」
ヤマナカはサオリの方を向いて目を合わせた。
ーーアタピ、見捨てられてなかった!
それはそうだ。親友の娘で、実際に昔会っていたこともあって、先程はアイゼンに「沙織も同じくらい頭がいいぞ」とフォローを入れてくれていたくらいだ。しかしヤマナカの言葉は、サオリの思っていた言葉とは少し違っていた。
「沙織は、どうしようか、な」
サオリは、先程アイゼンにやったオーラドバーというのをやってもらいたかった。痛いかどうかなんてどうでもいい。オーラを習得しにきてオーラのコントロール方法を学べるのなら何でもやるに決まっている。サオリは犬が餌をくれと哀願しているような瞳でヤマナカを見た。
「うーん」
先ほどまであれほど歯切れの良かったヤマナカが悩んでいる。
ーーこれはもしかして…、山中に対して礼儀が足りないという催促なのだろうか?
サオリは推測して、慣れない丁寧語でヤマナカに頼むことにした。
「山中さん。アタピにもあの、ドバーッてやつ、お願いします」
がんばって丁寧語で頼んだが、ヤマナカはまだ迷っている。
「うーん」
「もしかして、オーラの都合で一日一回しかできないとか?」
下を向いて考えていたヤマナカは、ハッとした顔でサオリを見て大きく笑った。
「ああ? カーッカッカ。いやいや。そういうことじゃねーんだ」
ヤマナカはサオリをじっと見た後で続けた。
「そうじゃなくて、お前のオーラが俺と合わねーから、さっきのをやっても無理なんじゃねーかなってこと」
オーラにも種類があるということを知らなかったサオリは、だが可能性があるのならという顔でヤマナカを見つめ続けた。
「可能性があるなら迷わずに、か。冒険者として良い適性を持っているな。雅弘みてーだ。よし。俺も元来迷わねー性格だ。いっちょやってやっか。ただし、すげー痛てーぞ」
サオリは大きくうなづいた。ヤマナカはサオリの棒を持っている右手を握った。
「沙織。手の中に膨らし粉を注入しているような痛みだよ」
アイゼンは悪戯っぽい顔で自分の左手を見せた。確かにいつもよりアイゼンの顔が疲れているように見える。だが、やめろとは言わない。ただ頑張れというだけ。信頼しているのだ。サオリはうなづいた。
「それじゃいくぞ」
ヤマナカが言うと同時に、サオリの右手に大きな力が注ぎ込まれていく。バチバチと光りながら、白から虹、黄、オレンジ、紫、赤、そして金。右腕が取れても構わないという覚悟で挑んでいたサオリは思ったよりも痛みがないなと思った。手の皮の表面だけがチリチリとする。せいぜいピーチーズが全員で自分の右手をペチペチと叩いているような。そんな痛みがしばらく続いた。
金色の光は徐々にサオリの右手に収縮して…、そして弾けた。金色は、キラキラと星のかけらのように空気中に浮遊している。
「やはりダメだったな」
意識を集中していたヤマナカは、集中を解いてサオリを見た。
「沙織のオーラは何か特殊なんだ。雅弘と同じものを感じる。そういうオーラは強い場合が多いが扱いにくい」
ーー特殊で強い?
サオリは、ヤマナカが自分に対して大きな評価をしていることに満足していた。だが現実問題としては、アイゼンのように簡単にオーラを扱えるようにはならないということがわかって迷いを持った。
「そこでどうだろう? 雅弘と同じ師匠を頼ってみては」
「モフフローゼンか?」
ダビデ王が慌てた声でたずねた。
「ええ」
ヤマナカは自信ありげな声で答える。
「しかし、あいつはあの事件以来、姿を消し、現在は世の中を避けるようにして隠居生活をしているらしいぞ」
「あの事件は確かにモフフローゼンに不信感を植え付ける事件だったでしょう。ただ、沙織は雅弘の娘です。雅弘の娘ならばモフフローゼンも心を開くかもしれません」
「しかし、あいつの場所はワシにもわからん」
「大丈夫。俺は先日、彼の居所を知ることができました。彼はここ、リアルカディアにおります」
「なんと!」
「灯台下暗しですね」
「では」
「はい。ダビデ王。あなたは紹介文を書いてください。明日、サオリを連れてモフフローゼンに会いに行きましょう」
「しかしお前は…」
「そうですね。確かに俺は嫌われているので、一緒についていくことは難しいでしょう。そこで我が弟子、イノギンを沙織につけていかせましょう」
ーーやった! デートできる!!
「わかりました」
ギンジロウは自分の胸に手を当てて了承した。
「私も行こう」
アイゼンが言ったが、それについてはヤマナカが首を振った。
「いや、お前はダメだ。これからしばらく、毎日俺と修行しねーとお前のオーラは身につかない」
「しかし…」
ヤマナカはアイゼンをにらんだ。
「なんだ? お前は師匠と、自分の兄弟子と、親友のことが信じられねーのか?」
「いえ、そんなことは。はい…。わかりました」
アイゼンも、自分でも知ってか知らずか、兄弟子同様、自分の胸に手を当てて了承した。
「うん。愛染。お前は沙織の心配をしすぎる。それでは沙織の成長を妨げるし、お前のためにもならない。成長しろよ」
「は、はいっ」
珍しくアイゼンが動揺している。ヤマナカと師弟関係になって間もないというのに、もう何十年も師弟関係を結んでいるかのようだ。
「おう。素直な弟子で嬉しいぞ。それじゃあお前ら二人、明日学校が終わったらまたメゾニックセンターに来い。そしてダビデ王。あなたはモフフローゼンに紹介状を一筆書いておいてください」
サオリとアイゼンは「はいっ」と返事をし、ダビデ王は「わかった」とうなづいた。
「今日の議題はこれで全て解決したな」
円卓の一番奥に座っている一人の覆面男が場を仕切った。光り輝いている鳥の王様のような格好のこのクリーチャーは、KOQ団長、イシュメラルダだ。
「うむ。それでは今日の円卓会議はこれまでだ。解散」
ダビデ王の一言で全クリーチャーが一斉に動き出す。円卓にいたクリーチャーたちは次々とやってくるエレベーターフィッシュに食べられて、あるものは上へ、あるものは下へと消えていった。