第82話<Same World> Michael’s Ominous

文字数 2,685文字

 サオリが出て行った後、ミハエルは、なぜか落ち着かなかった。
ーーなんだろう。
 家の片付けをする。
ーー掃除機のつまりが、気になるような音を立てているな。
 その瞬間、理由に気づいた。いつも自信満々で家を出ていくサオリが、今日だけは自分と目も合わせずに出て行った。そのことに、とてつもない違和感を感じていたのだ。途端にミハエルは心配になった。
 サオリの部屋の前に立つ。用事がない限りはプライベートを尊重して開けない。だが、どうしても気になる。ドアノブに手を掛ける。鍵がついているのでいつもは閉まっているが、今日のノブはゆっくりと平常運転で回り、カチリという音を立てて、ミハエルを迎え入れた。
ーー開いた。
 そっと覗く。いつもしっかりと整理整頓をしているサオリではあるが、今日はさらにしっかりと片付いている。まるでミハエルが入ってくることがわかっているかのような、そんな表情の片付け方だ。ベッドの布団のたたみ方が、今夜も主人を迎え入れようという顔をしていない。たくさんの自作ぬいぐるみが座っている学習机も、今日は勉強する気はないという顔で、スッキリキレイだ。
 机の真ん中には、A4を半分に折った紙が置いてある。白い小人が立ち上がるように作られており、「開けてー」と言っている。手紙だ。
ーー可愛い外見の手紙だが、内容はクズリのように凶暴そうな予感がする。
 見たいような見たくないような。それでもミハエルは、焦るようにして手紙を開いた。開くと、可愛くて頭の良さそうな文字が書かれている。
『ミハエルへ 五月六日までクエストに行ってきます。長いクエストだとミハエルは心配して行かせてくれないかもと思ってこっそり出るけど、このクエストだけはどうしても行きたいの。ギンさんもクマオも一緒だから安心してね。なにかあったら連絡します。 Sa0ri©︎』
ミハエルは顔が青ざめた。
ーーおそらく、詳細を言うと私に反対されるようなクエストなのだろう。だが、場所と内容を書いてくれてさえいれば、場合によっては私がついていって守るのに。勝手に行くだなんて、なんて最悪な選択をしたんだ。
 この数日間の腑に落ちない行動の全てが、この手紙に凝縮されている。汗が吹き出し、とんでもない悪寒がする。部屋の中を必死に眺め回したが、何も行き先の手がかりになるようなものはなさそうだ。
ーー長いクエストで私に言えないところ、ということは、危険かもしれないが沙織がどうしても行きたいところ、となるだろう。行きたいところで愛染がついていかないということは、ただ遊びで行きたいと言っているわけでは無い。KOKの入団試験だとしたら、危険だが私は止めない。となると、他には、自分の将来に関係するクエストか、自分の過去に関係するクエストかのどちらかなのだろうか。しかし、これではまったくわからない。当てずっぽうに行ったところで、当たる可能性は限りなく少ない。こうなると、腕輪から出るオーラをコントロールできるようになったことが逆に仇となってしまった。
 コンコン。
 ミハエルが振り向くと、窓の外に、ずぶ濡れの子猫が偉そうに佇んでいる。
「おい。開けろ。お前は沙織がどこに行くか知らねーだろ? 俺を一緒に連れていくと約束すれば、場所を教えてやるよ」
 普通の大人は、猫が喋っているという状況を本気に受け取ることはない。だがミハエルは、首輪を見て、一目でこの猫がサオリのパートナーだと思い、間髪入れずに窓を開けた。地獄に仏とはこのことだ。
 ガラ。
「入れ」
 子猫はヤレヤレという顔で部屋に入り、二メートルを超える大男のミハエルにされるがまま、タオルでゴシゴシと体を拭かれた。子猫は心なしか、そんな大男を見ながら微笑んでいる。
「優しいところは相変わらず変わらねーな、ミハエル」
 ミハエルは、自分の名前を知っていることに驚いた。
「俺だよ。チャタロー。カトゥーのパートナーの」
ーーチャタロー? 確か十年前に雅弘と共に死んだはず。チャタローに関しては遺体も見た。
 おかしいと思いながらも、言われてみれば確かに少しはチャタローの面影がないではない。それに、サオリの行方を知っているというので頭から否定もできない。だが、こういうワラにもすがりたい時にやって来る巨大な浮遊物は明らかに怪しい。ミハエルは、自分が怪しんでいる様子が出ないように努めた。
「それにしては…。ずいぶん変わったような」
「それな。俺の持ってるF、猫魂の効果だよ。死んだ時に自分の子供の誰かに転生する。お前には言ってなかったな。俺は三代目だ」
 ミハエルは、チャタローの説明で一気に腑に落ちた。急に昔日の思いがこみ上げる。ミハエルは、十年前に戻ったように冗長になった。
「なるほど。言われてみれば。お前みたいに生意気なパートナーはなかなかお目にかかれないもんな。久しぶりだな。元気だったか?」
「うるせーよ」
 チャタローは嬉しそうに、一度ニヤリとして続けた。
「すっかり縮こまっちまったが、俺は元気だぜ。お前はどうだ、ミハエル。ずいぶん子煩悩な父親みたいな風采になっちまったようだが」
「バカ言え。戦士の心はまだ奥底に眠らせているぞ、チャタロー」
 今のミハエルを知っている人が聞いたら驚くようにフランクな喋り方で、ミハエルは話を続けた。
「ゆっくり挨拶をしたいところだが、感傷は後だ。沙織はどこに行ったのだ?」
 チャタローは、わかってるという顔でミハエルと目を合わせ、ゆっくりとした口調で、一音一音はっきりと声に出した。
「オーストラリア。ウルル」
「ウルル! あの!」
「ああ」
ーーそうか。雅弘。運命は再び、お前と沙織を結びつけようとしているのか。私はアナング族に認められず、聖地まで入る許可を得られないかもしれない。だが、なんとしても沙織がピンチの時にはそこに立ち、沙織を守ってみせる。これは、俺とお前との誓いだ。
 ミハエルは一度天を見上げた後、すぐにスマートフォンを握り、旅行会社に電話をかけた。
ーーゴールデンウィークの旅費は高いだろうが、沙織のためだからな。仕方ない。
 ミハエルは、燃える自分の気持ちとは裏腹に、冷静に自分の生活のことなんて考えている情けない心がなんだか面白かった。言葉は感情の取捨選択だ。きっと今のミハエルの心には、サオリを助けに行くぞという気持ち以外に、久々に冒険や闘争へ向かうことに対しての男としての高揚感などもあるのだろう。それに関しては、ミハエルを含めて誰一人として気づいていない。
ーーもう十年近く使っていないな。
 ミハエルは、タンスにしまっておいた自分用の賢者の石を握りしめた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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