第90話 Rick Reebok (リック・リーボック)

文字数 4,427文字

 5月1日。朝5時40分。快晴。乾燥地帯なので当然だが空気は乾いている。外は真っ暗だ。日の出は7時頃らしい。ホテルからウルルまでは約20キロ。到着する頃には明るくなっているのだろう。ロビーに降りると、こんな時間だというのに旅行客も多い。日の出を見るツアーが流行っているようだ。
 サオリとギンジロウは今日からダビデ王の騎士として行動する。だが、ギンジロウは団服を着ていない。サオリも黒いワンピースを着ていない。錬金術師だとバレやすい服装をしていると、襲撃された際、最初からピンポイントで狙われてしまう。有名な錬金術師であるジョン・F・ケネディが暗殺された時も、モード・アルキメストになる前の状態を狙われた。
 そのため2人は、ヘンリーの護衛と同じようにスーツを着ていた。ついでにいうと、クマオもスーツだ。サオリが事前に作っておいた。
 サオリは、ギンジロウからもらった黄色いサングラス、イエローティアドロップをかけ、スーツの襟に自作の小人バッジをつけている。ギンジロウは、KOKから支給されているゴーグルを首にかけ、襟にKOKのバッジをつけている。2人並ぶと身長差はあるが、映画、メン・イン・ブラックの主人公たちのようだ。
ーーアタピ、ウイル・スミス。
 トミー・リー・ジョーンズことギンジロウは、真剣な顔を崩さず、注意深くホテルの外に出た。

 ターミナルには、まだ暗いというのに、たくさんのバスや大型車が止まっている。
 その中で、旅行客とは明らかに違う、ものものしい一団がホテルの目の前を陣取っている。何台もの軍用車とトラックの一団。調査隊が出発の準備をおこなっているのだ。
 全身茶色い動きやすそうな服にブーツ。首にはヘルメットをかけ、精気漲る声で指示を出す中年隊長。アーサー・マックスだ。白衣を着た長い白髪の老人、ジョージ・テイラーは、大きな調査用機械をトラックに積み込む作業を監督している。他にも、何人もの知らない人が白衣で作業をしている。残りの10人の研究調査員だろう。よく見ると全員、腰や胸に身分証をつけている。
 真ん中に1台、高級車ベントレーが止まっている。外交官ナンバー。イギリスの旗がヘッドライトの上に立っているところを見ると、ヘンリー・ムーア王子が乗っているのだろう。
 積み込みなどの作業をせず、立って周りを見回しているのはオーストラリア軍だ。軍服を着て、大きな銃を縦に持っている。10人と聞いていたが、30人近くはいる。筋肉隆々の兵士が、鋭い目で銃を持っている姿は、予想以上に迫力がある。サオリは、いつ誰に襲われても避けられるように、注意深く辺りを見回した。
 そんなサオリとギンジロウの気配に気づいたのだろう。アーサーと目が合った。
 アーサーは、若い軍服を着た青年と一言交わし、一緒に近づいてくる。
 サオリは、青年を見た。20歳前半くらいの白人。プロレスラーのような体格で、金髪の角刈り。やけに明るい表情だ。爽やかだが、お調子者に見える。
ーー何だ、この女。ジャップか ? 観光に来るジャップのビッチは簡単に喰えるが、こんなに小さくて可愛いビッチは初めてだな。ヤリてー。
 青年は、紹介もされていないのに話し出した。
「俺はオーストラリア軍大尉のリック・リーボック。お前らを守る、一個分隊の隊長だ。リッキーと呼んでくれ。普通、俺みたいに階級の高い人間が分隊長なんてやることはないが、今回の作戦は大事だと聞いてな。なーに、お前らも含めて、俺たちが全員守ってやるよ。よろしくな」
 リックは、サオリに寄ってきて抱きしめようとした。反射的に避ける。
「なんだ? 握手もしねーのかよ」
 リックはサオリの頭に持ってきた手をおろし、最初から握手しようとしたフリをする。
ーーアタピ、この人嫌い。
 しかし、挨拶と言われては仕方がない。サオリは渋々握手をした。勢いのあるリックの手は、握手以外のいやらしさを感じる。
ーーきーたっねっ。
 今すぐにでも手を洗いたい。
 リックがギンジロウと形式的な挨拶をしていると、アーサーの元に調査隊の1人がやってきた。準備が終わったようだ。
「隊長。すべての積み込みは終わりました」
「ありがとう。それでは出発しようか。リッキー。準備はいいですか?」
「ああ。いつでもOKだ」
 リック大尉が、肩につけたトランシーバーで「出発だ」と言う。オーストラリア軍は、一斉に動き始めた。
  調査隊12名、ヘンリーと従者3名、オーストラリア軍の中から精鋭10名、それにサオリとクマオとギンジロウが加わり、総勢27名と1匹。調査車輌5台、ベントレー1台、軍車輌4台の大行列だ。
 先発で1台の軍車輌が進む。
 列の前と後はオーストラリア軍が守り、間に調査用車輌とベントレーが挟まれる。
ーーさて、乗るか。
 サオリとギンジロウが、ジョージの運転する車に乗ろうとした時、口髭を伸ばしたスーツ姿の青年がやってくる。ヘンリー王子の従者だ。
「イノギン。ヘンリー様から御同乗なされよとの命だ」
ーーヘンリー様が俺を?
 ギンジロウはアーサーを見た。サオリと共に、アーサーとジョージの車に同乗するものだと思っていたからだ。
「スポンサー様の命令では仕方がないですね」アーサーは苦笑いをした。
ーーやれやれだぜ。
 仕方がない。ギンジロウはサオリを連れて行こうとした。
 従者が遮る。
「いや。イノギンのみと言われている」
 ギンジロウは、再びアーサーを見た。先ほどと同じようなことを、今度は目で返してくる。サオリを見ると、「アタピは大丈夫」という顔をしている。
「わかりました」
 ギンジロウは、サオリにたいする心配な気持ちを抑え、ヘンリーの待つ、ベントレー・ステーツリムジン・レプリカに乗ることになった。サオリは、ジョージが運転する車の後部座席に乗り込んだ。アーサーは助手席に乗る
ーーさあ、出発だ。
 車が動き始める。と、後部座席の扉が外側から開けられ、誰かが乗り込んでくる。
ーー誰?
 若くて筋肉質な白人。リック大尉だ。香水の匂いがすごい。
ーー契約では、警備以外の目的で近くに来てはいけないとなっているはずだ。
 アーサーは、明らかに不機嫌な声でたずねた。
「どうしたのですか?」
「いや、なーに。今日の警備計画について、少し隊長さんと話をしようと思ってな。まさか、話もしねーで適当に警備しろ、ってことはないよな? しかも、ここは俺たちの国だ。勝手なことをされても困るし」 
 車内の空気が一瞬にして悪くなった。だが、リックは空気が読めない。扉を閉め、足を振り回して、出発を促した。
 アーサーは苛立ったが、ここで問題を起こして時間を無駄にするほど暇ではない。出発を促す。
 ジョージは不承不承、アクセルに乗せた足に力を込めた。

 サオリは護衛が目的で来ているので、ギンジロウと分かれての乗車は仕方がないし、自立するいい機会だと思っていた。アーサー、ジョージとこれからの調査についての話を自分1人でするという挑戦にもワクワクしていた。挑戦は経験に繋がる。
ーー「アーサーさん」と声をかけよう。
 思いながら5分。
ーーホスト業界には「出会って10秒以内に声をかけろ」という原則があるて聞いた。時間が経つほど言いづらくなるて、わかる。
 それでも勇気を出して声を吐き出そうとした時、リックが少し尻をずらし、サオリの近くににじり寄ってきた。先ほどから少し強い揺れがあるたびに近づいてきていると思っていたが、ついに境界線を超えてきた感じだ。前にいるアーサーとジョージは気づいていない。
「なーなー」
 リックが肩に手をかけてこようとする。サオリは気配に敏感だ。車の扉に貼りつくように避け、クマオポケットに手を入れる。
「そんなに嫌がることはねーだろ? これから5日間、よろしくやってく仲じゃねーか」
 サオリにゆっくりと触れようとする。
「触らないで!」
 サオリはクマオポケットからレストーズを取り出し、Qの先端をリックの喉に突きつけた。
 リックは驚いた顔をした後、嗜虐性に満ちた顔に変化する。
「おーっとっと。そんなにい・や・が・ん・な・よっ!」
 リックは、怒気を含んでQを払い、サオリに覆い被さってきた。サオリは、もう片方の手にKを握りしめていたので、リックの腕を叩きながら、体を浮かせて、座席に中腰で立つ。
 臨戦態勢は整った。
 だが、予想外の出来事も起こった。怒りと緊張で、呼吸がうまくできない。呼吸がうまくいかないと、モード・アルケミストが使えない。
ーーまさか、こんな弱点があるとは。
 けれども、持ちうる武器で戦うしかないのが世界の掟だ。サオリは覚悟を決めた。

 その時、車がゆっくりと速度を落として止まる。
 砂漠のど真ん中。後続車輌も止まる。
「リック大尉。ここで降りていただけませんか?」
 ジョージだ。バックミラーを見て、後部座席の様子に気づいたのだろう。落ち着いた口調で話しているが、心中激しい怒りの炎に包まれているようだ。
 リックは、3人の顔を眺め回した。全員が同じ表情をしている。
「……いいだろう」
 憎々しげに扉を開き、リックは車から乱暴に降りた。
「だがお前ら。覚えておけよ。お前らは、SASRに逆らったということを。俺がいる限り、お前らの調査がうまくいくことはねーぞ」
 リックは、壊れるくらいの勢いで扉を閉めて出ていった。
 後ろ姿をサオリは目で追う。軍車両に乗り換えたようだ。
 再び車が動き出す。すまなさそうな声でアーサーが言う。
「止めるのが遅れてすまん。なんせ、オーストラリア軍に睨まれると調査が中止になってしまう恐れもあって。気づいてはいたが、なかなか言い出せなかった」
 サオリは、アーサーの言葉に何の反応もしなかった。というのも、いつものように自分会議が頭の中で始まっていたからだ。
 サオリは女子校育ちなので、ミハエルやネーフェのような紳士以外の男性とは話したことがあまりない。だが、ギンジロウといい、リックといい、なんだか変によそよそしかったり、やけになれなれしかったりするこの未成熟な生き物にたいして、少しだけ嫌悪感を抱きはじめていた。知らず体が震えている。
 サオリは気持ちを落ち着かせるため、仙人の呼吸を繰り返した。
 ジョージもアーサーもそれ以上は話さない。
 3人とも、早くウルルに到着することを願っていた。
 だが、時間の神様は意地悪だ。こういう時ほど目的地までの距離は縮まらない。
 ウルルは近くに見えているのに一向に近づかない。
 他のバスや車が次々と止まる賑やかな場所に来ても、調査隊の一行の目的地はそこではなかった。
 結局、それから30分。ウルルを丸々一周回り、カラヤジュンタまで進み、ようやく調査隊一行は目的地へと到着した。
ーーこの、初めて見るウルルの朝焼け。普通なら絶対感動すると思うけど、今のアタピ、少しもそんな気持ちになれない。
 サオリはリックの件で、今までの全ての気分が台無しになったような気がしていた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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