第69話 Black Sword (湛盧之剣)

文字数 5,382文字

 六日後。サオリは五度目のGランククエストを達成した。クエスト屋ランゼライオンで報告すると、ランゼは潰れた胸元から小さな銀の笛を取り出して吹いた。
 パララパッパパー。
ーーカーワイッ。
 じっと見ているサオリに、誇らしげな顔をしてランゼは言う。
「おめでとう。Fランクに昇格ー、だよ」
「ありがと」
ーーこういう時はクールに。
 サオリはブスッとした顔を作ろうと思ったが、自分でわかってしまうほど明るい表情になっていた。達成感が体の中を駆け巡っているのだ。そんな表情になってしまうのも仕方がない。
ーーただ、まだまだだ。アイちゃんはすでにEランク。自分に対するご褒美は今の十秒間で終わり。
 緩んだ顔を元に戻してランゼにたずねる。
「それじゃ、今からFランクの仕事を受注できますか?」
「出来るーだよ。ただ…、沙織に紹介できる巻物は…今のところ、ないー」
「なんで?」
ーーフォアグラのFランクなのに?
「ここからは宝石や象牙などーの、リアルでも価値の高ーいものが中心となーるだよ。保険りょーも取られる。沙織はピッピが」
「なるほど。わかりました」
 確かにサオリは宝石のように高価な品物を運ぶための保険費用を用意できるほどたくさんのピッピを持っていない。それに、象牙のように乱獲で絶滅しそうな動物の品物を運ぶ行為も良心が痛むので出来ない。
ーーでも…、ホントにクエストは個人個人に合わせて推薦されてるんだなー。
 部屋の奥で怯えた目でこちらを見ている巻物たちにおいでおいでをしながらサオリは考えた。
「そうしたら…、次はどうしたらEランクになれるんですか?」
「それなら心配いらーないだよー。次のランクアップは、クエストのクリア数でーはなーいから」
 サオリは驚いた顔をしないで驚いたが、ランゼにはバレている。案外ポーカーフェイスは自分が思うほど上手くない。
「師匠に聞いてごーらん。師匠は普通、弟子にランクアップを知ーらされたら、次のランクアップのやり方を教えてくーれるからー」
「ありがと!」
 そうと決まるとすぐ動くのがサオリだ。お礼を言うと同時に、モフフローゼンのいる工房に向かって最短距離で走り出した。

「モフモフさーん」
 最近では、獄卒鬼にたずねなくてもモフフローゼンのいる場所は大体わかる。けれども今日はモフフローゼンにしては珍しく、実験室でも研究室でもなく、庭でミドリと紅茶を飲んでいた。
「おー。沙織ではないか。どうしたどうした。修行は順調に進んでいるか? まるでパン工場でベルトコンベアーに流されていくクリームパンのように」
「うん!Fランになった!」
 サオリは大きくうなづいた。
「ほお。やるねえ」
 モフフローゼンは、犬では絶対やらない口を横に大きく開ける笑顔をこぼし、目を細くしてサオリを見た。ミドリは歯がみしている。
「確かにFランク。ウインドウを隠す方法も覚えておる。成長しているな」
「あたいも成長してる!」
「お前は頭の大きさだけや。ワイの方が成長しとるわ」
「あんたなんてただのぬいぐるみじゃない。成長しないでただ汚れてるだけ!」
「喋りの技術だけはぎょうさん上手くなってきたやないか。頭の大きさは伊達やあらへんな。ま、ワイにかかれまもごもご」
 ミドリとクマオはお互い気があうのか、最近よく口喧嘩をしている。いつもはほっておくサオリだったが、今日はモフフローゼンに聞きたいことがあるので、乱雑にクマオの口を握り潰した。
「あっーっはっはっはっは」
 ミドリが腹を抱えて笑う。クマオがサオリのバッグの中から顔と手を振り回して怒る。タオル地がぽこぽことサオリの頭や肩にあたるが、サオリは全く気にしなかった。
「アイちゃんはもうEランクになってました」
「うん。それでどう思うんだい?」
 モフフローゼンは、表情で読んで欲しいと思うサオリに対して、言葉で相手に伝わるように表現しろとうながす。
ーー言葉の意思はアタピにとって、なんか重いんだよね。
 サオリは恥ずかしいと思いながらも話を続けた。
「焦る」
 モフフローゼンを見ても喋ってくれる様子がないので、サオリは思いを言葉にした。
「アタピも、Eランクになる方法を知りたい、です」
 モフフローゼンは満足げな顔で一度背を伸ばした。
「なるほど。よくわかった。私は沙織の師匠だ。その方法を教える義務がある。獄卒鬼。先ほど仕上げた黒棒を持ってきておくれ」
 後ろで控えていた獄卒鬼は紅茶のおかわりかと思ってポットを持って近づいたが、モフフローゼンの話を聞いてポットを戻し、急いでどこかへ走っていった。
「みどり。クマオ君。二体とも少しどこかで時間を潰してきてくれ。これはお駄賃だ」
 ミドリは自分のPカードに千ピッピが入ったのでご機嫌だ。
「クマオ。コリコリ軟骨アメ買いに行こうぜ。あたいが奢ったる」
「いー、ワイはアフロ焼きがええな」
「いいよ! チャタローもおいで」
 チャタローは「俺は空気を読むタイプだぜ」と言わんばかりにサオリを見てから、どちらが速く走れるかを競いあっているクマオとミドリの後をついていった。すれ違うようにして、獄卒鬼が上履き袋のような大きさの袋を持って来る。
「ありがとう」
 モフフローゼンは受け取って真剣な顔をした。
「さて沙織。Eランクになるにはこれ、オーラソードを覚えることだ」
 モフフローゼンは袋から二本の短い黒棒を取り出した。KOKのモーシャが試験に使っていた黒棒に似ているが、麩菓子の倍くらいの長さがあり持ち手がついている。英語のPの大文字に近い。トンファーのような形だ。
「まずはMAになってみなさい」
「はい」
 サオリは呼吸を深めて意識を賢者の石に集中し、オーラを十分に溜めた後で自分の体全体にまとわりつかせた。そして鼻と口と耳だけまとわりつかせなければ完成だ。
「ニャー!!
 今では三十秒かからずに出来る。
「よし。では、まずはこれだ」
 モフフローゼンは言い様、先ほど持ってきた黒棒でサオリを撫で斬った。反射的に避けようとしたが避けきれずに当たる。ただ、既にモードアルケミストになっているサオリに衝撃はない。
ーーえっ? そりゃそうだよね。
 サオリは後方に一回転した後、追撃に備えるために片膝をついたまま、不思議な顔でモフフローゼンを見上げた。
「ふむ。ちゃんと出来ているようだね。では次だ」
 モフフローゼンは次に、黒棒を軽く振ってサオリの腕に当てた。まったく反応出来ない。
ーー痛っ。
 サオリは打たれたことに気づいて慌てて腕を引いたが、前腕に青あざが出来たような痛みを感じる。どうやら黒棒にオーラを込めて攻撃してきたようだ。
「どうだ? これがEランクの試験、オーラソードじゃ」
「ひどい…」
 モフフローゼンは困った顔をして続けた。
「痛みとともに覚えることは修行のスピードを速める。怖がらせては逆効果だが、沙織はワシのことを信頼してるだろう?」
「うん」
 修行なので仕方がない。とはいえ出来たら体に傷を作りたくない。可愛くないことはテンションが下がるからだ。サオリは前腕に傷がついていないかどうかを気にしながらうなづいた。
ーーでも、これなら簡単そう…。
「やってみるか?」
 言われてサオリはうなづいた。モフフローゼンはサオリに黒棒を渡す。
ーーいつもPSに対してやっているように、黒棒にオーラを入れて…、と。
 簡単にできると思ったオーラソードだが、自分の体から少しでも遠くなると、その途端、賢者の石はオーラと混ざらなくなる。せいぜい棒の二センチが硬くなる程度だ。それ以上は全くオーラが届かない。みるみるサオリの体からはオーラエネルギーが失われていき、もはやモードアルケミストを保つことですら困難になってきた。
「今日はこのくらいだね」
 モードアルケミストを解き、息を切らしながら膝をつくサオリにモフフローゼンは言った。
「次にまた会える時を楽しみにしているよ」
 去っていくモフフローゼンに対し、サオリは息が切れて何も言えなかった。

 それから三日がたった。サオリは授業中も黒棒を机の下に隠し持つほど熱心に練習をしたが、一向に上達の気配がない。自分のオーラが空気中に分散されているように感じる。
ーーうまくいかない…。
 ピッピの心配がなくなったこともあって、サオリは放課後になると毎日ワンワン工房で修行を続けたが、やはりこの日もやり方がわからなかった。
ーーアイちゃんは一週間で出来たって言ってたのに…。
 サオリが落ち込んでいると、クマオがどこかへ行こうとする。
「どしたの?」
 クマオは振り向いて言った。
「なんかいま、入口の方で音がしたんや。あれ、きっと銀次郎やで! ちょっと遊んでくるわ!」
「いってらっしゃい」
 言った後でサオリは思った。たった三日で「わかりません」とモフフローゼンに教えを請いに行くのは流石に恥ずかしい。
ーーアイちゃんが一週間で出来たものて、ギンさんはどのくらいで出来たんだろ?
 思いつくと修行に集中できない。
ーーもしかしたら、ギンさんに聞いて急に何か分かることがあるかも。
 サオリは思い切って修行を休憩し、外にいるというギンジロウに会いにいった。

 最近、ギンジロウは、ワンワン工房に来るたびにクマオと遊んでいた。それとなくサオリの近況を聞きたいと思って遊んでやってたのだが、いつの間にか自分でも遊びたいと思うようになっていた。クマオなら人見知りすることも格好つける必要もなく、童心に帰ることができて面白いからだ。
 今日はクマオが持ってきたボムポム投げをして遊んでいた。体に当たると派手に爆発して、三分間ペンキまみれになるリンゴ型のファンタジーだ。ギンジロウが投げたボムポムをクマオが避けたので、ボムポムは奥まで転がり工房の角に消えた。
「どうや! ワイかてただぶつかってるだけやあらへんで!」
「次は当ててやるからな」
 投げた瞬間に外れたことがわかったギンジロウは、クマオよりも早く転がっていったボムポムを取りに走った。
「あかんやん」
 避けた後でボムポムを取りにいこうとしたクマオは、スタートが遅れたので取る事を諦め、ギンジロウから遠くに逃げることにした。
「逃さないよー」
 クマオを目で追いながらボムポムを取るために角を曲がったところで、ギンジロウはボムポムを持って立っているサオリに危うくぶつかりそうになった。
「おっと」
 サオリは両手を伸ばして、ギンジロウにポムポムを渡した。
ーーさ、さ、さ、さ、沙織さん?
 ストーキングしようとしたら急に目の前に警官があらわれたような気持ちだ。別に悪い事はしていないが全身が縮こまり、恐縮しながらギンジロウはポムポムを受け取った。
「ギンさん」
「は、はひっ」
ーー晴天の霹靂とはこういうことを言うんだろうな。
 ギンジロウは突然のことで固まり続けていた。
「ギンさんはオーラソードて出来る?」
「オーラソード?」
 ギンジロウは下に落ちていた鉄パイプを拾ってオーラを入れた。
「これ?」
 鉄パイプは白く光っている。サオリは驚いた。
「その鉄パイプて、PS含まれてるの?」
「含まれてないけど、俺はPS持ってますからね」
 余裕が出来たギンジロウはサオリの右手を見た。黒い棒を持っている。ギンジロウは合点がいった。
「ああ。沙織さんはオーラソードの修行中なんですね。オーラソードはPSが含まれたものじゃなくても、自分がPSを持っていれば出来るんですよ。多分、沙織さんは修行中だから、PSが含まれた黒棒で練習してるんだと思うんですけど」
「どうすれば出来るようになるんですか?」
「感覚ですかねぇ。俺はすぐ出来るようになったからわからないんですけど」
 ギンジロウは自分が優位な立場にいるとわかると気が楽になって少し饒舌になった。
「アイちゃんも一週間で出来るようになったんです」
「じゃあ、もしかしたら、俺たちは剣道をずっとやってきたから、自然と剣にオーラを行き渡らせるのが上手くなったのかもしれないですね」
「どして?」
「んー」
 ギンジロウは迷った後で答えた。
「剣道は強くなる段階において、剣と自分を一体化させる必要があるんです。竹刀の長さや重さをミリ単位、グラム単位で知る癖が自然についている。だから、あんまり剣と自分に変わりがないのかもしれません」
 聞いてサオリは考え始めた。
ーーなるほど。一体化。
 サオリは毎朝起きてから自分の手足や体重の変化をミリ単位、グラム単位で測っている。ただ、手に持っている黒棒の長さや重さなんてそんなに考えたこともなかった。どのくらいだろう。三百グラム三十センチくらいだろうか。しかし確かに、自分の手の延長としては全く感じられていなかった。
ーー一体化。一体化。アタピの手。アタピの手…。
 サオリはその場で集中モードに入っていた。

「沙織、さん?」
 目をつぶってうつむいたサオリに声をかけたが、もはや直立不動だ。
「あー、あかんあかん。沙織の世界に入り込んでもうた。こうなったらもうどうしょもないで。邪魔すんのもかわいそうやしワイと遊ぼ。な」
 クマオは早くポムポムを投げてくれと催促している。
ーーこんなにじっくりと、この美しい生物を間近で見られるチャンスはそんなに無いのに
 ギンジロウは瞬間悩んだが、サオリをいやらしい目で見ていると思われるのも恥ずかしいので、諦めてクマオにポムポムを投げ返した。クマオは丸い尻尾を小さく振った。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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