第91話 Reebok Again (リック大尉、再び)
文字数 2,643文字
到着先のカラヤジュンタは、他の場所と変わらず、赤い岩肌が剥き出しになっているだけの絶壁だ。だが、立入禁止表記の奥に、細く、道なき道が隠れている。道は崖の上まで繋がっており、その先に聖地があるらしい。
現地に到着すると、20人以上ものアナング族が待ち構えていた。彼らは全員、鮮やかなボロ布を纏っている。ほとんどが男性で、顔や腕にペイントをほどこしている。浅黒い肌はたくましい。その中でも、ひときわ逞しい体格の、白髪中年男性がやってきた。アロハシャツのようなものを着ている。アナング族代表のサニーだ。アーサーと仕事の話をした後で、調査隊の指示に従い、アナング族は調査用の道具を下ろす手伝いを始めた。ジョージは、ひとつひとつ細かく指示を出している。
ーーアルキメストなのに、戦うんじゃなくて研究するみたいな道もあるのね。
長髪の老人は細くて白いが、しっかりとしていてかっこいい。サオリはじっと眺めていた。
アーサーのもとに、スーツを着たヘンリーの従者がやってきた。
「アーサー」
アーサーは、指示している手を止めた。
「どうされました?」
「ヘンリー様は、先に聖地へ向かわれたいそうです」
またヘンリーのわがままだ。おそらく、やることが無いので暇なのだろう。
ーー大人しく、ホテルで待っていてくれればいいものを。
だが、先に行かれて現場を荒らされては堪らない。かといってスポンサーなので、無理矢理止めることもできない。アーサーは、にこやかな顔で従者に答えた。
「そうですか。わかりました。それでは準備はカトリーヌたちに任せます。一緒に聖地に向かいましょう」
アーサーは、眼鏡をかけた白衣の西洋美人に後を頼み、調査隊の半分を引き連れて、ジョージと共にヘンリーのもとへ向かった。サオリもついていく。
「待っていたぞ、アーサー」
岩に腰掛け、長身を折り曲げて野草をもてあそんでいたヘンリーは、アーサーを見つけて嬉しそうに立ち上がった。
「お待たせしました。この先は危険な場所があるかもしれませんので、我々がヘンリー様を先導してまいります」アーサーはへりくだった。
「うむ。よろしく頼む」
ヘンリーは悪気があって先を急いだ訳では無さそうだ。育ちがいい人特有の無邪気さで、大きくうなづいた。
一行が道を登っていくと、ご機嫌な顔をしてリックが近づいてくる。髪の毛をとかしたのだろう。金色の前髪が右になびく。
ーーあれだけ嫌われるようなことをしたのに、よく澄ました顔でまた来られるな。
サオリは表情を曇らせて2メートルほどの高さの岩に駆けのぼり、リックを頭上から見おろした。
「おーっとっと。もう何もしねーよ」
リックは見上げながら両手を挙げた。
「これ以上嫌われても嫌だからな」
ーーリック大尉よ。もう、ポイント・オブ・ノーリターンはとっくに過ぎている!
サオリは完全なる嫌悪感を持って迎え撃った。だが、アーサーの言葉を思い出す。
ーーそいやー、オーストラリア軍に逆らうと調査ができなくなるかもしれないて言ってた。
調査が中止になることは避けなければならない。仕方がないので、逃げることはやめた。岩の上ならば触られないだろう。
ーーそいえば、さっきリックに襲われた時にMAになれなかった。
サオリは思い立ち、この苛立ちの中でもモード・アルキメストになれるかどうか、冷静さを保つための訓練を始めることにした。
ーーそ。アタピは護衛に来たんだった。
サオリはリックを見ない。調査隊の進む先を見る。
リックは許されたと思い、サオリの足元からずっと話しかけてきた。暇なのだろうか。
「なー。名前は何てんだい?」
「今何歳?」
「彼氏いんの?」
「お前、日本人だろ? 白人とつきあったことはあるのか?」
「俺は、シドニー大を主席で卒業したんだ」
「モデル事務所にスカウトされたこともあるし、ミスオーストラリアともつきあったことがあんだ」
「この若さでもう大尉だし、将来を期待されてんだぞ」
「俺とつきあったらみんなに自慢できるぞー」
「なー。なんか話せよ! 俺は優しい男だぞ」
リックの言葉を英語の勉強だと思いながら聞いていたが、なぜか全く興味が持てない
ーーなんでだろ?
しかし、サオリの考えはすぐに中断させられた。リックが隙あらば岩に登ってこようとしたり、足を触ろうとしてくるからだ。
ーー辟易。
1人でなんとか解決したかったが難しい。サオリはPカードを使い、ギンジロウを呼ぶことにした。
ギンジロウは、ヘンリーと話しながらも、30メートル先にいるサオリが気になっていた。と、Pカードからプットーが飛び出す。
「沙織さんからです」
ギンジロウのPカードは腕時計型だ。電話をするふりをしてサオリと話をする。
「もしもし?」
「アタピ困ってるの。助けて」
ーー当たり前だ!
「どうしました?」
「リック大尉がしつこい」
ギンジロウの怒りは一瞬で沸騰した。ヘンリーに詫びを入れ、岩に跳び乗り、飛ぶようにしてサオリの近くに行く。
「どうしたんだ?」
ギンジロウが睨むと、リックは目を背けた。サオリを見ると、困った表情が垣間見られる。2人の空気感を見て、ギンジロウは全てを理解した。
烈しい憤り。
ギンジロウはリックに文句を言った。
「リック大尉!」
「なんだ?」一瞬怯む。
「エスゼロに話しかけないでもらいたい」
リックは男らしくないと感じて、開き直った。
「なんでだい? 同じ警備をするものとして、少しでも仲良くなろうという心、わからないか?」
「ならば俺と話せばいいだろう」
リックは大げさなリアクションと共に、大きくため息をついた。
「はあー。君はわかってないねぇ。男女関係について、君がいちいち口を出す意味はなんなんだい? もしかして、君もエスゼロのことを好きなのかい?」
攻守逆転だ。ギンジロウは顔を真っ赤にし、激しく抗議した。
「ち、違う! 俺はただ、エスゼロの上司として、今は任務に集中させたいのだ」
「じゃあ、仕事が終わったらもう邪魔しないね?」
「いや、仕事が終わったら修行がある。我々にゆっくりとしている時間はない」
「そんなことはないだろう。人生息抜きしながらじゃなきゃ参っちゃうぜ。なー、エスゼロちゃん」
サオリは、ギンジロウ越しにリックと目が合った。下婢た目つきだ。
「気持ち悪い」
サオリはリックの目をしっかり見すえて、英語で伝えた。リックは動揺して目が泳いだ。
だが、大尉としての威厳がある。すぐに元の調子に戻り、「ブスが」と一言捨て台詞を吐いて、2人の元から去っていった。
現地に到着すると、20人以上ものアナング族が待ち構えていた。彼らは全員、鮮やかなボロ布を纏っている。ほとんどが男性で、顔や腕にペイントをほどこしている。浅黒い肌はたくましい。その中でも、ひときわ逞しい体格の、白髪中年男性がやってきた。アロハシャツのようなものを着ている。アナング族代表のサニーだ。アーサーと仕事の話をした後で、調査隊の指示に従い、アナング族は調査用の道具を下ろす手伝いを始めた。ジョージは、ひとつひとつ細かく指示を出している。
ーーアルキメストなのに、戦うんじゃなくて研究するみたいな道もあるのね。
長髪の老人は細くて白いが、しっかりとしていてかっこいい。サオリはじっと眺めていた。
アーサーのもとに、スーツを着たヘンリーの従者がやってきた。
「アーサー」
アーサーは、指示している手を止めた。
「どうされました?」
「ヘンリー様は、先に聖地へ向かわれたいそうです」
またヘンリーのわがままだ。おそらく、やることが無いので暇なのだろう。
ーー大人しく、ホテルで待っていてくれればいいものを。
だが、先に行かれて現場を荒らされては堪らない。かといってスポンサーなので、無理矢理止めることもできない。アーサーは、にこやかな顔で従者に答えた。
「そうですか。わかりました。それでは準備はカトリーヌたちに任せます。一緒に聖地に向かいましょう」
アーサーは、眼鏡をかけた白衣の西洋美人に後を頼み、調査隊の半分を引き連れて、ジョージと共にヘンリーのもとへ向かった。サオリもついていく。
「待っていたぞ、アーサー」
岩に腰掛け、長身を折り曲げて野草をもてあそんでいたヘンリーは、アーサーを見つけて嬉しそうに立ち上がった。
「お待たせしました。この先は危険な場所があるかもしれませんので、我々がヘンリー様を先導してまいります」アーサーはへりくだった。
「うむ。よろしく頼む」
ヘンリーは悪気があって先を急いだ訳では無さそうだ。育ちがいい人特有の無邪気さで、大きくうなづいた。
一行が道を登っていくと、ご機嫌な顔をしてリックが近づいてくる。髪の毛をとかしたのだろう。金色の前髪が右になびく。
ーーあれだけ嫌われるようなことをしたのに、よく澄ました顔でまた来られるな。
サオリは表情を曇らせて2メートルほどの高さの岩に駆けのぼり、リックを頭上から見おろした。
「おーっとっと。もう何もしねーよ」
リックは見上げながら両手を挙げた。
「これ以上嫌われても嫌だからな」
ーーリック大尉よ。もう、ポイント・オブ・ノーリターンはとっくに過ぎている!
サオリは完全なる嫌悪感を持って迎え撃った。だが、アーサーの言葉を思い出す。
ーーそいやー、オーストラリア軍に逆らうと調査ができなくなるかもしれないて言ってた。
調査が中止になることは避けなければならない。仕方がないので、逃げることはやめた。岩の上ならば触られないだろう。
ーーそいえば、さっきリックに襲われた時にMAになれなかった。
サオリは思い立ち、この苛立ちの中でもモード・アルキメストになれるかどうか、冷静さを保つための訓練を始めることにした。
ーーそ。アタピは護衛に来たんだった。
サオリはリックを見ない。調査隊の進む先を見る。
リックは許されたと思い、サオリの足元からずっと話しかけてきた。暇なのだろうか。
「なー。名前は何てんだい?」
「今何歳?」
「彼氏いんの?」
「お前、日本人だろ? 白人とつきあったことはあるのか?」
「俺は、シドニー大を主席で卒業したんだ」
「モデル事務所にスカウトされたこともあるし、ミスオーストラリアともつきあったことがあんだ」
「この若さでもう大尉だし、将来を期待されてんだぞ」
「俺とつきあったらみんなに自慢できるぞー」
「なー。なんか話せよ! 俺は優しい男だぞ」
リックの言葉を英語の勉強だと思いながら聞いていたが、なぜか全く興味が持てない
ーーなんでだろ?
しかし、サオリの考えはすぐに中断させられた。リックが隙あらば岩に登ってこようとしたり、足を触ろうとしてくるからだ。
ーー辟易。
1人でなんとか解決したかったが難しい。サオリはPカードを使い、ギンジロウを呼ぶことにした。
ギンジロウは、ヘンリーと話しながらも、30メートル先にいるサオリが気になっていた。と、Pカードからプットーが飛び出す。
「沙織さんからです」
ギンジロウのPカードは腕時計型だ。電話をするふりをしてサオリと話をする。
「もしもし?」
「アタピ困ってるの。助けて」
ーー当たり前だ!
「どうしました?」
「リック大尉がしつこい」
ギンジロウの怒りは一瞬で沸騰した。ヘンリーに詫びを入れ、岩に跳び乗り、飛ぶようにしてサオリの近くに行く。
「どうしたんだ?」
ギンジロウが睨むと、リックは目を背けた。サオリを見ると、困った表情が垣間見られる。2人の空気感を見て、ギンジロウは全てを理解した。
烈しい憤り。
ギンジロウはリックに文句を言った。
「リック大尉!」
「なんだ?」一瞬怯む。
「エスゼロに話しかけないでもらいたい」
リックは男らしくないと感じて、開き直った。
「なんでだい? 同じ警備をするものとして、少しでも仲良くなろうという心、わからないか?」
「ならば俺と話せばいいだろう」
リックは大げさなリアクションと共に、大きくため息をついた。
「はあー。君はわかってないねぇ。男女関係について、君がいちいち口を出す意味はなんなんだい? もしかして、君もエスゼロのことを好きなのかい?」
攻守逆転だ。ギンジロウは顔を真っ赤にし、激しく抗議した。
「ち、違う! 俺はただ、エスゼロの上司として、今は任務に集中させたいのだ」
「じゃあ、仕事が終わったらもう邪魔しないね?」
「いや、仕事が終わったら修行がある。我々にゆっくりとしている時間はない」
「そんなことはないだろう。人生息抜きしながらじゃなきゃ参っちゃうぜ。なー、エスゼロちゃん」
サオリは、ギンジロウ越しにリックと目が合った。下婢た目つきだ。
「気持ち悪い」
サオリはリックの目をしっかり見すえて、英語で伝えた。リックは動揺して目が泳いだ。
だが、大尉としての威厳がある。すぐに元の調子に戻り、「ブスが」と一言捨て台詞を吐いて、2人の元から去っていった。