第54話 MIDORI The Big Head (みどり)

文字数 3,936文字

 モフフローゼンが消えるまでじっと見ていた二人と二匹だったが、完全にいなくなったところでミドリがサオリに近寄った。
「あんたが沙織ね」
 先ほどまでとは明らかに態度が違う。
「よろぴく」
 サオリは、いつも通りの抑揚のない声で、ミドリに右手を差し出した。ミドリはその手を見た後で、サオリと目を合わせる。
「沙織。教える前にふたつだけ覚えておいて。まず、アタイが一番弟子で、アンタが二番弟子だってこと。それから、先生はアタイのものだってこと」
 サオリは教えてもらう身分だし、モフフローゼンにたいしてモノという意識は全くない。特に何も考えずにうなづいたミドリは満足してサオリの手を握り、再びしっかりと目を合わせた。
「沙織。PSの扱い方を教えてあげる。ただし、アタイの修行は厳しいんだもん」
ーー望むところ。
 サオリは、強い決意を瞳にこめてうなづいた。ミドリは満足げな顔をして手を離し、二、三メートル後ろに下がる。
「それじゃ、まずはアタイの凄いところを見せてあげる。かかってらっしゃい」
 ミドリは短い両手を後ろ手にして、意地悪そうに微笑んだ。
ーーえっ?
 サオリは戸惑った。ミドリは二頭身なので、あまり動きが速そうではない。身長もサオリと同じくらいだ。ミドリがサオリを殴る蹴るしようとしても、距離を測れば手や足が届くことは絶対にない。せいぜい頭突きくらいだが、速度の遅い頭突きは簡単に避けられる。
「でも…」
 サオリの戸惑いをミドリは嘲り笑った。
「なにを躊躇してるの? アタイを誰だと思ってるの? 先生の一番弟子だってことはわかってるんでしょ? 躊躇なんてしてらんないんじゃないのん? アタイがやれといったらその通りやる。それが二番弟子なんじゃないのん?」
ーーそうだった。教わる時は、まず素直。
 サオリは一度呼吸を整え、ミドリと向かい合った。つま先に体重をかけ、膝を軽く曲げ、飛び跳ねながら様子をうかがう。猫足立ちの構えだ。
「がんばれー。沙織ー」
 場外からクマオが応援する。先ほどまでは授業と思って静かに一人で砂いじりをしていたが、今なら声を出してもいいと思ったのだろう。
ーーみどりは頭が大きいから、振り返るのが苦手そう。
 サオリは地面の砂を掴み、いくつかの細かいフエイントの後、大きく右に跳ぶふりをした。同時にミドリの顔に砂をかけ、反対方向に跳ぶ。サオリが動いた方向を見た瞬間に砂をかけられるのだから、ミドリはサオリを見失うはずだ。
 だがミドリは、砂を避けずに目も開けたまま、フェイントにも引っかからず、ただじっとサオリの姿を捉え続けた。
ーーフェイント、通じない。
 サオリは動揺したが、驚いても仕方がない。自分の動きが止まるだけだ。どちらにせよミドリの手足はサオリには届かない。注意するところは、ミドリの巨大頭で頭突きをされることだけだ。
ーー殴ろうとして手を怪我してもいけない。とりあえずパーマを掴んで引っ張り、側頭部に両膝ブチ当てよっと。
 サオリは、ミドリの側方に跳ねながら、ミドリの髪の毛を掴んだ。
ーー感触が変。
 まるで無機質なプラスチックを掴んでいるかのような感触。
ーーこのまま膝蹴りは怪我しそう。
 サオリは急遽、膝蹴りではなく、両足でミドリの側頭部を鋭く踏みつけることにした。ところが膝を伸ばす瞬間、ミドリが普通に振り向いた。このままではミドリの顔を思い切り踏み飛ばすことになってしまう。
ーーダメー!
 サオリは蹴る瞬間、顔面ではなく額を蹴るように軌道修正し、怪我をしないように蹴飛ばした。
ーーやっぱ変。
 蹴飛ばした瞬間、やはりただ無機質な壁を蹴飛ばしているようにしか感じない。サオリはすぐに跳び退き、再び猫足立ちの構えに戻り、ゆっくりとミドリの顔を見た。ミドリは自慢げにしている。
ーー絶対におかしい。普通はどんなに強い人でも、蹴られれば前後に重心がずれる。全く、一ミリも重心がずれないというのは絶対におかしい。
 ミドリが一歩踏み出してきた瞬間、サオリは三歩後ずさり、その瞬間、かつて同じ場面に遭遇したことに気がついた。
ーーネーフェしぇんしぇーの時もそうだった! てことは。
「おっ。何か気づいたようね。そう。て。えっ。ちょっ、待って!」
 ミドリは、サオリの表情を見て、偉そうに説明しようとした。だが、サオリはその時、全く別のことを考えていた。
ーーあの時は確か、クマオを使って殴ったら殴れたんだった。理由は、アルカディアのモノを触ることがリアリストには出来ないから。てことは…。
 サオリは素早く辺りを見回した。すぐに、戦いの様子を手に肉球握って観戦中のクマオを見つける。
 走る。
 クマオを掴む。
ーー別に手じゃなくてもいいんだ。ただクマオを使って殴りさえすれば。
「えっ? えっ? えっ?」
 ミドリは慌てた。後ろ手に組んでいた両手を前に出し、精一杯振る。
 サオリは攻撃モードにスイッチが切り替わっているので、集中して何も目に入らない。クマオを思い切り振り回し、ミドリの頬にクマオが当たるように殴りつけた。
「いてーーーーーーーっっっっっ、て!」
 ミドリの首は体ごと空中で一回転し、まるで玉のようにゴロゴロと地面を十回転ほど転がる。サオリはなおも追撃の手を緩めず、飛ぶように近づく。
「まーーーって! 待って待って! 降参! ストーーップ! ストップよ!」
 サオリは、もう一撃加えようとした寸前で止まった。一歩飛びのいてミドリを見る。しばしの無言の後、ミドリが不機嫌に、そして恥ずかしそうな声でサオリに言う。
「…何してんの。早く助けなさいよ」
 ミドリは頭が大きい。一人では立てないのだ。サオリは、ミドリの頭を後ろから抱え、クマオと一緒に持ち上げて立たせ、体についた砂ホコリをはたいた。すでにみどりの体には温度があるし、柔らかくてしっかりと人間のような感触がある。
「も、もう」
 ミドリはバツが悪そうな顔をしている。
「空気読みなさいよ、空気を」
ーーやれって言ったからやった。
 不思議そうな顔をするサオリに、さらに細かい言い訳をミドリがする。
「普通、かかってこいって言ったら生身でかかってくるもんでしょうよ! なにクマオを持ち出して、やってみましたって顔してんのよん!」
ーーそうか。みどりんは、「攻撃しても効かないでしょ? その理由はね」て話をしたかったんだ。それなのにアタピときたら、勝とうという気持ちが先走ってしまった。
「ごめんなさい」
 サオリは素直に謝った。ミドリは素直に謝られて驚いた。
「ま、まあ。わかればいいのよ、わかれば」
 行き場を失った恥ずかしさと怒りが、風船に穴が開いたかのようにゆっくりと抜けていく。無言に爪痕を立ててやろうとする思いで、ミドリは早口を続けた。
「それじゃあ、今わかったと思うけど」
 ミドリは恥ずかしそうだ。
「アタイの体に攻撃して、どう思った?」
「硬かった」
「そうでしょう。なんでだと思う?」
「賢者の石のせい?」
「そう! どうやればいいと思う?」
「全身に賢者の石をまとう?」
「それだと大量のPSが必要になっちゃうでしょ? アタイの持っているのはこれだけだもん」
 ミドリは口を開けて舌を見せた。舌にピアスが刺さっている。
「それ、賢者の石?」
「そ。さっきのはこれだけでやったの」
ーー質量保存の法則によると量を増やすことはできないし…。でも、もうこの世界の常識はアタピの今までの世界の常識じゃないし…。
 サオリの考えている顔を見てミドリは喜んだ。
「わからないでしょー。教えたげようか」
 サオリは素直にうなづいた。ミドリは毎回の素直なサオリの態度に違和感を覚えた。
ーーそうか。この子、最初は偉そうと思ったけど、そもそもどちらが上かとか、マウンティングを取りたいという意識がないんだ。自分がこうありたい、という理想の姿があって、他に損得もなにもないんだ。だからアタイがこの子の気持ちをいかに動かそうとしても、全部無駄なんだ。この子は、この子以上にも、この子以下にもならない。アタイがマウンティングを取ろうが取るまいが、なにも変わらない。
 ミドリは、そう思うと急に、今まで意固地を張っていたのが馬鹿らしくなってしまった。
「答えは、PSを固体から気体に変成させる、なの」
ーー気体にして、体にまとわりつかせればいいのか!
 サオリは、一言で全てを理解した。
「それって、アタピがモフモフさんからもらったPSでもできるんですか?」
「そのネックレスの石でしょ? アタイのピアスと、どっちが大きいと思ってるの?」
ーー確かに。頭大きいからタンピアスも大きく見えたけど。
 サオリは、ネックレスになっている自分の賢者の石、スカイをギュッと握りしめた。
「それをここにおいてごらん」
 サオリは言われた通り、机の上にスカイを置いた。すると先ほどまで黒かった石が、どこにでも落ちているような灰色に変化した。ミドリは偉そうな顔をしている。
「どう? それがPSの元々の色」
「普通の石と変わんない」
 サオリが持ってみると、スカイは再び黒くなった。
ーーホントだ。
 サオリは、スカイを頭より高く掲げ、透かすようにして凝視した。
「アルキメストになれる素質のある人が触ると黒くなるんだもん。それでオーラとクリエイティビティを加えると白くなって、固体から、液体や気体に変えることができんの。技術が上がってAランク以上になると、PSの色も、白から虹色、黄色、オレンジ、紫、赤と変えていけるんだん。沙織はまず、白くすることからだね」
ーーこの真っ黒な石が白くなるんだー。
 サオリはオーラを注ぎ込んだが、まったく白くなる気配がない。ただ、石と自分の間に一体感は感じたので、訓練すれば白色に変えることができるのだろうな、という予感はした。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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