第93話 Jimmy (ジミー・マンガヤリ)

文字数 4,952文字

 5月2日。相変わらず空気は乾燥している。
 サオリは、肌の乾燥を防ぐために日焼け止め入り化粧水をつけた。この環境には慣れてきた。もうすっかり、自分の家にいるようだ。
 毎日のルーティーンをこなし、爽やかな気持ちでホテルを出る。
 外には、たくさんのオーストラリア軍が待っていた。偉そうな青年がタバコをふかしている。リック大尉だ。サオリの姿を見つけると、猪のような目をして睨みつけてくる。
ーーもしかして、昨日の一件で !
 サオリは嫌な予感がした。が、リックは近寄って来ない。自分の業務に戻っていった。
ーーよかったー。
 調査隊は、大きめの機材をトラックに積み込んでいる。昨日よりも荷物は少ないが、まだ運ぶものはあるようだ。
「遅かったね」
 ギンジロウがカッコつけた手の挙げ方で、自分のいる位置をアピールしている。
ーー手を挙げなくても丸見え。
 まだ20歳だからだろう。黄色人種が自分1人しかいないということには気づいていない。
「おはよ」
 サオリは挨拶が一番大事だと思っている。ギンジロウに、小さめではあるが、片手を上げた。
 リックは昨日と違
い、サオリたちと同じ車には乗ってこなかった。
ーーやっぱ、警備計画がどうとかいうのは嘘だった。
 サオリは安心して、今度こそアーサーやジョージと話をしてみようと思った。聞きたいことが山ほどある。
 アーサーには、昨日の調査の結果や調査の仕方について。ジョージには、何故ドリームメーカーになれたのかを。
 ドリームメーカーは、モフフローゼン以外には会ったことがない。サオリは物作りが好きなので、ドリームメーカーに興味を持っているのだ。
 ところが、サオリが話しかけるよりも前に、相手から話しかけられる。
ーーなんでいつも、あっちから話しかけてくんだろ。
 話し方がフランクだ。昨日までとは違う。おそらく、時間が3人の距離を縮めていた。
「エスゼロは、KOKからやってきたアルキメストなんだよね?」アーサーが尋ねる。
「はい。AFFです」サオリは丁寧に答えた。
「どうやってKOKに入ったんだい?」
ーー実際は、KOKに入団できてない。
 なんて言えばいいのかサオリは迷った。嘘はつきたくない。
 アーサーはサオリの表情を見て、「察した」とでもいうような顔をした。
「その若さで騎士団に入っているなんて、余程のことがあるんだろう。言いたくないことだったら別にいいんだよ」
ーーこれが米国紳士てやつ。
 けれども、これ以降、サオリは質問ができなくなってしまった。
ーーダビデ王の騎士団ではないということを嘘ついてしまった。
 一度嘘をつくと、自分の心に壁ができる。
 サオリは緊張した面持ちになり、ただ車の後部座席に揺られて、2人を守ることが忙しいという表情を作り続けた。

 カラヤジュンタに到着すると、サニーとウララをはじめとした、アボリジナルたちが待っていた。昨日と同じように作業が始まる。
 ウララは、一番にサオリの元にやってきた。無骨な顔だが、昨日一緒に遊んだので分かる。明らかに気分が高揚しているようだ。
「エスゼロ。昨日言ったこと、覚えてるか?」
 カトゥーンポテト事件の目撃者に会わせてくれるという話だ。
ーーもちろん!
 サオリはうなづいた。
「ジミー爺さん、お昼過ぎには、聖地まで登ってきてくれるって」
ーーやた!
 サオリは、ずっと楽しみにしていたことが確定して嬉しかった。

 その後、一緒に崖を登る。聖地に到着するまで、癖の強い英語を使いながら、お互いについて話し合った。ウララは、近辺に住む動物の話や、ウルルの洞窟に描かれた壁画の意味についてなどを教えてくれた。サオリはお礼に、日本の文化や、普段自分がどんな生活をしているのかについて話をした。
 聖地に到着すると、まずは辺りに変わったことがないかを調査する。これがサオリの1番の仕事だ。何もなければ、その後は、比較的暇な時間が流れる。サオリは、あちこち見て回って何か昔のことを思い出そうとしたり、仙術や錬金術の修行をしようとした。
 ウララも暇なのだろう。サオリの修行に興味を持ち、一緒に手伝ってくれる。普段とは違う練習をすると、体の新しい使い方を知ることができる。サオリは、東京ではおこなえない濃密な修行時間を過ごすことができた。特に槍投げは面白かった。

 昼が過ぎ、夕方になる頃、1人の老人が山を登ってきた。小さいが、威厳を持っている。長い白髪を後ろで結き、骨だけでできているように細い。体に鮮やかな布を巻きつけ、手には杖を持っている。眼光がやけに鋭い。後ろには、2人の屈強な戦士がついている。老人を守っているのだろう。
「来た。ジミー爺さんだ」
 ウララは槍を地面に突き立て、すぐに彼を出迎えにいった。
ーーもー、来ないかと思った。
 サオリも慌てて後を追いかける。
「ジミーだ」ジミーはサオリに、はっきりとした声で名乗った。
「エスゼロです」サオリも珍しく、しっかりと聞こえるように発音良く返した。ジミーはお爺さんなので、おそらく耳が良くないと予想したからだ。
 ジミーは満面の笑顔を見せた。浅黒い顔が、これでもかというくらいにクシャクシャになる。
ーー黒いミイラみたい。でも、生きてんだなぁ。
 サオリは変なところに感動した。
「ジミー爺さんは、90歳をたくさん超えているんだ」
 ウララは、楽しそうにサオリに教えた。
ーー90歳過ぎてこの険しい道を来たの? 信じられない。
 サオリの顔を見て、ジミーはケラケラと笑った。
「ワシには精霊の加護がついておる。このくらいでは疲れんよ」
 ジミーについてきた2人の戦士は後ろに下がる。
「ここがいいかの」
 サオリとウララは、ジミーを挟み、聖地を見下ろせる急斜面に腰を下ろした。真上にある岩のおかげで日陰になっている。美白を目指しているサオリにとって、日光は天敵だ。この場所はとても良い。
「さて」
 ジミーはサオリを見て、なにか懐かしそうな顔をした。
「久しぶりじゃな」
 サオリは、全く覚えていなかった。
「ワシは、沙織が来ることがわかっておったぞ。精霊が教えてくれた」
ーーえ? アタピ、エスゼロって名乗ったよね?
 不思議な気持ちが溢れる。
「精霊ってなんでも知ってるものですか?」
 サオリは疑問に思った。ストレートに聞いてみる。ジミーは垂れたまぶたの下で目を光らせ、大きく見開いた。
「そんな質問をしてきた者は今までいなかった」まるで少年のように輝いていた目をしている。
「なんでも知ってるって変だなって。もし未来のことまで全て知ってたら、そもそもアタピたちは、運命に従うしかないってこと?」
 ジミーは、再び穏やかな顔に戻った。
「それはな、未来とか過去という考え方に囚われとるからそう思うんじゃ。未来も過去もただの言葉。世の中は全てが一体。それがわからないのが文明社会じゃ。ワシらは違う。自然と一体となって生きておる。それは、地球と永遠に生きるための選択じゃ」
 ジミーの話には大きな矛盾点がある。サオリは質問を続けた。
「でも、全てが一体だとしたら、文明社会が地球を破壊している行為をどうして止められないの?」
「ワシらに力が足りないからじゃな」ジミーはこともなげに言った。
「てことは、文明社会が悪いのはジミーさん達のせいでもあるの?」
「失礼が過ぎるぞ」ウララはサオリを嗜めようと腕を出す。だが、ジミーは、優しく、その腕を押し下げた。
「そうじゃ。文明社会がワシらを殺したのも、自然を壊そうとするのも、全てワシらの責任じゃ。だが、そもそも一体である以上、誰かの責任という言葉もない。これら全てがワシらじゃ」言い訳をひとつもしない。
「じゃあアタピもジミーさんなの?」
 ジミーはにっこりと笑った。
「そうじゃ。だからワシは、沙織がここに来ることを知っておった」
「でもアタピ、自分の内臓がどう動いているのかわからない。脳がどう動いているのかもわからない。自分のことだけど、何もわからない」
「だが、沙織は仙術をやっているな。その一つに、自分の体と会話をするという訓練があるな」
 サオリは、自分が仙術をやっていると知っていることに驚いた。だが、表情には出さず、ただうなづく。
「そのおかげで沙織は、他の文明社会に生きている者よりも、自分のことや世界のことを深く知っている。こうしてワシと話しているが、沙織はワシが、英語をほとんど喋れないことに気づいていたか?」
 サオリは、言われて初めて気づいた。
ーーそういえば、ジミーの英語はそんなに上手くない。
 それでもサオリの心には、ジミーの言葉が深く染み込んでくる。普通に話す以上に深く、心と心が通じ合っている。ウララも通訳をする気だったのに、その必要がなくて拍子抜けしているくらいだ。
「ワシはずっとそうして生きてきたから、他の人よりもより多く、世界のことを知っている。占い師は占いのことをよく知っている。会社員は会社のことをよく知っている。ずっとやっていることはよく分かるようになる。それだけじゃ」
「じゃあ、アタピも仙術をずっとやり続けていたら、ジミーさんみたくなれるの?」
「沙織はいずれ、ワシよりも深い世界が見られる。ワシにはその姿が見えるぞ」ジミーはサオリに太鼓判を押した。
 サオリは、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。なにか、嬉しいことにたいしての理由を探そうと思った。だが、探すという行為自体が野暮な気がした。
 とにかく、サオリは今、とても嬉しかった。
「うん!」
 なにかわからないが思い切りうなづいた。この気持ちをずっとずっと繰り返した。自分の心の中で、気持ちを増幅させた。世界が一段階、優しく進歩したように感じた。

 しかし、世界には、時間が過ぎるという法則がある。
 この場所はジミーとウララだけではない。他にも沢山の人がいる。スケジュールもある。必ず、この後、何かしらのアクションがおこなわれる。
 良い話にたいして、永遠に感動していたい。だが、思い出ワンパックをこの場所に永遠に閉じ込めておく、というわけにはいかない。
 最高に満たされた気持ちになったら、次のアクションは、今以上の感情の高まりを見せるはずはない。この後に何をされても無粋に感じてしまうだろう。
 けれどもジミーは、音楽でいう、サビから2番のAメロに繋がるような滑らかさで、サオリにあらゆる不自然な、不愉快な思いを抱かせなかった。
「沙織は、ドリーミングを知っているか?」
ーードリーミング?
 サオリは首を振った。ジミーの問いに、ウララが答える。
「ドリーミングというのは、我々が夢の中で見たことが、現実の何かを示唆している、という現象のことだ」
「夢占い?」
「少し違うが、ま、そんな感じかね」ウララは苦笑いをしてうなづいた。
 ジミーは穏やかな顔で2人のやりとりを見た後、静かになった間隙に向かって、ゆっくりと話を差し込んだ。
「違う」
 ジミーは、「じゃあ何?」とでも言いたそうなウララとサオリを交互に見比べ、もう一度話を始めた。
「ドリーミングを夢占いや神話のように見せているのは、文明人に、この力の強大さを知られたくないからじゃ。本当のドリーミングとは、この世界とあちらの世界を繋ぐための儀式のこと。ワシらアナング族では、これをジュクルパと呼ぶ」
「あちらの世界? 死後の世界ということですか?」ウララが尋ねる。
ーーあちらの世界。アルカディアのことだ。
 ジミーの目は、「沙織なら分かるだろ?」と言っているように見えた。
「沙織にはその世界を見せたい。そうしろと精霊が叫んでいる」
 サオリはうなづいた。自分がカトゥーンポテト事件の当事者であるかもしれないことや、マサヒロが行方不明になった原因などはどうでも良くなっていた。
ーーアタピは何のために生きているのか。
 自分の知りたいことの一端が、おそらくここにある。
ーードリーミングに参加したい。
 サオリの心に残った気持ちは、その1点に絞られた。
「うん」サオリの目を見たジミーは立ち上がる。
「ワシはサニーに、ジュクルパの準備をするよう伝える。ウララは調査隊の隊長に、明日ドリーミングをおこなうと伝えよ。あの事件の日におこなった祭を忠実に再現する、と言えば、アーサーは喜び勇むじゃろう」
「わかりました」
 ウララは片膝をついたまま了解した。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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