第11話 Peach,Peach, Peach (どんぶらこ どんぶらこ)

文字数 2,937文字

 サオリの教室は四階にある。パッと見は同じ教室が並んでいるだけだが自分の教室はすぐわかる。そしてクマオにはわからない。なんせ雙葉学園に来たのは初めてなのだから。ディズニーランドなんかに行くと『立入禁止』と書かれた扉がある。扉の先に何があるのか自分にはわからないが、スタッフたちはみんな知っている。あの当然だが不思議な感覚を、サオリはこんな場面で感じていた。
 ただクマオに多少の推理力があれば、サオリの教室はすぐにわかったはずだ。一枚の扉の近くにだけ三人の女子高生がウロウロとしていたのだから。
ーーあっ!
 間違いなくピーチーズだ。
 ピーチーズ。SNSに動画を上げ、マニアを多少ざわつかせている女子高生四人組。構成員はサオリの他に、カメ、ウサ、ユキチ。いつも喋って笑っている小娘達が、今は無言で無表情だ。
「あれがカメたち? 沙織の親友なんか?」
「うん」
「あれやな。物静かなお嬢様方やな」
 クマオも雰囲気で異常を察したようだ。
「普段は壊れた猿のおもちゃみたいなんだけど」
 狂ったピーチゾンビーズに声をかけるには勇気がいる。願わくばあちらから気づいて欲しい。そんな願いがこもっていたので、静かな廊下にサオリの声はよく響いた。
 願いは簡単に届いた。すぐにユキチと目が合う。さすがはいつも落ち着きがないだけのことはある。こんな状況でもフラフラあたりを見回していた。ユキチはサオリに気づくやいなや、まるで五十メートル走のような勢いで向かってきた。運動神経の悪そうな走り方だ。
「前言撤回。なかなか活発そうなお嬢さんや」
 クマオが小声でツッコンだ。
 ユキチの足音はうるさい。カメとウサもサオリに気づく。
ーーあーっ。やっぱこれ、ドッキリじゃないや。
 薄々そうではないかとも思っていたので、サオリはすぐに本格的な戦闘脳に切り替えた。
ーーもしピーチーズが何らかの理由でアタピを襲おうとしてんのなら、ウサカメに知らせてみんなで同時に向かってくる方が効率いい。普段のユキチならその程度すぐ気がつく。
「最大戦力を集めて一気に潰せ」
 仙術で学んだ戦略の基本だ。
ーーけどユキチは単独で走ってきた。それを見て他の二人も走りだしている。
 サオリは考えを展開する。
ーー誰が一番早くアタピにしがみつけんのかという競争をしてんなら、他の二人には知らせずにアタピを襲うはず。でもその場合、ユキチはウサカメに気づかれまいと足音を忍ばせて走るはずだ。最初に襲ってきた時に三人の息がピッタリだったのは、単に偶然だったに違いない。
 サオリはあらゆる可能性を瞬時に頭の中で回す。
ーーサプライズでもなければ共闘でも競争でもない。大好きな桃に知性や感情が感じられない。
 人はわからないということが一番恐ろしい。どうやら現在、ピーチーズには祝事やサプライズとは掛け離れた事態が起こっているようだ。だが、当事者達に事情を聞かなければ本当のところは何もわからない。サオリの直接会うという作戦は今のところ間違っていない。
ーーでも逃げ出したい。
 走りこんでくるピーチーズを見る。乾いた喉がコクリと鳴る。手には力が込められている。握りしめられているクマオが苦しいのか、サオリの手を外そうとしてポコポコと叩く。だが、今はそれに心を砕いている余裕はない。もはや狩られる獲物のような気分。サオリは先ほどまでの楽観的な想像を全て脳内からかき消した。クマオは顔を潰されているが、ハッキリとした声でサオリに言う。
「心配すな。ワイがついとる」
ーーその声援だけで十分サンキューだよ。
 サオリは顔を上げて正面を見た。
ーーそうだ。もう逃げないんだ。
 脱力。集中。サオリの目の前にユキチの手が伸びてくる。狙いは手首のようだ。
ーー見えてる。
 サオリはギリギリで避けた。ユキチの手は宙を掴む。
 が、勢いは止まらない。体ごとサオリにぶつかってくる。
 サオリは横に飛びのいた。
 ユキチは自分の勢いで足がもつれ、前のめりに、カーリングストーンさながら廊下を五メートルばかり滑っていった。
ーー諭吉、ダイジョブかな。
 ユキチのことが心配だが振り返らない。
 もうすでにウサとカメが目の前にいるからだ。
 ウサギはカメより足が速い。低く飛び込み、サオリの胴体にしがみつこうとする。直線的な動きなので避けるのは簡単だ。
 サオリは触られる直前、ウサの頭を押さえて頭上に跳んだ。
 ウサはそのまま突っ込む。
 サオリは、ウサの肩を踏み台にして軽く蹴りあがった。ウサもユキチ同様、ローションスライディングのように廊下をスーッと滑っていった。
 ウサを蹴った推進力で空中に浮かぶサオリ。目の前にはまだカメがいる。
 カメは走りながらサオリに向かって両手を伸ばす。サオリはカメの二の腕をつかんで引っ張り、飛び込み前転をするように空中で一回転。カメの後方に着地した。
 カメもボウリングの球のように転がっていく。
 一回転。二回転。
 カメ玉は、立ち上がろうとしているユキチとウサにぶつかった。
「ストラーイク!」
 普段のサオリならそうつぶやいて親指を立てるくらいの見事なぶつかり具合だ。だが球とピンが親友である以上、もちろんそんな気持ちにはなれない。ピーチーズは「痛い」の一言もなく、お互いで話し合う事もなく、絡まりながら再び立ち上がってくる。
「ほんまに親友なんか?」
「のはずなんだけど。それにしてはずいぶんタフかなー」
 サオリは一つ身震いをした。ピーチーズの攻撃が怖いのではなくて、ピーチーズがこんな動きをしていることが怖い。再びピーチーズが迫ってくる。
「話、しよ?」
 ウサは膝を擦りむいている。ユキチのアイドルのような顳顬(こめかみ)からも血が滲み出している。それでも三人は無言で立ち上がってくる。エディ・タウンゼントのスタンド&ファイトの魂でも乗り移っているのだろうか。サオリが攻撃をしなくても、避けるだけで桃は傷んでいく。
ーーアタピ、これ以上みんなに怪我させたくない…。
 サオリは三人を避けるのではなく、受け止める覚悟を決めた。とはいえサオリは体重が軽い。受け止めることは得策ではない。三人が勢いよく向かって来ると、重さに耐えられずに倒されてしまう。
 サオリは自分からピーチーズに近づいた。助走距離を潰すことにより襲ってくる速度を弱める作戦だ。
 まずは一番近くにいるカメからだ。一直線にぶつかってくる。カメはサオリより身長が八センチ高いが痩せている。一匹なら右腕一本で抑えこめる。
 次にユキチ。五cm大きいがこちらも左腕で抱え込む。
 最後にウサ。背は十cm高いが一番痩せている。サオリは体全体で押さえ込んだ。
ーー細い ! いける !!
 そう思えたのは一瞬だった。
 ピーチーズは三人とも軽い。とはいえ、一人四十キロとしても総計百二十キロオーバーだ。サオリは誤魔化して身長百五十センチ。体重は四十キロも無い。ユキチとカメだけなら横綱のぶつかり稽古のように優しく受けて転がすことができる。ただ三人ともなると飽和状態だ。さすがのサオリもなす術がない。クマオはサオリの手からこぼれ落ち、ユキチに蹴られて廊下の隅へと滑っていった。サオリはその行方を見る余裕もなく、ピーチーズを抱きしめながら仰向けに押し潰された。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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