第77話 With Friends (いつも一緒に)

文字数 5,654文字

 さて、今日のメインイベントは旅のしおりを渡すことではない。コスプレ屋コスモスアイデンティティに行くことだ。サオリはこの一カ月間の間に、百二十万ピッピも稼いでいた。
「沙織さん。コスプレ屋行ったことありますか?」
 サオリはうなづく。
 「ジュエルには、そのー、どういう服を入れているんですか?」
 女性にクローゼットの中身を聞くような失礼行為に感じたが、話題がないので聞いてしまった。サオリは特に気にしていないようだ。
「まだ入ってない」
「え ? なんで?」
「時間なかった」
ーーあっ。くだらないことを聞いてしまった。
 結局話は途切れ、二人は無言で歩いた。サオリは機嫌が悪かったわけではなく、どんな服にしようか迷っていただけだ。ギンジロウは話しづらい空気にしてしまったと思ったが、言いたいことを思いついたので間を開けて再び話し始めた。
「入れるなら、アルキメスト用と戦闘用の二着は入れたほうがいいですよ」
「二着?」
 サオリは初めてギンジロウを見た。ギンジロウは話しやすくなった。
「そう。戦闘用だけでも平気だけど、そうするといつも仮面をしないといけなくなっちゃうから」
「仮面?」
 サオリは不思議そうな顔をした。
「ほら。沙織さんには私生活があるでしょ ? もし戦闘中に自分の正体がわかられてしまうと、報復行為として自分の家族や友達にも危害が及ぶかもしれない。そうならないように仕事をしている時、アルキメストはだいたい仮面をつけるんだ」
ーーそういえばギンさんも、初めて会った時は銀のカブトをかぶってた。
「それじゃギンさんは、今回のクエストにも仮面をつけてくの ?」
「俺にはこれがあるからさ」
 ギンジロウは首にかかっているゴーグルを触った。
「これは、相手にイノギンだとはわからせるけど、井上銀次郎だとは認識させないようにするFなんだ」
「どういう意味 ?」
「んー。難しいけど、有名人が絶対に行かないところで絶対にしないような行動をとると、誰もその人を有名人だと認識しない、似ている人がいると思うだけという、そんな感覚かなぁ」
ーー変装アイテムね。
 サオリはこれ以上聞いても良くわからないと思い、質問を変えた。 
「それって売ってんの?」
「俺のはKOKからの支給品です。他の機能もたくさんあるし」
「そういうの売ってんの ?」
「これは販売してないけど。似たようなものは売ってるって聞いたことがあるな。後で見てみましょう」
「やた」
 喜ばれると嬉しい。ギンジロウはさらに質問をした。
「もしかして沙織さんは、アルケミックネームも持っていないのでは?」
「アルケミックネーム?」
「正体がバレないように、アルキメストで活動する時の名前をつけるのが普通です」
「ギンさんは?」
「俺はイノギン。井上銀次郎だから」
ーーサオちゃん、サリー、カトサッチ、カトゥーサ…。
 サオリは再び考え込んだ。
「まぁそれは後で考えるといいんじゃないかな。普通は師匠と一緒に決めるもんだし」
 サオリは帰りにワンワン工房に立ち寄ろうと思った。
 リアルカディアは大して広くない。そんな話をしていると、すぐにコスプレ屋に到着した。扉を開けると、以前と同じく賑やかだ。
ーー何度来ても好きだな、この雰囲気。オシャンティを一店舗に詰め込んだみたいな気がする。あっ。二十年間ずっといるて言ってた亀じいさん、まだ同じとこにいる。
 サオリは忙しく辺りを見回した。サオリの仕草を田舎者っぽいと思ったギンジロウは、少し緊張がほぐれて調子に乗った。
「沙織ちゃん。こっちに行くとカメラ室だよ」
 本当はサオリと呼び捨てて言いたかったが、喉から出てこなかった。けれども初めて、さん付けではなく、ちゃん付けで呼ぶことができた。
ーー無粋。楽しみたかった。
 こういう時に男はショッピングを楽しめない。すぐに目的地に向かおうとする。サオリはもう少しゆっくり見たかったので気分を損ねたが、時間もないのでギンジロウの後についていくことにした。
 サオリの様子を見たギンジロウは、馴れ馴れしく話しかけたので気分を損ねているのだと勘違いした。空気が重くなる。だが、この雰囲気の悪さを吹き飛ばしてくれる人が来た。接客のプロだ。
「あーらあらあら。まあまあまあ。沙織ちゃんじゃないのー。待ってたわーん」
 この前来た時に接客してくれた店員、イラクサだ。相変わらず背が高くてモデルのように細い。
「ワイもおるで!」
 店員の髪型がお団子編みだということに興奮したクマオが、一番最初に手を上げて挨拶した。イラクサは特に驚きもしない。
「あらーん。ファンキーな子ねーん。誰かしらー」
「クマダクマオや!」
 クマオは始めて来たことも忘れて自己紹介すると、偉そうにサオリのバッグから跳び降りた。
「私はイラクサよ。よろしくねーん」
「おう。よろしく!」
 クマオは右手を出した。
「うふん。セクシーなジェントルマンね」
 イラクサはしゃがんで握手をした。
「それで」
 イラクサはクマオを抱いて立ち上がった。
「今日はどんな御用かしらん?」
「沙織さんがスクラップをしたくて来たんだ」
ーー随分無粋な言葉使いねん。
 イラクサはギンジロウを一瞥した後でサオリを見た。
「どんなコスチュームか決まってるのん? 化粧はそれでいい? 沙織ちゃんはもっと綺麗になれるわーん。一緒に来なさーい」
 イラクサは目でうながした。サオリはうなづいてついていく。ギンジロウもついていこうとすると、イラクサは右手を前に出した。
「あらん。あなたは待ってあそばして。女が二人でオシャレのことを話す時、ジェントルマンは素早くどこかへ消えるものよん」
ーーそ、そんなもんなのか? 恥ずかしい。
 ギンジロウは立ち止まった。
「ワイも一度消えるで。沙織。終わったらPカード連絡よろしゅう」
 クマオはいち早くイラクサの胸から飛び降り、奥にある原色だらけの宝石が並んでいる場所に走っていった。
「俺もあっちに行ってます。それじゃあ、沙織さんをよろしく頼むぞ」
 ギンジロウは慌ててクマオの後を追いかけた。
ーーあの子もあんなに子供じゃあ、しばらくは女心をわかってあげられないわね。
 消えていくギンジロウを見ながら、イラクサは艶めかしくサオリに笑いかけた。
「それじゃ」
 イラクサはカメラ室には入らず、その隣にある殺風景な部屋にサオリを案内した。壁は雲と鳳凰の絵が描かれたサイケデリックな仕上がりで、家具は豪華な中国らしい正方形の机があり、周りも合わせたように正方形の椅子が並んでいる。まずはカウンセリングだ。二人は椅子に座った。
「沙織ちゃんは、どういう服をスクラップしたいのーん」
 サオリはオシャレな登山用ファッションやパーティドレスをスクラップしようと思っていたのだが、先ほどギンジロウに言われていたので、その心をぐっと堪えた。
「アルキメスト用と戦闘用をスクラップしたいです」
「あらーん?」 
 イラクサは身を乗り出して顔を近づけた。強い香水の匂いがする。
ーーまつ毛、長っ!
 サオリは瞬きもせずにじっと見つめた。
「てっきり、あなたはオシャレな服を着るのかなーと思ってたんだけどー」
「ホントはそうしたいけど、ピッピない」
「ふふふ。まだ子供だからねーん」
ーー子供じゃない。
 サオリはじっと睨んだ。イラクサとしばらく目が合い続ける。イラクサの目は、藍色のアイシャドウで目の周りをグリグリと縁取っているが、鋭く大きい。すぐに厚ぼったい紫色に塗りたくった唇が大きく横に広がる。
「いいわん。私、あなたの大ファンなの。ひとつだけプレゼントしてあげるーん。その代わり…」
 イラクサは、サオリの口に人差し指をつけた。
「そのひとつは私にプロデュースさせてくれない?」
「一緒に考える、でいいならお願いしたいです」
 サオリは口を押さえられてモゴモゴとしながら、毅然とした態度で返した。
「一筋縄にはいかない子ね」
 イラクサは意地悪そうに微笑んだ。サオリはとにかく、自分でコーディネートがしたかった。他人に着せられた服も嫌いではないが、今回は自分の着たい服が決まっているのだ。
「じゃあいいわん。私をあなたのファン一号として認めてくれたら、無条件でプレゼントしてあげる。それでどう ?」
「リアルカディアでのファン、でいいですか? リアルではアタピ、もうファンいるから」
 サオリはSNSで毎回褒めてくれるファンたちのことを思い出していた。
「あらーん。そりゃそうよねーん。じゃあいいわ。リアルカディアでのファン一号」
「わかりました」
 サオリはうなづいた。イラクサも微笑む。
「それじゃ、まず沙織ちゃんは、いくつインスタントジュエルを持ってるんだっけ?」
「一つ。パーポー」
「じゃあ私があげるからこれで二つね」
「も一つ欲しい」
「何ピッピ持ってんの?」
 サオリはたくさん稼いでいたので自信を持って言った。
「百二十万」
 イラクサは特に気にせずそのまま話を続ける。
「一番安いのが八十万するけどいい?」
ーー八十万!
 サオリは、そんなに高いとは思っていなかったので躊躇した。
「ひとつスクラップするのにいくらかかるんですか?」
「スタンダードとゴースト、どっちにするのん?」
「どう違うんですか?」
「スタンダードは普通に服を着替えられるの。ゴーストは着ている服は変わらないけど、外から見るとジュエルの中の服を着ているように見えるってやつねん。ジャージを着ててもドレスに見えるようにもできるわ」
「どちらが安いんですか?」
「そりゃあ断然ゴーストね。スタンダードはリアルに持ち込めるようにしないといけないし、洗濯も必要だし、瞬着の時に着ていた服をジュエルに閉じ込めないといけないけど、ゴーストはただ本人に投影するだけだもの」
 サオリは、スタンダードの方が裸になる瞬間があるような気がして嫌だったので、そういうシステムがあるなんて好都合だと思った。
「ゴーストがいいです」
「じゃあ服飾によるけど、最低でもひとつ十万ピッピねーん」
ーーダイバーダウンで移動するために、アリススプリングスのイコンと自分のPカードをつなげるのに、初期費用で二十万ピッピかかる。ジュエル八十万とゴーストセット三つで三十万。合わせて百三十万。ダメだぁ。
 ピッピが足りない。
「じゃあ、やっぱり二つでお願いします」
 これ以上考えても仕方がない。
ーー最初はとりあえずやってみるのだ。
 サオリは素早く結論を出した。
「わかったわーん。それじゃ沙織ちゃん。どんな感じの服にしようかしら。何か考えてることあるのーん?」
ーーということは、今回セットする服は、やっぱオシャンティ用じゃなくてアルキメスト用と戦闘用。でもどうしても来たい服があるから、それはアルキメスト用にアレンジしよう。
 サオリは素早く考えをまとめた。
「アルキメスト用は魔女っぽい不思議な感じ。戦闘用は動きやすい感じがいい。両方ともロマンチなやつ。後、これ着たい」
 サオリはリュックから、綺麗に畳んだ服を取り出した。黒いワンピース。ピーチーズから自分の誕生日にプレゼントされた服だ。汚れたり破れたりしないかと迷っていたが、ゴーストというシステムがあるのなら、汚れないのでちょうどいい。
「それを使うのね。オシャレじゃなーい」
「桃からもらったの」
 サオリは胸を張った。
「桃 ? お友達かしらん。じゃあ、宝石はピンク色がいいわねん」
 サオリは満面の笑みでうなづいた。
「私、それ見ていいこと思いついたわーん。アルキメスト用が真っ黒で、戦闘着が真っ白ってどうかしらん? 絶対可愛いと思うの。KOKの正式な鎧も白だし」
「それいい! あ。でも…、目立っちゃうかも…」
「戦場では目立つ者が戦況を変え、目立たない者が生き残る」
 仙術の教えだ。サオリは自分の成長に自信はあるが、自分が強いとは思っていない。モフフローゼンにもギンジロウにもミハエルにも全然敵わないのだ。少しでも危険を回避したい。
「そうねー。戦場のジューンブライド。可愛いけど…。あ! じゃあ、もう白を通り越していっそ透明なんてどーおー? スタンダードにしてカメレオンスーツ。姿を消せるの」
「でも、お高いんでしょー ?」
 テレビショッピングの口調を真似しながら、サオリは白いスーツを着ている自分を想像していた。
ーー戦場の花嫁。殺戮天使。戦いのアズラエル。いい。
 サオリは最初、動きやすいように、パーカーとミニスカートとスパッツとスニーカーに小物をワンポイント添える感じを想像していた。ただ、イラクサの話を聞いた今、頭の中には、茶色い荒野で白いワンピースを着て走り回っている自分の姿が浮かんでいる。
「白、キューテー。白のワンピで背景に溶けられるの、ないですか?」
 特別な白い紙で出来ていて、自動で周りの景色を投影してくれる、ステルス服、というのをテレビで見たことがある。ゴーストで使えば壊れる心配も無いし、良いのではないか。
「Fにはカメレオンスーツがあるけど、ゴーストだとFは使えないのよーん。後、確かあの服は五百万ピッピ近い値段だった気がするわーん。分割払いなら買えると思うけどん」
ーー分割と借金てどう違うんだろ。名前?
「買ったとして、スタンダードだと使えんの?」
「スクラップに五十万ピッピ以上はかかるけど、もちろん使えるわよ」
ーー合計五百五十万。無理。死亡。
「えと、できたら持ってるピッピでなんとかしたい」
「わかったわ」
 イラクサは要望を大体聞いたので、サオリの体を一通り見回した。
「じゃあ、白で、シンプルで、個性的な感じ、でプロデュースしてみてもいいかしらん」
「あと、セクシーすぎないのでお願いします」
 イラクサに任せてハイレグレオタードになったらたまらない。イラクサは口を大きく横に広げた。
「セクシーなのも似合うと思うけど。でもわかったわ。お客さんが喜ぶコーディネートをするのがプロの仕事だもん。それじゃ、30分後にまたここに集合ねーん」
ーーどんな服装になっちゃうんだろ。
 サオリは自分の複雑な心音を楽しみながらうなづいた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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