第22話 U R on Fleek ! (超サイコー)

文字数 3,179文字

 ネーフェはさらに一歩、サオリに近づいてくる。
ーーだって、仕方ないよね。
 心が折れかけた瞬間、サオリの目に飛び込んできたのは、ネーフェの腰にしがみつくアイゼンの姿だった。
ーーアイちゃん?
 アイゼンは荒馬にまたがるカウガールが如くネーフェにしがみついている。けれどもどんな攻撃も通じないので振り回されるばかりだ。アイゼンは必死に食らいつきながらサオリに向かって叫んだ。
「本当にいいの? 納得してないでしょ? 大切なものなんでしょ? 大切なものを一度でも手放すことを覚えたら、もう私達は対等じゃなくなるよ!」
「ナイン。レーラーの言うことを聞く。むしろ優等生のお手本というものです」
 ネーフェは片足を振った。だが、アイゼンはずり落ちながらも必死の形相で離れなかった。ライオンに転がされる子犬のよう。無様。埃まみれ。けれどもアイゼンはけして離れなかった。
ーー美しい。
 サオリの理想とする姿がそこにある。サオリは今まで見て来たアイゼンの中で一番美しいと感じた。
ーーアイちゃん! アタピ、アイちゃんと対等でいたい!
 黒目がちの瞳に再び意志が宿る。
ーー死んでもいい。
 サオリは正中線を正した。何か一本、自分の体に芯が通ったようなエネルギーを感じる。その名は覚悟。
「沙織!」
 クマオがサオリの膝のあたりから声をかける。
「あんな、ワイを盾にして闘ってみな」
「いい」
 心配してくれているのは嬉しいが意味のないことは今はいらない。
「感情と情報は分けて考えろ」
 仙術の基本だ。
 サオリはただひたすらネーフェの動きに集中した。
「いいやない。沙織には絶対勝てない秘密があるんや」
「なに?」
「言えへんがワイを信じろ」
 サオリはちらりとクマオを見た。真剣な顔をしている。かわいい。
ーーきっとアタピを助けに来てくれたから、責任持って自分が盾になろうとしてくれてんだね。ありがと。気持ちは嬉しい。でももう平気。集中力切らしたくない。
 サオリは再びネーフェを見ながら、音楽室全体を見渡した。いつもは整然と音楽室に並んでいる机と椅子は、合唱の授業の時のように教室の後ろに下げられている。自分の背中には教壇と教卓と黒板。少し離れてグランドピアノ。左手には廊下に続く扉があり、アイゼンとユキチが倒れている。反対の壁には一面に大きな窓。クリーム色のカーテンで覆われている。壁の上部にはいにしえの音楽家たちの肖像画が飾られている。
 冷静。冷静そのものだ。冷製スープのように澄み切っている。
ーー音楽家のみなしゃん。アタピのこれからの活躍を、どうか見守っていてくだしゃい。
 サオリは決意を固めた。
 アイゼンはネーフェに飛ばされて壁に激突したが、倒れながらもなおネーフェに向かう機をうかがっている。サオリはアイゼンを見た。目が合う。口で言うとネーフェにバレてしまうので、サオリは目で作戦を訴えた。
ーーアイちゃん! ユキチを抱えて教室から逃げて! それでミハエルに電話して欲しいの! それまでアタピが囮になって、しぇんしぇーのこと止めとくから!
 アイゼンがうなづき、ゆっくりと立ち上がる。思いは届いたようだ。後顧の憂いはない。
ーーあとは逃げきる!
 サオリは軽く上下に跳ね、膝のバネを確かめた。
 が、アイゼンの反応はサオリの思っていた通りではなかった。逃げる気配がない。アイゼンが超負けず嫌いの性格だということをわかっていないのはサオリも同じだった。アイゼンは闘いから逃げない。この絶体絶命のピンチの中でギリギリ生き残るための作戦を練っていた。
「沙織!」
 アイゼンが叫ぶ。
「クマオの言うとおりにして! クマオは先生に攻撃が当たらない理由を知っている!」
ーーえっ?
 サオリはクマオを見た。真っ黒な瞳は自信ありげだ。ネーフェは表情を歪ませた。早足でサオリに近づいてくる。
ーー逃げるだけなら自信ある!
 サオリはクマオを掴み、ネーフェから大きく跳びすさった。
 距離があく。
 跳び回りながらサオリはクマオと目を合わせた。クマオはうなづいた。
「せや! ワイのこの怒りのヒップを、ネーフェの野郎にぶつけてやるんや」
 クマオには言ってはいけないルールが存在することをサオリは忘れていた。確かにクマオの言うことには理由があるのかもしれない。サオリは言われたとおりにすることにした。
 クマオと手を繋いで右拳を作る。クマオが丸まってサオリの右拳を包み込む。クマオグローブの完成だ。
「このまま攻撃や」
 ネーフェの動きは先ほどまでのように緩慢ではない。余裕を持たずに勢いよく迫ってくる。だが、サオリは元ロシア軍人でもあったミハエルと毎日仙術の修行をしている。その動きと比べればまるでスローモーション。予備動作から動きが丸わかりだ。
 ネーフェは体格差を生かしてサオリを捕まえようという作戦でくる。サオリは得意のフェイントでネーフェの丸太のような腕をかわし、思いっきりネーフェのアゴめがけて拳を突き出した。
 竹刀が割れるほどの突きを喰らってもビクともしなかったネーフェのアゴが、柔らかい肉の感触とともに醜く歪む。ネーフェはアゴを撃ち抜かれ、痛みで顔をしかめた。小さな女子高生に対して油断をしていたので、少しだけ脳震盪を起こしているようだ。アゴをさすり、穏やかだったネーフェの顔つきが変わる。
「やっぱりね」
 ネーフェに何度も振り回されて教室の壁まで飛ばされていたアイゼンは、壁に寄りかかりながらも立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。
「先ほど先生が言った、攻撃が当たらないとわかっていたという言葉が引っかかってたの。わかっていたということは当たらない明確な理由があるってことでしょ?」
 アイゼンの目が輝いている。この場の空気を全て支配しているようだ。
「だから攻撃が当たらない理由を探るために先生の体にしがみついたの。そしたら服の感触をまるで感じなかった。何か固いものに阻まれてる感じ。それから先生の体を押すことができるかどうかも実験したの。全く動く気配がなかった。つまり、これは私たちの知らない力が存在しているに違いない。そう思ったの。だって、私の突きが当たって完全に無傷って物理法則的におかしいでしょ? でもクマオの言葉を聞いてピンときたの。クマオだったら知ってるかもって。ほら、クマオも物理的に考えておかしいからね」
「おかしいって、そら褒め言葉かい!」
 クマオの不満にアイゼンは笑顔で答えた。
「そう。最高に個性的って意味よ! これで一つ。クマオなら先生に攻撃できる。次は不思議な力同士なら触れられるのかどうか。実験だわ。このタクトなら先生に届くのかしらね?」
「ナイン」
 否定とは裏腹に身震いしたネーフェの表情に、アイゼンは確信を得た。
「沙織! やっぱりクマオや先生は何か特殊な力を持ってるわ。その力はおそらく同じ力を持つ者でないと対抗できない。サオリはクマオの拳で先生を攻撃して! 私はこのタクトで攻撃できるか試してみる! 同時にいこう!」
 サオリはうなづいた。それにしても、アイゼンはどこまで先を見られるのだろう。逃げることが最高の手段だと思っていたサオリよりも一歩先をいく。サオリはこんな場面だというのに嫉妬心が渦巻いてしまった。しかし同時に逆転のチャンスがあることがわかった途端、視野がさらに広くなる。窓の外にいる小さな猫の影だってカーテン越しに確認できるくらいだ。
 ネーフェの表情は様々に変化している。怒り。諦め。そして悲しみ。
「…わかりました」
 ネーフェはワサビを食べた幼稚園児のように悲痛な表情で顔を上げた。
「本当に私は。傷つけたくなかたのですよ、フロイライン沙織。そして愛染。しかし、ことここに至ては、そんなことを言ていられる状況ではありませんね」
 ネーフェは胸ポケットから見えない何かをつまみだし、人差し指を立てて軽く腕を振った。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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