第79話 Alchemic Name (錬金術師ネーム)
文字数 1,725文字
ピンクのインスタントジュエルに触る。
「瞬着!」
ーーわ。
制服を着ているのに、外見は違う。ピーチーズからもらった黒いワンピースに瞬着したサオリは、ワンワン工房までの道すがら、レストーズを弄んでいた。
ーーどうもこの服装だと、QKだけ浮いちゃうんだよなー。
魔法使い風の服装になったというのに棒を二本持っていると、サオリの考えている完璧な錬金術師の服装とは少しだけ違う。フォルダーを作ろうかとも考えているが、出来たら手ぶらか杖を持ちたい。
「どないした ?」
クマオが心配そうな顔をする。
「見て。このかっこ。レストーズがちょっと浮いてる気しない ?」
クマオは首を傾げながらも嬉しそうだ。
「そない感じひんけど、ちょ、レストーズ貸してみ」
サオリが素直に渡すと、クマオはレストーズをお腹のポケットに入れた。スルリと二本の棒がクマオポケットに収められていく。
「これで沙織。レストーズを持ってる思て呼んでみ ?」
「レストーズ」
サオリが呟くと、レストーズはサオリの両手に収まっていた。
「えっ ? なにこれ ?」
「ファンシーや。クマオポケットに入っとるもんを沙織に渡すことが出来る。ワイもただ遊んどった訳やないで。沙織が修業しとる間に習得したんや」
「すごーい !」
サオリは目を輝かせた。
「それじゃ旅の荷物を全部クマオポケットに入れたら、アタピ、手ぶらでクエストに出かけられるの ?」
「それはさすがに無理や。クマオポケットに入れられるんはFだけや」
「レストーズってFなの ?」
「レストーズが入っていた上履き袋がFやったんや。そやさかい、あの袋に入る分だったら何でも入れとけるで」
「せーいちょーしーてるー」
サオリは、クマオを自分の頬に押しつけながら、クエストの成功を確信した。
「モーフモーフさーん」
サオリは疲れていたが、楽しい気分になっていた。停滞している時は我慢するしかないが、進んでいる時は嬉しくて仕方がい。徐々に近づいてくるクエストに向けて、自分が本物のアルキメストになっていくのが心地良いのだ。自信は自己鍛錬と成果でしか身につかない。
「どうしたどうした。おっ。今日はいつもと違っておめかしさんだな」
モフフローゼンは鉄のエプロンをかけ、手を拭きながら出てきた。
「今、時間ありますか?」
「あるというか、作ればあるというか。テレビを見ている時と同じような気持ちだな」
変な比喩を無視してサオリは話を続けた。
「アタピ、アルケミックネーム考えたくて」
「ほほう」
「自分で考えようと思てたら、師匠と考えるのが普通て聞いて、それ良いて思て」
モフフローゼンの表情は変わらなかったが、何か雰囲気が温かくなる。
「なるほど。それでは奥の間で、紅茶でも飲みながら話すか」
ゆったりとした動きでも体躯が大きく四本足なので、モフフローゼンは一歩が長い。サオリはせわしなく足を動かしてついていった。
応接室で紅茶を飲みながら、三体でアルケミックネームを考える。
「アイちゃんのラーガ・ラージャってなんなんだろ?」
「ワイが調べたる」
クマオが幻脳ウィキで調べた。
「なんや。愛染明王をサンスクリット語でラーガ・ラージャいうらしいで」
ーーかっこよ。アタピもそれに負けない名前、考えたい。
紅茶が二回冷めるまで考えた結果、サオリが自分の名前をSa0ri©️と書くところから、S0、エスゼロにしようということになった。
ーー満足。
「最後に聞くが」
モフフローゼンは不思議そうな顔をした。
「雅弘の子供とすぐにわかるネームにすれば、信用してくれる人はたくさんいるぞ? Google出身ですといえばITで信用されるように、な」
「うん。知ってる。でもアタピ、パパのこと好きだけど」
サオリは紅茶を飲んで続けた。
「パパの名前を使わないで成長したい」
応接間の灯に照らされたサオリの横顔はまだ幼かったが、初めて見た時よりも随分と頼もしくなったように感じた。
ーーどんな難関クエストであろうと、沙織ならきっと戻ってくるだろう。まるで彼女の父の雅弘のように。
モフフローゼンは、自分の例えがいつものように失敗している事には気がつかなかった。マサヒロは戻ってこなかったというのに。
サオリの旅立ちの日は近づいている。
「瞬着!」
ーーわ。
制服を着ているのに、外見は違う。ピーチーズからもらった黒いワンピースに瞬着したサオリは、ワンワン工房までの道すがら、レストーズを弄んでいた。
ーーどうもこの服装だと、QKだけ浮いちゃうんだよなー。
魔法使い風の服装になったというのに棒を二本持っていると、サオリの考えている完璧な錬金術師の服装とは少しだけ違う。フォルダーを作ろうかとも考えているが、出来たら手ぶらか杖を持ちたい。
「どないした ?」
クマオが心配そうな顔をする。
「見て。このかっこ。レストーズがちょっと浮いてる気しない ?」
クマオは首を傾げながらも嬉しそうだ。
「そない感じひんけど、ちょ、レストーズ貸してみ」
サオリが素直に渡すと、クマオはレストーズをお腹のポケットに入れた。スルリと二本の棒がクマオポケットに収められていく。
「これで沙織。レストーズを持ってる思て呼んでみ ?」
「レストーズ」
サオリが呟くと、レストーズはサオリの両手に収まっていた。
「えっ ? なにこれ ?」
「ファンシーや。クマオポケットに入っとるもんを沙織に渡すことが出来る。ワイもただ遊んどった訳やないで。沙織が修業しとる間に習得したんや」
「すごーい !」
サオリは目を輝かせた。
「それじゃ旅の荷物を全部クマオポケットに入れたら、アタピ、手ぶらでクエストに出かけられるの ?」
「それはさすがに無理や。クマオポケットに入れられるんはFだけや」
「レストーズってFなの ?」
「レストーズが入っていた上履き袋がFやったんや。そやさかい、あの袋に入る分だったら何でも入れとけるで」
「せーいちょーしーてるー」
サオリは、クマオを自分の頬に押しつけながら、クエストの成功を確信した。
「モーフモーフさーん」
サオリは疲れていたが、楽しい気分になっていた。停滞している時は我慢するしかないが、進んでいる時は嬉しくて仕方がい。徐々に近づいてくるクエストに向けて、自分が本物のアルキメストになっていくのが心地良いのだ。自信は自己鍛錬と成果でしか身につかない。
「どうしたどうした。おっ。今日はいつもと違っておめかしさんだな」
モフフローゼンは鉄のエプロンをかけ、手を拭きながら出てきた。
「今、時間ありますか?」
「あるというか、作ればあるというか。テレビを見ている時と同じような気持ちだな」
変な比喩を無視してサオリは話を続けた。
「アタピ、アルケミックネーム考えたくて」
「ほほう」
「自分で考えようと思てたら、師匠と考えるのが普通て聞いて、それ良いて思て」
モフフローゼンの表情は変わらなかったが、何か雰囲気が温かくなる。
「なるほど。それでは奥の間で、紅茶でも飲みながら話すか」
ゆったりとした動きでも体躯が大きく四本足なので、モフフローゼンは一歩が長い。サオリはせわしなく足を動かしてついていった。
応接室で紅茶を飲みながら、三体でアルケミックネームを考える。
「アイちゃんのラーガ・ラージャってなんなんだろ?」
「ワイが調べたる」
クマオが幻脳ウィキで調べた。
「なんや。愛染明王をサンスクリット語でラーガ・ラージャいうらしいで」
ーーかっこよ。アタピもそれに負けない名前、考えたい。
紅茶が二回冷めるまで考えた結果、サオリが自分の名前をSa0ri©️と書くところから、S0、エスゼロにしようということになった。
ーー満足。
「最後に聞くが」
モフフローゼンは不思議そうな顔をした。
「雅弘の子供とすぐにわかるネームにすれば、信用してくれる人はたくさんいるぞ? Google出身ですといえばITで信用されるように、な」
「うん。知ってる。でもアタピ、パパのこと好きだけど」
サオリは紅茶を飲んで続けた。
「パパの名前を使わないで成長したい」
応接間の灯に照らされたサオリの横顔はまだ幼かったが、初めて見た時よりも随分と頼もしくなったように感じた。
ーーどんな難関クエストであろうと、沙織ならきっと戻ってくるだろう。まるで彼女の父の雅弘のように。
モフフローゼンは、自分の例えがいつものように失敗している事には気がつかなかった。マサヒロは戻ってこなかったというのに。
サオリの旅立ちの日は近づいている。