第67話 Brave for Met Aizen (親友と会う勇気)

文字数 4,470文字

 学校が始まると忙しい。次の日も、その次の日も、日にちはいつもと同じように進み、溶けるように日々は過ぎていく。良くも悪くも、してもしなくても、みんなと同じように時は過ぎていく。
 それから一週間。
 ただ過ぎていくようでも、しっかりと仕掛けをしていれば成果は出る。平和ハトの羽クエストは、予定よりも早く二回目の千枚を集めることができた。サオリはもっとピッピが欲しいので、新たに配達のクエストも請け負った。他の国からリアルカディアに持ち込まれた品物を、東京近辺の個人や会社に届けるというクエストだ。単発だが一回につき、だいたい五万ピッピもらえる。
 サオリは「銀次郎がしょっちゅうワンワン工房に来ている」という情報を聞いていたので、「銀次郎が工房に来る時は教えて欲しい」と獄卒鬼に頼み、学校とクエストと就寝以外の時間はワンワン工房で過ごすようにした。

「沙織さん。銀次郎さんがやってまいりました」
 ギンジロウが来たのは三日後だった。
「ありがと」
 言うやいなや修行していたモードアルキメストを解き、全速力でギンジロウのいる応接間に向かった。サオリは呼吸のために鼻と口を開けるだけではなく、話を聞けるように耳も開けられるようになっていた。
 応接室。
 サオリは大きな観音開きの扉を勢いよく開けた。モフフローゼンが集めた世界の家具が雑多に並んでいる。モフフローゼンは家具集めが趣味なのだ。真ん中には四つの椅子が周りを囲んだ洋風の円卓があり、紅茶を飲む準備が進んでいた。ギンジロウは、扉が開く大きな音に振り向いた。
「沙織さん?」
ーーか、かわいー。
 ギンジロウからしてみたら、寝起きにいきなり天使が舞い降りたようなものだ。開いた口が塞がらない。明らかに戸惑っている。だが、人は自分が話したいことがある時には相手のことを思いやる余裕が無い。サオリはギンジロウの表情には全く気づかず、ただ自分の話したかったことを口に出した。
「アタピ…、アイちゃんに会いたい」
 サオリの息急き切った言葉の勢いにギンジロウは押された。
「??? は、はい」
ーー沙織さんと愛染は友達のはず。なぜそれを俺に言うのだろう。
 ギンジロウは困ったが、サオリはじっと睨むように見つめてくる。
ーーど、どうしよう。近すぎて困っちゃう…。
 仕方がないのでギンジロウは口を開いた。
「え、と。会えます、けど、いったいどうしたんで、すか?」
 ギンジロウは、なぜそんなにサオリが切羽詰まった顔をしているのかがわからなかった。わからなかったが、ここが丁寧語をなくすチャンスだと思った。
 まずは一言。
 けれども、自分の欲望よりもサオリを笑顔にしたいという思いが先行し、結局、丁寧語を崩すことができなかった。
「ちょうどさっき、師匠から連絡が来てましたよ。クエストを達成したから、サンフランシスコで夕食をとって二十二時頃に帰ってくるって。愛染も一緒にいるらしいので、あの、その、もしよければ、クリスタルカフェで、いっ、一緒に、待ちますか?」
 サオリは、ヘッドバンキングの一発目のお手本のように勢いよくうなづいた。
 ギンジロウは女性を食事に誘ったことがない。あまりにも一般の大学生とは価値観が違いすぎて、性欲以外では女性に対しての執着があまりなかったからだ。気になった女性もサオリが初めてだったし、女性を誘うのも生まれて初めてだった。その誘いが成功したことに気分が高揚した。
 一方、サオリはギンジロウの気持ちには全く気づいていなかった。ただ、最近覚えた街角の黒電話を使用して、「今日は遅くなる」ということをミハエルに連絡しなくてはいけないなと思った。黒電話は、リアルにいる人のメールに預かった言葉を送信してくれるファンタジーだ。
 ギンジロウは図らずもいきなりデートの様相を呈してきたので、急に自分の口が臭くないかなどが気になり始めた。
ーーそれまでここで俺と紅茶を飲んで待ちませんか、とも誘ってみようかな。
「それじゃ、二十一時半にまた来ます!」
 ギンジロウの気持ちについてなど考えようともしていないサオリにとって、そこまで決まればこれ以上ここにいる必要はない。礼をして大広間の扉を閉め、アラームをセットし、小さくガッツポーズをとって庭へと走っていった。ただ約束をしただけだというのに、なぜか何かをやり遂げたような達成感を感じた。ギンジロウとサオリ。共に約束に対して達成感を感じたが、二人の達成感は全く違うものだった。
 それから黒電話でミハエルに連絡し、庭で身が入らない修行をし、結局集合時間の十分前に、サオリは大広間の扉の前に立っていた。扉一枚隔てた向こうでは、ギンジロウが「少しでも早く来ないか」と、自分の身だしなみを気にしながら室内をうろつき回っていた。
 サオリは、時間ピッタリに応接間の扉を開けた。ギンジロウが何か言っていたが、サオリは答えながらも上の空。何も聞こえていなかった。
 外に出る。
 ギンジロウとサオリ、後ろからクマオを乗せたチャタローがついてくる。いつもちょうどいい温度を保っているはずのリアルカディアが今日は冷たい。クリスタルカフェの店内も同様だ。カフェとはいえ落ち着かない。いやに世界と自分が乖離しているように感じる。
ーーなんなんだろう。
 二十二時を過ぎてもアイゼンたちはやってこなかった。サオリは時間を考えないように、いつもどおりの瞑想や柔軟をして二人が戻ってくるのを待ち続けた。
ーーん? ゴミか。
 気配にたいして勝手に集中してしまう。少しでもなにかを感じると、すぐにアイゼンが来たのではないかと焦ってしまう。ギンジロウはこのピリついた雰囲気を和ませようと面白い話を考えたが、十九年間の全ての情報をかき集めてもサオリに楽しんでもらえそうな話を思いつく事はできなかった。
 長い十分ほどが過ぎた時、遠くから人の声がする。瞑想していたサオリは目を開けた。間違いない。この豪快な高音の笑い声と、透明でよく通る声。ヤマナカとアイゼンだ。
「沙織、いますかねー?」
「さっき着いたって連絡来てたぞ」
「楽しみー」
 サオリはすぐに立ち上がって制服をはたき、スカートの裾を綺麗に伸ばした。ヤマナカとアイゼンはかなり遠くから喋るのをやめたようだが、一人の足だけやけに小走りになっている。アイゼンだろう。
ーー来た。
 サオリはどんな顔をして会えばいいのか、此の期に及んでもまだ決めきれていなかった。決めきれなくても時間は二人を引き合わせる。緩やかな角を曲がってヤマナカとアイゼンがく…。
ーーん?
 アイゼンが来ない。ヤマナカと一緒にいるのは、背が高くてスタイルのいい、金髪ショートカットの少年だ。目の色も青い。
ーーアイちゃん?
 サオリは凝視しながら悪魔の右目を発動した。
『ラーガ・ラージャ 十八歳 百八十一センチ APE 所属:ダビデ王の騎士団見習い 師匠:山中達也』
ーーラーガ・ラージャ? 誰それ?
 男装だし髪の毛も短くて金色だが、身長や年齢はアイゼンと酷似している。しかし、名前が違うし外見も美少年。なによりすでにEランクになっている。
ーーいや、でもあの整った顔は…アイちゃん、だよねぇ。
 アイゼンはサオリに気づいて大きく手を振った。サオリもいちおう笑顔で、小さく素早く右手を挙げた。
ーーやっぱアイちゃんだ。
 サオリは嬉しいと同時に、また嫉妬に陥った。
ーーアイちゃんEランクって、アタピより二ランクも上だ…。がんぱってると思ってたのに、本当の一流には努力も効率も及んでなかった…。
 物事は結果が出る。自分だけががんばってると思い込んでいる井の中の蛙は、雨季の日比谷公園くらい沢山いる。だが、一流の師匠のもとで朝から晩まで自分の全ての時間を注ぎ込んで修行を続けてきたという自負を持っていたサオリにとって、こんなに結果で凹むことはなかった。
「久しぶり! 元気だった?」
 アイゼンは躊躇なくサオリを抱きしめた。すっきりとした香水の匂いがする。全てを包み込むような安らぎがある。
ーーいつの間にか香水をつけるようになったんだ。大人だ。
 アイゼンは口を開けているサオリの顔を見て、自分の金髪を触って笑った。
「これ? イメチェンだよ」
「すごく切ったね」
「と思うでしょ?」
 アイゼンはいたずらっぽい目でサオリを見た。
「見てて」
 アイゼンは自分の胸に拳を当てた。
「解除」
 アイゼンの周りが光の粒子に包まれる。一秒後には黒髪ワンピースの、以前よりもさらに美しいアイゼンがサオリの前に姿を現していた。
「知ってる? 瞬着」
 サオリは首を適当に振った。首を振るのも忘れてしまいそうなくらい気持ちが全て持っていかれてしまった。一瞬で変身できるなんて。だって、こんなの、全ての女子の夢だ。
「明日は日曜日だから学校休みでしょ? 今からこの店に行かない?」
「行く!」
 サオリは嬉しくて楽しくて、体が宙に浮くくらい気持ちが上昇した。アイゼンに嫉妬していたとはいえ、そもそもサオリは他人と自分を比べるような人間ではない。もちろんレベルはあるが、人それぞれ良いところは違うし、悪いところも違うから、いちいち比較するものではないと思っている。嫉妬とは、自分のなりたい姿に相手がなっていることが羨ましいという気持ちからおきる。そんなに嫉妬をしてしまうほど魅力的で大好きなアイゼンとデート。これが楽しくなかったら他に何が楽しいというのだろう。そしてサオリはおしゃれが大好きなのだ。
 ヤマナカと話しているギンジロウとはここで別れ、サオリはアイゼンと共にお店に向かう。チャタローとクマオはモフフローゼンに呼ばれて今日はお泊まりらしい。キャッキャ言いながら去っていった。
「沙織もアルキメストになったのね。おめでとう」
「うん。でもまだGランク。ゴキブリランク」
「ゴージャスランクよ」
「アイちゃん、もうEランク」
「でも一週間前まではGランクだったんだよ」
ーーえっ! アタピにも追いつくチャンスある!
 サオリは驚きとともに両手を広げ、精一杯の驚いた顔をした。
「なんでそんなに早く上がったの?」
「Fランクは、たまたま私の得意な修行だったの」
「んー」
 サオリは少し考えてみたが、アイゼンには得意なものがたくさんあり過ぎるように思えて全くわからなかった。
「あっ、着いたよ」
 サオリは考えをやめて目の前を見た。透けたクリスタルの奥におしゃれの塊が展示され、オシャレクリーチャーたちが動いている。進化した原宿をひとまとめに凝縮したようなお店だ。原色の服を着た三つ編みならぬ十八つ編みのライオン顔クリーチャー。パンダの形をした動く宝石。見たことのない服を着た、見たことのないクリーチャーたちが、まるで動く絵画のようにひしめき合う。
「ロマンチ」
 サオリはつぶやくと、一目散にお店の入口に向かって駆け出した。ショーウィンドウを覗く。アイゼンが来てサオリの手を握る。
ーー今年一番楽しい。
 サオリは光さすショーウィンドウに溶け込むようにして、コスプレ屋『コスモスアイデンティティ』の店内に飛び込んでいった。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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