第40話 Contract (契約)

文字数 4,185文字

ーーかわいー。
 エレベーターフィッシュの群れが四方八方空中を泳いで消えていく姿を見ているサオリに、ギンジロウが話しかける。
「エレベーターフィッシュは世界塔内を進むために必要なウィッシュです。だいたいみんな持っています。俺のエレベーターフィッシュは少し年老いてるんですがね。プットー」
 ギンジロウのPカードはスマートウオッチだ。プットーに頼んでエレベーターフィッシュを呼び、サオリ、クマオ、アイゼンと共に、行きと同じようにエレベーターフィッシュに食べられた。
「どこへ行きたいのじゃー」
「クリスタルパレスに」
「クリスタルパレスじゃー。わかったー」
 エレベーターフィッシュに大きな動きがあり、すぐに振動はなくなる。速度が安定したのだろう。ここでアイゼンがギンジロウに質問をした。
「銀次郎。ピッピって具体的にはどうやって稼げるの?」
 いつの間にか呼び捨てだ。だがギンジロウに気にする様子はない。いつの間にか普通に喋っている。
「お金で買うこともできるけど、俺ら錬金術師はクエスト屋で依頼を受けるか、ファンタジーを作って売ってる人が多いかな?」
ーーお金で買えるの? いくらで買えるんだろ。アタピのお小遣いで足りるかな。それから…。
 質問したいことが多すぎるが口は一つしかない。ギンジロウの耳は二つあるが脳味噌は一つしかない。サオリが何を言おうか迷っているとアイゼンがそのまま続ける。
「ファンタジーって作れるの?」
「俺は作れないけど、作れる人はいるよって話ね」
「それじゃあ、そのクエスト屋というところにはどうやって行くの?」
「二人が錬金術師になったら連れてってあげる。まだ二人では依頼を受けられな
いからね」
「どうしたら依頼が受けられるの?」
「十三血流の誰かからアルケミストの資格をもらえたらなれるよ」
「十三血流?」
「リアルを支配している十三の権力者さ。ジョセフ・シュガーマンが認めているリアリストたちだ。彼らがリアルの行方を決めている。もちろんダビデ王も十三血流のひとつ、正統なるダビデの血流の一族だ。つまり、KOKに認められればいいってこと」
ーー十三血流 ? アタピが知ってる人っているのかなー。総理大臣とかはやっぱり今でも明治維新で名家になった人の子孫ばかりだし、そういう人はみんな十三血流かなー ? あっ、でも世界というと八十億人いるうちで日本人は一億人しかいないし、日本人でそんなにたくさんはいないか。誰が十三血流なのか聞いてみよっと。
「まもなく到着するのじゃー」
 エレベーターフィッシュは空気が読めない。まだ聞きたいことがたくさんあったのに、もうクリスタルパレスに到着するらしい。アイゼンは他の聞きたいことを後にして、今一番知りたいことを聞いた。
「私もエレベーターフィッシュのウィッシュを契約したいんだけど、ピッピがないとできないんだよね…」
 アイゼンの言葉を聞いてギンジロウは合点がいったようだ。
「ああー、そっか! それにピッピがないとクリスタルも使えないから一人ではこっちに来られないや。盲点だった」
「到着したのじゃー」
 エレベーターフィッシュは口を開けて全員を吐き出し、またどこかへと泳いで消えた。ギンジロウはその後ろ姿を見送ることもなくプットーを呼び出し、ウィッシュの値段を調べた。
「エレベーターフィッシュが3万と、クリスタルで来られるリアルカディア往復の定期券がKOK特別価格で1万5千か。じゃあ他にも必要だろうし、2人には兄弟子として10万ピッピずつ貸すよ。アルキメストになったら返してくれればいい」
「アタピ、ピッピ持ってるから平気」
「えっ? なんでですか?」
 ギンジロウはこの機会にサオリに貸しを作って精神的優位に立ち、丁寧語を使わずに話せるようになりたかった。アイゼンにタメ口を許したのも、敬語の友達と敬語でない友達と三人で話していると、いつの間にか誰も敬語を喋らなくなるという効果を利用しようとしたものだ。だが、その野望は早くも頓挫した。最初から敬語を使わなければこんなことにはならなかったのに、タイミングが合わなかった後でお互いが自然に話せるようになることは難しい。
「なんか一度、アルカディアに行ったことがあるみたいです」
「なるほど。行ったことが…。えっ! ホントですか?」
 今まで人間がアルカディアに行ったことがあるだなんて聞いたことがない。
ーー女王陛下のお友達って噂は本当だったんだ…。
 ギンジロウは予想外の答えにさらに驚き、さらに尊敬し、サオリとまともに目を合わせることすら出来なくなった。
「それで…、いくら持っているんですか?」
「10万ピッピくらい」
 ギンジロウはホッとした顔をした。
「そうですか…。でも少しくらい多く持っておいたほうがいいんじゃないの?」
「でもアタピ、人からお金を借りちゃいけませんてママから言われてる…」
 サオリは、本当はもう少し押して欲しかった。そうしたら少し借りようかなと思っていた。だがギンジロウはビビってしまっている。完全にサオリの言いなりだ。
「そ、そうですか。そ、それじゃあ仕方ないですね。愛染にだけ貸します。愛染。プットー出して」
 アイゼンは言われた通りにプットーアイコンを押した。
「じゃあ、愛染に十万ピッピ貸してくれ」
「利子と期限はどうします?」
「無しでいいよ。妹弟子だからな」
「わかりました」
 ギンジロウのプットーはアイゼンのプットーにPと書かれた金袋を渡した。
「10万ピッピは愛染のPカードに移動しました」
「ありがとう」
「いいってことよ。立派なアルキメストになってくれ !」
「もちろん!」
ーー愛染は喋りやすいな。
 ギンジロウは特殊な環境で育ってきたので対等な友達がいない。いつの間にか浮かれ気分だ。アイゼンはそのまま続けた。
「それともうひとつ、このままエレベーターフィッシュとクリスタルのウィッシュも契約したいの。やり方って教えてもらえる?」
 男は人に物を教えるのが好きな生き物であり、美人に対してはなおさらだ。ギンジロウはますます嬉しくなった。
「それじゃあ、あ、沙織さんもプットーを出してください」
 サオリももちろん契約をしたいと思っていたので、言われるより少し前からPカードを起動していた。ギンジロウは満足した。
「よし。じゃあ藤原愛染と加藤沙織のプットーよ。二人にエレベーターフィッシュと、東京メソニックセンターからクリスタルパレスまでの一ヶ月通行券の契約を入れてくれ」
「4万5千ピッピかかりますが、よろしいですか?」
 二匹のプットーが同時に聞き、二人は同時にうなづいた。ギンジロウのプットーが、サオリとアイゼンのプットーと手を繋ぐ。一瞬光る。
「契約を結びました」
ーーえっ? もう?
 プットーはこの場で状況を聞いていたのですぐに決断を下した。
ーー契約の際の確認とかで時間がかからなくていいな。
 これがリアルだったら、市役所で椅子に座って一時間はかかるところだ。
「じゃあ二人とも。Pカードの画面を見てくれ」
 サオリの画面には「口を開けた魚のアイコン」と、「水晶のアイコン」が追加されている。ただ、二つともアイコンが押せなさそうだ。暗くなっている。
「アイコンが入っていたら契約を結べている」
 何回か押したアイゼンが聞く。
「アイコンは入っているけど使えないよ」
「その二つのウィッシュは特定の場所でしか使えないんだ。エレベーターフィッシュはエレベーターホール。クリスタルはイコンがあるところだけだ」
「イコン?」
「別名で窓といわれているFさ。例えばメソニックセンターのステンドグラスがそれに当たる」
ーーそういえばヤマさんが言ってたな。
「フリーメイソンリーの建物だったら、どこにでもイコンはあるの?」
「いやいや。さすがにそんなことはない。でも各国のグランドロッジにはあるケースが多いかな?」
「旅行行き放題やな」
「パスポートにハンコはつかないけどな」
 円卓の間を出てから初めて喋ったクマオの言葉に、ギンジロウは笑って答えた。
ーーさっき特定の場所じゃないのにみんなブニサカナ呼んでたけど、あれ、なんだか聞きたいな。
 サオリが口を開こうとすると、ギンジロウが先に口を開いた。人数が多いと話し出すタイミングが難しい。サオリの質問は口に出せなかったので、世界に存在することはなかった。
「そんなことより着いたよ。光の間だ」
 サオリが前方を見ると、教会の一室のような開けた場所が目に入った。屋根はない。天から光が降り注いでいる。最初にサオリたちがイコンを通った時に来た、あのUFOのような強い光だ。ただ、今ではもう、宇宙人がとは全く思わない。あの時はモーゼから「KOKとは不思議捜査隊のことだ」という説明を受けていたから怪しんでいたが、今は光の間がクリスタルを使用できる場所だということを認識している。ヤマのいた裁判所も、初めて来たリアリストのための光の間だったんだと理解している。
ーー人間て、情報さえあればこうやってすぐに環境に適応できちゃうとこが凄いし、適応できちゃうとこが恐ろしいな。間違った情報を教えられていたらすぐに信じちゃう。
 サオリは自分のことながら身震いをした。クリスタルのアイコンが光る。
ーーアクセスポイントに着いたってことね。
 サオリはクリスタルのアイコンを押そうとした。
「あ、待って」
 ギンジロウは止めた。
「ここでクリスタルのアイコンを押して行く場所を決定するでも平気だけど、プットーに直接お願いすることもできるって覚えておいたほうがいいよ。無いとは思うけど、誰かに追われている時にプットー呼んでお願いすれば、いちいちPカード開かなくて済むから。こういう一瞬が生死を分けることもある」
ーーなるほど。これは結構重要だ。
 サオリは頭の中のメモ帳に書きこんだ。
「じゃあ沙織さん。呼んでみてください」
 サオリはコートのポケットにPカードをしまってプットーを呼んだ。
「プーちゃん」
「私ですか?」
「そ。クリスタルで東京メソニックセンターに跳びたいの」
「りょ。みんなでですか?」
「そ」
「オケ」
 サオリのプットーは「了解」や「オーケー」を略した。プットーは全員同じような外見をしているが、接し方で徐々に性格が変わるようだ。考える間もなくサオリはグネリと感覚を捻られて、次の一瞬には東京メソニックセンターのロビーに戻っていた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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