第92話 Ulara Za Warrior (戦士ウララ)
文字数 3,005文字
聖地であるカトゥーンポテト事件現場までの道のりは、思ったよりも険しかった。赤土の渇いた山道。鎖のぶら下がった崖を登り、壁画の描かれた洞窟をいくつも抜ける。
1時間ほど進むと、外ではあるが、航空写真では撮影できないような入り組んだ岩と岩の間に、火口のようにポッカリと空いた広場がある。そこが目的地だった。
「さあ、着いたぞ。10年前から誰一人入っていない」
案内をしてくれたアナング族代表、サニー・ウィルソンが、広場を見下ろして手を掲げる。
聖地は、火口のような摺鉢型になっているようだ。遠くからではよく見えない。
ーーマサヒロが行方不明になり、40歳代のミハエルと6歳だった自分がいた場所。早く見たい。
サオリは、崖の淵まで近寄ろうとした。
が、アーサーは手で抑え、慎重な顔で大声を出す。
「みなさん、動かないでください ! ここからは、私たち調査隊だけが入っていきます。なんせ、10年前の物証が眠っているところにみなさんが入ってこられたら、見つかるはずの大事な証拠も見つからなくなってしまいますからね。ほら、あそこ。なにか争った跡のようなものが見える。近寄らないでください !」
サオリは、他の全員と共に一度下がった。近寄ったせいで調査がうまくいかなくなっては元も子もない。
ーーアタピ、大人だから。
サオリは自分の好奇心をグッとこらえ、とりあえずはその雰囲気や風の匂いを楽しむことにした。
アーサーとジョージが慎重に崖に足をかけ、しゃがみながら刷毛のようなものを使ったり、写真を撮ったりしている。夢中だ。彼らにとっては、子供がゲームに夢中になるように楽しいものなのだろう。他の調査隊は、5棟のテントを立てている。ヘンリーはそのうちのひとつに、従者と共に入っていった。
ーーこういう調査の勉強をたくさんしてきた人には、アタピには見えない景色が見えているんだろな。
サオリは目が良かったが、老眼鏡をかけているジョージよりも見えているものが少ない。知識がないからだ。調査隊全員が目を輝かせているというのに、サオリの目には、ただ見渡すばかりの入り組んだ赤岩と砂が見えるだけだ。
本当は調査をしている隣に行って、色々と質問をしたかったが、おそらく邪魔者になってしまうだろう。役に立ちたいと思って今回のクエストに来ているというのに、邪魔をしないようにしているだけという今の立場が、悔しくて仕方がなかった。
ーーでもその分、索敵能力はアタピの方が上。
サオリは呼吸を整えて、辺りに怪しい影がいないか確かめた。
ーーいた。しかもあちこち。
サオリはすぐに、何者かに囲まれていることを察知した。しかし、誰一人としてひっそりと隠れているという感じではない。少し注意を向ければすぐに気づく程度にしか隠れていない。アーサーたちの護衛をギンジロウに任せ、サオリは現場から少し離れた。すると、岩肌に生えているまばらな灌木に隠れて、まだ肌寒い季節だというのに、半裸で槍を持った部族の男が何人もいる。
「仲間だ。聖地を守っている」
振り向くとウララが立っていた。槍を持っているにも関わらず、昨晩と違って殺気はない。
「聖地に西洋の武器を持ち込むことを精霊たちは許さない。我々は、槍や弓以上の武器を使用できない。だが強い。精霊のご加護があるからな」
ウララは白い歯を見せ、自慢げに自分の上腕二頭筋を叩いた。近づかれても全く気配を感じなかったので、かなりの強者だろう。自信もありそうだ。
ーー昨晩とは全く印象が違う。素朴。
サオリは、ウララがミハエルに似ているような感じがして気に入った。調査は始まったばかりなので、まだ進展はないだろう。
ーー少しくらいならいっか。
サオリはギンジロウに警備を任せ、ウララと共に模擬戦闘訓練をおこなったり、知らない技を教えあったりして交流を深めた。
何時間かが経った。
アーサーとジョージの調査能力は一流のようだ。すでに聖地を囲む崖の調査は終わったらしい。2人に呼ばれ、ヘンリーとギンジロウは聖地へと降りていった。調査隊の他の人は、崖の上にテントを建て、アーサーたちが持ってきた物を分析したり、実験の準備をしている。それ以外の人たちは、これからの調査に必要と思われる様々な道具を、何度も往復して車から運んできたりしている。
中には入れないまでも、サオリにも、ようやく聖地の上に立つ許可が与えられた。ここなら全体が見渡せる。円形の大きな広場。直径にして30メートルはあるだろう。たくさんの規則正しい足跡と共に、人工的に何かを施したとみられる隆起が見られる。また、焦げたような跡や穴もところどころに見られる。奥には大きな洞窟があるようだ。
サオリは体育座りをして、じっと上から聖地を見続けた。何か思い出すのではないかと期待したのだ。この景色や、特に空気の乾燥による肌感覚に懐かしさを感じる。だが、結局、何も思い出すことはなかった。
ウララがサオリの隣に座る。
ーーどしたの?
サオリは、突然の登場に驚いた。
ウララはサオリに話しかける。
「お前は、何か懐かしそうな顔をしている。来たことがあるのか?」
サオリは一瞬警戒した。だが、まったくいやらしい感じがしない。すぐに警戒をとく。
「あるみたい。でも覚えてない」
「そうか」
しばらく沈黙が続いた後、ウララは再び口を開いた。
「10年前の儀式の時、俺はまだ戦士ではなかった。儀式に参加することはできなかった。だが、俺はお前の力になりたいと考えた。結果、お前にジミー爺さんを紹介することにした。ジミー爺さんは、アナング族の生き字引だ。なんでも知っている。もしかしたら、お前のことも知っているかもしれない」
ーー事件の時に現場にいた人に会えるの ?
サオリは、自分の目が光輝くのを感じた。
「ぜひお願いします」
ウララも無骨ながら嬉しそうだ。
「うん。お前は、俺にとって初めての外国の友達だ。お前と一緒に来たイノギンという男も、俺たちの大事なものであるウルルを、聖地として大事にしようという気持ちがある。昨日着ていたパーカーもそうだが、行動の節々に敬意が見られる。お前も同様だ。そんなお前たちに報いたい」
ーーまさか、ギンさんのダサいセンスがアボリジナルの心をうつとは、ね。
サオリは普段自分からなんて絶対にしないのに、なぜかウララと両手で固い握手を交わしていた。ごつごつと大きな、まるで大地に手を突っ込んでいるように温かな手だった。
調査は初日が終わった。
ホテルの部屋に戻って1人座禅を組み、自分の体と会話をしてみる。気分が高揚していたのでわからなかったが、思ったよりも疲労が溜まっているようだ。ギンジロウから食事を誘われたが、サオリはあまり、食に興味がない。それよりも、少しでも1人でいたかった。
晩御飯は部屋でプロテインシェイク。静的な仙術と錬金術の修行を3時間。眠くなる。ベッドに寝転がる。今日1日に起こったことを復習する。
ーー今日は楽しかった。ウララと異文化交流。リック大尉は気持ち悪かったけど、流石にもう近寄ってはこないだろう。ギンさんも、いざという時は頼りになったな。調査も、よくわからなかったけど本格的だった。見てて楽しかた。世の中で一番面白いのは人間で、世の中で一番嫌なのも人間で。人間て不思議……。経験て大事。
気がつくと眠っている。サオリは、いつの間にか、次の日の朝を迎えていた。
1時間ほど進むと、外ではあるが、航空写真では撮影できないような入り組んだ岩と岩の間に、火口のようにポッカリと空いた広場がある。そこが目的地だった。
「さあ、着いたぞ。10年前から誰一人入っていない」
案内をしてくれたアナング族代表、サニー・ウィルソンが、広場を見下ろして手を掲げる。
聖地は、火口のような摺鉢型になっているようだ。遠くからではよく見えない。
ーーマサヒロが行方不明になり、40歳代のミハエルと6歳だった自分がいた場所。早く見たい。
サオリは、崖の淵まで近寄ろうとした。
が、アーサーは手で抑え、慎重な顔で大声を出す。
「みなさん、動かないでください ! ここからは、私たち調査隊だけが入っていきます。なんせ、10年前の物証が眠っているところにみなさんが入ってこられたら、見つかるはずの大事な証拠も見つからなくなってしまいますからね。ほら、あそこ。なにか争った跡のようなものが見える。近寄らないでください !」
サオリは、他の全員と共に一度下がった。近寄ったせいで調査がうまくいかなくなっては元も子もない。
ーーアタピ、大人だから。
サオリは自分の好奇心をグッとこらえ、とりあえずはその雰囲気や風の匂いを楽しむことにした。
アーサーとジョージが慎重に崖に足をかけ、しゃがみながら刷毛のようなものを使ったり、写真を撮ったりしている。夢中だ。彼らにとっては、子供がゲームに夢中になるように楽しいものなのだろう。他の調査隊は、5棟のテントを立てている。ヘンリーはそのうちのひとつに、従者と共に入っていった。
ーーこういう調査の勉強をたくさんしてきた人には、アタピには見えない景色が見えているんだろな。
サオリは目が良かったが、老眼鏡をかけているジョージよりも見えているものが少ない。知識がないからだ。調査隊全員が目を輝かせているというのに、サオリの目には、ただ見渡すばかりの入り組んだ赤岩と砂が見えるだけだ。
本当は調査をしている隣に行って、色々と質問をしたかったが、おそらく邪魔者になってしまうだろう。役に立ちたいと思って今回のクエストに来ているというのに、邪魔をしないようにしているだけという今の立場が、悔しくて仕方がなかった。
ーーでもその分、索敵能力はアタピの方が上。
サオリは呼吸を整えて、辺りに怪しい影がいないか確かめた。
ーーいた。しかもあちこち。
サオリはすぐに、何者かに囲まれていることを察知した。しかし、誰一人としてひっそりと隠れているという感じではない。少し注意を向ければすぐに気づく程度にしか隠れていない。アーサーたちの護衛をギンジロウに任せ、サオリは現場から少し離れた。すると、岩肌に生えているまばらな灌木に隠れて、まだ肌寒い季節だというのに、半裸で槍を持った部族の男が何人もいる。
「仲間だ。聖地を守っている」
振り向くとウララが立っていた。槍を持っているにも関わらず、昨晩と違って殺気はない。
「聖地に西洋の武器を持ち込むことを精霊たちは許さない。我々は、槍や弓以上の武器を使用できない。だが強い。精霊のご加護があるからな」
ウララは白い歯を見せ、自慢げに自分の上腕二頭筋を叩いた。近づかれても全く気配を感じなかったので、かなりの強者だろう。自信もありそうだ。
ーー昨晩とは全く印象が違う。素朴。
サオリは、ウララがミハエルに似ているような感じがして気に入った。調査は始まったばかりなので、まだ進展はないだろう。
ーー少しくらいならいっか。
サオリはギンジロウに警備を任せ、ウララと共に模擬戦闘訓練をおこなったり、知らない技を教えあったりして交流を深めた。
何時間かが経った。
アーサーとジョージの調査能力は一流のようだ。すでに聖地を囲む崖の調査は終わったらしい。2人に呼ばれ、ヘンリーとギンジロウは聖地へと降りていった。調査隊の他の人は、崖の上にテントを建て、アーサーたちが持ってきた物を分析したり、実験の準備をしている。それ以外の人たちは、これからの調査に必要と思われる様々な道具を、何度も往復して車から運んできたりしている。
中には入れないまでも、サオリにも、ようやく聖地の上に立つ許可が与えられた。ここなら全体が見渡せる。円形の大きな広場。直径にして30メートルはあるだろう。たくさんの規則正しい足跡と共に、人工的に何かを施したとみられる隆起が見られる。また、焦げたような跡や穴もところどころに見られる。奥には大きな洞窟があるようだ。
サオリは体育座りをして、じっと上から聖地を見続けた。何か思い出すのではないかと期待したのだ。この景色や、特に空気の乾燥による肌感覚に懐かしさを感じる。だが、結局、何も思い出すことはなかった。
ウララがサオリの隣に座る。
ーーどしたの?
サオリは、突然の登場に驚いた。
ウララはサオリに話しかける。
「お前は、何か懐かしそうな顔をしている。来たことがあるのか?」
サオリは一瞬警戒した。だが、まったくいやらしい感じがしない。すぐに警戒をとく。
「あるみたい。でも覚えてない」
「そうか」
しばらく沈黙が続いた後、ウララは再び口を開いた。
「10年前の儀式の時、俺はまだ戦士ではなかった。儀式に参加することはできなかった。だが、俺はお前の力になりたいと考えた。結果、お前にジミー爺さんを紹介することにした。ジミー爺さんは、アナング族の生き字引だ。なんでも知っている。もしかしたら、お前のことも知っているかもしれない」
ーー事件の時に現場にいた人に会えるの ?
サオリは、自分の目が光輝くのを感じた。
「ぜひお願いします」
ウララも無骨ながら嬉しそうだ。
「うん。お前は、俺にとって初めての外国の友達だ。お前と一緒に来たイノギンという男も、俺たちの大事なものであるウルルを、聖地として大事にしようという気持ちがある。昨日着ていたパーカーもそうだが、行動の節々に敬意が見られる。お前も同様だ。そんなお前たちに報いたい」
ーーまさか、ギンさんのダサいセンスがアボリジナルの心をうつとは、ね。
サオリは普段自分からなんて絶対にしないのに、なぜかウララと両手で固い握手を交わしていた。ごつごつと大きな、まるで大地に手を突っ込んでいるように温かな手だった。
調査は初日が終わった。
ホテルの部屋に戻って1人座禅を組み、自分の体と会話をしてみる。気分が高揚していたのでわからなかったが、思ったよりも疲労が溜まっているようだ。ギンジロウから食事を誘われたが、サオリはあまり、食に興味がない。それよりも、少しでも1人でいたかった。
晩御飯は部屋でプロテインシェイク。静的な仙術と錬金術の修行を3時間。眠くなる。ベッドに寝転がる。今日1日に起こったことを復習する。
ーー今日は楽しかった。ウララと異文化交流。リック大尉は気持ち悪かったけど、流石にもう近寄ってはこないだろう。ギンさんも、いざという時は頼りになったな。調査も、よくわからなかったけど本格的だった。見てて楽しかた。世の中で一番面白いのは人間で、世の中で一番嫌なのも人間で。人間て不思議……。経験て大事。
気がつくと眠っている。サオリは、いつの間にか、次の日の朝を迎えていた。