第60話 QP Store (QPストア)

文字数 5,581文字

「着いたぜ」
 ワンワン工房からはかなり遠い位置にQPストアはあった。二、三階建て相当の高さがある長方形の建物で、全面鏡張りだ。建物の名前が書いていないので、案内されないと入口もわからない。前に行ったクエスト屋でもそうだが、リアルカディアの全ての建物には看板がない。景観を損なうからなのだろうか。チャタローにうながされるまま壁の一部分を押すと、サオリは吸い込まれるように部屋の中に入ることができた。
 大通りに面した壁は、一面大きなガラス窓になっている。外から中は見えなかったが、中から外は良く見える。マジックミラーのようなものだろう。店の中にはゆったりとした間隔でソファーが並び、大通りの反対側には窓口が並んでいる。銀行や郵便局のようだ。窓口は一つ一つ仕切られている。チャタローは迷いもせずにスタスタと歩いていく。サオリも特に質問をせずに後に続く。一行は真ん中を少し超えたあたりの窓口の前で立ち止まった。
「いらっしゃいませ」
 窓口の女性が挨拶をする。事務服を着ている。まるで聖母のようだ。笑顔で肌が光り輝いている。
ーーここでいいの?
 サオリは知らん顔のチャタローが気になりながらもお辞儀をした。
「お座りください」
 言われるがまま椅子に座ったサオリに、窓口の女性は話を続ける。
「今日はいかがいたしましたか?」
「モフモフさんに言われてきました」
 そもそも何でここに来たのかもわからないので、サオリはただ素直に知っていることを答えた。
「こいつぁ今日、APGになったんだよ。それで師匠にここを紹介されたのさ」
「ああ。そういうことなんですね。それは人の悪い、いや、犬の悪い方に師事してらっしゃいますね」
「そういうことだ」
ーーえ? なんで犬て知ってんの?
 サオリの驚きは気づかれない。
「それでは改めてお話ししましょう。こんにちは。沙織さん。ここはQPストア。アルカディアンの王たちと契約をする場所です。契約というのは、沙織さんも知っているウイッシュのことです。えーと、沙織さんがただいま契約しているのはエレベーターフィッシュとクリスタル、ミラー・イン・ザ・ウォーターですね」
「ちょっと待ってください」
 サオリは、自分のことなのにどんどん進んでいく感覚が気持ち悪かった。
「なんでアタピの名前とか、ウイッシュとか、師匠が犬とか知ってるんですか?」
 係員は驚いた顔をした。
「あら。だってあなた、自分のプロフィールを隠してないじゃない」
ーー隠す?
「もしかして、あなた、隠し方を知らないの?」
「隠し方? なんや隠し方て。もしかして、ワイのプロフィールも丸見えなんか?」
 バッグと共に膝の上に乗っていたクマオが質問した。
「いえいえ。あなたは一番強いウイッシュを使用しても見えません。逆にそれだけで凄いクマだってことがわかります」
 クマオは偉ぶった。
「さよか。ま、ワイは女王陛下の犬やからな。でもなんでワイは凄いのに、沙織のプロフィールを読んだりはでけへんのや?」
「あなたはアルカディアンなので、基本的には、自分の国の王以外のウイッシュは使えないからです。でもプロフィールを読むHFは使用できますので、後でファンタジー屋さんに行ってみてはどうですか?」
「せやった!」
 クマオは自分の腹ポケットをガサガサとして、一冊の赤い辞書を取り出した。
「ワイはこれを持ってるからわかるんやったわ」
「あら。幻脳ウィキですね。いいものをお持ちで」
 係員は微笑みながら対応し、改めてサオリと目を合わせた。
「さて、話がずれましたね。もしかして沙織さんは、リアルカディアの看板なども読めませんか?」
「看板?」
 サオリはこの一ヶ月間のことを思い出したが、リアルカディアに看板があった記憶が一度もない。景観を損ねるからだと思っていたが、本当は違うのだろうか。
「ええ。看板です」
「見たことないです」
「あら。それは見えていないだけですよ。このメガネをかけてみてください」
 渡された丸メガネをかける。机の上の置き物には、『Gランク錬金術師相談窓口』と書いてある。周りを見回すと『待合室』という文字や、『ピッピルームは二階へ』という文字が書いてあることがわかる。
「あの像は?」
 大きなプットーのような像が立っているので、サオリは聞いてみた。『カルディアンQP』と書いてある。
「あのアルカディアンは、QとPの王、カルディアンQP様です。ちなみに私の上司でもあります」
ーー上司!
 サオリは、リアルカディアにも上下関係があることに驚いた。
「エラい太ってニコニコとした像やなー」
「ええ。幸せを感じます」
 聴き方によっては皮肉ともとれるクマオの言葉にも、係員は嬉しそうに微笑んだ。
「カルディアンQP様は、女王陛下とこの世界を繋げている王様です。PカードもピッピもQP様がお作りになられたんですよ」
「どうやって?」
「それはわかりませんが、QPストアで働く店員は全てQP王国の国民です。ウイッシュの契約もQP様が自ら他の王様と連絡を取り合って実現できるようになったのです。本当に素晴らしい王様で、私たちの誇りです」
 係員は再度、うっとりとした目つきでカルディアンQPの像を眺めた。QP王国ではあのフォルムがかっこいいらしい。
「それより契約はどうなったんだ?」
 足元からチャタローがあくび混じりで言うことで、みんなは同時に目が覚め、本筋から外れていることに気がついた。
「そうでしたね。失礼いたしました。それでは沙織さん」
「はい」
「現在は、カルディアンQP様の『Pシステム』と、水晶と水鏡の王ジョセフ・シュガーマン様の『クリスタル』『ミラー・イン・ザ・ウォーター』、マトル様の『エレベーターフィッシュ』のみのご契約になっておりますね。Gランクに昇格いたしましたので、別のウイッシュもご契約いただけます。お薦めは、右目と左目の王プタプトプス様の『神の左目』と『悪魔の右目』の契約です」
「それは何ですか?」
「『神の左目』は隠された秘術で書かれた文字が読めるというものです。書いたり喋るにはまた違う技術が必要ですし、ランクが上がらないと読めない文字もたくさんありますが、基本的なリアルカディアに書かれている文字は全て読めるようになります。『悪魔の右目』は相手や自分のステータスが読めるものです。もちろん契約していれば自分の情報を隠すこともできます。この契約をしている相手と会うと自動的に自分が誰なのかがわかってしまうので、アルキメストはほぼ全ての方が一番初めに契約していらっしゃいます。値段は一契約二万ピッピですが、二つ同時に契約すると三万ピッピとお安くなります」
 クマオは腕組みをして首をひねる。サオリに「どうすればいいかな」と聞いて欲しいというアピールだ。ただサオリは、自分のことは自分で選ぶタイプの人間だった。
「両方とも契約します!」
 持っているピッピがどうとか関係なく、サオリは眼鏡を外して係員に返しながら、即断即決で手を挙げた。
「かしこまりました」
 相談されなかったことにガッカリしているクマオには気づかず契約は進んでいく。
「それではPカードをお出しください」
 サオリがスマートフォンを机の上に置くと、中から自動的にプットーが出てきた。係員は何かの模様が手甲に描かれた手袋をはめて、両手でサオリのプットーをつかむ。
「我、加藤沙織の代理として請ひ願ふ。右目と左目の王プタプトプスよ。いざ契約を結ばん。所望する契約は、『神の左目』、『悪魔の右目』。以上の二点なり」
 机の上にはいつの間にか魔法陣が色濃く浮き出ており、中からは、右目が白くて右肌が黒く、左目が黒くて左肌が白い、顔のコントラストが太陽の塔のような顔をした魔人が出てきた。
ーープタプトプスかな。
 プタプトプスは顔と右手だけを魔法陣から出し、プットーに手を乗せ、サオリを見た。
「ほほう。主が加藤沙織か」
ーーかっこよ!
 サオリはプタプトプスと目をしっかりと合わせてうなづいた。
「いい目をしている。加藤沙織。一つだけ忠告しておこう。アルキメストの世界は巨大な力を行使する世界だ。巨大な力には大きな責任を伴う。主にその責任が取れるのか?」
 サオリはプタプトプスの言っている意味がよくわからなかった。けれども、自分自身に信念があることは知っている。少なくとも、悪にだけは染まるつもりはない。自分の意見が間違っていると気づいたら、すぐに変えることができるだけの柔軟性もある。
ーーそんなもんかな?
 サオリはなんとなく、そう理解してうなづいた。
「ふっ」
 プタプトプスは、サオリがわかっていないことがわかっているかのように、赤い暗闇のような口を大きく横に広げた。
「まだ幼いがいいだろう。契約を結ぼう。加藤沙織よ」
 プットーが鈍く光って、プタプトプスの右手から何らかの力が注ぎ込まれる。全員が黙ってそれを見つめている。三十秒ほどで緊迫感のある時間は終わり、プタプトプスは右手をプットーの頭の上から離した。
「これで契約は終わりだ」
「ありがとうございます」
「沙織よ。主が今後もアルキメストとして成長していくのならば、この後も何度か我と出会うだろう。先ほど我が発した問い、いつかはうなづき以外のしっかりとした答えを聞かせてもらえることを期待しているぞ」
 サオリはさらにしっかりとうなづいた。プタプトプスは先ほどよりもさらに口を広げ、ゆっくりと魔法陣の中に消えていった。

「しかし…、女王陛下のお友達と契約を結ぶのは初めてだな」
 魔法陣から自分の国に戻りながらプタプトプスの呟いた言葉は、もちろんサオリには聞こえなかった。

「それでは『神の左目』と『悪魔の右目』を発動させましょう」
「発動?」
「ウイッシュは契約した後に発動させることで初めて使用が可能になるのです。Pカードに入っているアイコンを押してください」
 サオリは、片目を閉じた明るいアイコンを押した。アイコンはゆっくりと目を開ける。
「『神の左目』が発動したよん」
 プットーが教えてくれる。先ほど係員から借りたメガネの景色と同じように、景色に文字が読み取れる。
 次に、片目を閉じた暗いアイコンを押すと、白目が黒く、黒目が白い目が面倒そうに目を開けた後、また閉じた。
「『悪魔の右目』も発動したよん」
 しかし、何も景色は変わらない。
「右手の親指を、人差し指と中指の間に挟んでください」
 窓口の女性に言われた通りにすると、Pカードのアイコンに描かれた目が開き、係員の頭の上でウインドウが開く。
『マリア 所属:QP王国』
「マリアさん?」
「当たりです。以後よろしくお願いします」
 クマオを見ると、『クマダクマオ 出身地:ぬいぐるみ王国 女王陛下の犬。加藤沙織の親友』と出ている。
「アタピ、クマオのプロフ見える」
「えっ? マリアはんが見えへんかったのにか?」
「それは沙織さんがクマオさんのことを知っているからでしょう。知られていることはもっと強いセキュリティをかけなければ普通に見えます。ちなみに沙織さん。まだ沙織さんはセキュリティをかけていないので、プロフィールが丸見えになっていますよ」
「え!」
「プットーにお願いして、自分のプロフィールを見せていただいてください」
「プーちゃん。アタピのプロフィール見せて」
 プットーが空中を一回転すると、空中にアイコンが現れる。
『加藤沙織 出身地:日本国東京都新宿区四谷 149センチ 39キロ…』
 ズラーッと沙織のプロフィールが書かれている。
「全部で二千六百六十ページあります。めくる時は空中で指をスライドさせてください」
 二、三ページ見て、サオリは恥ずかしくなってしまった。たまに悪くなる寝相の話や、子供の時に鉛筆を踏んで踵に芯がめりこんでしまい、その色が今になっても取れないことがちょっとしたコンプレックスになっているという話などがズラズラと並んでいる。他のクリーチャーたちは、自分のこんなプロフィールを簡単に読めていたのだ。
「ぜ、全部消して…」
「消してって、セキュリティをかけるで間違い無い?」
 サオリは顔を赤くして、何度も大きくうなづいた。プットーは何度もサオリの周りを飛び回った。
「完!」
ーーアタピ、次にアプデできる時が来たら、このウイッシュだけは絶対に、絶対に一番に契約しよ。
 サオリは恥ずかしすぎて自分が息をしていないことに気づき、慌てて大きく深呼吸した。
「よかったですね。それと最後に、これはあまり使い道がないかもしれませんが、『神の左目』を使用したくない時は、プットーに頼むか、親指を隠すと、一時的に使用停止にできます。文字酔いする時や、景色を楽しみたい時にどうぞ」
「ありがと」

 外に出ると今までと景色が違う。ただのクリスタルの壁と思われた建物にも、大きく『QPストア クアンゼント・パウンゼント』という看板が出ている。
 サオリは親指を隠したり手を広げたりして、世界の変化を楽しんだ。
ーーさて。もう二万ピッピもない。稼がないと。
 いよいよ念願のクエスト屋だ。
ーー今、何時だろ。
 リアルカディアには時間や季節という概念がない。いつもちょうどいい光とちょうどいい気温を各クリーチャー毎に提供してくれているので、時計を見ないと今が何時だかがわからない。サオリは腕時計を見た。もう十九時を回っている。
ーー二十時までには帰らないとミハエルが心配する。
 とはいえ、今日行かないとクエスト屋に行くのが明日になってしまう。とりあえず今夜のうちに一度クエスト屋に寄って、出来るクエストを見たり、仕組みを知っておきたい。夜寝る前に考えることができるから。
 サオリはミハエルに連絡しておきたかったが、リアルカディアではメールも電話も使えないので伝達手段がない。
ーー仕方ない。なるべく早く帰ろ。
 サオリはクエスト屋への道を急ぐことにした。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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