第99話 Black Army (黒の軍隊)
文字数 3,058文字
と、その時だった。
「アッサルト(突撃)!」
聖地の上で誰かが叫ぶ声が微かに聞こえ、何十人もの黒い布で身を包んだ軍隊が一斉に崖を滑り降りてきた。正体はわからない。全身が黒いので、焚き火の光しかないこの深夜には見えづらい。銀次郎は既にMA(モードアルケミスト)を発動して走り始めていた。アボリジナルらしいお祭り気分はどこへやら。スペインのサン・フェルミン祭(牛に追われる祭)のように聖地は大混乱だ。
ーー下にいたオーストラリア軍とかはどしたんだろ。もしかしてオーストラリア軍 ? ぱっと見は三十人くらいだけど、実際は四百人いるっていうの ? 目的は ? ああ、でも今、考えている暇はない ! みんなを守らなくちゃ。
沙織も慌てて呼吸を整え始めた。
「敵襲だ! 迎撃用意!」
先ほどまで飲みながらアボリジナルの女性と楽しそうに話していたリック大尉は、すぐに護衛のオーストラリア軍をまとめて対抗し始めた。さすがに自分で言うだけあって、最年少で大尉にまで登り詰めただけのことはある。
残り九人のSASR(オーストラリア陸軍特殊部隊)も、素早くハンドガンを構えて敵を待つ。一列に並び、自分たちの後ろにアボリジナルや調査隊を逃す。防御線を作っているのだ。
アボリジナルの戦士たちは、全員を奥にある洞窟に避難させている。沙織は行ったことがないが、先には緊急避難できる逃げ道があるようだ。
黒い軍隊は崖下に降りてきたものの、すぐに襲いかかってくる様子がない。全員が一度立ち止まり、何かを探しているようだ。
その中から二人だけがゆっくりと前に出た。細長い人と、背が低くて丸っこい人だ。二人はリック大尉に向けて走り出した。やけに速い。
「止まれ! 撃つぞ!」
二人はSASRの制止の声も聞かずに突っ込んでくる。恐怖に我慢ができなかった誰かが銃を撃った。
ダーン。
二人は避けない。だが、兵士も腕が震えていたのか、銃弾は二人には当たらなかった。
ダーン。
ダーン。
続けて撃つ。
当たらない。
二人は突っ込んでくる。
こうなると現場は混乱する。
SASRは次々と銃を撃ち始めた。
ハンドガンしか持ち込めないはずの聖地にも関わらず、機関銃を構える兵士がいる。
ダダダダダダダダ。
機関銃ならば、絶対に当たる。
だが、当たらない。
いや、当たっていないのではない。
当たっているのに効果がないのだ。
ーーアルケミスト!
沙織は気を練りながら、調査隊とアボリジナルを奥の洞窟に逃げるように誘導した。
ーー見つけた !
銀次郎は戦況を把握する事に努(つと)めていたが、全員が洞窟に向かって動き出したことを確認すると、黒い布をかぶった二人組に向かっていった。今までの高ランククエストには必ず山中がいたが、今回のクエストは自分が一番強い。自分一人の出来如何(できいかん)で、このクエストの成功率が大きく変わる。
ーー絶対に沙織を守るんだ。
「奥州白河住兼常(おくしゅうしらかわじゅうかねつね) ! 初陣(ういじん)だ !」
剣に対する思いは、略称でない方が強くなる。銀次郎は『瞬着』によって日本刀を右手に出し、銀の鎧を身にまとった。アルキメスト二人と同時に闘うのだ。当然初めから本気モードになっている。これは試合では無い。強い者だけが我を通すことが出来る、ただの弱肉強食の世界だ。
先頭の二人はラグビー選手のように突撃してくる。二人より体格のいいオーストラリア軍が何人も吹き飛ばされた。兵士は唖然としているが、アルキメストには物理的な攻撃が効かないのだから当然だ。攻撃は一切していないが、突進が止まらないので、近寄る人は全て吹き飛ばされていく。
沙織は、チラリとジョージADDを見た。賢者の石(PS)は持っているようで、すでにMA(モードアルキメスト)にはなっている。だが、誰かを助けようとはしていない。アーサーと共に逃げているだけである。六十歳を過ぎているので、こちらも当然といえば当然、むしろアーサーだけでも助けようしてくれているのでありがたい。
沙織は走りながら、十分溜まったオーラを、ネックレスとして身につけている賢者の石『スカイ』に集めた。賢者の石の色が白に変わる。
「ニャー!」
石は熱を帯びて、崩壊点を迎えたかのようにパッと散り、沙織の全身にまとわりつく。そこから意識を集中させ、息ができるように鼻と口と耳だけ避けるようにして固める。MA(モードアルケミスト)の完成だ。紫色のインスタントジュエルを触りながらおこなったので、服も戦闘用の白いライダースーツに変わっている。これでリアルの全ての攻撃が沙織には当たらない。
ーーよし。成功。これでみんなを守れる。
MAになったとはいえ、「他のアルキメストとの闘いはやめるように」と銀次郎から固く諌められている。だが振り返ると、銀次郎は二人のアルキメストと同時に闘っていた。強いとはいえ、一対一と一対二では、よほど戦闘力に差がない限りはいくら銀次郎でも危ない。
ーーこれはアタピが行って、闘わないまでも撹乱(かくらん)して、ギンさんの手助けしなくちゃ。
沙織はきびすを返して銀次郎の元へ向かおうとした。その気配に気がついたのだろう。銀次郎は振りむかずに叫んだ。
「エスゼロ! こっちは平気だ! 他の人たちを頼む!」
ーー全体を見るの忘れてる ! アタピ、いつの間にか慌ててた!
言われて沙織は戦況を見た。アルキメストの二人を銀次郎が抑えているものの、急襲してきた黒い軍隊は他にも二十人以上いる。どこかの傭兵なのか。小さい銃とちょっとしたサーベルしか持っていないが、全員が防御力に優れた服を着ている。しかも手練れのようだ。
十名しかいなかったSASRは、すでに全滅に近いほど蹴散らされている。ウルルの下で待機しているはずの四百人のオーストラリア軍が救援にくる気配はない。
黒い軍隊は、洞窟の奥に逃げていく調査隊とアボリジナルを追いかける態勢だが、同じくらいの数のアナング族の戦士が間に入って防いでいる。だが、精霊の加護を受けている彼ら戦士も、やはり槍と刀と盾だけではタカが知れている。最初はブーメランや槍を投げる戦士もいたが、そもそも黒い軍隊にとって、その程度では当たってもたいしたダメージを与えられない。徐々にアナング族の隊列が崩れていく。
全員が洞窟に逃げているので、一番の激戦地は洞窟の入口だ。狭い場所が地形的にはアナング族に有利に働いている。しかし、近づいてもなお銃を撃ってくる黒い軍隊には太刀打ちができない。近いうちに最後の防衛線は破られるだろう。
ーーもう……聖地を守るなんて言ってらんない。命の方が大事。全員の命を守らなきゃ。聖地の下に待機している四百人のオーストラリア軍が登ってくるまで、アタピが敵とみんなの間に立って彼らを逃がさなきゃ。アタピは、攻撃されても大丈夫なんだから。大きな力を持つ者には……大きな責任がある!
沙織は、初めて経験する本物の戦場に対して恐れを抱きながらも、再びUターンをして洞窟に向かった。
走りながら全体を見ると、ほとんど全員が洞窟へと避難していたが、焚き火の近くで一人だけ、長い金髪で体が隠れるほど小さくうずくまっている男がいる。ヘンリー王子だ。怖くて腰が抜けてしまったのだろうか。
「ヘンリーさん!」
叫んでも返事がない。銃を撃つ音と煙にまみれた聖地では、沙織の声は届かないようだ。
ーーもしかして、流れ弾に当たっちゃったの ?
沙織は、逃げ遅れているヘンリーを助けに向かった。
「アッサルト(突撃)!」
聖地の上で誰かが叫ぶ声が微かに聞こえ、何十人もの黒い布で身を包んだ軍隊が一斉に崖を滑り降りてきた。正体はわからない。全身が黒いので、焚き火の光しかないこの深夜には見えづらい。銀次郎は既にMA(モードアルケミスト)を発動して走り始めていた。アボリジナルらしいお祭り気分はどこへやら。スペインのサン・フェルミン祭(牛に追われる祭)のように聖地は大混乱だ。
ーー下にいたオーストラリア軍とかはどしたんだろ。もしかしてオーストラリア軍 ? ぱっと見は三十人くらいだけど、実際は四百人いるっていうの ? 目的は ? ああ、でも今、考えている暇はない ! みんなを守らなくちゃ。
沙織も慌てて呼吸を整え始めた。
「敵襲だ! 迎撃用意!」
先ほどまで飲みながらアボリジナルの女性と楽しそうに話していたリック大尉は、すぐに護衛のオーストラリア軍をまとめて対抗し始めた。さすがに自分で言うだけあって、最年少で大尉にまで登り詰めただけのことはある。
残り九人のSASR(オーストラリア陸軍特殊部隊)も、素早くハンドガンを構えて敵を待つ。一列に並び、自分たちの後ろにアボリジナルや調査隊を逃す。防御線を作っているのだ。
アボリジナルの戦士たちは、全員を奥にある洞窟に避難させている。沙織は行ったことがないが、先には緊急避難できる逃げ道があるようだ。
黒い軍隊は崖下に降りてきたものの、すぐに襲いかかってくる様子がない。全員が一度立ち止まり、何かを探しているようだ。
その中から二人だけがゆっくりと前に出た。細長い人と、背が低くて丸っこい人だ。二人はリック大尉に向けて走り出した。やけに速い。
「止まれ! 撃つぞ!」
二人はSASRの制止の声も聞かずに突っ込んでくる。恐怖に我慢ができなかった誰かが銃を撃った。
ダーン。
二人は避けない。だが、兵士も腕が震えていたのか、銃弾は二人には当たらなかった。
ダーン。
ダーン。
続けて撃つ。
当たらない。
二人は突っ込んでくる。
こうなると現場は混乱する。
SASRは次々と銃を撃ち始めた。
ハンドガンしか持ち込めないはずの聖地にも関わらず、機関銃を構える兵士がいる。
ダダダダダダダダ。
機関銃ならば、絶対に当たる。
だが、当たらない。
いや、当たっていないのではない。
当たっているのに効果がないのだ。
ーーアルケミスト!
沙織は気を練りながら、調査隊とアボリジナルを奥の洞窟に逃げるように誘導した。
ーー見つけた !
銀次郎は戦況を把握する事に努(つと)めていたが、全員が洞窟に向かって動き出したことを確認すると、黒い布をかぶった二人組に向かっていった。今までの高ランククエストには必ず山中がいたが、今回のクエストは自分が一番強い。自分一人の出来如何(できいかん)で、このクエストの成功率が大きく変わる。
ーー絶対に沙織を守るんだ。
「奥州白河住兼常(おくしゅうしらかわじゅうかねつね) ! 初陣(ういじん)だ !」
剣に対する思いは、略称でない方が強くなる。銀次郎は『瞬着』によって日本刀を右手に出し、銀の鎧を身にまとった。アルキメスト二人と同時に闘うのだ。当然初めから本気モードになっている。これは試合では無い。強い者だけが我を通すことが出来る、ただの弱肉強食の世界だ。
先頭の二人はラグビー選手のように突撃してくる。二人より体格のいいオーストラリア軍が何人も吹き飛ばされた。兵士は唖然としているが、アルキメストには物理的な攻撃が効かないのだから当然だ。攻撃は一切していないが、突進が止まらないので、近寄る人は全て吹き飛ばされていく。
沙織は、チラリとジョージADDを見た。賢者の石(PS)は持っているようで、すでにMA(モードアルキメスト)にはなっている。だが、誰かを助けようとはしていない。アーサーと共に逃げているだけである。六十歳を過ぎているので、こちらも当然といえば当然、むしろアーサーだけでも助けようしてくれているのでありがたい。
沙織は走りながら、十分溜まったオーラを、ネックレスとして身につけている賢者の石『スカイ』に集めた。賢者の石の色が白に変わる。
「ニャー!」
石は熱を帯びて、崩壊点を迎えたかのようにパッと散り、沙織の全身にまとわりつく。そこから意識を集中させ、息ができるように鼻と口と耳だけ避けるようにして固める。MA(モードアルケミスト)の完成だ。紫色のインスタントジュエルを触りながらおこなったので、服も戦闘用の白いライダースーツに変わっている。これでリアルの全ての攻撃が沙織には当たらない。
ーーよし。成功。これでみんなを守れる。
MAになったとはいえ、「他のアルキメストとの闘いはやめるように」と銀次郎から固く諌められている。だが振り返ると、銀次郎は二人のアルキメストと同時に闘っていた。強いとはいえ、一対一と一対二では、よほど戦闘力に差がない限りはいくら銀次郎でも危ない。
ーーこれはアタピが行って、闘わないまでも撹乱(かくらん)して、ギンさんの手助けしなくちゃ。
沙織はきびすを返して銀次郎の元へ向かおうとした。その気配に気がついたのだろう。銀次郎は振りむかずに叫んだ。
「エスゼロ! こっちは平気だ! 他の人たちを頼む!」
ーー全体を見るの忘れてる ! アタピ、いつの間にか慌ててた!
言われて沙織は戦況を見た。アルキメストの二人を銀次郎が抑えているものの、急襲してきた黒い軍隊は他にも二十人以上いる。どこかの傭兵なのか。小さい銃とちょっとしたサーベルしか持っていないが、全員が防御力に優れた服を着ている。しかも手練れのようだ。
十名しかいなかったSASRは、すでに全滅に近いほど蹴散らされている。ウルルの下で待機しているはずの四百人のオーストラリア軍が救援にくる気配はない。
黒い軍隊は、洞窟の奥に逃げていく調査隊とアボリジナルを追いかける態勢だが、同じくらいの数のアナング族の戦士が間に入って防いでいる。だが、精霊の加護を受けている彼ら戦士も、やはり槍と刀と盾だけではタカが知れている。最初はブーメランや槍を投げる戦士もいたが、そもそも黒い軍隊にとって、その程度では当たってもたいしたダメージを与えられない。徐々にアナング族の隊列が崩れていく。
全員が洞窟に逃げているので、一番の激戦地は洞窟の入口だ。狭い場所が地形的にはアナング族に有利に働いている。しかし、近づいてもなお銃を撃ってくる黒い軍隊には太刀打ちができない。近いうちに最後の防衛線は破られるだろう。
ーーもう……聖地を守るなんて言ってらんない。命の方が大事。全員の命を守らなきゃ。聖地の下に待機している四百人のオーストラリア軍が登ってくるまで、アタピが敵とみんなの間に立って彼らを逃がさなきゃ。アタピは、攻撃されても大丈夫なんだから。大きな力を持つ者には……大きな責任がある!
沙織は、初めて経験する本物の戦場に対して恐れを抱きながらも、再びUターンをして洞窟に向かった。
走りながら全体を見ると、ほとんど全員が洞窟へと避難していたが、焚き火の近くで一人だけ、長い金髪で体が隠れるほど小さくうずくまっている男がいる。ヘンリー王子だ。怖くて腰が抜けてしまったのだろうか。
「ヘンリーさん!」
叫んでも返事がない。銃を撃つ音と煙にまみれた聖地では、沙織の声は届かないようだ。
ーーもしかして、流れ弾に当たっちゃったの ?
沙織は、逃げ遅れているヘンリーを助けに向かった。