第41話 Birthday Present (誕生日プレゼント)
文字数 2,654文字
ーーわ。寒い。
リアルの寒さで、サオリはリアルカディアは理想の暖かさだったことに気がついた。
ーーでもなんか、理想って理想ほど理想じゃないって気がする。
「無事に着いたな。みんなを呼んでくる」
ギンジロウは奥の部屋に消えた。サオリはアイゼンと話そうと思ったが、話す間も無くブーツと革靴の足音が帰ってくる。
ーーブーツはミハエル。
サオリは胸がいっぱいになった。扉が開く。ミハエルとモーゼだ。ミハエルはいつもと同じ仏頂面だが、本心ではサオリを心配していたのであろう。サオリにはわかる。
「大丈夫だったか?」
サオリは何も言わず、ミハエルに犬のように寄り添い、シャツにしがみついて顔を埋めた。ロシア人特有の臭いと、優しく精神を安定させる男性ホルモンの匂いがする。
「それじゃあ、もう遅いから今日は解散しよう。明日は何時に行く予定なんだい?」
ギンジロウはサオリとアイゼンに問いかけた。壁にかかった時計を見ると、もう二十二時を過ぎている。
「そのことだけどちょっといい?」
アイゼンが話した。
「こういうこと、ミハエルやモーゼさんの前で話しても平気?」
リアルカディアのことは他人には話してはいけないと言われていたので、アイゼンは一度ギンジロウに確かめたのだ。
「大丈夫。ミハエルさんは元々アルケミストだし、モーゼさんは『ダビデの星』というダビデ本家の諜報部隊の隊長のひとりだ。スーツの襟に六芒星があるだろ? あれがその印だ」
「とはいえ俺以外には話すなよ。ダビデの星だと嘘をついている奴もいるからな」
「わかりました」
モーゼの言葉にアイゼンはうなづいた。
「私が聞きたいことは、もうリアルカディアへの行き方はわかったので、明日は早朝から先に行ってもいいですかということです。サオリも行き方わかったと思うし、もし予定がつくなら、一刻でも早く師匠に会ってオーラについて教わりたいし、リアルカディアを散策もしてみたいんです」
「ああ。そういうこと? 学校は?」
「高三だから授業がないの」
ーーやった! そしたら俺、沙織さんと二人きりでリアルカディアに行ける!
ギンジロウは腕を組み、何度も何度もうなづいた。
「なるほどなるほど。わかる。わかるよ。俺も最初にリアルカディアに入れた時は、少しでもあっちに行きたかったよ。わかった。モーゼさん。フリーメイソンリーにはそう伝えておいてください」
「おう。二人は入口で名前を言えばいつでも入れるようにしておこう。そして、お前達が来てから五分間はこの部屋には誰も入れないようにしておく。ただしフリーメイソンリーは女性厳禁だ。この部屋以外の場所には行かないようにな」
「ありがとうございます」
サオリもうなづいた。
「沙織さんは何時に集合しますか? 場所はここでいいですか?」
サオリもアイゼンのように早朝から、出来たら今からまた戻りたいくらいだった。けれども、「やりたいことを自由にやることを認めさせるなら、学校だけはちゃんと行って良い成績を保つこと」というママとの約束がある。不承不承、一番早く来られる時間を言った。
「学校終わるの十五時だから、十六時にここに来たいです」
相手から敬語を使い続けられると、サオリも敬語を取りづらい。けれどもギンジロウはそのことに気がつかない。
「わかりました。じゃあ十六時にここで待ってます」
サオリはサオちゃんスマイルで返答した。
「これで明日のことも決まったな。今日はこれで解散だ。外に車を用意してるから、それに乗って帰りなさい」
「ありがとうございます」
「ありがと」
二人はモーゼにお礼を言って、ミハエルとともに建物を出た。
アイゼンは行き先が違うので駐車場で別れ、サオリはミハエルと共にベンツの後部座席に乗った。
「ねえ」
サオリは温かい布団のようなミハエルに寄りかかりながらたずねた。
「なんでミハエルはリアルカディアに入れなかったの?」
ミハエルは優しくサオリの頭を撫でた。
「ルールを破ったって聞いたけど…」
撫でている手を止めて、ミハエルは重い口を開いた。
「私には何をおいてもしなければならないことがある。そのことについて悔いはない。だが…」
静寂が続いたが、まだ何かを言いたそうなのでサオリは黙っていた。
「だが、沙織。この場において何の手助けもできなくなったいことだけは、はなはだ歯がゆいところだ」
サオリはミハエルが何か悪事を働いたとは全く考えていない。そして、ミハエルが自分の正義に悔いはないが、それでもサオリを守れないことに対して歯噛みするほど悔しさをにじませていることが嬉しかった。気持ちなんて顔を見なくてもわかる。肌が触れ合っているのだから。
そのまま二人とも何も話さなかった。話さなくてもわかる何かがあった。
五分ほどでベンツは四谷にあるサオリの自宅に到着した。ブレーキランプが三回点る。二階建ての古い一軒家だ。サオリの母は博士号を持っている脳科学の教授で、現在はアメリカの大学で講座を開講している。夏休みまで家には帰ってこない。女子高生一人では危険だが、母がいない代わりにミハエルが家の一階に住んでいる。セキュリティとしてだけみれば母がいるよりも安心だ。
「それじゃ」
「ああ。おやすみ」
サオリは食事もとらず、二階にある自分の部屋に戻った。サオリの部屋はシンプルで、学習机とベッドがある六畳一間の洋室だ。あちこちにサオリの手作りである人形やタペストリーなどが飾ってある。サオリはコートを着たまま、クマオを手にして大の字でうつぶせにベッドに倒れ伏した。気温は低かったが不思議と寒さを感じない。
ーー今日はロマンチデーだった。誕生日だからパパがプレゼントをくれたのかな?
サオリは子供の頃、クリスマスの夜に、マサヒロが自分の枕元にこっそりとプレゼントを置いてくれているのを目を細めて見ていたことを思い出した。
ーーあの次の日、パパがサンタさんと肩を組んで自撮りしている写メを見せてきて、昨晩サンタさんが来て、良い子の沙織にプレゼントを渡してくれって頼みに来たぞ、って嬉しそうに話してくれたな。
サオリは不思議と、あの日になんのプレゼントをもらったのかは忘れていた。
スマートフォンには母や友人からのお祝いメールが、郵便ポストには母から送られてきたプレゼントの不在通知が入っている。サオリはそのことを何も知らず、今までにないくらい深い眠りについた。あの頃と同じように良い子だが、今はサンタクロースからプレゼントをもらえる年齢ではなくなるくらい、心身ともに成長していた。
リアルの寒さで、サオリはリアルカディアは理想の暖かさだったことに気がついた。
ーーでもなんか、理想って理想ほど理想じゃないって気がする。
「無事に着いたな。みんなを呼んでくる」
ギンジロウは奥の部屋に消えた。サオリはアイゼンと話そうと思ったが、話す間も無くブーツと革靴の足音が帰ってくる。
ーーブーツはミハエル。
サオリは胸がいっぱいになった。扉が開く。ミハエルとモーゼだ。ミハエルはいつもと同じ仏頂面だが、本心ではサオリを心配していたのであろう。サオリにはわかる。
「大丈夫だったか?」
サオリは何も言わず、ミハエルに犬のように寄り添い、シャツにしがみついて顔を埋めた。ロシア人特有の臭いと、優しく精神を安定させる男性ホルモンの匂いがする。
「それじゃあ、もう遅いから今日は解散しよう。明日は何時に行く予定なんだい?」
ギンジロウはサオリとアイゼンに問いかけた。壁にかかった時計を見ると、もう二十二時を過ぎている。
「そのことだけどちょっといい?」
アイゼンが話した。
「こういうこと、ミハエルやモーゼさんの前で話しても平気?」
リアルカディアのことは他人には話してはいけないと言われていたので、アイゼンは一度ギンジロウに確かめたのだ。
「大丈夫。ミハエルさんは元々アルケミストだし、モーゼさんは『ダビデの星』というダビデ本家の諜報部隊の隊長のひとりだ。スーツの襟に六芒星があるだろ? あれがその印だ」
「とはいえ俺以外には話すなよ。ダビデの星だと嘘をついている奴もいるからな」
「わかりました」
モーゼの言葉にアイゼンはうなづいた。
「私が聞きたいことは、もうリアルカディアへの行き方はわかったので、明日は早朝から先に行ってもいいですかということです。サオリも行き方わかったと思うし、もし予定がつくなら、一刻でも早く師匠に会ってオーラについて教わりたいし、リアルカディアを散策もしてみたいんです」
「ああ。そういうこと? 学校は?」
「高三だから授業がないの」
ーーやった! そしたら俺、沙織さんと二人きりでリアルカディアに行ける!
ギンジロウは腕を組み、何度も何度もうなづいた。
「なるほどなるほど。わかる。わかるよ。俺も最初にリアルカディアに入れた時は、少しでもあっちに行きたかったよ。わかった。モーゼさん。フリーメイソンリーにはそう伝えておいてください」
「おう。二人は入口で名前を言えばいつでも入れるようにしておこう。そして、お前達が来てから五分間はこの部屋には誰も入れないようにしておく。ただしフリーメイソンリーは女性厳禁だ。この部屋以外の場所には行かないようにな」
「ありがとうございます」
サオリもうなづいた。
「沙織さんは何時に集合しますか? 場所はここでいいですか?」
サオリもアイゼンのように早朝から、出来たら今からまた戻りたいくらいだった。けれども、「やりたいことを自由にやることを認めさせるなら、学校だけはちゃんと行って良い成績を保つこと」というママとの約束がある。不承不承、一番早く来られる時間を言った。
「学校終わるの十五時だから、十六時にここに来たいです」
相手から敬語を使い続けられると、サオリも敬語を取りづらい。けれどもギンジロウはそのことに気がつかない。
「わかりました。じゃあ十六時にここで待ってます」
サオリはサオちゃんスマイルで返答した。
「これで明日のことも決まったな。今日はこれで解散だ。外に車を用意してるから、それに乗って帰りなさい」
「ありがとうございます」
「ありがと」
二人はモーゼにお礼を言って、ミハエルとともに建物を出た。
アイゼンは行き先が違うので駐車場で別れ、サオリはミハエルと共にベンツの後部座席に乗った。
「ねえ」
サオリは温かい布団のようなミハエルに寄りかかりながらたずねた。
「なんでミハエルはリアルカディアに入れなかったの?」
ミハエルは優しくサオリの頭を撫でた。
「ルールを破ったって聞いたけど…」
撫でている手を止めて、ミハエルは重い口を開いた。
「私には何をおいてもしなければならないことがある。そのことについて悔いはない。だが…」
静寂が続いたが、まだ何かを言いたそうなのでサオリは黙っていた。
「だが、沙織。この場において何の手助けもできなくなったいことだけは、はなはだ歯がゆいところだ」
サオリはミハエルが何か悪事を働いたとは全く考えていない。そして、ミハエルが自分の正義に悔いはないが、それでもサオリを守れないことに対して歯噛みするほど悔しさをにじませていることが嬉しかった。気持ちなんて顔を見なくてもわかる。肌が触れ合っているのだから。
そのまま二人とも何も話さなかった。話さなくてもわかる何かがあった。
五分ほどでベンツは四谷にあるサオリの自宅に到着した。ブレーキランプが三回点る。二階建ての古い一軒家だ。サオリの母は博士号を持っている脳科学の教授で、現在はアメリカの大学で講座を開講している。夏休みまで家には帰ってこない。女子高生一人では危険だが、母がいない代わりにミハエルが家の一階に住んでいる。セキュリティとしてだけみれば母がいるよりも安心だ。
「それじゃ」
「ああ。おやすみ」
サオリは食事もとらず、二階にある自分の部屋に戻った。サオリの部屋はシンプルで、学習机とベッドがある六畳一間の洋室だ。あちこちにサオリの手作りである人形やタペストリーなどが飾ってある。サオリはコートを着たまま、クマオを手にして大の字でうつぶせにベッドに倒れ伏した。気温は低かったが不思議と寒さを感じない。
ーー今日はロマンチデーだった。誕生日だからパパがプレゼントをくれたのかな?
サオリは子供の頃、クリスマスの夜に、マサヒロが自分の枕元にこっそりとプレゼントを置いてくれているのを目を細めて見ていたことを思い出した。
ーーあの次の日、パパがサンタさんと肩を組んで自撮りしている写メを見せてきて、昨晩サンタさんが来て、良い子の沙織にプレゼントを渡してくれって頼みに来たぞ、って嬉しそうに話してくれたな。
サオリは不思議と、あの日になんのプレゼントをもらったのかは忘れていた。
スマートフォンには母や友人からのお祝いメールが、郵便ポストには母から送られてきたプレゼントの不在通知が入っている。サオリはそのことを何も知らず、今までにないくらい深い眠りについた。あの頃と同じように良い子だが、今はサンタクロースからプレゼントをもらえる年齢ではなくなるくらい、心身ともに成長していた。