第102話 Like a God (神が如く)
文字数 3,421文字
「しぇんしぇー」
沙織は思わず叫んで、ネーフェのもとに近づいた。
「行くな!」
ジョットは、ヘンリーと沙織の間に入ろうとしたが、リルキドベイベーが立ちはだかる。
「しぇんしぇー……」
沙織の手の中で、ネーフェが急速に青白く冷たくなっていく。
ーー飛んで火にいる夏の虫とはこういうことだ。
キリストの外見をしている沙織の頭をヘンリーが鷲掴みにする。クルクルクラウンに急速にオーラが流れ込む。沙織は元の姿に戻った。
ーーこれだ。世界を具現化する力。これでイギリス王室の天下が始まるぞ! 離せ!
沙織はクルクルクラウンを両手で押さえ、けして頭からはずさなかった。結果沙織は、ヘンリーに体ごと持ち上げられる。
ジョットは立ち塞がるリルキドに叫んだ。
「どけ! あれが正義だと思うのか!」
リルキドは迷っているようだがまだ立ち塞がる。闘うならば時間を取られる。ジョットはその場から叫んだ。
「沙織! 楽しいことを考えろ! そのファンタジーは想いを具現化できる! 負の心は悪魔の力を増大させる! おそらくヘンリーは、魔人の完全復活を目論んでいる ! 思い通りにはさせるな!」
ーー楽しいこと楽しいこと……。
沙織は一生懸命思い出そうとしたが、頭を万力のような力で締め上げられているので何も考えられない。ただ頭の中に、愛染の心配そうな顔だけが思い浮かんだ。
「あ、愛しゃん……」
と、その時、空間が一段階暗くなり、中空にヒビが入る。
パリーン。
「カーッカッカッカッカ」
何度か見たことのある光景。
男にしては高音な笑い声。
まるで神の如く降臨したのは、銀次郎の師匠である山中達也だった。
そしてもう一人。
先ほど沙織が頭に浮かべていた人物。
藤原愛染、その人だった。
「沙織!」
二人ともKOKの団服を着ている。
愛染は地面に降りるやいなや、素早く沙織に向かって走り、ヘンリーに対してオーラソードで薙ぎ払った。
ヘンリーは飛び退る。
愛染が完全な憎悪の目でヘンリーを睨みつけている間、山中は沙織のもとに近づき、ネーフェの容態を調べた。
ネーフェはうっすらと目を開けて山中を見、その後ろに見える、十メートルを超える巨大な魔人を見てつぶやいた。
「全ては、無駄に、終わった、か」
山中は、自信ありげに首を振った。
「いや。お前が作った時間は無駄に終わらせない。俺を誰だと思っているんだ? あの山中だぜ? カーッカッカッカッカ」
「後を……、頼む……」
ネーフェは、小さく笑みをこぼすと目を閉じた。
「しぇんしぇー……」
山中は立ち上がると、泣いている沙織の頭に手を置いた。
「オールキャンセル」
山中が呟(つぶや)くと、山中の腰につけているポーチからフクロウの鳴き声が聞こえる。
ホー。
ホー。
鳴き声は徐々に大きくなり、戦場のあちこちにこだまして、やがて聖歌の大合唱のように聞こえるようになった。山中のSDF『オウルアンセム』だ。歌の聞こえる範囲全てのファンタジーが発動を止める。沙織から無制限にオーラを吸い続けていたクルクルクラウンも沈黙する。クマオも動きを止めて、コロリと転がった。
山中は魔人を見た。
魔人は八割方その姿をリアルに出現させていたが、オウルアンセムの効果はDeath13の発動も止めている。十三のドクロで作られた異空間の入口、ワールドゲートは不完全に閉じ、魔人の左足だけがワールドゲートから抜け出せずに地面に埋まっていた。
魔人が一声吠えた。
ガガガガガーオ。
空気が震えるとはこのことだ。左足が地面に埋まっているとはいえ、十メートル以上もある魔人は、近寄るだけで飛ばされるか溶けるかでもしそうな圧倒的な存在感を有していた。
ヘンリーは嬉しそうに笑った。
「ふふふ。一歩遅かったようだな」
山中も指を鳴らしながら笑う。
「カーッカッカッカ。そんなことはないさ。な、愛染」
「イエス、マスター」
愛染はオーラソードを構え、真剣な顔で答えた。
「山中」
ジョットが山中の肩を叩く。
「おう。久しぶりだな。噂は聞いてるぜ。活躍してるみてぇじゃねーか」
「お互いな」
ジョットと山中は、久しぶりに会ったというのに、同性としての本能が騒ぐのだろう。マウントを取り合う。
「んじゃ、これからは総力戦ってこったな。懐かしのジョットちゃんも来たってことで、それじゃいっちょ、やってやっか」
「俺もいきます!」
遠くから銀次郎が声をあげる。こちらは師事している身なので、山中とのマウント合戦は起こらない。新しく出てきたジョットに関しては量っている最中だが、今のところは外見で負けているので嫉妬しているだけだ。ただ、自分の方が強いとは当然思っている。
銀次郎は、先程まで一人の黒騎士と闘っていた。
相手はバチカン市国アリアンジェロのアルカンジェロ(大天使)、シュドー・リキハトス。AFB(アルキメスト・ファンタジスタ・ランクB)。ランクとしては格上だが、ファンタジスタとフィロソファーは魔法使いと戦士のようなもので、相性によって有利不利は変わる。
リキハトスはCDF(Cランク・ドープ・フアンタジー)『U2(憂鬱)』を使用する。目にはめるタイプのファンタジーで、見つめている相手の体が徐々に重くなっていく効果がある。
最初、リルキドとリキハトスで銀次郎と闘っていた時は、リルキドが闘っている間にリキハトスが銀次郎を見続け、たまに隙が見つかった時だけ攻撃に参加するという戦法を取っていた。
銀次郎の体に三十キロほどの負荷がかかった時に、ヘンリーがリルキドを呼び戻したが、その後も、まだまだ重さは増え続けていた。このまま闘いが続いたら、おそらく銀次郎はリキハトスに負けていただろう。
だが、先程使用された山中の『オウルアンセム』によって、『U2』は力を失った。そうなると、そもそもファンタジーを使わなくても剣力がある銀次郎は強い。リキハトスは、何が起きたのかもわからないうちに倒された。
銀次郎にとって幸運だったことは、リキハトスが『オウルアンセム』の効果を知らなかったことだ。オウルアンセムがファンタジーの効果を打ち消すということを知っていた銀次郎は、U2の効果が切れた瞬間を狙ってリキハトスを攻撃することができた。
リキハトスにとっては、100kg近い負荷がかかっていた銀次郎がいきなり速く動いたので、何が起きたのかがわからなかっただろう。その一瞬の力の差があまりにも圧倒的だったせいで、銀次郎はリキハトスを殺さないように加減が出来た。
リキハトスは倒され、銀次郎によって後ろ手に手錠をかけられ、目隠しをされて地面に転がっていた。
もう一人のアルカンジェロ(大天使)、小さな小太りの筋肉塊、リルキドベイビーは、先程までジョットと闘っていたが、現在戦いを止めている。ジョットが山中のいる場所に来られたのはそれが原因だった。リルキドはジョットに近づき、山中に言った。
「私も助太刀しましょう。ネーフェ様に気づかされましたよ。こんな魔物を我らカトリックが両手(もろて)を上げて歓迎できるはずがない」
「うむ。ならば行くぞ。ついてこい。ギン。お前もだ」
山中はうなづいた後、リルキドと共に魔人に向かっていく。銀次郎も合流する。
「んじゃ俺は、あいつだな」
ジョットはヘンリーに向かっていった。ヘンリーに対しては愛染が身構えていたが、ヘンリーが愛染を攻撃しないのは、ジョットが後ろから牽制していたからだ。
「ご苦労さん。あとは任せな」
ジョットは、愛染より一歩前に出た。
「ありがとう」
ジョットのおかげでヘンリーから離れられた愛染は、ずっと心配していた沙織の近くまで下がった。
「沙織。大丈夫?」
沙織はうなづいた。愛染は笑顔を見せた。
「本物?」
沙織は、自分が想像したから具現化して現れたのかと思い、少しだけ愛染の存在を疑った。
「本物だよ。ほらね」
愛染は、いたずらっ子の目つきで沙織のほっぺたをつまんだ。
ーー本物だ。これが本物で無くてなんなのだろう。
一片の曇りなき愛情。沙織は、触られた感触ですぐにわかった。
「愛ちゃん」
「大丈夫。悪夢はすぐに終わるよ。私は、沙織の太陽だから」
愛染は、沙織を一度強く抱きしめてから立ち上がり、笑顔を見せた後、魔人に向かってゆっくりと歩いていった。
沙織から顔は見えなかったが、愛染はすでに、沙織の敵を効率的に排除する処刑人のような冷酷な顔つきに変わっていた。愛染明王の憤怒相だ。
沙織は思わず叫んで、ネーフェのもとに近づいた。
「行くな!」
ジョットは、ヘンリーと沙織の間に入ろうとしたが、リルキドベイベーが立ちはだかる。
「しぇんしぇー……」
沙織の手の中で、ネーフェが急速に青白く冷たくなっていく。
ーー飛んで火にいる夏の虫とはこういうことだ。
キリストの外見をしている沙織の頭をヘンリーが鷲掴みにする。クルクルクラウンに急速にオーラが流れ込む。沙織は元の姿に戻った。
ーーこれだ。世界を具現化する力。これでイギリス王室の天下が始まるぞ! 離せ!
沙織はクルクルクラウンを両手で押さえ、けして頭からはずさなかった。結果沙織は、ヘンリーに体ごと持ち上げられる。
ジョットは立ち塞がるリルキドに叫んだ。
「どけ! あれが正義だと思うのか!」
リルキドは迷っているようだがまだ立ち塞がる。闘うならば時間を取られる。ジョットはその場から叫んだ。
「沙織! 楽しいことを考えろ! そのファンタジーは想いを具現化できる! 負の心は悪魔の力を増大させる! おそらくヘンリーは、魔人の完全復活を目論んでいる ! 思い通りにはさせるな!」
ーー楽しいこと楽しいこと……。
沙織は一生懸命思い出そうとしたが、頭を万力のような力で締め上げられているので何も考えられない。ただ頭の中に、愛染の心配そうな顔だけが思い浮かんだ。
「あ、愛しゃん……」
と、その時、空間が一段階暗くなり、中空にヒビが入る。
パリーン。
「カーッカッカッカッカ」
何度か見たことのある光景。
男にしては高音な笑い声。
まるで神の如く降臨したのは、銀次郎の師匠である山中達也だった。
そしてもう一人。
先ほど沙織が頭に浮かべていた人物。
藤原愛染、その人だった。
「沙織!」
二人ともKOKの団服を着ている。
愛染は地面に降りるやいなや、素早く沙織に向かって走り、ヘンリーに対してオーラソードで薙ぎ払った。
ヘンリーは飛び退る。
愛染が完全な憎悪の目でヘンリーを睨みつけている間、山中は沙織のもとに近づき、ネーフェの容態を調べた。
ネーフェはうっすらと目を開けて山中を見、その後ろに見える、十メートルを超える巨大な魔人を見てつぶやいた。
「全ては、無駄に、終わった、か」
山中は、自信ありげに首を振った。
「いや。お前が作った時間は無駄に終わらせない。俺を誰だと思っているんだ? あの山中だぜ? カーッカッカッカッカ」
「後を……、頼む……」
ネーフェは、小さく笑みをこぼすと目を閉じた。
「しぇんしぇー……」
山中は立ち上がると、泣いている沙織の頭に手を置いた。
「オールキャンセル」
山中が呟(つぶや)くと、山中の腰につけているポーチからフクロウの鳴き声が聞こえる。
ホー。
ホー。
鳴き声は徐々に大きくなり、戦場のあちこちにこだまして、やがて聖歌の大合唱のように聞こえるようになった。山中のSDF『オウルアンセム』だ。歌の聞こえる範囲全てのファンタジーが発動を止める。沙織から無制限にオーラを吸い続けていたクルクルクラウンも沈黙する。クマオも動きを止めて、コロリと転がった。
山中は魔人を見た。
魔人は八割方その姿をリアルに出現させていたが、オウルアンセムの効果はDeath13の発動も止めている。十三のドクロで作られた異空間の入口、ワールドゲートは不完全に閉じ、魔人の左足だけがワールドゲートから抜け出せずに地面に埋まっていた。
魔人が一声吠えた。
ガガガガガーオ。
空気が震えるとはこのことだ。左足が地面に埋まっているとはいえ、十メートル以上もある魔人は、近寄るだけで飛ばされるか溶けるかでもしそうな圧倒的な存在感を有していた。
ヘンリーは嬉しそうに笑った。
「ふふふ。一歩遅かったようだな」
山中も指を鳴らしながら笑う。
「カーッカッカッカ。そんなことはないさ。な、愛染」
「イエス、マスター」
愛染はオーラソードを構え、真剣な顔で答えた。
「山中」
ジョットが山中の肩を叩く。
「おう。久しぶりだな。噂は聞いてるぜ。活躍してるみてぇじゃねーか」
「お互いな」
ジョットと山中は、久しぶりに会ったというのに、同性としての本能が騒ぐのだろう。マウントを取り合う。
「んじゃ、これからは総力戦ってこったな。懐かしのジョットちゃんも来たってことで、それじゃいっちょ、やってやっか」
「俺もいきます!」
遠くから銀次郎が声をあげる。こちらは師事している身なので、山中とのマウント合戦は起こらない。新しく出てきたジョットに関しては量っている最中だが、今のところは外見で負けているので嫉妬しているだけだ。ただ、自分の方が強いとは当然思っている。
銀次郎は、先程まで一人の黒騎士と闘っていた。
相手はバチカン市国アリアンジェロのアルカンジェロ(大天使)、シュドー・リキハトス。AFB(アルキメスト・ファンタジスタ・ランクB)。ランクとしては格上だが、ファンタジスタとフィロソファーは魔法使いと戦士のようなもので、相性によって有利不利は変わる。
リキハトスはCDF(Cランク・ドープ・フアンタジー)『U2(憂鬱)』を使用する。目にはめるタイプのファンタジーで、見つめている相手の体が徐々に重くなっていく効果がある。
最初、リルキドとリキハトスで銀次郎と闘っていた時は、リルキドが闘っている間にリキハトスが銀次郎を見続け、たまに隙が見つかった時だけ攻撃に参加するという戦法を取っていた。
銀次郎の体に三十キロほどの負荷がかかった時に、ヘンリーがリルキドを呼び戻したが、その後も、まだまだ重さは増え続けていた。このまま闘いが続いたら、おそらく銀次郎はリキハトスに負けていただろう。
だが、先程使用された山中の『オウルアンセム』によって、『U2』は力を失った。そうなると、そもそもファンタジーを使わなくても剣力がある銀次郎は強い。リキハトスは、何が起きたのかもわからないうちに倒された。
銀次郎にとって幸運だったことは、リキハトスが『オウルアンセム』の効果を知らなかったことだ。オウルアンセムがファンタジーの効果を打ち消すということを知っていた銀次郎は、U2の効果が切れた瞬間を狙ってリキハトスを攻撃することができた。
リキハトスにとっては、100kg近い負荷がかかっていた銀次郎がいきなり速く動いたので、何が起きたのかがわからなかっただろう。その一瞬の力の差があまりにも圧倒的だったせいで、銀次郎はリキハトスを殺さないように加減が出来た。
リキハトスは倒され、銀次郎によって後ろ手に手錠をかけられ、目隠しをされて地面に転がっていた。
もう一人のアルカンジェロ(大天使)、小さな小太りの筋肉塊、リルキドベイビーは、先程までジョットと闘っていたが、現在戦いを止めている。ジョットが山中のいる場所に来られたのはそれが原因だった。リルキドはジョットに近づき、山中に言った。
「私も助太刀しましょう。ネーフェ様に気づかされましたよ。こんな魔物を我らカトリックが両手(もろて)を上げて歓迎できるはずがない」
「うむ。ならば行くぞ。ついてこい。ギン。お前もだ」
山中はうなづいた後、リルキドと共に魔人に向かっていく。銀次郎も合流する。
「んじゃ俺は、あいつだな」
ジョットはヘンリーに向かっていった。ヘンリーに対しては愛染が身構えていたが、ヘンリーが愛染を攻撃しないのは、ジョットが後ろから牽制していたからだ。
「ご苦労さん。あとは任せな」
ジョットは、愛染より一歩前に出た。
「ありがとう」
ジョットのおかげでヘンリーから離れられた愛染は、ずっと心配していた沙織の近くまで下がった。
「沙織。大丈夫?」
沙織はうなづいた。愛染は笑顔を見せた。
「本物?」
沙織は、自分が想像したから具現化して現れたのかと思い、少しだけ愛染の存在を疑った。
「本物だよ。ほらね」
愛染は、いたずらっ子の目つきで沙織のほっぺたをつまんだ。
ーー本物だ。これが本物で無くてなんなのだろう。
一片の曇りなき愛情。沙織は、触られた感触ですぐにわかった。
「愛ちゃん」
「大丈夫。悪夢はすぐに終わるよ。私は、沙織の太陽だから」
愛染は、沙織を一度強く抱きしめてから立ち上がり、笑顔を見せた後、魔人に向かってゆっくりと歩いていった。
沙織から顔は見えなかったが、愛染はすでに、沙織の敵を効率的に排除する処刑人のような冷酷な顔つきに変わっていた。愛染明王の憤怒相だ。