第96話 Holy Place (聖地)

文字数 2,131文字

  五月三日。いよいよ『ドリーミング』というアボリジナルの儀式がおこなわれる。沙織達は普段より少し早めにホテルを出発して、ウルルに向かった。
 ウルルの麓では既に沢山のアナング族がせわしなく聖地に向かって足を運んでいる。まるでキャラメルを見つけたアリンコの列のようだ。昨日までとは比にならないほど多い。
 いつも聖地から遠ざけられていたオーストラリア軍も、より聖地に近い場所で警備をしている。まだ三十人ほどしかいないが、これからドリーミングが近づくにつれて増えていくらしい。
 沙織と銀次郎は入口でいつものようにパスチェックを受け、秘密の通路を一時間かけて聖地まで登る。最初の頃こそ手こずった道だが、今では一人なら二十分あれば登れるくらいに行き慣れている。
 銀次郎が先頭、沙織が最後尾、さらに前後をリック大尉たちSASR(オーストラリア陸軍特殊部隊)が囲む。今まで一度も危ないと思われることはなかったが、今回も何もないとは限らない。
 ただ、最近沙織は、「いったい何に狙われる可能性があるのだろうか?」という疑問を持ち始めていた。これだけ大掛かりに聖地を守っているということは、それだけのモノが見つかる可能性があるのかもしれない。だが、その見つかるモノを狙いに来る可能性は本当にあるのだろうか? それは怪盗のように一人で現れるのか、それとも軍隊のように大勢で現れるのか。そして目的は一体なんなのだろうか。全くわからない。沙織にはあまりにも判断材料も経験も足りない。わからないものに怯えて、わからないものから守るというのは骨が折れる。だがKOK(ダビデ王の騎士団)をわざわざ指名しているということは、アルキメスト(錬金術師)が襲撃してくる可能性があるということなのだろうか。けれどもクエストの難易度ランクが低いということは、狙われる可能性が低いのかもしれない。もしくは襲撃されてもレベルの低い相手なのかもしれない。ただ、もし敵にアルキメストがいて、MA(モードアルキメスト)をされてしまったら、リアルにあるどの武器も役に立たない。だからこちらとしても一人はアルキメストが護衛に加わる必要がある。その程度の話なのだろうか。
 同じことが続くと慢心してしまうのが人間だ。ならないようにしようと心がけてはいたものの、沙織もいつの間にか緊張していた気持ちに緩みが出始めていた。本人は気がついていない。ただモヤモヤとしているだけだ。

ーーあーあ。こういう時にクマオと話せたらいいのになー。

 クマオは鞄(かばん)の中にいるが、他人の目を気にして動かない。沙織はたっぷりと、時間を持て余すほど一人で考えながら、山道を軽快に登っていった。


 沙織たちが聖地に到着すると、やはり思った通りにたくさんのアボリジナルがいる。アナング族以外の部族も集まっているようだ。服装や化粧が少し違う。崖の上から見ると、フェスでもやるかのような賑わいだ。ディジェリデゥー(木製の金管楽器)の音を合わせる人。派手な衣装を縫っている人。カラフルな色で身体中に模様を塗りたくっている人。踊りの練習をしている人。歌っている人。赤岩の地面に絵を描いている人。百人以上のアボリジナルが、思い思いにドリーミングに向けて準備をしている。みな楽しそうだ。
 今までは調査隊とヘンリーと銀次郎以外は入れなかった聖地の中にアボリジナルがいるため、調査隊とアボリジナルとの距離が近い。

ーーもしかしたら、アボリジナルの中に裏切り者がいるかもしれない。

 普段は聖地の上から監視していた沙織も、今日は聖地の中に入って、調査隊とアボリジナルの間で護衛をする必要があった。沙織は、三日目にして初めて聖地に足を踏み入れた。

ーーあ。何か……思い出しそう?

 頭の中に一瞬、あぐらをかいた雅弘の膝の上で、手を叩いて何かを叫んでいる子供の頃の自分の姿がフラッシュバックした。

 太陽が真上で輝く。沙織は昼食を取った後、銀次郎と交代で仮眠をとることにした。ドリーミングは日没から夜通しおこなわれるので、全員が今のうちに眠っておくのだ。昨日はキャメルレースを観に行っていたので寝不足だ。沙織は日陰を探し、大地に抱かれてすぐに眠りに落ちた。見る夢は、いつものあの夢だ。だが、イメージはいつもより鮮明だった。
 幼い沙織は、四十代のミハエルと金髪の少年と三人で鬼ごっこをしたり、ジャガイモの頭をした人から出ている芽を引っこ抜こうとしたりしていた。沙織は、こういう楽しい場面を見たことがなかった。けれどもやはり、楽しい場面はいつものように、突然の悪夢に繋がった。聖地の崖上に軍隊が現れ、髪の長い青年によって沙織は捕まえられ、助けようとしてくれた金髪の少年も蹴り飛ばされ、沙織はジャガイモ頭と雅弘とともに、深い穴の中に落とされていった。

ーーやっぱり。この夢の場所て、明らかにここだ。

 ジャガイモの人は初めて見たけど、アルカディアンという存在を知った今ではそんなに不思議なことではない。沙織は、夢が本当にあったことなのではないかという思いがますます強くなった。
 他人から見た沙織の寝相は、歯軋(はぎし)りも唸(うな)り声も鼾(いびき)も立てず、寝返りも打たずに安らかに見えた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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