第66話 The Intrigue Club (陰謀倶楽部)

文字数 2,475文字

 四月八日。雙葉学園高等学校は始業式を迎えた。
 今までは大きな休みともなれば、ピーチーズは全員揃って小さな旅行に出かけていた。今回の春休みもみんなでユニバーサルスタジオジャパンに行った。だがサオリだけは参加しなかった。もちろん行きたかったに決まっているが、錬金術のこと以外は考えないようにしていたのだ。
「沙織!」
 サオリはユキチの明るい顔を見た瞬間に喜びで満面になった。
「元気そうじゃん! ピーチューブにあげたユニバ動画見た? あの、カメが鼻水垂らすやつ !」
 サオリは首を振った。
「集中して何かをする時は、自分の生活をできるだけシンプルにする」
 今回も錬金術の修行のために、なるべくSNSを見ないようにしていた。ただ、ユキチの残念そうな顔を見た瞬間、ピーチーズのSNSだけは時間をとって見ておけばよかったと後悔したのだが。
「じゃあさ、今からみんなで一緒に観ない?」
ーー諭吉。あんた、優しさの塊だよ。
 サオリは大きくうなづいた。

 その後、あれこれと話しながらピーチーズは合流し、みんなでユニバーサルスタジオジャパンの動画を見ながら笑いあった。
「そういえば沙織。沙織は春休みに何やってたの?」
 嘘はつきたくないし、かといってリアルカディアのことは秘密だ。サオリは、嘘をついてる感満載の口調で本当のことを言った。
「アタピ? 錬金術の修行」
「錬金術?」
 ウサが驚いた。
「これは陰謀倶楽部の出番のようね」
 カメがアゴに手を当ててうなづく。カメが会長を務めている笑いの会では、最近、『陰謀倶楽部』と称して、何か不思議なことがあると全て陰謀だと決めてかかる遊びが流行っていた。なーちゃんというアイドルの子が広めたらしい。サオリはこの遊びが好きなので乗っかってみた。
「どんな陰謀なの?」
「うん。これは錬金術でお金を作って、そのお金でアメリカに留学しようという陰謀じゃないかしら。ほら、沙織は愛染様の親友だから」
「どういうこと?」
 なぜアイゼンの親友だと留学するのか、サオリには意味がわからなかった。他の三人は、サオリにしては理解が遅いなという顔をしている。カメが話を続けた。
「愛染様は東大に受かったのにアメリカに留学するんでしょ ? もしかしたら沙織もアメリカ留学狙ってるのかと思って」
「えっ!」
 みんな当然のように知っているようだが、サオリは突然のことでびっくりした。カメは、「あら。知らないの?」という顔をした。
「学校のゴシップSNSで回ってたよ。沙織は愛染様と親しいでしょ? 聞いてみたら?」
 ユキチは何にも考えていない顔でサオリに言った。
ーー確かに。
 サオリは小さくうなづいた。
ーーだけどなー。どうでもいいことは全然いいんだけど、大事なことはアタピに話してくれればいいのに。というか話してくれるものと思ってたよ。

 家に帰って部屋に戻ると、クマオがベッドから飛び降りてきた。
「待っとったでー。沙織ー。なんか元気ないな。どないしたんや? 学校で何か嫌なことでもあったんか?」
 サオリは荷物を置いた手でクマオを掴み、そのままベッドに倒れた。
「アイちゃんがアメリカ行くんだって」
「さよか。まあ心配せんでも、ダイバーダウンすればアメリカなんてひとっ飛びやろ」
「え! 行けるの?」
 サオリは勢いよく飛び起きた。
「行けるんちゃうか? ワイはリアルカディアで何人も日本人以外の人を見たで」
 そういえばそうだ。フリーメイソンリーは日本以外にもたくさんある。日本でいえば東京メソニックセンターであるように、全ての国にグランドロッジがあり、ほとんどのグランドロッジにイコンがあるならば、アメリカにだって絶対にある。ダイバーダウンできるはずだ。もちろんピッピはかかるだろうが、今のサオリにはピッピが定期的に入ってくるという目算もある。
ーーそか。アイちゃんにとってアメリカに行くことは、すぐに会えるからそんなに大変なことだと思ってなかったのかもしれないな。
 クリスタルパレスでは他の人に会わないようにオーロラカーテンで仕切られている。サオリとアイゼンが偶然出会う可能性はない。アイゼンは卒業したので学校で会うこともない。東京メソニックセンターでたまたま同じ時間にダイバーダウンする確率なんてほとんどない。考えてみると二人が会ったり話したりする時は、いつもアイゼンからサオリを誘ってくれていた。
ーー今、こんなにもアイちゃんに会いたくて仕方ないのに、会うすべが思い浮かばないよ。
 サオリはクマオをギュッと抱きしめた。
「どないした? 愛染のことが気になるんか?」
 サオリは首を振った後、少し考えて、小さくうなづいた。
「ちょっ、濡れるやないか。やめやめ」
 サオリはますます強くクマオを抱きしめた。クマオは息も絶え絶えに言葉を続ける。
「そない気になるんやったら、これから会いに行けばええやないか。愛染は山中と一緒に毎日修行に出てる言うてたから、モーゼのとこで待っとったら会えるんやないか?」
 サオリは力を緩めた。
「誰が言ってたの?」
「イノギンや。知らんかったのか? あいつ、沙織を推薦したからか知らんが、自分のクエストを終えるたびに毎回工房に遊びに来てんで」

 修行に熱心だったサオリは、そのことに全く気づかなかった。
「じゃあ…」
ーーアイちゃんに会いに行く。
 と言おうと思ったが、サオリの口からはどうしてもその言葉が出てこなかった。
 仙術に曰く「すぐ行動しろ」なのに、どうしてもアイゼンに会おうとすると即行動ができなくなる。今から総理大臣に会いに行けと言われる方がよほど楽だ。
ーー急に連絡するのなんか変。知りたいことがある時だけ連絡するなんて、アタピ、なんかイヤらしい子みたい。それに、連絡しても留守かもしれないし、これだけ連絡ないなんて、もしかしたらもう、アタピのことを親友だと思ってないのかもしれない。もう、アタピよりずっと遠くに行っちゃったのかもしんない。
 一度行きづらいと思うと連絡をしない言い訳を山のように思いつく。サオリはその日一日うわの空。惰性で修行をし、惰性で眠りについた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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