第108話 Katu (加藤雅弘)
文字数 3,628文字
沙織は無表情こそ保っていたが、一気に涙が溢れてきた。
ーー嬉しい。
「俺も嬉しいぞ、沙織。大きくなったな!」
あちらからは沙織の姿が見えて、心の声が聞こえているのだろうか。雅弘は戦場全てに響き渡るほどの大音声で叫んだ。人間の出せる声の大きさを優に超えている。
「パパ!」
「おう!」
「遅かったじゃねーか!」
「山中か? 悪い悪い。時間かかっちまったな」
「雅弘? 愛染だよ!」
「えっと、おお。確かに愛ちゃんだ。すっかり美人になったけど面影あるぞ!」
「雅弘さん?」
雰囲気で察したのだろう。ジョットの分身のうちの一人が、光の速さでゲート近くまでくる。
「ジョット? ジョットか? お前。素質あると思ってたが、ついに雷になったのか。俺より強いんじゃないか? 大変だったろ?」
「全然! 俺、ちゃんと沙織を守るぜ!」
「ああ。頼むぞ、俺の息子!」
「ヒャッホーッッッ」
ジョットは喜び勇んで、再びリッチーに向かっていった。
「ジョットと闘っているのは、あれはホワイトモアか? にゃろう。よくもやってくれたな」
生身の自分をワールドゲートに突き落とした相手に対しても、なぜか嬉しそうに雅弘は叫ぶ。
「怒ってないの?」
沙織が聞くと、雅弘は不思議そうな顔をした。
「いやいや。見抜けなかった俺が悪いんだよ。ホワイトモアにはホワイトモアなりの正義がある。本来は良いヤツだぞ。何度も助けられたことがある。なっ、ホワイトモア!」
リッチーは闘いながら、軽く笑みを浮かべた。
「おっ、さらに奥には……ミハエル! ミハエルか? あの時一緒に死んだかと思ったが。生きてたのか! 良かったぜ!」
「当たり前だ! フザケンナよ! お前がいなくなったおかげで、絵里さんと沙織と楽しい人生を過ごしているぜ!」
沙織が聞いたことがないくらい軽快な口調でミハエルが叫んでいる。
「沙織を一目見ただけで、お前がすげー愛情を込めて沙織を育ててくれたことがわかる! 本当にありがとよ!」
「ありがたいと思うなら、早くリアルに戻ってこい!」
「ははっ。戻りたいけど、俺ぁもう、リアルにゃ戻れねーよ。てめーらがアルカディアに来たら、その時に乾杯しようぜ!」
ミハエルは涙を拭った。
「挨拶は終わったか、雅弘?」
「ああ。待たせたな、山中」
「よし。それじゃいくぞ、沙織。雅弘がいるなら、もう魔人をリアルに呼び出さなくてもいい。沙織はコアの一つを撃つんだ。やれるか?」
ゲートの中にいる雅弘が魔人の足裏のコアを攻撃できる。これで四つのコアを同時に攻撃することが可能になった。雅弘、山中、リルキド、愛染。実力からいって出番はないかと思っていたが、山中の言葉によると、どうやら沙織にも出番があるようだ。
ーーパパに良いとこ見せたい!
沙織は、間髪入れずに叫んだ。
「やる!」
「沙織 ! レストーズや!」
クマオが渡してくれたレストーズに力を込める。
「アクティブモード !!」
沙織は自然に叫んでいた。黒い棒状だったレストーズは、沙織の両手の中で、初めて銀白のナイフに姿を変えた。
ーーモフモフさん。
沙織は、レストーズがより愛おしく思えた。
「カーカッカッカッカ! よーし、いいか! 同時にコアを破壊するんだ! シンクロ率をあげるぞ。総員、オーラを集中させろ!」
沙織は、山中のオーラに自分の動きを合わせた。
山中のADF『ルイスリング』が発動する。このファンタジーの効果は、感覚の共有だ。使い方によってはとてつもない威力を発揮する。一番強い軍隊とは、強い人間を集めた軍隊ではない。全員が全く同じ感覚のもとで同時に攻撃することが出来る軍隊だ。ただし、このファンタジーは、相手のオーラを知っていないと発動できない。山中はリルキドベイベーと会うのは初めてだった。だからリルキドでは無く、沙織の方がシンクロ率が高くなると考えたのだ。
山中のイメージが三人の中に流れてくる。
「ははっ。久しぶりだな。この、内部から侵食されているような心地良い感覚。いいタイミングでくれよ、山中」
雅弘が嬉しそうにソードを振るう。
「俺を誰だと思ってるんだ? 天下の山中達也だぞ! カーッカッカッカッカ!」
五。
一斉にシンクロした意識。
全員で魔人に向かう。
四。
沙織は、右手の甲にあるコアを刺しにいった。
三。
魔人が右手を振り下ろす。
沙織は避ける。
砂煙が舞う。
風圧もすごい。
それでも沙織は、魔人の右手を追いかけた。
二。
魔人の右手が戻ってくる。
手の甲とはいえ、当たれば致命傷。
しかし、沙織には不安がなかった。
雅弘や山中のような達人とシンクロしているので、わかっているのだ。
その攻撃が、沙織には当たらないことを。
一。
沙織に魔人の右手が当たるその瞬間、魔人の動きは止まった。雅弘のADF『神の目の間隙』だ。触っている相手の動きが一秒止まる。
ーー今だ!
沙織はしっかりと、魔人の右手の甲にレストーズKを突き刺した。
同時に、四つ全ての魔人のコアに、オーラソードが突き刺さった感覚がする。
全員同時のコア破壊が成功したのだ。
魔人は動きを止め、だんだんと気配が分散されて、やがて消えていく。
死ぬというよりも、Death13に全ての実体を吸収され、リアルから消滅するようだ。
ーーおわ……た……。
「沙織っ!」
ジョットが叫ぶ。振り向くと、沙織に向かってリッチーが突進してきていた。誰も動けない。ルイスリングの効果が切れる、この瞬間を狙っていたのだ。
ジョットには、先ほどまで倒れていたリッチーのボディガードがしがみついている。ジョットはリッチーを追いかけようとした。追いつくには雷化をすれば良い。だが雷化すると、ボディガードが雷撃に打たれて死んでしまう。ジョットは雅弘から「なるべく相手を殺さないように」と教えられていたので、雷化せずにボディガードを振り解いた。その結果が、リッチーを追いかける一歩の遅れを産んだのだ。
沙織は、慌ててガードを固めたが間に合わない。リッチーとはレベルに差がありすぎる。あっさりとリッチーに頭を持たれて、持ち上げられてしまった。これでは夢で見た10年前とおんなじだ。
ーークルリンが奪われる!
沙織は、必死でクルクルクラウンを押さえた。掴んでいるリッチーの長い指があたる。沙織の頭は、クルクルクラウンごと引っ張られた。リッチーはそのまま走り、もう片方の手で、クリスタルスカルの1つを掴んだ。
幻だろうか。沙織は視界の端に、黒いゴスロリファッションで身を固めた自分がいるように見えた。黒い口紅をつけた口元がニヤリと笑う。みんな沙織を見ているので、彼女がいることには気づかない。
リッチーは、またも沙織のオーラを使い、Death13とクルクルクラウンを発動させようとしているのだろうか。沙織は、オーラが抜けていく感覚を感じた。
ーー今度こそ、死ぬ。
沙織は、体から全ての生気が吸い取られていく感覚に陥った。十三のクリスタルスカルは全てが空中に浮かんで光り輝く。再びワールドゲートが開くのか。
その瞬間、沙織の頭上を稲妻が走った。ボディガードを振り解いたジョットが助けに来たのだ。
沙織は地面に落ちた。かろうじて受け身を取り、頭上を見上げる。リッチーは、クリスタルスカルの一つを片手で掴み、先ほどまで沙織の頭を掴んでいたもう片方の手で、オーラソード『不死身蛇(インモータル・スネークス)』を発動させている。ジョットは宙に立ちながら『雷霆ケラウノス』を持ち、同じく浮かんでいるリッチーを睨みつけた。
リッチーは聖地を見回した。
リルキドは、倒れている仲間のリキハトスの近くへ。
愛染は沙織を引っ張り、安全な場所へと移動している。
それ以外の倒れていた人々は、敵味方関係なく、マルタ騎士団が洞窟の中へと避難させている。
山中とミハエルがリッチーを睨みつけ、攻撃圏内に入ろうとしている。間もなくオーストラリア軍やアボリジナルの援軍がやってくる気配も感じる。
ーーこれ以上いても、この地を制圧することはできないな。
リッチーは、今回の作戦を断念した。
ーーだが、私は英国王室の天下を諦めてはいない。大英帝国に栄光をもたらすのは私だ。
リッチーは、持っていたクリスタルスカルを高く掲げた。
スカルが再度光り、同時に、十三のスカルは、世界の四方八方十三方。空の彼方へと飛び散らばっていった。
それは、夜空に光り輝く命のようだった。
生々しくて美しかった。
リッチーも、ドクロに掴まったまま、空の彼方(かなた)へと消えていった。
沙織は、世界の行方を見ているかのように、ボーッと夜空を見つめていた。聖地は戦場跡に相応しく、破壊と静寂だけが残されている。
ーーこれで、すべて、終わった、のか、な……。
沙織は、すでに精魂尽き果てていたので、もし次に何かがあっても、何もできない状態ではあった。
だが、これで本当に終わったのかと、疑心暗鬼に駆られずにはいられなかった。
ーー嬉しい。
「俺も嬉しいぞ、沙織。大きくなったな!」
あちらからは沙織の姿が見えて、心の声が聞こえているのだろうか。雅弘は戦場全てに響き渡るほどの大音声で叫んだ。人間の出せる声の大きさを優に超えている。
「パパ!」
「おう!」
「遅かったじゃねーか!」
「山中か? 悪い悪い。時間かかっちまったな」
「雅弘? 愛染だよ!」
「えっと、おお。確かに愛ちゃんだ。すっかり美人になったけど面影あるぞ!」
「雅弘さん?」
雰囲気で察したのだろう。ジョットの分身のうちの一人が、光の速さでゲート近くまでくる。
「ジョット? ジョットか? お前。素質あると思ってたが、ついに雷になったのか。俺より強いんじゃないか? 大変だったろ?」
「全然! 俺、ちゃんと沙織を守るぜ!」
「ああ。頼むぞ、俺の息子!」
「ヒャッホーッッッ」
ジョットは喜び勇んで、再びリッチーに向かっていった。
「ジョットと闘っているのは、あれはホワイトモアか? にゃろう。よくもやってくれたな」
生身の自分をワールドゲートに突き落とした相手に対しても、なぜか嬉しそうに雅弘は叫ぶ。
「怒ってないの?」
沙織が聞くと、雅弘は不思議そうな顔をした。
「いやいや。見抜けなかった俺が悪いんだよ。ホワイトモアにはホワイトモアなりの正義がある。本来は良いヤツだぞ。何度も助けられたことがある。なっ、ホワイトモア!」
リッチーは闘いながら、軽く笑みを浮かべた。
「おっ、さらに奥には……ミハエル! ミハエルか? あの時一緒に死んだかと思ったが。生きてたのか! 良かったぜ!」
「当たり前だ! フザケンナよ! お前がいなくなったおかげで、絵里さんと沙織と楽しい人生を過ごしているぜ!」
沙織が聞いたことがないくらい軽快な口調でミハエルが叫んでいる。
「沙織を一目見ただけで、お前がすげー愛情を込めて沙織を育ててくれたことがわかる! 本当にありがとよ!」
「ありがたいと思うなら、早くリアルに戻ってこい!」
「ははっ。戻りたいけど、俺ぁもう、リアルにゃ戻れねーよ。てめーらがアルカディアに来たら、その時に乾杯しようぜ!」
ミハエルは涙を拭った。
「挨拶は終わったか、雅弘?」
「ああ。待たせたな、山中」
「よし。それじゃいくぞ、沙織。雅弘がいるなら、もう魔人をリアルに呼び出さなくてもいい。沙織はコアの一つを撃つんだ。やれるか?」
ゲートの中にいる雅弘が魔人の足裏のコアを攻撃できる。これで四つのコアを同時に攻撃することが可能になった。雅弘、山中、リルキド、愛染。実力からいって出番はないかと思っていたが、山中の言葉によると、どうやら沙織にも出番があるようだ。
ーーパパに良いとこ見せたい!
沙織は、間髪入れずに叫んだ。
「やる!」
「沙織 ! レストーズや!」
クマオが渡してくれたレストーズに力を込める。
「アクティブモード !!」
沙織は自然に叫んでいた。黒い棒状だったレストーズは、沙織の両手の中で、初めて銀白のナイフに姿を変えた。
ーーモフモフさん。
沙織は、レストーズがより愛おしく思えた。
「カーカッカッカッカ! よーし、いいか! 同時にコアを破壊するんだ! シンクロ率をあげるぞ。総員、オーラを集中させろ!」
沙織は、山中のオーラに自分の動きを合わせた。
山中のADF『ルイスリング』が発動する。このファンタジーの効果は、感覚の共有だ。使い方によってはとてつもない威力を発揮する。一番強い軍隊とは、強い人間を集めた軍隊ではない。全員が全く同じ感覚のもとで同時に攻撃することが出来る軍隊だ。ただし、このファンタジーは、相手のオーラを知っていないと発動できない。山中はリルキドベイベーと会うのは初めてだった。だからリルキドでは無く、沙織の方がシンクロ率が高くなると考えたのだ。
山中のイメージが三人の中に流れてくる。
「ははっ。久しぶりだな。この、内部から侵食されているような心地良い感覚。いいタイミングでくれよ、山中」
雅弘が嬉しそうにソードを振るう。
「俺を誰だと思ってるんだ? 天下の山中達也だぞ! カーッカッカッカッカ!」
五。
一斉にシンクロした意識。
全員で魔人に向かう。
四。
沙織は、右手の甲にあるコアを刺しにいった。
三。
魔人が右手を振り下ろす。
沙織は避ける。
砂煙が舞う。
風圧もすごい。
それでも沙織は、魔人の右手を追いかけた。
二。
魔人の右手が戻ってくる。
手の甲とはいえ、当たれば致命傷。
しかし、沙織には不安がなかった。
雅弘や山中のような達人とシンクロしているので、わかっているのだ。
その攻撃が、沙織には当たらないことを。
一。
沙織に魔人の右手が当たるその瞬間、魔人の動きは止まった。雅弘のADF『神の目の間隙』だ。触っている相手の動きが一秒止まる。
ーー今だ!
沙織はしっかりと、魔人の右手の甲にレストーズKを突き刺した。
同時に、四つ全ての魔人のコアに、オーラソードが突き刺さった感覚がする。
全員同時のコア破壊が成功したのだ。
魔人は動きを止め、だんだんと気配が分散されて、やがて消えていく。
死ぬというよりも、Death13に全ての実体を吸収され、リアルから消滅するようだ。
ーーおわ……た……。
「沙織っ!」
ジョットが叫ぶ。振り向くと、沙織に向かってリッチーが突進してきていた。誰も動けない。ルイスリングの効果が切れる、この瞬間を狙っていたのだ。
ジョットには、先ほどまで倒れていたリッチーのボディガードがしがみついている。ジョットはリッチーを追いかけようとした。追いつくには雷化をすれば良い。だが雷化すると、ボディガードが雷撃に打たれて死んでしまう。ジョットは雅弘から「なるべく相手を殺さないように」と教えられていたので、雷化せずにボディガードを振り解いた。その結果が、リッチーを追いかける一歩の遅れを産んだのだ。
沙織は、慌ててガードを固めたが間に合わない。リッチーとはレベルに差がありすぎる。あっさりとリッチーに頭を持たれて、持ち上げられてしまった。これでは夢で見た10年前とおんなじだ。
ーークルリンが奪われる!
沙織は、必死でクルクルクラウンを押さえた。掴んでいるリッチーの長い指があたる。沙織の頭は、クルクルクラウンごと引っ張られた。リッチーはそのまま走り、もう片方の手で、クリスタルスカルの1つを掴んだ。
幻だろうか。沙織は視界の端に、黒いゴスロリファッションで身を固めた自分がいるように見えた。黒い口紅をつけた口元がニヤリと笑う。みんな沙織を見ているので、彼女がいることには気づかない。
リッチーは、またも沙織のオーラを使い、Death13とクルクルクラウンを発動させようとしているのだろうか。沙織は、オーラが抜けていく感覚を感じた。
ーー今度こそ、死ぬ。
沙織は、体から全ての生気が吸い取られていく感覚に陥った。十三のクリスタルスカルは全てが空中に浮かんで光り輝く。再びワールドゲートが開くのか。
その瞬間、沙織の頭上を稲妻が走った。ボディガードを振り解いたジョットが助けに来たのだ。
沙織は地面に落ちた。かろうじて受け身を取り、頭上を見上げる。リッチーは、クリスタルスカルの一つを片手で掴み、先ほどまで沙織の頭を掴んでいたもう片方の手で、オーラソード『不死身蛇(インモータル・スネークス)』を発動させている。ジョットは宙に立ちながら『雷霆ケラウノス』を持ち、同じく浮かんでいるリッチーを睨みつけた。
リッチーは聖地を見回した。
リルキドは、倒れている仲間のリキハトスの近くへ。
愛染は沙織を引っ張り、安全な場所へと移動している。
それ以外の倒れていた人々は、敵味方関係なく、マルタ騎士団が洞窟の中へと避難させている。
山中とミハエルがリッチーを睨みつけ、攻撃圏内に入ろうとしている。間もなくオーストラリア軍やアボリジナルの援軍がやってくる気配も感じる。
ーーこれ以上いても、この地を制圧することはできないな。
リッチーは、今回の作戦を断念した。
ーーだが、私は英国王室の天下を諦めてはいない。大英帝国に栄光をもたらすのは私だ。
リッチーは、持っていたクリスタルスカルを高く掲げた。
スカルが再度光り、同時に、十三のスカルは、世界の四方八方十三方。空の彼方へと飛び散らばっていった。
それは、夜空に光り輝く命のようだった。
生々しくて美しかった。
リッチーも、ドクロに掴まったまま、空の彼方(かなた)へと消えていった。
沙織は、世界の行方を見ているかのように、ボーッと夜空を見つめていた。聖地は戦場跡に相応しく、破壊と静寂だけが残されている。
ーーこれで、すべて、終わった、のか、な……。
沙織は、すでに精魂尽き果てていたので、もし次に何かがあっても、何もできない状態ではあった。
だが、これで本当に終わったのかと、疑心暗鬼に駆られずにはいられなかった。