第37話 Round Table (円卓)

文字数 5,107文字

 サオリたちが入った鉱石を完全に飲み込んだ後、エレベーターフィッシュはギンジロウに質問した。
「どこへ行きたいのじゃー」
「ダビデ王の元に」
「ダビデ王じゃなー」
 エレベーターフィッシュはふむふむ言いながら何かを探している。頭上で柔らかいものがくっつく音がした。
「ダビデ王との確認が取れた。今から向かう場所は円卓の間じゃー。ラウンドテーブルにゲストが行くのは久しぶりじゃー」
 エレベーターフィッシュの口の裏側を見ながらサオリは上昇していく重力を感じた。エレベーターフィッシュの速度は徐々に速く、いや速すぎるほど速くなり、光と同じくらいの速度になったのではと勘違いするほど速くなる。そして速くなりすぎたからだろうか。今度はなぜか時間が止まっているような感覚になる。
「やっと落ち着いたな」
 ギンジロウは誰に言うとでもなく呟いた。実はこの上がっていく感覚が嫌いなのだ。アイゼンもうなづく。
「しかしラウンドテーブルか」
「ラウンドテーブルというのはKOK本部とは違うの?」
「うん」
 ギンジロウはアイゼンの問いに答えた。
「俺たちはKOKと呼ばれているが、Knights Of King-David、つまり『ダビデ王の騎士団』なんだ。任務は主に、リアルで起きるアルカディア関係の事件に対応している。逆にKOQ、Knights Of the Queen、『女王陛下の騎士団』もある。アルカディアで起こるリアルに関係する事件に対応する騎士団だ。二つの騎士団が同時に作戦を遂行する時だけは、KOR、Knights Of Roundtable、『円卓の騎士団』という名前になる。ラウンドテーブル、つまり円卓に行くということは、KOKのメンバーとKOQのメンバーが両方いるということになる」
「それは…」
「そう。この事件はただサオリさんのFの発動を止めるということだけではなく、もっと大きな事件を含んでいるのかもしれない」
「例えば?」
「うーん。例えば、クルリンがS3DFなので発動していること自体が大事件であるとか、そのせいで今アルカディアで大変なことが起きているとか、アルカディアンのはずのクマオが何故リアルに来られているのかとか…」
「あー、ワイが来た理由は簡単や。サオリの話と全く関係ない」
 その時、エレベーターフィッシュがクマオの話に割り込んできた。
「間も無く到着するのじゃー。準備をしておいてくれーい」
 サオリは再び自分の体が高速で上がっているのを感じ、その上昇にブレーキがかかっていることを知った。まぁ、知ったどころではなく、体に負担がくるほどの衝撃が来たのだが。
「着いたぞーい」
 ぶら下がっていたものから離れたような感じがして、エレベーターフィッシュはゆっくりとサオリたちを包み込んでいる鉱石を吐き出し、またゆっくりとエレベーターの下に泳いで消えていく。
 だがサオリには、深海魚がどこまで下がっていくのかを見る時間も、クマオがなぜアルカディアからリアルに来られたかを聞く余裕もなかった。到着した階は、ギリシャ神話などで見たことがある大きな大きな円卓が一卓置いてあるだけの、まるで雲の上のような景色だったからだ。
 円卓では、人間だけでなくスライムやらエルフやら見たことのない多種多様な生物五十体ほどがお喋りを交わしている。
ーーなるほど。知性がありそうなのは人間だけじゃない。だからこそ全員を総称してクリーチャーと呼ぶわけだ。
 クリーチャーは全員、サオリたちに興味ある視線を投げかけていた。
ーー危険かも。
 だがサオリの気持ちとは関係なく、サオリたちを包み込んで守ってくれていた透明の鉱石は地面に溶けて消えていく。電車に乗っていて勝手に服が脱げていく感覚だ。サオリは身構えたいほどに緊張した。が、相変わらずアイゼンは堂々としている。剣道で鍛えた体幹の賜物だろう。悔しいのでサオリも小さな体をめいっぱい弛緩させて緊張していないふりをした。緊張に気づいているのは手の震えが伝わるクマオくらいだ。
 サオリは呼吸を深くして、再度、円卓の間を眺めた。よく見てみると、どのクリーチャーも興味を持つというよりも好意を抱いているように見える。
「よく来たな」
 円卓から小さな男、いや、円卓と比べたから小さく見えただけだ。ネーフェよりも大柄の、白髭をたくわえた老人がやってきた。派手な刺繍が施されている祭司のように威厳のある服を着て、冠を被り、白髪には長めのパーマがかかっている。顔立ちは整っており、大きな鷲鼻が特徴的だ。背筋は曲がっているものの、まだまだ体の中は精力が溢れているように見える。
「ダビデ王だ」
 ギンジロウが小声で教えてくれる。主人に仕える騎士というのはこういう時に何かしら緊張するものかと思っていたが、ギンジロウには緊張の面持ちがない。むしろダビデ王がいるおかげでたくさんのクリーチャーの前でも動じていないようにも見えた
「ごくろうだったな」
 ダビデ王がギンジロウの肩をたたく。
「いえいえ」
 ギンジロウは嬉しそうだ。さぞかしダビデ王のことが好きなのだろう。
「さて」
 ダビデ王はサオリの前にやってきた。
ーーでかっ。
「はじめまして。グスタフ・ダビデ。みなにはキングダビデと呼ばれておる。加藤沙織だな。よく来た」
 サオリはダビデ王の顔をじっと見た。老齢だが端正なその顔が緩んでいる。まるで孫を見ている表情だ。
「沙織です。よろしく」
 サオリは何か親しみを覚えて、敬語こそ使わなかったが自分が今まで持った中で一番といっていいほどの敬意を持って返事をした。
「うむ。カトゥーの面影がみえるのぉ。ほう。これがカトゥーの。確かに確かに」
 ダビデ王は驚くほど自然にサオリの左腕を掴んだ。腰をかがめ、クルクルクラウンに耳を当てる。ダビデ王は何度もうなづいた。
「なるほどなるほど。そうかそうか。わかったぞ」
 その時、クルクルクラウンからマサヒロの気配が消えた。
ーーなんで?
 ダビデ王は再度、サオリと目を合わせてお茶目な顔をした。
「沙織。カトゥーが沙織をよろしくと言っておるぞ」
「聞こえるの?」
 サオリは自分でも驚くほど大きな声が出た。
「うむ」
 ダビデ王は立ち上がり、満面の笑顔でサオリの頭に手を置いた。マサヒロやミハエルと同じような温かい優しさを感じる。続いてダビデ王はアイゼンを見た。
「お前が藤原愛染だな」
「はい」
「天皇の外戚ということは、ワタシと先祖がつながっているということだな」
ーーえっ? アイちゃんて天皇の外戚なの?
 サオリは初対面の人間がアイゼンのことを自分より知っていることに驚いた。ファンタジーの力なのだろうか。アイゼンは特に驚いた様子もなく、リラックスしてダビデ王と話をしている。
「血が繋がっている割には随分とお顔の濃さが違いますね」
「確かに確かに。だが身長だけは似ておるわ」
「天皇家は代々背がお低いですけどね」
 ダビデ王は顔中をシワだらけにして笑った。
「どれ。アイゼンもファンタジーを持ってきていると聞いたぞ」
「はい。ただし私の持っているファンタジーは私のものではありませんし、使うこともできません」
「正直だな。だが本当は、誰かのモノなどと決められたものは一つとしてありゃせんよ」
 ダビデ王はご機嫌な顔で、アイゼンがコートのポケットから出したガイルタクトを受け取った。
「ほうほう。これはなかなかの代物ではないか。もっと詳しく知りたいのぉ。おい、ドランクンや」
 ダビデ王の問いかけに答えて、少し後ろから十五メートルはある大きな爬虫類がやってきた。
ーードラゴン!
 こんな世界ならドラゴンがいてもおかしくはないとサオリは思っていたが、こんなに早く会えるとはさすがに予想していなかった。感激するサオリに少しでも水を差そうとでもしているのか、ドランクンはドラゴンのくせにやけに礼儀正しい。大きな体をかがめて、サオリの身長と同じくらい長い親指と、アイゼンの身長と同じくらいの長さの人差し指で、器用にガイルタクトをつまむ。タクトがまるで消しゴムのカスだ。
 ドランクンはじっとタクトに顔を近づける。サオリとアイゼンとも目と鼻の先だ。熱量がすごい。熱い新幹線といったところだろうか。ドランクンはドラゴンにもかかわらず右目にルパンのような丸い片眼鏡をかけている。そのメガネでガイルタクトを見回してうなづいた。
「なるほど。そうですね、ダビデ王。これは素晴らしい。SDFで、本人の指の数だけの人を操れるファンタジーです。KORで使用可能な錬金術師は二名おります。詳細なデータは後でダビデ王のPカードに送っておきましょう」
「ドランクンは四人までしか操れないんじゃな」
「確かにそうでございますが、もしレブラスリッカンが操れるなら百人は余裕ですよ」
 KORは円卓内ジョークでひとしきり盛り上がった。ダビデ王は再びアイゼンに話しかけた。
「愛染よ。ここまで来てくれてご苦労じゃった。それでは、ガイルタクトはKOKで保管させていただくぞ」
「一つ条件がございます」
「先ほどまでは自分のものじゃない、なんて殊勝な心がけだったのに。急に強欲よのぉ」
 ダビデ王はさらに豪快に笑った。が、一転して真面目な顔でアイゼンと目を合わせる。
「して、なんじゃ?」
 アイゼンは食い気味に答えた。
「私をKOKに入団させていただきたいのです」
「だと思ったぞ」
 ダビデ王も負けじと食い気味に答えた。
「では?」
 アイゼンは目を輝かせた。ダビデ王はうなづいた。
「うむ。もちろんオーケーじゃ。愛染。お前のことが気に入った」
「ありがとうございます」
「だが、KOKにはワタシの意見だけでは入団できん。入団に値するだけの人格があり、KOKの誰かが師匠として愛染を認め、さらに試験をクリアした場合に限り、となる。それでもよいか?」
「もちろんです!」
「ふむ」
 ダビデ王は一息入れた後、柔らかい声で再度アイゼンにたずねた。
「なぜ愛染は、ワシがお前を入団させてもいいと言うと思っておった?」
 アイゼンは少し驚いた顔をした。
「お見通しなのですね」
 そして微笑みながら話を続けた。
「強いて言えば勘です。沙織は雅弘が元々KOKだったので入団の資格は持っています。一方、私はオーラが使用できるくらいで他に資格という資格は持っていません。けれどもイノギンさんからKOKは人材不足だというお話をお聞きしておりました。そこで、ダビデ王が欲しい人材を今までのお話から考えさせていただいた結果、私を入団させれば必ずやKOKの役に立つ逸材であると自分自身でも確信したのです。ただ、自分から言わなければ入団はできない。そこでガイルタクトを話の導入として取り入れたのでございます。別に入団したいという意志を示せれば、ガイルタクトでなくとも何でもよかったのです」
「もしワシがオーケーだと言わなかったら?」
「その時はゲイルタクトを渡しませんし、他の計画もいくつか考えておりました。それでも無理なら自分の人生にKOKなんて必要ないんだなと思いますし…、まあ、そんなことにはならないと思っておりましたよ」
 ダビデ王はアイゼンが喋っている間、ワクワクが止まらないという顔をしてじっと見つめていた。アイゼンもダビデ王を見つめ返した。この見つめ合いが、二人同時の大爆笑につながった。
「ばーっはっはっは! こいつは頭がいい! ヤマが言った通りじゃったわい! いいぞ、愛染。交渉を突破する際の躊躇のなさ。頭脳と行動の回転力。全て素晴らしい」
「お褒めに預かり光栄にございます」
 アイゼンはうやうやしくお辞儀をした。
「ふむ」
 ダビデ王は背筋を伸ばして後ろを向いた。
「さて、ワシらは沙織と愛染、二人を実際にこの目で見た。話もしてみた。その結果、どうだろう? 彼女たちをワシらの仲間として迎え入れるということに同意だろうか?」
 ダビデ王は、人間魔獣天使悪魔入り乱れて五十はいるクリーチャーたちを見回した。ファンタジーだろうか。誰も話していなくても意見は全てダビデ王の頭に直接入ってきているようだ。ダビデ王はブツブツと独り言を呟きながら全員を目で追った後、真面目な顔をしてサオリとアイゼンの方に振り返った。
 ごくり。
ーーつばが飲み込めない。ノドが渇いて仕方がない。
「沙織」
 サオリはダビデ王とじっと目を合わす。
「愛染」
 アイゼンは「ハイ」と声を出さずに口だけ動かし、同じようにダビデ王を見る。
「二人とも、第一段階は合格だ」 
 ダビデ王はニコッと笑った。
「ありがとうございます」
 アイゼンが言った言葉だが、サオリも視線で同様の気持ちを乗せてダビデ王を見つめた。ダビデ王は何度もうなづいた。
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登場人物紹介

サオリ・カトウ

夢見がちな錬金術師。16歳。AFF。使用ファンタジーはクルクルクラウン。

使用武器はレストーズ。

パパの面影を探しているうちに世界の運命を左右する出来事に巻き込まれていく。

カメ

「笑いの会」会長。YouTuber。韓流好き。

ニヒルなセンスで敵を斬る。ピーチーズのリーダー的存在。

映像の編集能力に長けている。

クマダクマオ

アルカディアから来たクマのぬいぐるみ。女王陛下の犬。

サオリのお友達。関西弁をしゃべる。

チャタロー

カトゥーのパートナーだった初代から数えて三代目。

『猫魂』というファンタジーを使って転生することができる。

体は1歳、中身は15歳。

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